第14話 休息


「ここらで休憩にしよう」


 森林の中を暫く歩いていると、突然立ち止まったローザが右手を挙げ、振り返ってきた。


 先程奇襲を受けた場所からは、大分距離を取った筈だ。

 山狼は獰猛で狡猾なだけでなく、執念深い。

 頭が良い奴等が自分達の狩場に侵入した敵、餌を放って置く訳がない。

 何匹か逃げた様子だったし、今頃仲間を連れてあの辺を走り回っていると考えられる。


「大丈夫かしら、 追跡されない?」


「山狼は鼻が良いですから、まだ危ないかもしれませんね。もう少し距離を取りませんか?」


 女性二人が申告する。

 そう言えば、リーダーの言う事に反論出来るパーティーは良いパーティーだと母さんが言っていたな。

 特に今回は女性二人の意見だ。

 男性冒険者の中には女性を下に見たり、妙な偏見を持ったどうしようもない馬鹿もいるらしい。

 それで母さんも昔、苦労した経験があると言っていた記憶がある。

 確かに女性は身体の関係上、どうしても男性に比べ戦闘には不向きかもしれない。

 詳しくは比較した事など無く、生憎俺は男なのでよく分からないが……唯一接した女性冒険者。ミーアは俺よりずっと優秀なので、特に気にしていない。


 まぁ、今わかる事は一つ。


「二人がそう言うなら、まだ歩いても良いが……これ以上は目標の岩場から遠くなり過ぎるし、二人は荷物があるから大変だろ?  特に、今回の作戦は二人が主力だ。必要な時に疲れられてても困る。俺とシーナで警戒するから、暫く休息と準備をしてくれ。お前もそれで良いだろ? シーナ」


「あぁ、分かった」


 このパーティーはやはり、良い雰囲気なのだろう。

 少なくともローザは良いリーダーの様だ。

 特に好感が持てるのは、決して二人を女性だから、という理由で宥めようとしていない事。

 まぁ、実際の所何を考えてるかまでは知らないが、荷物が多いからという言い方は好印象だ。

 これなら相手に嫌悪感を抱かせる事も無いだろう。

 それに、ローザは自分と二人が対等な立場だと示唆している様な気もする。

 見張りを自ら買って出ているしな。

 最も、今回。作戦の要が二人なのも確かだ。

 俺も護衛として来ているのだから、異論はない。

 戦闘で気疲れはしたが、身体はまだまだ大丈夫だ。


 ふと、ミーアが良いの? って顔して見て来た。

 そういう素直な顔は可愛いぞ、お前。

 頷いてやると、眉を寄せられた。

 なんだお前。可愛くねぇな。


「ほら。シーナもこう言ってるし、二人もさっきので疲れてるだろ。昼食には丁度良い時間だしな……まぁ一応、火は焚いておこうか」


 野生動物は火に弱い。

 本能的に高い温度を嫌う傾向があるらしい。

 何でも、人間より優れた感覚器官を持っているからだそうだ。


 森の中で休息をする時、火を焚くのは冒険者の常識らしい。

 少なくとも夜間。野営には必須だ。


「それじゃあ。俺はこっち、シーナはそっちで待機と警戒な。剣は今のうちに血を拭いて研いでおけ。二人は焚き火に必要な物を拾い集めて、火を起こしてくれ」


「わかったわ」


「分かりました」


 二人が頷いたのを見て、顔を上げる。

 三人共こっちを見ていた。

 俺が理解したか、返事を待っている様子だ。

 ちゃんと仲間として認識してくれている。そんな気がした。


「あぁ。わかった」

「よし、ではかかれ」


 合図と共に、皆が動き出す。

 俺も踵を返し、指定された場所へ向かった。





 休憩に入ってから、暫く時間が経った。

 手頃な倒木があったので腰掛け、血を拭き終わった剣を砥石で研磨する。

 そうしながら静かな森の中を見渡していると、不意に背後から足音が聞こえて来た。

 誰か近付いて来たらしい。振り返ると、


「お一つどうぞ」


 足音の主、ティーラが包みを手渡して来た。


「……なんだ? これ」


「パイですよ。手作りなんです」


 剣を鞘に収め、両手で受け取る。


「ありがとう。貰って良いのか?」

「はい、どうぞ。あなたの分ですから」


 了承を得て、包みを開く。

 中から現れたパイは、生地に挟まれたハムやチーズ。葉野菜に茶色のソースが掛かっていて、香ばしい匂いがした。


 これは美味そうだ、思わず涎が……。


 一応昼食にと黒パンと川魚の干物を携行してはいるが……こんな物を見せられた後に食べたいとは思えない。


「手作りと言ったな。 みんなに配っているのか?」


「えぇ、まぁ。パーティーの昼食も担当していますから。皆さん、放っておくと味気ない保存食ばかり食べてるんですよ。あんなのじゃお腹は膨れても、元気が出ないでしょう?」


 そう言って、ティーラは微笑んだ。

 確かに、日持ちする保存食は硬くて水で流し込まないと喉を通り辛い。

 まさか、こんな場所でこんなに美味そうな食べ物が貰えるとは思わなかった。

 感謝しかない。


「ありがとう。これは美味そうだ」


「はい、召し上がれ。じゃあ少しジッとしててくださいね。食べてて良いので」


「え? 分かった」


 目の前に歩いて来たティーラは、その場で跪いた。

 突然の行動に思わず体を強張らせてしまう。

 食べてて良い、と言われたが気になる。

 何をする気だろう。


「あ、すみません。足鎧を外して頂けますか?」


「……何をする気だ?」


 尋ねると、ティーラは上目遣いでこちらを見上げて来た。

 途端、思わずドキッと胸が高鳴ったのを自覚する。

 ……こうして見ると、かなり美人だな。ティーラは。

 と彼女は微笑みを浮かべたまま人差し指を立て、唇に当てた。


「とっても気持ち良いこと、ですよ」


 囁かれ、パチンとウインクされる。


 ……おい、言い方。

 その綺麗な顔で、そんな事言うなよ。

 俺じゃなかったら勘違いするぞ。

 全く……。


「なんだか知らんが、分かった」


 頷き、身を屈めて足鎧を外し始める。

 何をされるか知らないが、とっても気持ち良い事をしてくれるらしい。

 折角なのでやって貰おう。

 留め金を外して鎧から足を抜く。

 蒸れた足が外気に触れて心地良い。

 ……臭ったりしないか心配だ。


「はい。じゃあ、じっとしててくださいね」


 ティーラの白い手が、俺の太腿に触れた。

 こそばゆい感覚に思わず身体が跳ねる。

 見下ろすティーラの長い眉毛と真剣な目に、また少しドキッとした。


「我、女神の祝福を受けし者」


 ぱぁ、と薄緑色の光がティーラの手を包んだ。

 なんだ、この光は。凄いな……って。


「んっ……」


 あ、あれ。何これ。良い……。

 本当に気持ち良い。

 変な声が出てしまった。


「は、ぁっ……あっ。な、なんだ、これは……回復、魔法と、いう奴か?」


 生憎。回復魔法についての知識は母さんに少しだけ聞いた事がある程度だ。

 魔法と呼ばれる力。所謂女神様が人間に与えた奇跡の一つで、魔法士の中でも限られた者しか使えない希少な魔法。


 簡単な傷や疲労を癒す効果がある、らしい。


「違いますよ。これ、私の固有スキルなんです。癒し手と言うスキルで……効果は確かに、回復魔法みたいなものですかね」


 あぁ、そうか。言ってたもんな。


 我、女神の祝福を受けし者。


 女神から与えられた権能。固有スキルを使うために必要な祈りの言葉だ。

 俺も何度も口にしている言葉だが、未だに発現には至っていない。

 原因は不明だ……って、今はそんなことよりも。


「そ、そうか。んっ、す、凄いな。あっ……」

「ふふ、気持ち良いですか?」

「んくっ……」


 やばい、滅茶苦茶気持ち良い。


 なんだこれ、今まで生きてきて一番気持ち良いかもしれない。

 足の血流が急に流れ始めて、全身に巡っていく。

 自然に身体がビクビク跳ねてしまうくらいには、き、気持ち良い。


「あっ、んっ……はぁ」


 駄目だ、これは。

 頭が馬鹿になりそう。


「……なんか、いけない気分になりそうな反応です。シーナさんって……敏感なんですね」


「は、初めて。こんなのを、経験した、からな……あっ。だ、だから、もう少し優しくして……はっ。欲しいん、んっ……だが」


「そう言われると強くしたくなっちゃいますね」


 こ、これ以上強く出来るのか。

 そんな事されたら、俺は……。


「いあっ。やめて、くれ。中々これはんっ。き、きくから」

「ふふ、冗談ですよ。はい、終わりです」


 ティーラは、悪戯に笑って手を離す。

 た、たすかった。

 これ以上されてたら頭がおかしくなってたと思う。


「そ、そっか。はぁ……」


 ……だけどなんだろう。この、物足りない感じ。


 少し寂しいと言うか虚しいと言うか。

 この。なんだかお預け。食らった様な感じ。

 まさかとは思うが、あれ以上強いのがあるって言われたせいだろうか。

 気のせいだよな。うん。


「ふふ、どうですか? 疲れ、取れましたか?」


 言われて気付く。

 足が素晴らしく軽くなっている事に。

 重かった足が今は羽根のように軽い。

 思えば、街に来てから立ちっ放し走り通し。毎日働き詰めだった。

 必然。常に足は軽い痛みと痺れを感じており、今ではすっかり慣れてしまっていた所だ。

 それが、嘘のように消えている。


「あ、あぁ。凄い……自分の足じゃないみたいだ」


 妙な感動を覚えて、足をぶらぶらさせる。

 おぉ、凄い。

 これならまだまだ動ける。

 と言うより、生まれて初めてかもしれない。

 こんなに足が軽いのは。


「ふふ。それは良かったです。シーナさんには、まだまだ頑張って貰わないといけませんから」


 ティーラは立ち上がり、膝を叩いている。

 女性冒険者だから恐らく固有スキルがあるだろうと考えていたが、回復とは驚いたな。

 それにしても、こうして固有スキル。女神の祝福とやらを見たのは初めてだ。

 人にはこんな力を持つ者が居るのだと改めて実感し、感動を覚えた。


「本当に色々、ありがとう」


 すんなり口を突いて出た言葉だった。

 礼を言って、掌を見る。

 黒革の指貫手袋。

 剣士に推奨されている為。購入して身に付けているそれに護られた、自らの手。


 それにしても……固有スキル。

 選ばれた者しか持たない特別な力か。

 俺の運命と人生を変えた忌々しい力でもある。


 本当に不思議なものだ。


「ふふ。どう致しまして。また何かありましたら遠慮無く仰って下さい。では、戻りますね」


「あぁ、ゆっくり休んでくれ。見張りはしっかりやっておく」


「では」


 ティーラは軽く頭を下げ、焚き火の方へ戻った。

 顔を上げて返答し、それを見送りながら、考える。


 固有スキル。女神が与えた特別な力。

 俺にも備わっているらしいが、発動条件も効果も未だ分かっていない。


 上昇加速ブースト・アクセル


 成人の儀。教会で触れた水晶が示した俺のスキルは、そんな名前だった。 


 付いている職業が剣士なのと、加速という言葉。

 恐らく身体強化系だと思っているのだが……。


 勿論、村にいる時から何度も試してみた。

 村を出て冒険者になってからは、毎日発動条件を探っている。

 だけど、未だ成果はない。


 唯一実感出来たのは、妙な耳鳴りだけ。

 自分が常人より速く動ける想像をすると、キィィと言う不快な音が聞こえるのだ。

 その状態で色々やって見たが……今の所、収穫は無い。


 本当に、俺にも特別な力。

 女神の祝福とやらが、与えられているのだろうか。


 ティーラや、ユキ……。

 剣聖のような、特別な何かが。

 勿論、剣聖みたいな伝説級。勇者と並んで、あるだけで英雄になれる力。

 そんなものが自分にもある、なんて高望みはしていない。

 俺はただの村人で、たまたま一緒にいた女の子が女神に選ばれ、剣聖に。英雄になった。

 それだけの男なのだから。

 それを実感するのに、街での生活は。時間は、充分過ぎるほど過ごした。


「…………」


 俺は人より持っているものが少ない。共に冒険をする仲間も友達も居ない。


 あるのはたった一人になった肉親、父だけだ。

 それだって、故郷に置いてきてしまっている。

 同じ努力と経験をしても、人より得られるものが少ない事も街に来て思い知らされた。

 閉鎖的な場所で育った俺は、狭い価値観。乏しい知識しか持っていない。

 常人より何もかもが劣っているのだと今は身に染みている。


 だから、期待してしまう。


 女神が与えてくれた力が、生きて行くために有用なものだと良いな、と。

 そんな淡い期待を抱いてしまっている。


 生きる為。

 自ら決めた冒険者という生き方。

 獣や化け物……魔人。

 人類の脅威と戦う代わりに金を稼ぎ、生きる。

 必要な手札は、多いに越したことはないだろう。


「……考えても、仕方ないか」


 無駄な思考を働かせていたら、空腹に気付いた。

 手渡されたパイを見る。


 ……今は何よりも、腹を満たすことが先決だな。


 かぶり付いて、思わず目を見開いた。


 う、うまっ。

 こんな美味いものがこの世にあるのか。

 それをこんなところで、森林の中。狩場のど真ん中で、食べて良いのか。


 溢れる肉汁、シャキシャキとした野菜の歯応え、少し刺激的なタレ。

 色んな味の暴力を、甘いチーズが見事に纏めている。


「ん……んん」


 あまりの美味さに感動を覚え、口が勝手に動く。

 本能が噛めと言っているような気がした。

 言われなくても噛む。


 あぁ、これは美味い。


 生きてるって実感する。

 先程死に掛けたからか、足は回復しても身体は疲れているからか。それとも、空腹だからか。

 いや。全て抜きにしても美味過ぎる。

 なんだこれは。


 これが人類の叡智の結晶か。

 料理とは素晴らしい。


「シーナ」

「んっ、んっ」


 あー、本当にうまい。

 美味い、美味い、美味いなぁ。


「あら? シーナ。ちょっと、シーナってば」


「あー、」


「シーナ!」


「ん?」


 また齧りついた瞬間、名前を呼ばれて振り返る。

 ミーアだった。凄い不機嫌顔だ。


「……何よその顔。馬鹿っぽいわよ」


 なんだ、邪魔するなよ。

 今良いところなんだから。

 仕方ないちょっと待て、今飲み込むから。

 急いで咀嚼し、飲み込む。

 全く、勿体無いことさせやがって。


「良い男が台無しね」


「んんっ、どうしたミーア。まだ休んでなくて良いのか?」


「アンタがサボってないか見に来たのよ。正解だったみたいね。ティーラと仲良さそうにしてたと思えば、今度はそれって……」


ミーアは、はぁ……と呆れたように溜息を吐く。


「良いだろ、別に……昼飯くらい食わせろよ」


「食べながらでも警戒しなさいって言ってるの。何度も呼び掛けたのに聞こえてないし、何を夢中になってるのよ。馬鹿じゃない?」


「うっ」


 言われて見たらその通りだ。

 これは俺が悪いな……。

 思えば、街に来てから本当に飯が美味くて美味くて、驚かされてばかりだ。

 村と違って味が良過ぎるんだ。

 調味料の流通が、村と比べ物にならない位に良いからだろう。


 特にこのパイは絶品だし……。


「ティーラの用意したお昼が美味しいのは分かるけど、緊張感は忘れちゃダメよ。まだ仕事中なんだし、また奇襲されたらどうするの。死ぬわよ?」


「悪い……気をつける」


 彼女の言う通りだ、素直に謝る。

 ミーアは手を腰に当てて、ふーと息を吐いた。


「ローザから伝言よ。奴等の警戒が収まる頃合いまで、もう暫くここでしっかり休んで時間を潰す。その後、岩場へ移動。風上から最終攻撃を仕掛けるわ。移動距離が短くて済む様に、風向きが良い方向に変わる事を祈っていろ、ですってよ」


 ふむ。

 これが最初で最後の休憩になるのか。

 特に異論は無いな。


「戦闘中のアンタの役割は、私とティーラの支援兼、護衛よ。具体的には毒矢作りを手伝って貰うわ」


「毒矢作り?」


「ええ、矢とこれを渡すから、どんどん作って私とティーラに渡して」


 見せられたのは、小さな瓶。

 中身はドス黒い液体だ。

 布の様な蓋で封をしてある。


「使い捨てだから、蓋は突き破って使い切って良いわ。一つに対して、大体十本は作れる量よ。まぁ、一瓶分射ったら撤収だと思うけどね。作業はくれぐれも慎重に。絶対に跳ねさせたりしないでよ、猛毒だから。垂直にゆっくり付けて、ゆっくり抜く。急かすかもしれないけど、焦らなくて良いから。後、作業中は勿論。終わった後も目とか擦るのは禁止。失明したくなければね」


「……あぁ。細心の注意を払うよ」


 何それ怖い。

 そんなの素人にやらせるなよ。

 まぁ、我儘言っちゃいけないのは、分かるんだけどな。


 ふと、気になった事がある。

 同じ剣士、前衛のローザの役割だ。


「ローザの役割は?」


「は? そんなの観測と警戒、作戦指揮に決まってるでしょ。まさか、ここに来て弓士の雑用は嫌だとか言わないでしょうね」


 不機嫌顔で、ミーアは言った。


 毒を触るのは嫌だな。

 まぁ、それが俺に与えられた役割なら、やるしか無い訳だけど。


「いや、そういう訳じゃ無い。同じ前衛職だから、動きを把握しておきたかっただけだ」


「へぇ、そう。良い心掛けじゃない。初めてのパーティ戦なのに良く気が付くわね。ちょっと見直したわ」


「そうか?」


「流石、伊達に本ばかり読んでないわね」


 余計な事気がつくな。

 そこは素直に褒めてくれ。

 確かに調べたから、色々注意するようにしている訳だけど。

 何せ、本当に初めての討伐だからな。


「じゃ、くれぐれもよろしくね。私は戻って休むわ。また様子見に来るから、居眠りとかしてたら殴るわよ」


 ミーアは、ピッ、と指差してきた。

 吊り上がった目付きにも拍車が掛かっている。

 疑い深いな。どれだけ信用ないんだ。


「流石にそこまで馬鹿でも、無警戒でも、楽天的でも無い。安心して休んでろ。まぁ、気になるならたまに来いよ」


「あら、アンタが私に来いなんて言うのは初めてね。もしかして意外と寂しがりやなの?  話し相手が欲しいのかしら」


 言われてみれば、俺からミーアに来いとか言うのは初めてだ。


 話し掛ける事すら自分からした覚えはない。

 だけど、彼女は現状。同じ冒険者で唯一の話し相手と言っても過言じゃない。

 相変わらず腹が立つ女だが。


「あぁ。一人は暇だ。話し相手は欲しい」


 考えを素直に口にする。

 だが、理由はミーアの言う通りでは無い。

 生憎、寂しいという感情はとっくの昔に無くなった。

 いや。封じ込めたと言ったほうが正しいか。

 気付いたら、薄くなっていた気がする。

 だから純粋に暇なだけだ。


 ミーアが訝しげに眉を寄せた。


「どうしたの? 偏屈なアンタにしては、随分素直じゃない。寂しいならいつも一人でいないで、アンタも普段一緒に過ごす仲間を探しなさいよ」


 ふん、とミーアは鼻を鳴らした。


 ここで仲間にしてあげる、とか。

 じゃあ少し居てあげる、とか。


 そんな薄っぺらい言葉を決して言わない。

 ミーアは、そう言う女だ。

 俺は彼女のそんなところが、少しだけ気に入っている。


「こう言う時しか、素直にならないんだろ。お前。だから俺も少しだけ、素直になってやったんだ」


 後、お前にだけは偏屈とか言われたくない。


「そう。普段からそれだけ素直なら可愛げがあるのに。アンタってホント、苦労しそうな性格ね」


 普段通りの馬鹿にしたような顔で、ミーアは言った。


…………ちくしょう、ミーアに言われた。


 俺も全く同じ事、お前に思ったよ。

 ただ、ここで言い返してもこいつには仲間が居て、俺には居ない。

 言葉の説得力が段違いだ。

 勝てない戦はしないに限る、と母さんは言った。

 だから言わない。だけど言いたい。

 この矛盾した気持ち、何処へぶつけたら良いだろう。


「ま。素直なアンタに免じて、たまに来てあげるわ。さっさとお昼食べちゃいなさい。くれぐれも警戒、頼むわよ。剣士さん」


 ミーアは踵を返し、焚き火の方へ戻っていった。

 その背中を一瞥して見送り、一つ溜息を吐く。

 周囲の警戒に戻ると、手元のパイの事を思い出した。

 口に持って行き、齧る。


「……うまっ」


 集中しなくても、声が漏れた。

 本当に絶品だな、これは。


「…………」


 それにしても、仲間か。

 俺もいつか、飯を用意してくれる仲間が欲しいものだ。

 焚き火へ、仲間の元へ歩いて行くミーアの背中。

 左右に揺れる緑色の髪を見ながら、俺は思った。





 今思えば。

 きっと俺はこの時、ミーアに嫉妬していたんだと思う。

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