第4話 再会
幼馴染の両親と離別した、次の日の朝。
ざわざわと騒がしい声が外から聞こえて、目を覚ます。
顔の周りが乾いた様な違和感。
昨夜はあの後すぐに帰って、倒れる様に眠ったはずだ。
「はぁ」
どうやら柄にもなく泣いてたらしい。
昨夜ほど悲しくて苦して悔しいと思ったのは、母さんが死んだ時以来だろう。
泣いてしまったものは仕方ない。切り替えて今日を生きなければ。
パリパリになっている顔を揉んでほぐしながら朝日を浴びるために窓に近付く。
隠し布をあげると、村のみんなが村の入り口に集まっていた。
何をしているんだろう、と。そちらに顔を向ければ、鍛冶屋のおじさんが俺に気付いて手招きし大声で叫んできた。
「おいシーナ! 何してる、早く来いっ! 勇者様が……ユキナちゃんが帰ってきたぞっ!」
言われて身を乗り出し、街道を眺める。
すると確かに、1人一匹。馬に乗る煌びやかな者達が居た。
後ろからは馬車が数台と、恐らく騎士だろう。鎧を着た者達が大勢いる。
間違いない。
勇者達がやって来たのだ。
◇
村に入って来た彼等を、村の皆は拍手で迎えた。
流石に礼儀知らずな事は出来ないので、俺も拍手をする。
相手は英雄の一団。対して俺は村人だ。
昨日の話さえ聞いてなければ、心からの拍手を彼等に送れただろう。
今はさっさと帰れとしか思えないけどな。
先頭は金色の髪をした青年だ。
銀色の鎧を身に纏い、白馬に跨っている彼の腰には装飾過多な金色の長剣があった。
先頭4人の中で唯一の男性。彼が勇者シスルで、腰のが有名な聖剣だろうな。
本当に良い男だ。同じ男でも惚れ惚れするような爽やかな笑みを浮かべている。
……これは勝てないな。
2人目は、長い銀色の髪。腰に金色の装飾過多な片手剣。勇者に比べて軽鎧を付け、馬に揺られている。
剣聖ユキナ。俺の幼馴染……だった女。
素晴らしく美人になっていた。綺麗な服装が本当によく似合う。
相変わらず胸は残念だな。
村ではボロしか着てなかったから、こんな格好のユキナを見たのは初めてだ。
ふと、彼女と目が合う。
するとユキナは僅かに顔を綻ばせ、その後申し訳無さそうに控えめな仕草で手を振った。
あぁ、本当に終わったんだな。
俺の知るユキナは、もう居ない。
あれは知らない女で、英雄様だ。
その事に気付いて、急に清々しい気持ちになった俺は、手を振り返してやった。
驚いた様子で目を見開くユキナ。その後、彼女は暗い表情になって俯いた。
まだ知らないんだ、と思ったな。あれは。
お前の幼馴染は、そんな心の狭い人間じゃないだけだよ。
有難く思うんだな。浮気女。さっさと帰れ。
3人目はローブを着た紫髪の女性。
こちらは凄い美人だ。ロープの上からでも分かる程にスタイルが良すぎる。端的に言うと胸がデカい。
背中に大きな杖を背負っているから、この女が賢者かな?
賢者は普通の人では扱えない、凄い魔法を放てる職業らしい。一度見て見たい気はするな。
4人目は黒髪の女の子。
随分小柄だ。小さく華奢な背中に綺麗な弓を背負っている。
服装はパーティの中で一番軽装に見えた。
この人が弓帝か、予想外だな……とても同い年には見えない。
まぁ、このパーティに居るんだし化け物なんだろうけどさ。
次いで、馬車と騎士が入ってくるのを見送る。
この後、広場で村長が挨拶してそのまま宴会。騎士達は村の奥。集会所へ泊まる予定になっている。
勇者4人はユキナの家に泊まるらしい。
さぁ、義理は果たしたし帰るか。
そう思って踵を返し、家に帰ろうとした時。
「君、ちょっと待ってくれ! そこの白髪の少年だっ!」
聞き覚えのない清涼な声がして、振り返る。
俺を呼び止めたのは、勇者だった。
馬の手綱を握り、どうどう、と操っている。というか本当に言った。
こちらを見て、キラッと笑みを浮かべる勇者。
いちいち絵になる奴だな。
ちら、と近くのユキナと勇者を一緒に見る。
うん、お似合いじゃないか。ユキナの表情が沈んでるけどな。
昔の男はクールに去りたい。
「何でしょうか、勇者様」
尋ねると、ギョッと村の皆が俺を見た。
申し訳無さそうだったユキナも目を見開いている。
勇者様もだ。
特に俺の親父と、ユキナの両親が酷い。
俺が全く仲良くする気が無いのを見抜いたらしい。
仕方ないので笑顔を浮かべてやる。
ユキナが目をパチクリした。
このまま待っていてやっても良いが、面倒だ。行っちゃえ。
少し歩いて俺は勇者の前に立った。
跪いたりはしない。だって村人だもん。
礼なんて尽くしてやらないんだからっ!
てか馬降りろや。見下ろすんじゃねぇ。腹立つわ。
と。直接言ってしまう程、俺は愚か者じゃない。深く頭を下げる。
「あ、うん。顔を上げてくれ。ええと……間違っていたらごめんね。君がシーナ君かな?」
馬を巧みに宥めながら、勇者が言う。
人に名前を聞くときは馬から降りてまずは自分から名乗るのがマナーじゃ無いのか? 無礼者め。
まぁ、村人相手だから当然か。無礼は俺でした、ごめんね。
「はい、村人シーナでございます。かの有名な勇者様が、私の様な一介の村人の名をご存知とは、大変光栄な事です。これに勝る喜びはありません」
「やっぱり、君がシーナくんか。僕はシスル。シスル・ロウ・ゼムブルグ。これでも、勇者だ。君の事は、ユキナから聞いたんだよ」
「左様でございましたか。剣聖ユキナ様……私の様な者の名を未だに覚えていらっしゃるとは、素晴らしい記憶力ですね。有難き幸せ」
ユキナに深くお辞儀をして、立つ。
なんか信じられないものを見る目をしている。
というか、この場にいる全員が驚いていた。
何がおかしい。女神様が選んだ英雄様に礼儀を尽くしているだけだぞ。
今は勇者や騎士とかも見てるんだから、ユキナにだけしない訳にもいかないだろ?
あ、もしかしてどこかおかしい?
本物から見たら、やっぱり不自然なのだろうか。
にやにやしているのは、村長だけだった。
俺に勉強を教えてくれた人だ。
間違いなく面白がっている。
勇者がユキナへ顔を向けた。
「ええと、ユキナ。本当にこの人? 君の幼馴染」
ユキナがハッとした顔をする。
「は、はい。シスル様。彼がわたくしの幼馴染で、シーナと申します。この村で15年、共に過ごした人……です」
お前誰だよ。
あまりに丁寧な言葉が出て来たものだから、今度は俺が驚かされた。
だけどその声は、間違いなくユキナのもの。
つまり、今のはユキナの言葉だ。
あぁ、やっぱり。変わっちまったんだな。
俺はこれで、本当に実感出来た。
彼女は俺の良く知るユキナじゃない。
ドジで悪戯好きで、簡単な事でよく笑う。そんな彼女は居なくなってしまった。
彼女は、剣聖ユキナなのだ。
「本当? じゃあ君から話して見てよ」
勇者が訝しげな顔をして、馬を退けた。
ユキナがそれに目をぱちくりさせて、渋々こちらに馬を歩かせてくる。
そして、彼女は何度かコホンコホンと咳払いをした後。控えめに手を上げて、
「ひ、久しぶりですね、シーナ。お元気でしたか?」
「はい、お久しぶりですねユキナ様。あの日から一年の月日が経ちましたが、私は未だ、この村で変わらない日々を送っております。ユキナ様は、随分ご立派になられましたね」
ざわざわ、村のみんなが騒がしい。
ご立派は少し皮肉が過ぎただろうか?
まぁ、あれだけ仲が良かった俺達がこんな他人行儀な挨拶をしている事に驚いているんだろうけど。
ユキナの顔が曇る。
「そ、そうですか……シーナも逞しくなられましたね。今は村の憲兵を務めておられるのですか?」
「はは……誠に恥ずかしながら、未だ穀潰しです。今は女神に賜った体を鍛え、剣の腕を磨き、近いうちに……いえ。明日にでもこの村を出て旅に出ようと考えております」
「そんなの初めて聞いたぞ……?」と誰かが言った。
当然だ、昨日決めたからな。
「えっ!? は、はぁ。ところでシーナ。随分と言葉が変わりましたね、どうされたのですか?」
勇者に見つめられ、困った様子のユキナが切り込んで来た。
少し虐めても良いが、流石に無礼か。今の彼女は剣聖。俺の知るユキナじゃ、無い。
正直、あまり関わり合いになりたく無い貴族様の一員だ。
彼女一人なら普通に話してやっても良いが、こうゾロゾロ来られるなら勝手に世界救っとけと言いたい。俺の知らないところで。
「はい。私も15を迎え、及ばずながら大人の仲間入りを果たしましたので、良い機会と勉学に励み、こうして拙いながらも言葉を矯正しました。未だ皆様の前で披露するような大したものではありませんが、勇者様方には最大の礼を尽くさねばと、苦心して使っております」
「じゃあ、僕が許すよ。普通に喋って見て?」
この野郎、余計な事言うんじゃない。
この勇者め、突然横槍入れやがって。
「わ、私もシーナの本来の姿を見たいです。お願いです、シーナ。一年、一年も離れたのです。どうか私に、昔のように声を聞かせてくださいませんか?」
ならお前もその気持ち悪い言葉を直せと言いたい。
馬から引きずり下ろして、頭どついてやりたい。
こいつ、馬の上から見下ろしやがって。剣聖だかなんだか知らんが、てめぇいつそんな偉くなったんだ? あ?
なんて言えたら、楽なんだけどな。
それに、俺はユキナを叩いた事なんてない。
精々デコピンくらいだ。
少し困って、俺は勇者に逆らう事にした。
大義名分もある事だし。
「お言葉ですが、勇者様。久しく会っていなかったユキナ様が丁寧な言葉遣いを為されているのに、私が崩す訳には参りません。他の者のように出来ないならまだしも、礼を持つものがそれを尽くさないのは間違っているでしょう」
と、俺はユキナと貴族の教科書様を人質に取った。
この言葉遣いをやめたら、俺は感情的になってユキナに何を言うかわからない。
それに、今更普通に話すのも抵抗がある。
そもそもこの場でいつも通りは流石に問題だろうしな。
「じゃユキナも昔の言葉遣いしなよ。ったく……これだからユキナに言葉の教育は最低限で良いって言ったんだ。変な癖ついたし、僕は前の方が好きだったのに……」
ぶつぶつ言って、勇者は頭をガリガリ掻いた。
良く聞こえなかったが、様子を見る限りどうやら面白くないらしい。
「申し訳ございません、シスル様。皆様が見ていますので、それは……」
ユキナが困ったように眉を寄せる。
いいぞ。これでこいつらに本性を見せずに済む。
少し俺、口悪いみたいだからなぁ。
出来ればこの人達とお近付きになりたくないし。
貴族……それも勇者に目を付けられるなんて不幸でしかない。
「シスル様。ユキナもそちらの村人も困っておりますわ。お戯れはそれくらいにして、早く休みましょう」
「ルナの言う通り、です。それが良いと、思い、ます」
賢者の女性が言うと、弓帝の少女が同意した。
名前聞いてた癖にそちらの村人か。中々言ってくれるな……まあいいけど。事実だし。
それに、勇者は未だ納得出来ない様子で。
「はぁ、分かった。分かったよ。二人が言うならそうしよう。皆、疲れているだろうしね。では、シーナくん。だっけ? また後、宴会の時にでも話せたら嬉しいな。気が向いたら、僕のところへ来て欲しい。ユキナも久しぶりの再会だ。話したい事が山程あるだろう?」
「は、はい。そうですね……では、シーナ。また後で」
また優雅に手を振って、ユキナは手綱を操り馬を反転させた。
見事なものだ。とても一年しか離れていなかったとは思えない。
あのユキナが……泣き虫で甘えん坊で、何かあればすぐ俺に泣きついてきた女の子が……俺が出来ない。跨ったことすら無い馬を完全に従わせている。
堂々とした佇まいも、漂わせている雰囲気も……他の騎士どころか、他の二人や勇者様にだって引けを取ってない。
本当に、俺の知らない女の背中がそこにあった。
少し考えに浸ってしまったが、俺は頭を深く下げながら口元を緩ませる。
……馬鹿め、また後なんてない。
俺の登場は終わりだ。
ユキナが予想以上に変わっていたのは予想外だったが、それならそれでやり易い。
このユキナと話したいことなんか一つもない。
おじさんおばさんには話すと約束したが、面と向かって話したところで意味もなさそうだ。
今のやり取りでよく分かった。俺の幼馴染で恋人だったユキナはあの日、成人の儀で女神に選ばれ居なくなったのだ。
これなら手紙でも書いてユキナの家の玄関先に配置して終わりでいいだろう。
それで最低限の義理は果たせる。別に読まれなくても構わない。
宴が終わる頃には、俺は街に向かって歩けている筈だ。
「じゃあな、ユキナ」
遠くなっていくユキナの背中。隣には、同じく騎乗した勇者がいた。
その光景は、とても絵になっていて……。
ただの村人で、手を離した幼馴染の付け入る隙なんてどこにも無い事を嫌でも理解させられる。
彼女が今身に纏っている、旅の間もよく手入れされているのだろう煌びやかな鎧。美しい毛並みの立派な馬。
対して俺は、もう何年前に作られ何人が着てきたのか分からない古く黄ばんだお下がりの衣服。
同じく黄ばんで泥汚れが染みつき、いくつも穴の開いた靴を履いている。
昔は彼女も同じような恰好をしていたものの……未だにそんなものを着ている俺は、今のユキナにとって跨っている馬以下の存在でしかないのだろうから。
今のあいつや恋人になったらしい勇者様を感情のままに罵ったところで、結果は変わらない。ただみっともないだけだ。
シーナなんかより勇者様のほうが良いに決まってるでしょ? 馬鹿じゃないの? と、逆に罵られ余計に苦しくなるだけだろう。
そんな事ユキナに面と向かって言われたら俺、立ち直れなくなるかもしれない。事実だけど。
なら、あえて何もしないのが俺のせめてもの意地であり……。
女神に選ばれ剣聖。世界を救う英雄になって、俺より何倍どころか世界中の人々が憧れ尊敬する勇者に見初められた幼馴染に唯一出来ることだろう。
黙って消えるくらいはささやかな仕返しだと思ってくれ。
お前だって急に居なくなって相談もなく勇者様に抱かれたんだろ? それでおあいこにしといてやるからさ。
踵を返して、家に向かう。
村の皆から視線を感じるが、誰も何も言わない。
勇者様達が来て忙しいからだろうが、黙っている。
もしくはユキナの両親が事情を話しているのかもしれないな。
勿論。勇者との浮気は伏せてあると思うが……別れたくらいは聞いているのかもしれない。
理由はどうであれ、そっとしておいてくれるみたいだ。
正直、勇者たちに見えないところまで引き摺られて怒鳴られるくらいは覚悟していたんだが……声を掛けられないのはありがたい。
皆働いてる時に悪いけど、こればかりは譲れない。
出来れば二度と顔も見たくないんだ。
早く家に帰って手紙を書き、村を出る準備をしなければ。
さて、内容はどうするか。
……悩んでも仕方ないな。
最後くらいは思ってること素直に全部書いてしまおう。
もう二度と俺達は……会って話すどころか、関わる事もないだろうから。
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