第107話 白猛同盟

「はぁ、着いたのじゃー!」


 港町から列車に乗り、半日。

 午後過ぎに、俺達は首都の駅に降り立った。

 港町とは比べ物にならない広大な施設だと、すぐに気付く。

 列車の窓から景色は見ていたが、凄かった。

 どうやら俺は、相当甘く見ていたらしい。


 この世界と彼女達の世界では、文明に差がある。


 それは理解していたが、流石は本拠地の首都。

 周りには、とても理解出来ないものばかりだ。


 外に出るのが楽しみだが、恐ろしくもあるな。


「まずは外に出ましょう。鬱陶しいです」


 ゼロリアは人混みの中で眉間に皺を寄せ、手首に巻いてある小型の時計を見た。


 いいな、あれ。頼んだら貰えたりしない?


「既に当家の迎えも到着しているはずです」


 迎えの人が来ているのか。

 それなら、あまり待たせるのも悪いな。


「出口へ向かおう。ゼロリア、案内を頼む」


「はい。はぐれないように手を繋ぎますか?」


 ゼロリアは自然に手を差し出してくる。


 少し隙を見せれば、すぐにグイグイ来るな。


「必要ないのじゃ」


 断ろうとすると、空いている右手が小さな手に掴まれた。


「ここは妾も慣れておるからの。大分改装されたようじゃが、あまり変わらんじゃろう。シーナ、妾に任せるのじゃ。くれぐれも離すなよ」


 馬鹿力のお前の手を振り解ける訳ないだろ。


「案内なら、がまん、見る」


 俺の左腕を抱えているミーアが、辿々しい言葉で告げた。


 それにしても、たった半日でこれか。


 有り難いが、流石に習得が早過ぎるだろ。


 元々認めてはいたが、ミーアは天才だ。

 余計に自称天才なんて馬鹿に出来なくなった。


「それくらいなら、無理して話さなくて良いぞ」


 たった半日でここまで上達したのだ。

 彼女の成長には、目を見張るものがある。

 今日は、もう無理して頑張らなくても良いだろ。


 俺が半日も勉強すると、頭痛で大変だぞ。


「だめ。シーナもだめ。分からない、ある。聞く」


「私も可能な限りフォローする。ミーアは、お前の役に立とうと頑張っているのだ。汲んでやれ」


 真剣な表情で二人は口々に言った。

 これは観念するしかなく、俺は頷いた。


「そうか。二人がそう言うなら、任せる」


 折角やる気なのに、水を差してはいけない。


 それ以上に……上手く喋れないミーアが良い。

 普段にも増して可愛く見える。


 何をやっても常人より出来てしまう自慢の嫁は、荒事以外、殆ど俺を頼ってくれない。


 そんなミーアに頼って貰える、貴重な機会だ。

 完璧に教えて、惚れ直して貰おう。

 女神に与えられただけの力? 知った事か。

 

 シラユキも協力してくれるなら、頼もしい。


 元々二人は似たところがあった。

 とは言え、これ程までに仲良くなるとは。


 ……シラユキは、今の俺には欠かせない奴だ。


 二人が更に仲良くなるかもしれない。

 この機会を奪う理由はないな。


 寧ろ、全力で応援してやろう。


「チッ……まぁ、今は良いでしょう。メルティア、くれぐれも頼みますよ」


「うむ。任せるが良い」


 それに比べて……。


 こっちの竜姫様達は、不安しかない。

 喧嘩しないだけで違和感を覚えるからな。


 いずれ絶対、何か企んで来るだろう。


「勝手に話を進めるな。右手が塞がると咄嗟に剣が抜けなくなる。離せ」


「案ずるな。今のお主に負担をかけるつもりはない。もし何かして欲しいことがあれば、妾に相談して欲しいのじゃ」


 そう口にするメルティアは、真剣な表情だった。


 こいつもゼロリアや竜装が絡まなければ、常識的で話も分かる。


 今も俺を守ろうと躍起になっているのだろう。


 流石は、あのクソ女神が選んだ相棒。

 こいつの扱いが正直、一番難しい。


 とは言え、今後の事を考えるとな……


 俺が最も側に居て貰うべき相手は誰なのか。

 それはもう、疑う余地がない。


 メルティアは、他の竜姫に比べて強いらしい。

 戦力としても彼女以上に頼もしい存在は居ない。


 ……ミーアを悲しませない、か。


 本当によく言えたものだ。

 結局、巻き込んでしまっている癖に。


 そんな負い目がある俺にとって、メルティアは。

 強力な味方は、手放す訳にはいかない。


 ……ゼロリアの同行も凄く有り難いんだよな。

 口に出すと調子に乗るのが目に見えているけど。


 この世界には、勇者や剣聖。

 女神が力を与えた、四人の英雄達。

 奴等と同格の猛者が、何人も存在するのだろう。

 それも、いつ敵に回ってもおかしくない。

 

 俺が死んだら元も子もない。

 なのに俺には、強大な敵に対抗出来る力がない。


 女神が夢の中で口にしたのは脅しではない。

 どうしようもない、現実だ。


 ……力が、必要だ。


 メルティアやゼロリア。竜人のような。

 彼女達の腰に吊るされている、竜装のような。

 女神が選んだ英雄達と、対等に渡り合える。

 分かり易く、敵対視してくる相手に示せる。


 そんな絶対の力が、必要だ。


「む……? どうした? シーナ」

「………」

「そんなに妾の顔をじっと見て……」

「………」

「な、なんとか言わんか。照れるじゃろ……っ!」


 ……やはり良い加減、腹を括るべきなのだろう。

 少なくとも、この娘を特別視は、するべきだ。


「う、うううぅ……♡」


 幸い、俺にはそれが出来る権利。

 いや、義務が課せられているらしいからな。


 俺が欲しい力は、目の前にある。

 そして想いだけでは、なにも救えない。

 村を出た日。父さんには、他人に認められたいと思っている訳じゃないと言った。

 だが今の俺は、認めて貰わなければならない。

 生き残る為に、大切な人が笑ってられるように。


 非情になれ、馬鹿野郎。

 何の為に俺は、心を殺した?


 もう二度と奪われないと決めたからだろ。


「……分かったよ、メルティア。頼りにしている。落ち着いたら、改めて今後の相談させてくれ」


 そっと、小さな手を握り返す。

 途端にメルティアの華奢な身体が跳ねた。


「……へっ!? う、うむ……!」


 白い肌が、急速に朱色に染まる。

 金色の目を泳がせたメルティアは、即座にプイと視線を背けて歩き出した。


 ……こいつ、ちょろ過ぎるだろ。


 途中、立ち尽くしているゼロリアを追い越した。

 そんな彼女に俺は、すぐに振り向いて。


「どうした? 案内をするんだろう。早く行くぞ」


 自らが吐いた声音の冷たさに気付きつつ、一つ。今後の方針を決めた。




 妻と出来損ないの醜い赤竜姫に挟まれ、人混みを歩いて行く少年。

 黒い外套の背を見ながら、ゼロリアは静かに言葉を漏らした。


「なるほど……完全に脈無しという訳ではないようですね」


 冷気を繰る白き竜。

 白竜姫と呼ばれる彼女は、自らの半身たる剣に選ばれた少年に拒絶され続ける事を疑問視していた。


 この国で、竜は特別な存在だ。


 そして竜以外の存在は等しく、矮小な存在でしかない。


 軽く腕を振るっただけで肉塊へ変わる。

 もし天命を全うしても、たった数十年程度で土に還ってしまう。

 そんな、弱く儚い存在だと思っていた。


 だが、至高の存在たる竜。

 その剣に選ばれれば、半分とは言え竜になれる。


 それは矮小な存在たる者達にとって、何よりも変え難い栄誉であり、目指すべき目標であるはず。


 無論、断るなんて有り得ない。


 そう思っていたゼロリアにとって、異世界で生まれた彼は信じられない存在だった。


 たった十数年の齢でありながら、その言動と力で示す事によって、彼女の価値観を根本的に覆して見せたのだ。


 それは大変腹立たしく、また興味深かった。


 竜殺し、そう呼ばれる存在に引けを取らない力を彼は只人の身でありながら持っているのだ。


 そんな彼を伴侶に迎えれば、どれ程の偉業を為せるだろう。

 想像しただけで心が震えた。


 だから彼が剣を抜いた時は嬉しかった。

 自分は異界の人間に選ばれる為に生まれた。

 そんな、特別な存在だったのだと喜んだ。


 これまで待ち続けた甲斐があった。

 報われた、と。本気で思ったのだ。


 なのに彼は、竜となる事を拒んだ。


 ゼロリアには到底、理解出来ない事だった。


「ふふ……失敗でした。少々、焦り過ぎましたね。感謝しますよ、メルティア……ふふふっ」


 だからこそ……焦ってしまった。


 聡い彼女は、彼と出会い過ごした時間。

 ここ数日間の己の言動を恥じた。


 決して、適齢期を逃しそうだからではない。


「まずは認めて貰わなくては……私が味方であり、他の有象無象に追随を許さない絶対であると」


 ゼロリアは嗤い、碧銀の瞳を煌めかせた。

 歩き出した彼女の口元は歪んでいた。


 何故なら、迷う必要がなくなったからだ。


 彼がこちらに来るきっかけとなった赤竜姫。

 彼女も、彼には自身と同様に扱われている。


 故にゼロリアは、彼の育んで来た価値観が自分が竜となる事を否定しているとも考えた。


 ならば、ゆっくりとその価値観を塗り替えよう。

 あわよくば、そのまま惚れさせてやろう。

 そう考えて、好意的な行動を心掛けてきた。


 しかし、今……。

 彼の濁った瞳の奥には、確かに見えた。


 あれは渇望の光だ。

 彼は、力を求めている。


 そしてそれは、自分が与えられる物。

 やはり、彼は自分の伴侶なのだと確信した。


「最後に嗤うのは、この私ですよ……メルティア」


 あの少年と共に覇道を征く。

 そんな確かな未来が見えたのだ。


 彼に相応しいのは、出来損ない……あの醜い角と翼を持つ赤竜姫ではない。

 同じ竜でありながら、甘い幻想を抱く。

 そんな、野心の欠片もない奴には不相応だ。


(手始めに、私も夢を持ち、目指してみましょう)


 彼が偉業を成した時。隣に立つに相応しいのは、


「我々と、この世界……」


 数少ない守護竜は勿論。

 歴代白竜でも最美と呼ばれる白竜姫わたし


(その真の在り方を、この私が完璧に導き……示しましょう)


 そう在る事が、自然。

 これまで長らく待ち焦がれ、異界にまで来た。


「ふふ……ふふふふふ」


 自分の運命であり、報酬なのだと信じて。


「ママー! あのおねーちゃん、きれいだねぇ」

「こら! 指差しちゃダメ! こっちおいで!」


「おっ。ゼロリア様じゃん。やっぱり可愛いなー」「分かる。俺にあの竜装、抜かせてくれないかな」

「馬鹿っ! お前ら、目を合わせるなって!」


「……なんかやばくね? あれ」

「あぁ。絶対やばいな……」

「目が完全にイッてるもんな……」


 その証拠に、雑踏の中。

 嗤う白竜姫の邪魔をする者は、誰も居なかった。


 





  ◇


 異界の首都の駅に、少年が圧倒されている頃。


 魔界と呼ばれる新大陸の端。

 森の中の古びた屋敷に来訪する者がいた。


「止まりなさい」


 門の警備をしていた女剣士は、この屋敷の主人の愛人だった。

 白く長い兎耳を持つ小柄な女剣士だ。


 そんな彼女に剣を向けられた来訪者は、臆する事なく笑顔を浮かべる。


「あら。随分と可愛らしい門番さんだね」


 すらりとした肢体を彩る、艶やかな和装。


 素足で履いた下駄を鳴らす来訪者は、白い狼耳をピクピクと震わせて見せた。


「君、全く覇気を感じないね。もしかして素人?」


 まるで怯まない来訪者の態度。

 面白くないと感じた兎耳は、苛立ちを覚えた。


「無礼な……っ! 此処が誰の屋敷か理解しているのですかっ!」


「うん。知ってるよ? 婚約者に逃げられた上に、奪って行った相手に大怪我させられて、泣きながら田舎に逃げ込んだ白猫ちゃんの屋敷だよね。はい、答えたから通してよ。じゃなきゃ、こわーい狼さんが食べちゃうぞ? 可愛い可愛い兎ちゃん?」


 がおー、と。

 白狼の女性は身振り手振りで門番を揶揄う。


「なっ……なんですってぇ!? その不遜な態度、到底許せるものではありません!」


 馬鹿にされた兎耳の門番は、激しく声を荒げた。






 同時刻。その屋敷の二階、廊下。


「はぁ……レオ様、昼食も召し上がらないなんて。折角、腕によりをかけて用意しましたのに……」


 この家に嫁いで三年目。

 第四夫人である狐族の女性が、落ち込んだ様子で歩いていた。


「なんとか、立ち直って下されば良いのですが……あれ?」


 田舎では浮いてしまう程に華のあるドレスを身に纏った彼女は、ふと窓の外を見て……。


「え……? なあっ……!? あ、あれはっ!」


 一瞬で驚愕の表情に変わり、手にしていた食事を床に落としてしまう。


 ガチャンと音が鳴り、絨毯が汚れた。

 しかし、そんな事は気にしていられない。


 何故なら、彼女の視線の先。

 窓から見える正門で、門番をしている愛人の女が剣を向けている相手。


 あの白狼だけは、決して敵に回してはならない。


 冗談抜きで、皆殺しにされる……っ!

 

「いやぁぁぁあっ!! あの馬鹿! やめてぇぇぇえええっ!!!」


 絶叫した狐族の女は、脇目も振らず走り出した。


 



 狐族の第四夫人が、全力疾走し始めた頃。


 原因となっている正門の前では、事態が悪化していた。


「そう? なら、どうするのカナ? 相手の力量も測れない兎ちゃん。君じゃ、痛い目に遭うだけだと思うケド?」


 ニヤニヤと意地悪く嗤う白狼の女剣士。

 兎耳の門番の顔が、怒りで真っ赤に染まった。


「ならば、試させて頂くまでっ!!」


 兎耳の女剣士が、剣を振り上げた。

 それを見て、白狼の女は目付きを変える。


「へぇ? 驚いた」


 腰の大太刀。その柄に、そっと手が添えられる。

 同時、圧倒的な威圧感が放たれた。


「……へっ? ひ、ひぃ!?」


 兎耳は異変に気付くが、もう遅い。


 白狼の女性が、その淡麗な顔から表情を消し……瞳をギラリと輝かせてしまったのだから。


「変わった呼び鈴だ」


 冷徹な声が、静かに響く。


 ーー刹那。


 兎耳の門番、その背後から数歩先。

 屋敷の敷地内に音もなく侵入を果たした白狼は、鈍い輝きを放つ刀身を鞘に納める。


「桜月一刀……三ノ形」


 カチャン、と。鯉口が閉められた。

 兎耳の女剣士は、剣を振り上げたままだった。


「抜刀術、疾風はやて


 静かな声音が響き……どさり、と。

 兎耳の女剣士は、その場に崩れ落ちた。


「次は斬るよ? 兎ちゃん」


 白狼の女性は、両の長袖に手を隠した。

 そして、振り返らずに下駄を鳴らして歩き出す。


 地に伏せた兎耳は、気を失っている。

 しかし、一滴の血も流れていなかった。


「おおおお、お待ちくださいっ!!」


「ん?」


 歩みを進めていた白狼の女性は、屋敷から飛び出して来た狐族の女性を見て足を止めた。


 耳をピクピクさせながら待つ彼女の前に、狐族の女性が到着するまで十秒も掛からなかった。


 地に伏せた門番を見て、狐族の表情が青くなる。


「あ……あぁっ。やはり……っ! も、申し訳ありませんっ! 当家の者が、なんて御無礼をっ!! 彼女はまだ新人でして……っ! あ、あのっ!」


 全力疾走で荒れた息を整える事なく、恐怖を堪え矢継ぎ早に話す。


 そんな狐族の高価なドレスを見て、白狼は肩を竦めた。


「やめてよ。まるで私が悪者みたいじゃない。人の話も聞かずに剣を向けて来たのは彼女なんだよ? 門番をさせるなら、人選には気を遣わないとさぁ。大事なご主人様を身に覚えのない恨みで失いたくはないよね?」


「はひぃ……仰る、通りでございますぅ……っ!」


 やれやれと首を振る白狼に、狐耳はペコペコと頭を下げ続けた。


 腰に吊るされた大太刀から目が離せない狐族は、何とか穏便に済ませたいとばかり考えている。


「まだ良いや。私、君の旦那様にお目通り願いたいんだけど、案内してくれるカナ? 良い洋服を着てるみたいだし、君。愛人枠じゃないんだよね?」


「はい! サナエ・タイガヴェストと申します! レオ様の第四夫人で……っ!」


「第四夫人かぁ。前に会った時は三人しか居なかったけど、今は八人くらい居るんだっけ? 噂では、私の妹にも粉を掛けてたって聞いてるケド?」


「それは……っ! わ、私は反対したんですよ? シラユキ様に手を出すなんて、有り得ませんと」


「あぁ、いいよいいよ。私、狐族は好きだから」


「ほっ……あ、ありがとう、ございますぅ……」


 なにそれ、全然理由になってない……!

 でも助かった!


 ビクビクと震えつつ、安堵する狐族のサナエ。

 そんな彼女に白狼は笑顔で近付くと、ポンポンと二度。軽く肩を叩いた。


「うん。狐族は好きだよ。だって、この私に平気な顔で嘘を吐ける愚か者は、最近じゃ珍しいからね」


「ひぃ……っ!」


 ガタガタと震え出したサナエは、立っているのもやっとの状態だった。


 血の気が引き、全身から一瞬。力が抜けた。


 下着から、内腿をつぅと伝う気持ち悪い感覚。

 自身の情けなさに泣きそうになる。


「どうしたの? さぁ早く案内してよ、狐ちゃん。散々女の子を弄んでいた癖に、雄として完全終了した旦那様に会わせて?」


「うぅ……はぃ……ご案内、致します……」


 怯え切ったサナエが、白狼に背を向けた。


 刹那、


「伏せなさい! サナエッ!」


「っ! はいぃぃっ!!!」


 聞き覚えのある怒声が響き渡った。

 サナエは反射的に蹲った。


「撃てぇー!!」


 敷地内に響き渡ったのは、幾重もの炸裂音だ。

 乾いた火薬の弾ける音が連続して鳴り響く。


「おっと。容赦ないねぇ」


 十数以上の銃が一斉に放たれたのだと、サナエは震えながら目を瞑った。


「ひええぇぇぇっ!!!」


 しかし、彼女は微塵も安心していなかった。

 あまりに余裕のある白狼の声がしたからだ。


「全部、斬ってるぅぅぅう!! ばけものー!!」


 予感は的中した。


 彼女の狐耳が、背後で響く風切音と金属音を完璧に捉え続ける。


 鳴り止まない銃声と切断音に、サナエは泣いた。

 もう周りに構う余裕はなく、号泣した。


「……っ!! う、撃ち方……やめっ!!」


 息を呑んだ女の声が、口惜しげに叫んだ。


 すると、田舎の屋敷は一瞬で静けさを取り戻す。


 サナエは蹲ったまま、恐る恐る背を振り返った。


 そこには、当然のように白い髪が揺れていた。


「……桜月一刀、六ノ形」


 パチン、と。


 流れるように、静かに鞘に刀を納める。


「舞桜」


 そんな白狼は美しく、この場に居る誰もが複雑な感情を表情に出しながら見つめる他ない。


「凄い……流石、桜月が一刀……っ!」


「……桜月一刀流の剣聖。規格外が過ぎるわよ」


 地を這うサナエ。

 屋敷の窓から銃を突き出している女達の指揮官


 同時に呟く二人は、白狼に戦慄を覚えていた。


 華奢な身体の白狼は、一振りの大太刀で銃弾の雨を容易く乗り切ったのだ。


 剣聖と呼ばれた彼女は涼しい顔をしていた。

 その息遣いは、全く乱れていない。


「熱烈な歓迎、感謝するよ。えっと、14人かぁ。君達全員、白猫の女なの? 増えたね、ホント」


 白狼の剣聖は、四階の窓で髪を揺らしている白狐の女性に視線を向け、ニヤリと笑った。


「久しいね、白狐。随分と大所帯になったようだ。旦那は元気かな? ちゃんと相手して貰えてる?」


「ユキヒメェェェ……ッ!!」


 視線を向けられた白狐は、淡麗な顔を歪めた。


 彼女は怨嗟の声を響かせながら、人差し指と中指を立てて念じ、指先を憎き白狼へ向ける。


「あ、ごめん。名前なんだっけ?」


「燃え尽きろっ!! 忌々しいっ!!」


 術によって現れたのは、九つの紫炎の玉だった。


 それらは白狼の来訪者を取り囲み、確実に範囲を狭めながら迫る。


「狐火か。相変わらず面妖で、面白いけど」


 太刀の柄に手を添えた白狼は、ニヤリと笑う。


 そのまま彼女は、狐火に襲われた。


 九つの狐火が衝突して爆炎が弾け、豪炎が天に向かって伸びた。大気が揺れ、爆風によって屋敷の窓硝子が割れ散る。


「ひゃぁぁぁあっ!!!」


 悲鳴を上げながら、サナエは地を転がる。


 窓から身を乗り出していた女達も悲鳴を上げた。


 凄惨な状況の中で、唯一。毅然とした態度の白狐は、光量に僅かに目を細める。


 飛散した硝子に頰肉を裂かれながらも、彼女は堂々とした立ち姿を崩さない。


 一瞬たりとも目を離さない。


 そんな気概が彼女にはあった。


 しかしーー


「どこを見ているのかな?」


 そんな彼女でさえ、悠々と上回る白狼の声。


 背後から聞こえた声に目を見開いた白狐は、唇を固く噤んで震わせた。


(馬鹿な……ここは三階、ですよ?)


 肩を震わせながら、振り返る。


「桜月一刀、五ノ形ーー水面月みなもづき


 白狼は廊下の壁に背を預けて立っていた。


 爆心地に無傷で立ち尽くしていた白狼は、彼女が指をパチンと鳴らすと跡形もなく消える。


「水面に映る月には、何をしても無駄だよ」


「……幻影」


「そう。術士には馴染み深いだろう?」


 僅かに俯いた彼女。その長い白髪の隙間から向けられる瞳に、白狐は息を飲む。


「最強と謳われる剣士の癖に、小賢しい真似をっ」


「うん? 刀術だよ。偏見は視野を狭めるよ?」


 口元に手を添えて、クスクスと笑う白狼。


 圧倒的な格の差を見せつけられて、二人と同階に居た女達は恐怖に震えている。


「馬鹿にしてっ! このバケモっ! くっ……! このっ!!」


 術士である白狐は、もう一度狐火を放とうと構えを作った。

 しかし、それを手で制して……白狼は薄ら笑う。


「やめた方が良い。そんなの、何度やっても私には届かない」


 白狼の大きな黄の瞳が光り輝く。


「私と君じゃ見えている世界が違う。折角綺麗な姿で生まれたんだ。ここで散りたくはないだろう」


 狐族の白毛は、虎族と同じく遺伝ではない。


 ごく稀に生まれ持つ、稀少な存在だ。

 同色の体毛でも、一族の証である白狼と白狐では価値が違った。


 白は、不浄と幸運の象徴。


 ただでさえ白毛であるだけで優遇される価値観の世界で、白狐もまた特別であり羨望の対象だった。


「煩い! お前のせいで私は、あんなクズに穢されて……っ!」


 白狼は古びた手帳を取り出して視線を落とす。

 

「あぁ、そうだ。君、白猫ちゃんの正妻だったね。折角お似合いの二人だ……命は大事にしなよ。幼い子供も居るんだろう?」


「黙れっ!!」


 犬歯を剥き出しにした白狐は、唸り声を上げた。

 その瞳に宿るのは、憎悪の灯火だ。


「よくも抜け抜けと! こうなったのは、私がこんな惨めな想いをしているのは、全て……っ! 四年前に受けた屈辱、忘れたとは言わせないわよっ!」


 懐刀を抜いた白狐は、廊下を蹴った。

 しなやかな肢体が、鋭い踏み込みを実現させる。


「貴女さえ殺せば……私はっ!! 私はぁあ!!」


 一足で距離を詰めた白狐は、過去の因縁に決着を着けようと鋭い刺突を放った。


 しかしーー


「術士如きの刃で、私が獲れる訳がない」


 右手の人差し指と中指で、刃を挟まれてしまう。


「なっ……!」


 常人では到底不可能な離れ業。

 更には、まるで手応えを感じない事に白狐が狼狽えた瞬間だった。


「我流、ユキヒメスペシャル」


 トン、と。

 白狐の首筋に、白い手が添えられた。


「かっ……あっ……」


「手刀」


「ユギッ……ヒメッ……っ」


 最後に……怨嗟の声を絞り残して。


「おやすみ。白狐ちゃん♪」


 白狼の笑顔に見送られた白狐は、グリンと白目を剥いて地に伏せた。


 気を失った白狐を見下ろし、白狼は思慮する。


「うーん、四年前か。思い出せないな……」


 顎に手を当て、記憶の海を探ってみても該当する過去に覚えはなかった。


「最後に会ったのは、三年前の結婚式だったよね。幸せな日の筈なのに、凄い顔してて笑えたなぁ……あれ? そう言えば昔、戦ったような気もするね。確か、名前は……まぁ、いっか」


 思い出すのを諦めた白狼は、にこりと笑った。


「弱い人の名前なんて、私がいちいち覚えてる訳もないしね♪」


 素早く切り替えられるのは、長所だ。


 そう自負している彼女にとって、悩み事など時間の無駄でしかない。


 人は死ぬ時は死ぬ。

 故に、短い余生を楽しまなければならない。

 邪魔をする者が居れば、斬れば良い。


「まだやる? これ以上抵抗するなら、容赦しないケド? 私も暇じゃないからね」


 白狼に視線を向けられ、多種族の獣人女達は震え上がった。


 下半身に力が入らず、失禁している者すら居る。


 誰一人として満足に答えられない様子に、白狼は嘆息する。


「こらこら、そっちから仕掛けて来たんでしょ? 覚悟もないのに、そんな玩具を振り回さないでよ」


 呆れ、苦笑を浮かべて。

 同時に白狼は、この場に現れた新たな気配を察知した。


「お前……は」


 姦しかった戦場に、初めて男の声がした。

 そちらへ視線を向け、白狼は軽く手を上げる。


「やぁ、白猫ちゃん。出て来てくれて良かったよ。手間が省けた」


「ユキヒメ……ッ! こっちに来てやがったのか」


 廊下に現れ驚愕の表情を浮かべている男。

 

 筋骨隆々で高い背丈の身体に部屋着姿を纏っている彼は、レオ・タイガヴェスト。


 この屋敷の持ち主、白狼の探していた男だった。


「たまたまね。お陰で楽しい祭りに参加出来たよ。私だけ置き去りにされてたら悲しいからね」


「楽しい祭り? ハッ……相変わらずだな、てめぇは……狂ってやがる」


 いつの間にか異界に転移しており、現界人に敵視されている。


 そんな現状を楽しめる感性は普通とは呼べない。


 狂人、面と向かってそう呼ばれた白狼。

 だが彼女は、怒るどころか平然と口にした。


「そうかな? 空気も美味しいし、良い世界だよ。臭い絡繰りで溢れた現世は、どうも好ましくない」


「そうかよ……俺の屋敷と女達で遊ぶのは楽しかったか?」


 皮肉を言われた白狼は、意地の悪い表情を浮かべて見せる。


「へぇ? 怒らないんだ。もしかして、もう飽きた娘達なのカナ?」


「ケッ、俺は無駄が嫌いなだけだ。人聞きの悪りぃ事を言うな」


 レオが目線を向けると、愛人の女達は俯いた。


 謝罪の言葉がないのは、圧倒的存在感を放つ白狼を警戒し、口を開けないからだろう。


「ふーん? 随分、女の子達を信用してるんだね」


「こいつらは、自分の仕事を全うしただけだ。その気概は認めるさ。今回は、相手が悪過ぎただけだ」


 悪態を吐きながら、レオは周囲を見渡す。


 床に散らばったガラスの破片。

 窓枠から見える、凄惨な庭の様子。

 廊下の隅で怯え、震えている女達。

 白狼の足元に倒れ伏せている、正妻の白狐。


 改めて見ても筆舌し難い。酷い状況だ。


 レオは再度眉間に皺を寄せ、白狼に向き直った。


「あぁ、安心して? 誰も殺してないし、怪我すらさせてないから」


 軽い口調で宣う白狼。

 マジでとんでもねぇな、と。レオは呆れ果てた。


「化け物がよ……」


 人数も武装も圧倒的。

 地形さえも、味方につけている。

 それに、レオの女達は戦闘経験も浅くない。屋敷の警備を安心して任せられる程には信頼もあった。


「人間だよ? 私は」


 対し、白狼はその身と腰の大太刀のみだ。

 だと言うのに彼女は、目立った汚れ一つない。


「……それで、俺に何の用だ。やっと俺の女になる気になったのか?」


「ん? まさか。ホント、君は昔からそればっかりだね」


「当たり前だ。何度でも言ってやるぜ。お前が手に入るなら何でもやるさ、剣聖。俺だけじゃねぇ……世の馬鹿共は皆、そう思ってる」


「ふーん? まぁ、他人に利用されるのは構わないけど? 私を満足させてくれるならね」


「……俺なら、お前の望みを叶えてやれる」


 ジッと白狼を見つめるレオの目は真剣だった。


 二人は十数秒見つめ合い、沈黙の中で互いの腹を探り合う。


 先に折れたのは白狼だった。


「……だろうね。強欲な君は私が自由に遊んでても小言を言わないどころか、手を貸してくれそうだ」


「強欲、か。俺は、お前みたいになりたいだけだ」


「知ってるよ。だから君は、自ら立候補したんだ。最強の種族、竜になりたいってさ」


「……まさか、お前」


「うん! 赤竜ちゃんの伴侶として半竜化した君を試しに来たんだよ。アテが外れたけどね」


 やれやれと首を振る白狼に、白虎は怒りを覚えて拳を握った。

 

 掌に爪が喰い込み、ブルブルと震える。


「久々にシラユキにも会えると思って、楽しみにしてたんだけどなー。あっ! そう言えば君、妹にも手を出そうとしてたんでしょ? 流石にお姉ちゃん認めないよ? シラユキは私と違って可愛いから、普通に幸せな人生を歩んで貰わないとね」


「……なら、なんで来た? ここに来る途中で顛末を聞いたんだろ。俺を嗤いに来たのか?」


 怒りの形相を浮かべたレオに、白狼は笑顔で応えた。


「うん! と、言いたいところだけど違うかな? 私が欲しいのは君の意見さ」


「……なに?」


「君から赤竜ちゃんを奪って行った相手だ。新たな赤の守護者って、どんな人なのかな?」


 古びた手帳を開いた白狼は、筆も取り出してメモの準備を整えた。


「居場所もお願いね? どうせ誰かに探らせているんでしょ? あ、戦い方まで言わないで。楽しみが減っちゃうから」


「……成る程、お前らしいな」


 早口で聞いてくる白狼は、まるで新しい玩具を見つけた子供のようだった。


 そんな彼女の様子を見て、レオは滾っていた怒りがスッと消えていくのを感じた。


 眼前の雌犬に怒るのは無駄でしかない。

 そう再認識させられてしまった瞬間だった。


「だって、悔しいもん! 私の楽しみを奪ったんだから、代わりに相手するのは当然だと思うよ!」


 ずい、と身を乗り出してくる白狼は瞳をキラキラと輝かせていた。


 鼻息を荒くし、白い尻尾をブンブンと揺らす。


(……頭おかしいだろ、コイツ)


 そんな彼女は、まるで……。


 飼い主に餌をぶら下げされ、お預けをされている食い意地の張った犬だ。


 我慢出来ずに襲い掛かるまで、残り数秒だろう。


(あの出来損ないの守護者になってたら、こいつと殺し合ってたと思うと……ゾッとするぜ)


「あれ? 白猫ちゃん?」


(いや……待てよ。これはチャンスじゃねぇか?)


「ちょっと? 聞いてる?」


(結果的には助かったが、奴は許せねぇ……っ! あの出来損ないはともかく、シラユキは良い女だ。いずれこいつと並べて服従させてやる為にも、奴だけは生かしちゃおけねぇっ!!)


「ねぇ? 下衆なこと考えてるの顔に出てるよ?」


(幾ら奴が化け物で、メルティアとゼロリアを味方に付けていても、この女さえ使えば確実に消せる。流石に策を練る必要はあるが……最終的にやる事は変わらねぇ)


「おーい?」


 顔の前でひらひらと手を振られる。


 レオは、そんな目障りな白狼の手を掴むと笑みを浮かべた。


 思いがけず得た、この好機を逃すものかと。


「ユキヒメ、奴と戦わせてやる。俺と来い」


 それは、怨嗟と復讐に燃える凶悪な表情だ。


 そんな感情を読み取った白狼は……ユキヒメは、白虎の鋭い眼光に怯むことなく、寧ろ微笑んで。


「いいよ? 代わりに滞在中と旅費。諸々の負担はして貰おうかな?」


「ヘッ……! 小遣いくらい、幾らでもやるよ」


「やった♪」


 あまりにも安い経費で、最強の剣士を得た白虎は思いを馳せる。


 思い描いた復讐は、ずっと簡単に果たせそうだ。














 あとがき。


 ポケモン公式のナンジャモの声が、メルティアのイメージ通りで感動した。

 特に顔の作りがね……感動です。


 ニャオハ立って悲しかったけど可愛くてワロタ。


 多分、ゲッコウガの草枠だと思ってます。


 へんげんじざい来いー!


 と、ポケモンにハマってますw


もう少ししたらTwitterに連絡下されば対戦とかしたいですw


今は仕事が忙しくてあまり出来てないので。


 頑張って書きますよ!




 


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