第106話 華のある列車旅。
一日の休日を挟んで、移動日。
予定より長く滞在した港町から離れる。
早朝から荷物を持って艦を降りた俺達は、現在。駅と呼ばれる施設のホームに立っていた。
当たり前だが、周囲には獣耳を持つ者ばかり。
外套のフードを被って頭部を隠しているが、完全に不審者だ。
お陰で視界も悪いし、気が抜けない。
「行き先は首都、ドラグニアです。あなた達には、我がフロストドラ家の屋敷に滞在して頂きます」
そんな俺に、ゼロリアが話しかけて来た。
「いきなり首都か」
「何か問題でも?」
「大有りだ。もう少し配慮して欲しい」
「問題ありませんよ。あなたは私が守りますから」
自信溢れる表情で言って、身体を寄せて来る。
当然、俺はそんな白竜姫様をひらりと躱した。
身体に痛みは残っているが、それなりに俊敏な動きは出来た。
これなら自衛くらい何とかなりそうだ。
「なぜ避けるのです?」
当たり前だろ。公衆の面前だぞ?
「しーぃ、な?」
見てくれよ、ミーアの顔を。絶対やばいって。
竜姫様も刺すような視線を向けて来る。
反応したら負けだ。
「元々は、お前の領地って話だったろ? どうしてこうなった」
白竜姫雇い主様に抗議の目を向ける。
するとメルティアは俺と目が合った途端、薄らと頬を染めて顔を背けた。
「……すまぬ」
もじもじ、と小さな手を弄ぶ。
照れてる場合か。
全く謝罪の気持ちが感じられない。
まぁ、元々呼び出されていたらしいしな。
雇われている身としては、文句は言えないか。
「まぁ良い。それより、お前は俺の雇い主だろ? 堂々としてろ。頼りにしている」
「っ! う、うむ……」
静かに言えば,メルティアの肩から力が抜けた。
彼女の頬が緩むのを見て、俺は前へ向き直った。
「は? 何ですか、この扱いの差は!?」
煩いなぁ。
抗議の声を上げたゼロリアを無視して、俺は背後のシラユキに目線を向けた。
やはり何処か思い詰めたような表情をしている。
昨日、部屋前の見張りに来た時から様子が変だ。
尋ねたいが、思い当たる節もある。
今は、そっとしておこう。
「ところで、鉄道って乗り物はまだ来ないのか? そろそろ定刻だろう」
「どうやら遅延しているらしいが問題ない、良くある事だ」
と、思ったが。
質問に答えたのは、シラユキだった。
「しかし、妾があっちに行っている間に復旧しているとはのぅ。皆には悪いが、妾達は楽しい列車の旅をさせて貰おう」
「艦に搭乗していた車両も出発の時間です。夕刻には合流出来るかと」
車両……馬車の事だろうか?
そう言えば、愛馬のリリィは大丈夫だろうか。
ガイラークが責任を持って連れて行くと言ってくれたが、熊人族のあいつは力が強いから不安だ。
「あの地震から、もう随分経ちましたからね」
「ただの地震じゃのーて、異世界に転移したと知った時は驚いたのぅ。そう言えば、こちらの世界も揺れたのかの?」
メルティアに尋ねられ、思い返してみる。
「いや、そう言った現象に覚えはない。気が付いたら現れてたって話だった」
地震、か。
そう言えば、自然災害の経験はないな。
「そうか……何が原因か、一刻も早く究明出来れば良いのじゃが」
「……そうだな」
原因の究明か。
生憎、それは現状不可能な気がする。
次に夢の中に女神が現れたら聞いてみるか。
こいつらを元の世界に返せれば,全て解決する訳だしな。
「…………」
だからシラユキ、そう睨むなよ。
さっさと帰れと言ったのは、早計だった。
折角友好的に接してくれているのだから、今後の言動には気を付けないと。
手持ち無沙汰になって、ミーアの手を握る力を少し強めた瞬間だった。
突然構内に、ピリリリリと音が響き渡った。
遅れて、ガタンゴトンと重低音が響いて来る。
俺は、近づいて来る音に目線を向けた。
「……なんだ? アレ」
「凄いわね……あんな鉄の塊が、あんなに速く」
見えてきたのは、黒い鉄の塊だった。
あれが鉄道か。減速の最中らしいが、速いな。
「む? 来たのぅ。さぁ、乗り込む準備をするぞ」
メルティアの声に、俺は足元の荷物を拾った。
次に顔を上げた時には、眼前に漆黒の躯体が姿を現していた。
右から左へ、轟音を響かせながら流れて行く。
顔に風圧を浴び、そんな列車を見つめながら……俺は隣に立つミーアの手を力強く握った。
「……そうね、シーナ。私も今、改めて思ったわ」
俺の気持ちを代弁するように、ミーアは呟く。
「私達、まだまだ子供だったのね」
「そうだな。いちいち驚いてたら、身が持たない」
やがて。列車が完全に停止した。
眼前の扉がひとりでに開く。
凄いな。驚けないのが残念だ。
特に感慨も抱かず、慣れた様子で乗り込んでいく異界の女の子達に続いて、列車に乗り込む。
車内の通路を歩き、先行したメルティアの見様見真似で荷物を頭上に上げ、席に座った彼女の隣に腰を下ろした。
あとは座っているだけで目的地か。
信じられないな。
「シーナ」
遅れて対面に腰を下ろしたゼロリアが、にこにこと笑顔で自分の隣の座椅子をポンポンと叩いた。
無視して、俺はメルティアに目線を向ける。
「ところで今更だが、ゼン様とハクリア様は?」
「む? あの二人なら早朝に発たれたぞ」
へぇ。そうだったのか、知らなかった。
ふとゼロリアに目線を向けると、彼女は得意げな顔で補足してくれる。
「普段は北の領地に居を構えていますからね。先に首都へ向かい、普段は人の居ない屋敷の掃除や手配を済ませておくと言ってました」
気を遣わせてしまったのか。
……ん?
「それ、お前は手伝わなくて良いのか?」
尋ねると、メルティアがスッと表情を変えた。
ジトーッとした目が、ゼロリアに向けられる。
無言だが、圧が凄い。
「はい。父様から、今は貴方との時間を大切にするようにと言って頂きました」
しかし、ゼロリアは全く悪びれる様子はない。
幾ら何でも、親馬鹿すぎるだろ。
俺との時間なんて良いから、やるべき事をしろ。
「首都までは半日……長い旅です。どうですか? シーナ。私と親睦を深めませんか?」
深めません。
チラチラと俺を見て来る白竜姫様の対処に困っていると、肩に重さを感じた。
見れば、ミーアが肩に寄り掛かって甘えている。
「おい、ミーア。今は……」
「ごめんなさい。座ったら腰が痛くて……」
ミーアはゼロリアを見て、ふんと鼻を鳴らした。
これでもか、と勝ち誇った表情をしている。
「昨日はあんたに沢山可愛がって貰ったから」
はい? なに言ってんだ? こいつ。
昨日は身体を治す為に安静にしていたが?
「……チッ。本当に目障りな雌ですね。氷像にして海に流し、向こうに送り返してやりましょうか?」
容姿は可愛らしいゼロリアから、凄まじく剣呑な雰囲気が放たれる。
物騒過ぎるだろ。仲良くしてくれよ、頼むから。
「メルティア、あっちの席が空いてるようだ。移動して良いか?」
「指定席じゃ、諦めろ」
指定すんなよ、気が利かない。
「あんた何なの? 確かにシーナは格好良くて優しくて強くて、夜も上手な最高の旦那様だけど」
絶対、最後の要らなかっただろ。
「私のだから、やめてくれない? 目障りよ」
「喚くな下等種族が。全く、目障りな……この男は私のです。潔く身を引きなさい。貴女には不相応だと分かっている筈です。恥を知らないんですか?」
ねぇ君達、実は言葉通じてない?
睨み合い、バチバチと火花を散らす。
そんな酷い幻視を見せてくる二人を視界に入れたくなくて、俺は窓の外へ視線を向けた。
「?」
途端、キュッと右手の裾を握られる。
見れば、メルティアの金色の瞳と目が合った。
期待したような表情で、彼女はボソリと呟く。
「……妾は、ちゃんと譲り合えるぞ?」
「馬鹿言ってないで、勉強するぞ」
とは言え、こいつだけは無碍に出来ない。
人のまま示すと決めた以上、線引きは必要だ。
しかし、彼女は鍵だ。
女神は兎も角、母さんが言ったのだ。
この先、立ち塞がる災禍から俺が生き残る為に、メルティアは必要不可欠な存在だと。
それなりに良い距離感を保ち続ける必要がある。
「他に置いていかれない為に、お前は予習と復習が必要だろう。折角時間があるんだ。無駄にするな」
「ぷっ! そう言えば貴女は勉強が苦手でしたね。他種族より遥かに長く生きている癖に、未だに出来ないんですか? よくそんな体たらくで夢なんて語れたものです。シーナに迷惑だと思いませんか? 私も足を引っ張られて時間を無駄にするのは嫌いですから、早々に諦めて」
「……っ! う、煩い。妾は」
「ゼロリア、やめろ」
目に力を込めて顔を上げ、対面を睨む。
するとゼロリアは、気まずそうに目を背けた。
「なんですか。私は事実を述べただけで……」
「違うだろ。お前はただ、メルティアを貶したいだけだ。人はそれぞれ容姿が異なるように、得意な事と苦手な事、向き不向きがあるのは当然だ」
母さんは言っていた。
人は不完全な生き物で、だからこそ助け合って生きていかなければならないのだと。
「それは貴方達、弱い人間の理屈です。私達は」
「関係ない。人も竜も、自分で生まれ方を選べないのは一緒だろう。大事なのは生き方だ」
俺はメルティアを一瞥し、ゼロリアに向き直って続けた。
「メルティアには夢があり、叶えようと努力をしている。人より時間が掛かっても最終的に出来る様になるなら、それで良いだろ。やる気のある奴を最初から否定するのは止めろよ。俺から見れば、お前こそ人の上に立つ資格がない出来損ないだ。少なくとも俺は、今のお前の力になりたいとは思えない」
「……貴方は本気で、自分の意思で、この出来損ないを選んだと?」
ゼロリアは、不機嫌そうに呟く。
それを聞いて俺は、脳裏に焼き付いた光景を思い出していた。
初めてミーアと話した日。メルティアが見せた表情を。あの時、彼女が流した涙を……俺は疑う事が出来ない。
「そうだ。俺が今ここにいるのは、行き場を失った俺でも必要としてくれた。こいつの、メルティアの力になりたいと思ったからだ」
黙り込んだゼロリアは、俺を真っ直ぐに見つめ返している。
理解しているかは怪しいが、少なくとも自分の否は認めたらしいな。
特にこれ以上小言を言うつもりはないので、無言のままゼロリアと睨み合っていると。
「また……っ。また庇ってくれた……庇ってくれた庇ってくれた」
……ん?
声がして隣を見れば、メルティアは俯いていた。
彼女の手元はもじもじと忙しなく動いている。
赤い髪に隠れて表情は窺えないが、覗く白い肌は朱に染まっている。
「……シーナ、一つだけ忠告しておく」
メルティア、どうしたんだろう?
そう思いながら様子を見ていると、ゼロリアの隣に座るシラユキが真剣な表情で口にした。
「姫様は、ご両親以外から優しくされる事に慣れていない。寧ろ、苦しめられて来たのだ。お前が女誑しなのは知っているが……あまり不用意な発言をすると取り返しがつかなくなるぞ?」
「は?」
え。何それ? 俺が悪いの? これ。
俺は今、凄く良い事を言ったはずだ。
こほん、とわざとらしく咳払いをしたゼロリアも口を挟む。
「……私が言うのも恥ずかしいですが、貴方は彼女の竜装に選ばれて間もない。私達としては、貴方が呼吸しているだけで愛おしく感じる程なのですよ。それなのに……そんな特別扱いをされれば」
「いや、特別扱いなんてしてない。一般論だ」
口を挟むが、ゼロリアは首を振る。
「自重してください。あんな事があったばかりなのです。貴方が何を言おうと私達は……特に、メルティアは嫌でも比べてしまうのでしょう」
「メルティア様のお付きとして、奴には私も散々、苦渋を舐めさせられたと言っただろう」
……なんだ、この空気。
え? なんで二人共、俺をそんな目で見るんだ?
「……何を言ってるのか分からなかったけど、大体分かったわ」
底冷えのする声が聞こえて隣を見る。
ミーアの顔から表情が消えていた。
いやだから、お前は察しが良過ぎるだろ。
「ミーア、違う。誤解だ」
視線を向けると、ミーアは無言でメルティアを指差した。
その指を目で追うと、メルティアと目が合って。
「っ! ふふ……へへ……なんじゃ? シーナ♡」
瞬間、すぐに俺は察した。
これは拙い。メルティアが、また壊れてる。
高速で指を弄びながら、ちらりと俺を見ては口元を一層緩ませる。宝石のような金色の瞳は揺れ、白い肌は完全に茹で上がっていた。
人形のように整った顔立ちをしている彼女の表情は、悔しいが凄まじく可愛かった。
薬が効いてなければ、危なかったかもしれない。
「……その娘が、あんたにとって特別なのは理解しているつもりよ? もし女神様にも何か言われてるなら、あんたが逆らえないのは仕方ないわ」
「違うんだ」
「でもね? 私の前で堂々と口説くなんて……!」
「違うんだ」
「あんたは、私のなのに……っ!」
ぎゅう、と抱かれた腕に力が篭った。
いや本当に……薬、飲んで良かったな。
お陰で、どんな状況でも狼狽える事がない。
「分かっている。信じられないか?」
「……っ! でも。だって……」
「お前が今、信じるべきなのは誰だ?」
「……うっ。ひ、卑怯よ? その言い方」
脱力したミーアが、俺の腕に頭を乗せた。
「……頭、撫でて。この娘達に見せ付けてよ」
「全く、勝手に邪推して不安になるな。大丈夫だ」
望み通り、フードの上から頭を撫でてやる。
「……ごめんね。でも私、不安で。皆、凄く綺麗で可愛いから」
「お前が一番可愛いに決まってるだろ、馬鹿」
「はい……疑って、ごめんなさい。あなた……」
やっぱり、ちょろい。
全く。面倒臭くて、可愛い奴だ。
忘れないうちに、お仕置きしないとな。
そう思いながら顔を上げると、ゼロリアがジト目でミーアを睨んでいた。
「……聞いてはいましたが、仲が良いのですね」
「まぁな。苦労させてばかりだ。感謝しかない」
「折角ですから、あなた達の馴れ初めを話して下さいませんか? 興味があります」
真顔になったゼロリアに、シラユキも真剣な表情で獣耳を揺らした。
「ほぅ? それは私も、是非聴きたい」
「! こ、こらっ! 二人の大切な思い出じゃぞ。お主等は自重しろ」
唯一の良心を装った台詞だが、メルティアの表情から彼女も興味津々な事が分かる。
「人に話すようなものじゃない。ミーアと話せるようになったら聞け。俺からは教えない」
咄嗟の返しは、我ながら良い対応だと思った。
流石に言い辛いからな、あの事件の話は。
「そうですか……残念です。ですが、確信出来て良かったです」
「確信? なにがだ」
ゼロリアはジト目のまま、ミーアを凝視している。
(そこは私が収まるに相応しい……流石は我が半身の選んだ伴侶ですね。甘やかされるのも悪くなさそうです。やはり、この目障りな雌には消えて頂きましょうか)
「……おい。ゼロリア、どうした?」
「あぁ……いえ、気にしないで下さい」
表情に全部書いてあるけどな?
今は口にしなかっただけ、良しとするか。
また悩みの種が増えてしまった。
「お花畑な会話は、もう良いだろ。時間は有限だ」
「現状を招いたのは貴方のせいでしょう。全く……それで、勉強をすると言いましたね? 悪い事は言いません。今は控えた方が良いと思います」
「何故だ?」
「無論。ここが公共の場であり、この世界が私達に牙を剥いているからですよ。分かるでしょう?」
ゼロリアの言葉に、シラユキも同調する。
「特に、ここはあちらと最も近い港町だからな……近隣には被害を受けた村も多くある。残念だが、私もゼロリア様と同意見だ」
言われてみれば確かに……全く考えてなった。
流石だな、白竜姫様は。
迷惑ばかり掛けられているが、意外と考えているらしい。
いや、俺が浅慮すぎるだけか。
「あっ。こっち見たわよ」
「顔が全然見えないな……」
「話を聞く限り、ゼロリア様とメルティア様の伴侶候補みたいだけど……何処の種族だ? まさか、あの二人の竜装をどっちも抜いたのか?」
「細身だし、背もあまり高くないわね」
「ゼロリア様は兎も角、メルティア様はもう婚約されてただろ? ほら、白虎の……」
「馬鹿、知らないのか? あいつ、この世界の蛮人だぜ?」
「あぁ。ゼロリア様が討伐しようとして失敗したらしい。なんでも、不思議な術を使うとか……目を合わせない方が良いぞ」
「嘘だろ……? 今年で「わぁ!」才になるのに、幼体のままとは言え、白竜様だぞ!? やべぇ、俺……さっき目が合っちまったよっ!」
「お前、死んだぞ……冗談抜きで」
周りを見れば、乗客達がこちらに視線を向けて好き勝手言っていた。
もっと早く気付けよ、俺の馬鹿。
「……妾達は、ただでさえ興味を持たれる存在じゃからのぅ」
「あぁ、随分注目を集めているらしい。悪かった。俺のせいで、知らずに敵を増やす所だった」
丁寧に礼を言って対面席を見ると、シラユキが必死の形相でゼロリアに抱き付いていた。
「ゼロリア様! 落ち着いて下さい! 相手は貴女が守るべき民です!!」
「離しなさい、シラユキっ! あの者は我が逆鱗に触れたのです! 滅ぼさねばっ!」
そう言えば、年齢は言ってなかったな。
また知りたくない事を知ってしまった。
まぁ……なんだ。必死になるのも頷ける。
「安心しろ、ゼロリア。俺はお前やメルティアほど耳が良くない」
見ず知らずの他人とは言え、目の前で人死が出るくらいなら嘘をついた方がマシだ。
「! ふー、ふー……ほんとう、ですか?」
「あぁ。残念ながらな」
おまけに肩を竦めて見せると、ゼロリアはどかっと荒々しく腰を下ろした。
「……命拾いしましたね」
殺気立ったゼロリアの視線を受け、乗客達は一斉に目を逸らした。
「ぷっ……! 必死じゃのぅ。おばさん?」
「……あぁ? 屋敷に着いたら覚えておきなさい。出来損ない…っ!」
見た目は幼い、二人の竜姫の目線が交錯する。
「いい加減にしろ。全く……」
俺からすれば、どっちも婆さんだよ。
冷気を撒き散らされるのは健康に良くない。
「シラユキ、良くやった。お疲れだ」
「……あぁ」
場を平穏に収めた功労者に声を掛ける。
彼女はぐったりした様子で左腕を庇っていた。
「痛めたか。メルティア、シラユキと席を変われ。治療する」
「えっ」
「すみません、メルティア様。お言葉に甘えても宜しいでしょうか……」
唖然とするメルティアだが、辛そうなシラユキを見て唇を噛んだ。
そして、
「……くっ! う、うむ……」
渋々といった様子で席を立った。
そんな彼女の代わりに隣に来たシラユキの手甲を外してやる。
「腫れてるな。痛むか?」
「……これくらい、問題ない」
「強がるなよ。とりあえず冷やそう」
全く、見かけによらず意地っ張りな奴だな。
格好付けても、その可愛らしい容姿じゃ無理があるぞ。
「ふん。ざまぁないですね、メルティア。人を馬鹿にするからです、ばーか」
「……屋敷に着いたら、覚えておけと言ったの? 望む所じゃ、この駄竜……っ!!」
しかし、竜姫二人が並んで座ると絵になるな。
表情もやり取りも最悪だけどさ。
そんな事を思いながら、俺は腰道具から取り出した布巾を魔法で冷やし、シラユキの肌に当てた。
「つめた……くっ……」
「痛いなら痛いって言え。とりあえず応急処置はするが、あとで医者に診せろよ」
「分かっている……ありがとう」
「礼は不要だ。やっぱり、お前が一番頼りになる。こちらこそ、ありがとうだ」
「……ふんっ」
照れ臭いのか、素直じゃないシラユキの腕を包帯で固定していると……凄まじい圧を感じた。
「ひっ……」
ビクッと震えたシラユキが、怯えた様な声を発する。
気になって顔を上げると、そこにはシラユキを物凄い形相で睨む竜姫達の姿があった。
え、こわ……流石に恐怖を感じるんだが?
「メルティア。もしかして今回は、シラユキの一人勝ちなのでは?」
「正しくは、今回もじゃ……なぁ? シラユキよ。妾は、お主に自重せよ……と。何度も命令しておるはずじゃな?」
容赦のない圧を叩き付けられ、シラユキの目尻に涙が滲んだ。
「それに、シーナはシラユキと話す時だけ言葉遣いが柔らかくなっている様に感じます。もしかして、普段は周りに壁を作っているのでは?」
あ。
言われてみれば、シラユキとは大分自然に話す様になった気がする。
「うむ。それは妾も感じていたのじゃ。シラユキ、お主……よもや妾に隠れて、シーナと仲良くしていた訳ではあるまいな?」
え?
昨日は二回も食事をご馳走になったが……。
まさか、メルティアは知らないのだろうか?
「あっ……それは、その……っ。いえ、その……っ! 申し訳、ござい」
涙目のシラユキが必死に声を絞り出そうとするのを見て、俺は堪らず口を挟んだ。
「いや。今回も、お前達の自業自得だろう。ゼロリアは相手も考えずに暴れるし、メルティアは配下のシラユキを助けようともしなかった。お前等、ホントに酷いぞ? 本当に人の上に立つ気があるのか? 反省してくれ。流石に愛想を尽かす」
「くっ……!」
「うぅ……っ!」
一言で口を噤んだ二人を見て、俺はシラユキに向き直る。そして、すっかり硬くなった表情筋を動かして、無理矢理微笑んで見せた。
「お前は何も悪くない。謝る必要はないぞ?」
「……シーナ。独立する時は、是非相談してくれ。転職する」
「お前なら大歓迎だ」
冗談めかして肩を竦めて見せると、ピリリリリとさっきも聞いた警笛が鳴った。
ゆっくりと列車が動き出す。
「そうか……ふふ。その時は、よろしく頼む」
シラユキは微笑んで、白い尻尾を左右に振った。
まぁ、俺は当然。人の上に立つ資格も気概もないから、独立なんてあり得ない。
だから、そんな未来は絶対に訪れないけどな。
「……やはり、シラユキは強敵ですね……くぅ」
「うぅ……唯一気を許していた相手に、最近は背中から刺され放題なのじゃ……」
分かり易く落ち込んで、大人しくなった竜姫達。
俺はそんな彼女達との今後に不安を抱きながら、ミーアに目線を向けた。
「じゃ、ミーア。こっちの言葉、勉強するか」
「……うん。早く覚えたいわ。ホントに」
目的地まで、半日の列車旅。
俺はミーアに言葉を教えながら、新しく二つの魔法を習得した。シラユキも手伝ってくれたので効率も良く、二人は一層仲良くなれたようだ。
そして、目的地の首都が見えてくる頃には……。
「シラユキは、白狼族の、戦士?」
「そうだ。ミーアは、弓が得意、だったな? 機会があれば、私に、教えて欲しい」
「向こう、着いたら、教える。シラユキ、私に銃、教えて欲しい」
「勿論だ、ミーア。楽しみに、してる」
二人は優秀なので、ミーアは簡単な会話なら理解出来るようになっていた。
内容は相変わらず物騒だったけどな。
「全く……なぁ、お前ら。もう少し年頃の女の子らしい会話をしてくれよ」
何にせよ、有意義な旅になって良かったよ。
「ゼロリア。妾達、このままだと拙いぞ……?」
「えぇ……分かってます。メルティア、ここは過去の遺恨は一旦忘れて、一時休戦にしましょう」
「そうじゃな……」
一抹の不安は、残ったけどな。
異世界……それも、戦争相手の首都。
いつまでもこんな調子だと、いけないな。
あとがき。
修学旅行。
移動中の列車の中で、女子達と話すのは楽しかったですよね。
トランプやUNOで遊んだりね。
たくさんお菓子持ってきてた覚えがあります。
今思えば、一般客に迷惑だったなーと。
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