第81話 破滅への足音。

 寝室に篭った男女が仲睦まじく過ごしている頃。




 最西端の辺境と呼ばれるセリーヌから、更に西。


 まともに整備されていない街道で、とある一団が野営を行っていた。


 各々が身に付けている揃いの鎧。

 野営地中央に掲げられた旗から、彼等が王国が誇る騎士団である事は一目瞭然だった。


 最優の騎士と名高い老騎士と卒業を間近に控えた学生。


 勅命を受け、彼等が王都を経って数日。


 計26名で構成された小隊は、セリーヌでの最後の休養と補給を終え、訓練と称した野営の後。


 遂に明日。目的地へと到達するのだ。


 与えられた任務を遂行する為、最後の準備を行う教え子達。

 そんな彼等を横目に、自分の天幕の前で剣の手入れを行なっていた老騎士は、近付いてくる足音を耳にした。


「ロムルスか」


「はい。ロムルス・クラウディアスです。教官、少々お時間宜しいでしょうか?」


 足音の主は、赤髪の青年だった。


 端正な顔立ちと引き締まった体躯を持つ青年。

 伯爵家の三男で、老騎士が受け持つ特別クラスでも頭一つ抜けた優秀な生徒である。


 卒業予定の同学年では首席であり、この度の遠征では副小隊長を命じている。

 そんな彼を無碍にする訳にはいかない。


「構わん。どうした?」


「いえ……」


 一瞬。表情を曇らせたロムルスは、師の顔を見て意を決した様子。

 迷いを打ち明けるべく口を開く。


「いよいよ、明日なのかと思いまして」


「なんだ? まさかとは思うが、怖気付いたか? らしくない」


「いえ、そうではありません」


 否定する青年を老騎士は訝しむ。


「では何が言いたい。遠慮は不要だ。言ってみろ」


老騎士が促せば、現実を貰ったロムルスは言われた通り遠慮せずに答えた。


「では、僭越ながら。教官にお聞きしたい。我々がしようとしている事は、正しいのでしょうか?」


「…………」


 教え子からの質疑に驚いた老騎士は目を細めた。


「教官は、我々に正義を為せと仰いました。欠かさず鍛錬を積み、汗を流せ。その分だけ、苦しむ民を救える数が一人、また一人と増えていく。私は教官にそう教わりました」


 自ら説いた教えを口にする。

 そんな教え子の表情には、陰りがあった。


「しかし、これから我々がしようとしている事はその真逆ではありませんか? 王国騎士である我々が……教官、率直に申し上げます。私は、明日の異端審問に疑問を抱いております」


 回りくどい言い回しを途中でやめ、ロムルスは真っ直ぐな瞳を老騎士に向けた。


 核心を突かれた老騎士は、少しだけ逡巡して。


「……その根拠はなんだ?」


 静かな声で尋ねた。

 すると、ロムルスは察して身を乗り出す。


「教官の胸にあるものと同じです。あの方が故郷と両親を恨んでいるなど、にわかに信じ難い」


「知ったような口だな。ユキナと話した事があるのか?」


「偶然、ご縁がありまして」


 老騎士からの問いに真顔で答えた彼は続ける。


「ユキナ様は、御自身でも口にされてました。小さく貧しい村ではあったが、幼少より苦労を知らず、優しい両親から愛情を受けて育ったと」


「…………」


「当時は良く口にされていたご両親の話……血を分けた実の娘でなければ、幾ら目麗しくても。それ程の愛情を注がれるでしょうか?」


「…………」


 教え子の言葉には、肯定も否定も出来ない。

 堪らず、老騎士は黙り込んだ。


 黙り込んだ尊敬する恩師の姿を見て、とある確信を覚えたロムルスは訴えた。


「教官! 答えてください! 我々は、正しい事をしているのでしょうか? 女神様は本当に、我々に己の代弁者として。大罪人として、彼女の親を裁けと仰っているのでしょうか!」


 手ずから、騎士としての在り方を授けた教え子。


 そんな青年からの問いを無視出来ず、老騎士は少し悩んで、

 

「……ロムルス、では貴様に問おう。真の正義とはなんだと思う?」


「答えかねます、教官。その答えはまだ、貴方にご教授頂いておりませんから」


 ロムルスは胸に拳を添え、背筋を伸ばした。


「故に私は、私が最も敬する先達。最優と呼ばれる騎士の命に従うまでです」


 自身に礼を捧げる教え子の姿に、老騎士は表情を曇らせる。


「最優、か」


 老騎士は夜空を見上げた。


「最優の騎士。戦いたくない。愛する者の元へ帰りたい。そう泣きじゃくる、たった一人の少女の涙も拭えない。私には重過ぎる称号だ」


 師の言葉と悲壮感漂う横顔を見て、ロムルスは察した。


「教官……やはり、まさか」


「……忘れるな。ロムルス。この世は、理不尽で満ちているのだ。正義など、胸を張って振り翳すものではない」


 そう告げる老騎士が、ロムルスには何処か寂しそうに見えた。


「……はい。しかと、胸に刻んでおきましょう」


「下がれ。明日も早い」


「はい。それでは」


 静かに告げた老騎士に、ロムルスは深く頭を下げると踵を返した。


 黙って下がってくれた教え子の気遣いに感謝しつつ、老騎士は思い馳せる。


(どれ程綺麗な言葉を並べても、我々騎士にとっての正義とは。与えられた任の完遂、その一点のみ)


 手入れをしていた剣を鞘に収め、老騎士は立ち上がった。


(神の名を騙り、権威を持って益を求める。強者に都合の良い解釈を弱者へ押し付ける。そんな我々に、正義など在ろうはずがない)


 吐いた呼気が冷えた空気に触れ、白く揺れる。


 天幕へと足を向けた老騎士は、ズキリと胸部が痛むのを感じて顔を強張らせた。


 長年。国の為にと酷使し続けた己の肉体。

 限界は、すぐ傍まで迫っている。


(……しかし。それも今回で最後だ)


 天幕に入った老騎士は、荷の中から一冊の本を取り出した。


 古く、ボロボロのそれは幼児向けの児童書。


 表紙に記されている題名は、『英雄と呼ばれた騎士』もう数十年以上持ち歩いている、老騎士の愛書だ。


(結局……私はなれなかった。出会う事すら、叶わなかった)


 もう数百は開いた表紙を開き、記された文字を指でなぞる。


(当然か。真の英雄など、存在しないのだから)


 悲しげな笑みを携えながら。








 互いの想いをぶつけ合った夜の寝室。

 蝋燭の灯りを頼りに、俺達は眠れずにいた。


 それは、身体の熱が冷めてきた頃だった。


「あの赤い娘と話したいわ」


 俺の腕の中で、ミーアは俺を見つめて言った。


 艶かしく上気し、汗ばんだ肌を晒している。

 そんな彼女の頭を撫でながら、俺は逡巡する。


 メルティアと話したい、か。

 当然の要求だが、やはり悩むな。

 可愛いミーアを危険に晒したくない。


 メルティアと話す事自体は構わないが、どうしても危惧していることがあった。


 俺は気付いていた。

 まだ本人から聞いてないが、既に魔人の中には戦争を是としている者が多い事を。

 野営地で感じる視線。あの敵意ある視線は、その何よりの証拠だろう。

 だからこそ俺は、なかなかミーアとの関係に踏ん切りが付かなかったのだから。


「危険は承知の上よ。でも、彼女は私の旦那様の雇用主になるんだもの。挨拶は必要だわ」


 黙って考え込む俺の頰を指で突いて、ミーアが言った。


「いずれ時期を見て、機会を作るよ」


「駄目よ。明日にでも時間を作りなさい。私、あの子に矢を射ったままだもの。無礼を謝罪して、和解しておきたいの」


 ……本当にミーアは変わったな。


 まさか、この口から謝罪したいなんて言葉が聞ける日が来ようとは……。


 いや、変わってくれたんだ。この子は。

 他でもない、俺の為に。


 ……やっぱり、心配だ。


「今は駄目だ。もし、お前に何かあったら」


「なに言ってるの? その為のあなたでしょ?」


 信頼してくれるのは嬉しいが、流石に買い被りすぎだと思う。


「守れる自信がない。もう少し待て。俺がまず、お前の誤解を……」


「それじゃ駄目よ。最初から、私自身が誠意を見せないと意味がないの。分かるでしょ?」


 じっと俺を見つめる彼女の瞳は、真剣だ。

 

 いや、理屈は分かるけど。

 でもミーアは何も分かってない。

 幾ら聡いとは言え、まだ彼女は魔人達の言葉を理解出来ないのだ。


 奴等の隠している本性を知らぬまま、連れて行きたくない。

 

「でも……もしも守れなかったら、俺は」


「は? 何言ってるの? 二度と不安にさせないって言ってくれたじゃない。吐いた言葉、今更飲み込むんじゃないわよ」


 強い口調で言われて、額を指で弾かれた。

 結構、痛かった。


 俺を見つめたまま、ミーアは続けた。


「聞いてた通りね。あんた過保護過ぎるわよ? 私の事、大切に想ってくれるのは嬉しいわ。でも、私はあんたの幼馴染とは違うの。守られるだけの弱い女でいる気はないからね?」


 耳が痛い言葉だった。

 村の皆に聞いたのだろう。

 昔の俺が、ユキナにどう接していたのか。


 前髪が垂れていたので払い除けてやる。

 ミーアの顔がよく見えるようになった。


「お前は強いな」


 思わず漏らすと、ミーアの表情が綻んだ。


「えぇ。あんたのよ。いい女でしょ?」


「……うん。そうだな」


 目を真っ直ぐに見つめて言えば、ミーアは胸に甘えてきた。

 頬擦りした後、俺の傷痕に指を這わせてくる。

 

「守り甲斐があるでしょ? ふへへ……」


 一矢纏わぬ彼女の素肌が、俺に熱を伝えてくる。


 ……少々不安はあるが、可愛い彼女のお願いだ。

 

「分かった。聞いてみる」


 すると見上げてきた彼女は、静かに言った。


「宜しくね。そう言うのは、ちゃんとしないと。後々遺恨を残すわ。なにか分かり易く、誠意を示せれば良いのだけど……」


 気丈な子だ。

 揺れる瞳。ミーアだって不安なのだ。

 それでも、俺を信じて頑張ろうとしてくれている。


「良い子だ。ちゃんと、ごめんなさいがしたいんだな」


「うん……だって」


 俺の顔をじっと見つめて、ミーアは呟く。


「私のせいで、あなたに恥をかかせたくないもの」


「ミーア、お前」


 健気な彼女と見つめ合って。

 ふと、目蓋が閉じたので。望み通り唇を軽く重ねてやる。

 あまり長いと、また我慢出来なくなりそうだ。


 顔を離すと、目蓋を開けたミーアは言った。


「それと。シーナ、次はあなたよ」


「俺?」


 尋ねると、ミーアは頷いた。


「うん。あんたは一度、自分が授かっている力を改めて確認した方が良い。早急にね。魔人と話す能力を授かってたでしょう?」


 疑り深い目だ。

 確かに俺は、彼女に嘘を言った事はない。

 代わりに、隠し事は沢山してきたからな。

 甘んじて受けよう。


「いや流石にないだろ。そんなのがあったら、もう見つけてるよ」

 

 俺だって、怠けていた訳じゃない。


 成人の儀で授かった異能は毎日使い方を探していたし、神官の助言に従って剣士を志した以上。素振りの数も増やした。


 ただ意識の仕方が違ったのだ。

 速くなる自分を想像するのではなく、周りを遅くする意識。

 そうすると、俺の力は発現して……。


「駄目よ。その力だって、成人の儀で水晶に映らなかったんでしょ?」


「うん」


「そうよね? きっと。女神様が気を利かせたのよ。あなたのそれは多分、その後に授かった後天的なものかもしれないわ」


「……そんな事、あるか?」


「それか、水晶に映らないものね。よく考えなさい、シーナ。幾ら剣聖と一緒だったからと言って、原典を授かった貴方が此処にいる理由を」


 言われてみれば……。


「他の原典所有者は、皆……要職に就いている」


 ギルドで購入した手記の記載。

 その記憶を頼りに呟けば、ミーアは頷いた。


「そうよ。冷静に考えたら、貴方が野放しにされてるのはおかしいのよ。でも。他でもない女神様が、あの魔人達を邂逅させる為に隠し続けた。そう考えれば全て辻褄が合うと思わない?」


 無茶苦茶な話だ。

 しかし、神を持ち出されたら否定は出来ない。


 考え方の違いか……試す価値はありそうだ。


 本当に、この子は。

 ミーアは、俺の事を俺より考えてくれたらしい。

 俺なんて、恨んでばかりいたのに。


「目に見えるものが、全てじゃない。か……」


 亡き母の言葉を呟くと、ミーアは俺の腕から抜け出して。


「そうよ。見えなかったでしょ?」


 俺の身体を跨ぎ、馬乗りになったミーアは、欲望に忠実な表情を露わにする。


「実は私、一目惚れだったのよ?」


 それを聞いて、思い出す。

 不遜な態度で、俺を雇うと言い出した。

 そんな生意気な女の子との邂逅を。


「……それはまた。上手く隠し続けたな」


 いつも張り付けていた不機嫌顔はもうない。

 

「でも。貴方は見つけてくれた」


 代わりに、今。

 ミーアの瞳には、情愛の色が灯っていて。

 

「思い知らせてあげるわ。自分で言うのもなんだけど、相当拗らせてるからね?」


 それを見た俺は悟り、観念した。


「それは大変だな……」


 



 予想通り、明け方まで寝かせて貰えなかった。













「ミーアちゃん、こっちもおねがーい」


「はーいっ!」


 昼前。

 村共有の調理場で呼び掛けられたミーアは、額の汗を散らしながら元気良く返事を返す。


 冒険者としての彼女を知る者なら目を疑い、これは夢だと頬を叩き、その痛みから今度は幻覚だと目を洗いに向かう。


 そんな今の彼女の姿は、共に昼食作りに励む村の女性達の最近の楽しみになっていた。


「今日はなんだかご機嫌だねー! ミーアちゃん」


「はいっ! あ、分かります?」


「そりゃ分かるよー。いつもより良い顔してるからねっ!」


 ニコニコと笑顔を向ける女性達。

 彼女達は既に知っている。


 普段は猫を被っているミーアは、凄まじく顔に出る女の子だという事を。


 昨日の朝なんて、ミーアはとても話し掛け辛い表情と雰囲気を醸し出していた。

 その為、皆で密かに心配していたのだが……


「そうですか? そっかー、分かっちゃいますかー!」


 ニマニマとだらしない笑みを浮かべるミーアを見て、これは何かあったと察した。


 この場にいる全員が、生まれた時から知る少年。

 

 そんな彼が連れて来た少女は今、とても幸せそうだ。


「なんだい? 遂にあの意気地無しが男を見せたかい?」

「意気地無しって……そういう言い方は良くないでしょ?」

「事実でしょうが。少しはマシになったみたいだけど、こんな良い子を不安にさせるなんて信じらんないわよ」

「ミーアちゃん凄い落ち込んでたものねー。一度皆で怒っとく? あの意気地無し」


 杞憂に終わった想いに安堵し、村の女性達はよく知る少年に思いを馳せる。


 自分の好きな人が滅茶苦茶に言われている。

 しかし、ミーアの気分は晴れやかだった。


「うふふっ。皆さん、ありがとうございます」


 愛想の良い笑みを浮かべ、ミーアは女性達を観察した。


 ミーアの見立てによれば、この村に未来はない。

 それは火を見るまでもなく明らかだ。


 今後、新たな家庭。子供を授かるような若い男女は皆無。

 こんな秘境も秘境。不便ばかりが目に付く環境では、新たな移住者も望めないだろう。


 故に、この村の住人は変化に飢えている。


 そして、口では散々言っているが……彼女達が彼を大切に想っているのは間違いない。


(全く……媚び甲斐があるわね)


 ミーアに言わせれば、こんなに媚びれば媚びる程、得をする状況もないのである。


 本来、他者に媚びる事を是としないミーア。

 そんな彼女でも、これ程美味しい状況を活かさぬのは愚かだと言わざる得ない。


「だけど、ご心配には及びません。あの馬鹿は私が必ず、幸せにしますから」


「ほー、言うねぇ」

「幸せにして貰う、じゃなくて?」


「皆さんもご存知の通り、彼は奥手ですから」


「ハナから期待してないって? いいねぇ! その意気だ。何か困ったらすぐに言いな! あんたはもうこの村の宝、家族だ。力になるよぉ? なぁ?」


「はい。ありがとうございます!」


 村の女性達に囃されて、ミーアは人懐こい笑みを深めて見せるのだ。

 そんな笑顔に騙されて、喜ぶ女性達を味方につける為に。


 今のところ、ミーアの計画は順調だった。

 

 ただ一人を除いて。


「…………」


 盛り上がる場で一人。黙々と調理を続ける女。

 

 その女に、ミーアは一瞬。冷めた視線を向けた。


(何よ、相変わらず感じ悪いわね。そんなに私が気に入らないワケ?)


 その女の名は、シロナだ。

 剣聖を生んだ母親である。


「いかん」


 鋭いミーアの視線に気付いた村長の妻は、娘を奪われて以来。落ち込んでいるシロナの様子を心配していた。


 ようやく、孫のように可愛がっていた少年が次に進めそうなのだ。


「なぁ? シロナ。あんたもそう思うじゃろ?」


 どちらに加担するか脳内で天秤に掛け、婆さんはミーアの肩を持つことにした。


 我ながら、残酷な事を言っていると思いながら。


「ミーアちゃんは本当に良く働くし、気立ても良い。何より、こーんなに可愛いくて……文句の付けようがないわい。これでシーナも安心じゃな」


「……そうね」


 村の女性を取り纏めている村長の妻。

 そんな婆さんに話し掛けられれば、流石に無視は出来ないらしい。


 しかし。他に比べ、やはり歓迎されてない事が嫌でも伝わる声音に、ミーアの頰がヒクついた。

 

 婆さんはそれを見て焦る。


「全く、感じ悪いねぇ〜。ごめんねぇ、ミーアちゃん。シロナも悪気があるわけじゃないんだ。ただまぁ……色々あってねぇ」


 申し訳なさそうな婆さんを見て、自分の態度に気付いたミーアは慌てた。


「そんな。私は気にしてませんから」


 両手を振り、おまけに苦笑して見せれば、女性達は非難の目をシロナに向けた。


 本当にミーアの計画は順調らしい。


 しかし誰も口には出さない。

 事情を知っている為、皆少なからず同情しているのだ。


 周囲の雰囲気を察して、ミーアは思慮する。


(やっぱり、気になるわね。なんでまだ、こんな所に放置されているのかしら? 例え偶然だとしても、あの剣聖の母親なのよね? 女神に選ばれた人物なのよ? 後世に名が残って、然るべき……)


 シロナを見つめ、村に来てから何度も抱いた疑念を抱いた時だった。


「皆! 大変だっ!」


 突然響いた足音の主が大声で叫んだ。


 ただならぬ声音に意識を奪われ、振り返る。


 するとそこには、息を切らせた中年の男が中腰で呼気を整えていた。


(確か、憲兵の……あれ? 名前なんだっけ?)


 一度名前を聞いたはずだが、思い出せない。


 その男は村に三人しか居ない憲兵の一人だった。


「どうしたんだい? そんなに慌てて」


 そんな彼は顔を上げ、余裕のない表情で叫んだ。


「騎士だ! 騎士団が来る! もう、すぐそこまでやって来てるんだっ!!」


「なんだって!?」


 その言葉に、全員の表情が強張った。

 突然の騎士団の来訪だ。嫌でも緊張が走る。


「……ユキナ?」


 ただ一人、剣聖の母親を除いて。

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