第82話 一人前になった少年

「ミーアが、お前と話したいと言っている」


「構わぬぞ?」 


 野営地でメルティアと対峙した俺が切り出すと、彼女はあっさりと了承した。

 随分と即答で快諾したな。

 弓を引かれた事、まるで気にしてないようだ。

 

「……俺は、お前に手を貸す事にした。ミーアも同行させる」


「それは本当か! いやぁ、どうやら上手くやったようじゃな。良かった、良かった」


 喜びを露わにしたメルティアは、金色の瞳を輝かせて頷く。

 ほんの少し上がっている口角から、察されている事は分かる。

 無粋な勘繰り……いや、確信されてるな。これ。


「番が出来たなら、次は群れだな」


 シラユキが、得心した顔で頷いた。


 群れ? 集団で生きる術を学べって事か?

 確かに必要だな。俺は友人を作るのが苦手だ。

 ミーアも友人は欲しいだろう。


「これ、シラユキ! お主は何を言っておるか!」


「安心してください、メルティア様。まだ私が子を為せるかの確認が出来ておりません。暫くは様子を見ますから」


 メルティアに倣って、腕と足を組んだシラユキは偉そうな態度で言った。


 それを聞いて、身を乗り出していたメルティアは目を丸くした。


「む? おお。それなら……って、安心出来るか! この馬鹿者っ!」


 一瞬とは言え。こんな雑な言葉に騙されるなよ。


 俺の賢くて可愛い彼女を見習って欲しいよ。


 そうして暫く。二人の醜い争いを見守った後……俺は頃合いを見て話題を変えた。


「続いてだが、一つ確認がしたい」


「なんじゃ?」


 興味を示したメルティアに、俺は尋ねた。


「メルティア。お前は今、どの程度の立場に在る? 少しでも不安があれば教えて欲しい」


「……っ!」


 途端、メルティアは分かり易く表情を曇らせた。

 黙り込んだ彼女を見て、確信する。

 これは、何かあるな。


 シラユキを盗み見れば、彼女も同様で険しい顔をしていた。

 その瞳が、メルティアの黒い角や翼に向けられているように感じて。俺は思慮し……。


 そう言えば。

 勇者が討伐した魔人の四天王。彼女の父親は、髪と同じ……。


 赤い角と翼があったという話を思い出す。

 対し、メルティアの角と翼は漆黒だ。


 様子を見る限り、幼竜だからと言う彼女の言い分は信用に値しない。


 色が関係しているのか? 

 そう思った俺は、遠慮なく尋ねた。


「その黒い角と翼が、何か関係しているのか?」


「……醜い、じゃろう?」


 突然。メルティアは座ったまま翼を広げた。

 その金の瞳は、悲壮な色を灯している。


 闇夜のような、漆黒の翼。

 小さな手を添えられた、黒い角。


 俺の答えを待つ彼女の表情は、儚げで。

 とても強大な力を持つ存在のする姿ではなくて。


 ……醜い? 馬鹿言え。


「そうか? 綺麗なものだと思っていたんだがな」


 自然と口を突いた言葉に、メルティアの瞳が大きく見開かれた。

 疑念を抱えて見れば、シラユキの表情にも驚愕が浮かんでいた。


「お前、それは本心か?」


 固まってしまったメルティア。

 金の眼前に手を伸ばして振っていると、隣から震えた声がした。

 

 シラユキは、分かり易く動揺した様子だ。

 一体なんなんだよ? 


「あぁ。初めて見た時から、そう思ってたぞ? ……何だよ。お前ら。説明を要求する」


「あ……あ、ああ……」


 変な呻き声を発しながら。

 翼を畳んだメルティアは、自らの両頬に手を添えて。呆然とした顔で呟いた。


「はじめて……そんな風に、言って貰えたのじゃ」


「何か関係あるのか? 親とは違う、その翼が」


 何か思い詰めたような表情をしている。

 そんなメルティアを見て、待っていると……。


 代わりに口を開いたのはシラユキだった。


「メルティア様の翼と角は、奥様譲りなのだ」


「? それに何の問題が? 俺の髪も母譲りだ」


「お前は良い。美しい純白だ。だが、メルティア様の母上は……猫族だった」


 疑問を投げかけるが、返ってくるのは核心と程遠い答え。

 猫族……異種族婚って事? 


 そんな風に言われても、俺にはさっぱりだ。


「シラユキ。もう良い、黙れ。後は、妾から話す」


 ようやく落ち着いたらしい。

 金色の瞳を向けて来たメルティアは、俺の顔をじっと見て唇を開いた。


「シーナ。聞いてくれるか? 妾は……」


 ただならぬ雰囲気で。

 メルティアが、話を切り出した時だった。


「大変です! メルティア様!」


 突如駆け寄って来た一人の魔人が叫んだ。


「街道に武装した集団が現れました! 村へ向かってきています! 数は26。小隊規模です!」


「なんだと!?」 

 

 報告を聞いたシラユキが椅子を蹴って立ち上がった。

 凄まじい剣幕だ。


 小隊規模の軍、だと?

 まさか、嗅ぎ付けられたっていうのか?

 ここに、彼女達がいる事を。


「ミーア……っ!」


 勇者一行が、来やがったのか?










 時は少し遡る。


 辺境と呼ばれる最西端の街から、更に西。

 名前すらない村に、乗馬した騎士隊が訪れた。


 騎士甲冑に身を包んだ騎士達は皆、兜を取って素顔を晒していた。


 皆若い騎士ばかりだ。

 中には数名、女性騎士の姿もある。


「これはこれは、騎士様。こんな秘境の地までご足労頂き、ありがとうございます」


 村の代表。村長である老人は、二十数名の全住民を村の広場に集め、来訪した騎士隊を出迎えた。


 騎士隊の先頭に立つ唯一の老騎士は、そんな老人を馬上から見下ろして。


「其方がここの代表か? 我が名はアラド・ドラルーグ。陛下よりこの小隊を預からせて頂いている」


「アラド・ドラルーグ……成る程、かの高名な最優の騎士様ですか。貴方様のご武勇は、この秘境の地までも響き渡っておりますよ」


 村長の言葉に、村人達に緊張が走る。


 最優の騎士。

 それは、女神エリナの代弁者である教会と国王陛下が承認し、下賜された名の一つ。


 特に今代、老騎士の名は歴代の中でも頭一つ抜けていると聞き及んでいる。

 それは、彼が若輩から立てた輝かしい武勲の数々は勿論。大変な人格者である事……更には。


「で、あろうな。お前達は、女神エリナ様に選ばれた英雄。剣聖様を育て上げたのだ。それだけではなく、もう一人……私と同じ。女神様の使徒を託されていた。その功績、称賛に値する」


「勿体なきお言葉、大変恐縮でございます。そういえば、私の紹介がまだでございましたね。私は」


「不要だ。それよりも、剣聖ユキナを育てたご両名にお目通り願いたい。名乗り出させよ」


 自己紹介が必要ない。

 そんな不敬な事を言われても、村長は顔色一つ変えず老騎士の言葉に従った。


「コニー、シロナ。前へ」


「ふへぁっ? は、はいっ!!」


「は、はい」


 名を呼ばれた二人は、騎士の中に娘の姿がないかと目で探している最中だった。


 しかし、呼ばれてしまった以上は中断せざる得ない。

 返事をし、老騎士の前へと出て来る。


 二人は既に気付いていた。

 娘は居ない、と落胆していた。

 その為、両名共に怯えながら前に歩み出た。


「ふむ……貴様等がユキナ様の? 随分と似ていないが、偽りないか?」


「へ、へぇ……ないです」


「ありません! ユキナは私の娘です! あの子は確かに私達には似てませんが、私が腹を痛めて産んだ大切な娘です!」


 覇気のない返事をするコニー。

 娘に会いたい一心のシロナ。

 両名を観察しながら、老騎士は瞳を鋭くした。


(……真実なのかもしれんな。これならば)


 絶世の美少女であるユキナ。

 そんな彼女の面影をまるで持たない二人を見て、老騎士は少し気が楽になった。


(罪の意識も、抱かずに済むだろう)


 老騎士は思いながら、再度問う。


「再度、問おう。偽りはないか?」


「あ、ありません! 俺……私が、ユキナの父親です!」


「あの子は私の娘です! 娘に会わせて……」


 必死な形相で応え、訴える二人。


 そんな二人に対し、老騎士は能面のような表情を顔に貼り付けたまま片腕を上げた。


「異端者、両名を確認。直ちに捕らえよ」


「「はっ!!」」


 老騎士の指示に従い、下馬した二名の若い騎士達が老騎士の両端から飛び出す。


 二人の騎士は、そのまま呆然としている二人の背に回ると、手荒く地に伏せさせ拘束した。


「ぐっ……え? えぇ?」


「い……はっ!? な、なに? なんでぇ!?」


 縄で縛られながら、剣聖の両親は声を漏らす。


 そんな二人を塵でも見るような目で見下ろしながら、老騎士は背後の若騎士達に指示を出した。


「記録は出来ているな?」


「はい! 問題なく」


 馬上に残る若い騎士の手に、水晶が握られている。

 それを一瞥した老騎士は、一つ頷くと手を天に掲げた。


「うむ。では、これより。異端者コニー、異端者シロナ。両名の異端審問を開始する。罪状は分かっているな?」


「え? え、ええ? いいい、異端者? お、俺達が??」


「ざ、罪状??? 異端??? 分かりません!! 罪状なんて分かりません! 私達は、何も……! 私達は女神エリナ様を信仰する、敬虔な信徒で御座います!」


 冷たい声音での問い掛けは、理解出来なかった。


 しかし老騎士は、村人二名の訴えに微塵も耳を貸す様子はなく、冷たい瞳を向けたままだ。


「こ……これは。これは一体どういう事じゃ!! この二人になんの罪がある!? 無罪じゃ!!」


 叫び、注目を集めた村長は続けて叫んだ。


「この二人は何もしておらん!! それどころか、あの剣聖……人類の希望である英雄の。ユキナの両親なのじゃぞ!?」


「あれも捕らえておけ。あの老人は王都まで連行し、陛下の御前で罪を償って貰う」


「はっ!」


 老騎士は口を挟んだ村長にも捕縛命令を出した。


 指示に従った騎士が村長へ駆け出したのを見送って。下馬した老騎士は、見下ろす。


 縄で縛られ、膝立ちにさせられた剣聖の両親。


 見知った少女の面影をまるで持たない、二人の異端者を。


 その余りに見慣れた光景に……感慨も抱かずに。


 故に。老騎士は躊躇いもなく、胸元から丸めた羊皮紙を取り出して広げる。


「では、異端者コニー。異端者シロナ。これより、このアラド・ドラルーグが両名の罪状を読み上げる」


 最優の騎士。

 民を守る為、長年身を挺してきた男の姿はそこにはない。


 あるのは、権力に踊らされた愚者の威光のみだ。


「お待ち下さいっ!」


 その威光に、異を唱える者が現れた。

 

 肩より僅かに長い緑髪を揺らして、凛とした瞳で村人達の前に歩み出たのは一人の少女だ。

 

(む? この娘は?)


 格好を見る限り村娘に違いないが、調書にないその少女を見て、老騎士の眉が僅かに動く。


「君は?」


 少女は胸元に手を添え、堂々と背筋を伸ばした。


「子爵家が次女、ミーア・クリスティカで御座います! ドラルーグ騎士長! これは一体、どういう事なのでしょうかっ!」


「なに……っ!?」


 名乗りを聞いたドラルーグは驚愕した。


 同じく、その場にいた全員が動揺した。

 目を丸くしてミーアを見ながら、騒ぎ出す。


 控えている若い騎士たちは。


「嘘……あのクリスティカ?」

「大商会を持つ子爵家のお嬢様が、どうしてあんな格好を?」

「待て。ミーア? ミーアって、まさか……」


 状況を飲み込めていない村人達は。


「ミーアちゃん……」

「嘘……貴族のご令嬢だったなんて」

「私。今朝、野菜の皮剥きさせちゃったよ!」


 騒がしくなった村の広場で、老騎士はミーアを観察した。


 古着を纏ってはいるが、その立ち振る舞いには確かな気品がある。

 とても村娘のそれではない。


 更に言えば、その少女に見覚えがあった。

 ドラルーグは、静かに震えた声で紡いだ。 


「なぜ……君が、ここに」


 それは数年前。出席した王城の夜会で、一人。

 酷く、つまらなそうに会場の隅に立っていた。


 ……最早、疑う余地はない。


「まさか、自由ギルドに囚われた。ミーアとは」

 

「……っ! ま、紛れもなく。私の事ですが」


 問い掛けに、僅かな動揺を見せて。

 ミーアは、堂とした姿勢を崩さぬままに告げる。


「それが、なにか?」


 ミーアが強い語気を発した瞬間だった。


 何かが高速で飛来し、彼女と老騎士の間を通過して行った。


 離れた地に突き立ったそれは、一本の矢。

 

 注目を集めたそれから、一早く射手の特定に意識を向けたドラルーグは……再度驚愕する。


「……やはり」


 木々の隙間から、広場に入って来たのは……。


「帰って、居たのか」


 姿を見たと同時、ドラルーグは後悔した。


「おい、クソ騎士共」


 セリーヌの街に立ち寄った二日前。

 その所在を確認せず、隊を進行させた事を。


 自由ギルド支部。

 犯罪者の巣が壊滅してから一月も経っていない。


 彼は、まだ……療養中だと思っていたが故に。


「その女に、指先一本触れてみろ」


 黒い外套を風に揺らして。

 白い剣を腰に携え、歩いてくる。


 白髪の少年は、その端正な顔を向けていた。


 村に訪れた、招かれざる客。騎士隊。

 捕縛された恩人。

 理不尽に、ただ一人立ち向かう。愛する少女。


 順を追って視線を向けた少年は、最後に。

 騎士隊の隊長と認めた老騎士へ視線を向けて。


「殺すぞ?」


 蒼い瞳には一切の感情を灯さずに……告げた。


「シーナ! ダメ! 来ちゃダメっ!」


 彼に救われた少女が、悲痛な声を上げる。

 その名が、何よりの証明となった。

 

 剣聖の幼馴染。


 宰相からの勅命を受け。

 ある少女と同じく、傀儡にする為。


「我、女神の祝福を受けし者」

上昇加速ブーストアクセル加速アクセラレーション


 騎士として、最後の任務と決めた老騎士が。


「止まれ……若造っ!!」


 連れ帰らねばならない少年が、そこに居た。

 











 


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