第68話 嘘吐きな英雄。

「遂に、この時が来たね。シーナ」


 暗い闇の中で、ただ一人。

 光を放つ存在がいた。長い髪をした女だ。

 彼女は目蓋を閉じたまま、口元を緩める。


「抗っては駄目よ、シーナ。それが貴方の運命なのだから」


 女神、そう呼ばれる存在は暗闇の中で一人嗤う。


「彼女は、貴方が歩む旅路の案内人」










 辺境の地で少年と少女が邂逅を果たしていた同時刻。


 夜空の下。王都の中央に存在している王城の一室には一人の騎士が招かれていた。


「それで、どうだ? やってくれるか?」


 宰相ハレシオンは、来客用のソファに腰掛けながら尋ねた。


「……まさか、そのような大役を私のような老いぼれにお任せ願えるとは」


 ハレシオンの対面に座るのは、一人の老騎士。

 既に一線から身を引く年齢ではあるが、未だ隠居は許されていない。

 そんな彼は、ハレシオンにとって長年の戦友と呼べる男だった。


「老いぼれ、か。ふふ……確かに君は老いた。しかし、それは外見だけだ。私は未だ君以上に優れた騎士を知らない」


「買い被り過ぎですな。我が国には勇者が居るのです。剣聖も育った今、私もそろそろお暇を頂きたい」


「ははは、暫くは無理だな。今は一応、戦時。それも魔人と人。互いの存亡を掛けた争いの最中だ。とてもじゃないが、私は君を手放す気にはなれん」


 ハレシオンは紅茶を一口含んでから続けた。 


「では、やってくれると言うことで良いな?」


「はい、お任せ下さい。ユキナは……ローレン侯爵令嬢は私の教え子。愛する弟子の一人です。今は剣聖として多忙な彼女の代わりに手を汚せと言われて、断るようでは師失格です。本来ユキナが令嬢として歩む筈だった幸福な過去と、今以上に素晴らしい剣聖として民の希望の象徴になる筈だった今と未来。それらを奪った大罪人には、相応の報いを受けて頂きましょう」


 老騎士の頼もしい言葉に、ハレシオンは頷く。


「うむ、感謝する。では、早速準備に取り掛かってくれ。出発は三日後だ。陛下の誕生式典の最中、見送りパレードを行う。場所が場所なので、十日以上も君が私の手元を離れるのは不安だが……なに、我が国最優の騎士である君への褒美だと思って我慢しよう」


 再度紅茶を口にし、ハレシオンは続けた。


「今年の卒業生達も君の指導を受けた者達は皆、優秀だと言う話は私の耳にも入っている。数日は何処かに立ち寄って休養しても構わん。卒業前の教え子達との旅行だと考え、楽しんでくるが良い」


 せめてもの労いと口にするが、老騎士の眼光は休養と聞いて鋭さを増す。


「お心遣い、感謝致します。しかし、御言葉ですがゼオシオン様。私は剣を陛下に捧げた身、任務中と併用しての休養など考えておりません」


「ふ……真面目だな君は。だが無理はするな。君も私も、もう若くはない」


「心配は無用。移動だけならば、未だ王国内を十往復しようとも疲労を感じないでしょう」


 勇ましい言葉を口にし、老騎士は微笑む。


「それよりも今、私は楽しみで仕方がありません。我が最高の弟子であるユキナの生まれ育った地に赴き、女神様が遣わした人類の至宝たる彼女に貧しい生活を強い、満足な教育も施さず、あのように痩せ細るまで虐げた……身の程を知らぬ不埒者。この胸に渦巻く憤りを、我が教え子達の糧に出来るとは、なんたる僥倖か」


 力強く宣言する老騎士を見て、ハレシオンも笑みを浮かべる。


(流石は最優の騎士。手元を離れる前に人を斬らせ、即戦力を育てる。彼の指導は、実に理に適っている)


 ハレシオンは口元を綻ばせながら眼前の騎士の言葉に耳を傾けていた。


(自らの衰えを感じ、後進の育成を始めると宣言した彼が教育の場に立つようになって三年。彼が育てた騎士達は皆、騎士団に入ってすぐから他を圧倒する優秀な者達ばかりだ。特に今年は素晴らしいと聞く。やはり、ただの村娘でしかなかった剣聖の師となった事が、彼にとって良い経験になったのだろう)


 剣聖ユキナに剣を教える人物として、目の前の老騎士を推薦したのはハレシオンだった。


 自分が最も信頼する騎士が更なる発展を見せ、一段と頼もしくなってくれている事をハレシオンは心から喜ぶ。


 故にハレシオンは選んだのだ。

 この老騎士を剣聖ユキナの両親を亡き者にする刺客として。


 生まれたばかりのユキナは、ローレン侯爵家から拐われ、辺境の地で村人として育てられた。

 そんな悲劇の物語を紡ぐ為に。


 地図にも載ってない辺境の貧しい村。

 たった一つ消すだけで、望む未来が訪れる。


 消さない理由がない。


「そうか。君の気持ちは分かった。ふふっ。しかし、君の忠誠心にはいつも驚かされる。その身、どうか朽ち果てるまで使い潰させてくれ」


「はっ。有難い御言葉です」


「では、細かい段取りを話そう。もう暫く、付き合ってくれ」


「はい」


(これで我が国の未来は安泰だ。後は、剣聖ユキナの真実を私から発し、全国民の認識を改めるのみ)


 ハレシオンは晴れ晴れとした心持ちで、最も信頼する騎士を見つめた。






 話を終え、執務室を出た老騎士は、夜の闇の中。

 一人で帰路に着いていた。


(ユキナの両親……彼女の故郷を消す、か)


 脳裏に浮かぶのは長い白銀の髪を持つ少女。 


 初めて彼女と出会ったあの日から、既に一年と半年の時が流れていた。


(女神エリナ様に選ばれた彼女を、現世に産み落とし、貧しくも愛情を持って育て上げた。そんな彼等を……この手で)


 老騎士は葛藤しながら、開いた拳を握る。


(本当にそんなことをして良いのか? 私は、騎士ではないのか? 民は、人は。我々は等しく、女神エリナ様の子。同じ神を信仰する家族……ではないのか?)


 悩みながら城門へ向かっていた老騎士。

 ふと……風を切る音に足を止めた。


 耳を澄ます。

 すると、その音が何度も続いている事に気づく。


(ん? これは……見事な。まさか、な)


 音の原因が何か。

 長年の経験で悟った老騎士は歩み出した。

 向かった先は庭園の傍にある広場。

 騎士団の鍛錬場だ。


(やはり……しかし、素晴らしい冴えだ)


 そこには、一人の少女が剣を振るっていた。


 月明かりを浴びて煌めく長い銀髪。

 普段な後頭部で纏めてあるそれは、彼女が一振り剣を振るう度にふわりと舞っている。


 剣聖。ユキナ・ローレンの姿があった。


 老騎士は瞼を細めた。

 彼女が剣を振るう度、大気が揺れる。

 華奢な身体からは想像も出来ない轟音と風圧は、老いた身体には刺激が強かった。


(美しい。やはり、君は間違いなく選ばれた存在だ。ユキナ)


 肌寒い空の下。

 薄く軽い鍛錬着を身に纏い、真剣な顔で素振りをする彼女を神々しいとすら思いながら、その光景を眺める老騎士。


 一年半前、初めて顔を合わせた当時。


 彼女は、肉体も精神もあまりに脆かった。

 本当にただの村娘だった彼女は、今や老騎士にとって自慢の弟子だ。


「……どなた様でしょうか?」


 不意に素振りを止めた少女が鈴のなるような声を発した。

 そこに多分な警戒心を読み取った老騎士は、仕方なく歩み寄る。


「私だよ、ユキナ」


 老騎士の顔を認めたユキナは、青く大きな瞳をパチパチとさせて。


「せ、先生っ!? あっ……」


「構わん。私の事は先生と呼びなさい。そう言ったのは私だ」


「は、はい……ですが」


 表情を曇らせるユキナに、老騎士は暖かい笑みを向ける。


「確かに私は、君が私の手を離れる時。もう先生ではないと言った。同じ様に私の手を離れた他の弟子達にも、私を先生と呼ぶ事は禁じているからだ。しかし、君は別だよユキナ。君は、私の一番の愛弟子だ。叶うならば私は天命を全うし、女神様の元に登るその時まで、君の師で在りたいと考えている」


(それは私が剣聖だからでしょ?)


 老騎士の言葉に、ユキナは複雑な心境になりつつも笑みを浮かべた。


「有難い御言葉、感謝致します。では、今後もご指導ご鞭撻の程。宜しくお願い致します」


「うむ」


 頭を下げたユキナを見下ろしながら、老騎士は頷く。


 老騎士には、ユキナが今。どんな考えをしているのか察しはついていた。


 しかし、それは言葉に出さない。

 今、どんな言葉を掛けたところで、目の前の少女には届かない事を老騎士は理解しているからだ。


 自らの姿勢で伝え、然るべき時が来たら話そう。

 老騎士は以前から、ずっとそう考えていた。


(故郷の両親が知らぬ間に死んだと知った時。彼女が……剣聖がどうなるのか、ハレシオン様は考えなかったのだろうか? 絶望の底で、もし。もしも両親を討ったのが私だとユキナが知れば、彼女との師弟関係に亀裂が入るのは言うまでもない。それどころか……私は、彼女にとって憎悪の、復讐の対象に変わるだろう)


 それも今は、叶わなくなった事を老騎士は悔やむ。


(既に私は、彼女にどんな顔で接すれば良いのか、分からない)


 複雑な心境なのは、老騎士も同じだった。


 しかし、命令には逆らえない。

 どんな命令でも必ず遂行する。

 それが国に剣を捧げた騎士の使命。


 老騎士は、これまで一度たりとも任務を失敗したことがない。

 どんな無理難題を押し付けられても期待以上の戦果を持ち帰り続けた。


 最優の騎士。

 老騎士がそう呼ばれる所以にして、自分以上にその称号が相応しい人間はいないと言う自負もある。


 故に。老騎士は既に決めていた。

 彼女の。ユキナの両親の首を必ず持ち帰ると。


 例え、愛弟子であるユキナに。

 最強の剣士、剣聖に恨まれようとも……。


「……ところで、こんな夜更けに一人で抜け出して素振りとは、どうしたのだ?」


「うっ……」


 頭を深く下げたユキナの肩が、ぴくりと跳ねた。

 何か事情がある事を察した老騎士は続ける。


「何か事情があるなら話して見なさい。力になろう」


 剣の師という非常に断り辛い相手に尋ねられて、ユキナは焦った。


(うぅ……そんなこと言われてもなぁ。最近、シスル様がシーナを王都に呼ぶ口実が出来たって喜んでたのを、ルキアとルナに自粛させられて機嫌が悪いせいで、毎晩寝室に呼ばれるから寝不足で、身体は痛いし、シーナはあんなに乱暴な事しないから妄想出来ないしで辛いから、見つからないようにしてます。なんて言えないし……それに、もし今、間違いが起きちゃったら怒られるのは私なのに、全く気を遣ってくれないし……)


 本当は声を大にして相談したい事を胸中で叫びながら、ユキナはチラリと師を見上げた。


(でも、先生ならシスル様をどうにかしてくれるかも。せめて、もう一度シーナに会うまで……綺麗な身体で居たいから)


「どうした? 遠慮せずに言ってみなさい」


「い、いえ……」


(あぁ、だめ! やっぱり言えるわけない! なんか、シーナの事考えてたら、身体。火照って来ちゃったし! もういいから帰ってくれないかな!?)


 間違いなく赤くなっている顔を隠す為に、ユキナは頭を下げたまま胸中で叫んだ。


「本当に、なにもないのです。ただ、王都に戻ってからというもの。連日執務に追われる生活でしたので、鈍らないよう努めていた次第で……」


(あぁ、考えといて良かったぁ……ホントは折角だから窮屈なドレスを脱げるし、外に出れるし、一人になれるから気を遣わなくて良いしで最高! よし、素振りでもしながら、なんとかシーナと会う方法を考えちゃうぞ! なんて考えたからです……とは言えないもんね)


「そうなのか? ふむ……なら良いが」


 老騎士は釈然としなかったが、一先ず納得した体を示した。

 もしかしたら、異性には相談し辛い内容なのかもしれないと考えての事である。


「流石は我が愛弟子。剣聖という絶対の才覚を持ちながら、殊勝な心掛けだ」


 流石の老騎士も、まさか眼前の剣聖の頭の中が、大変なお花畑になっているとは、夢にも思っていなかった。


「あはは……ところで、先生はこんな夜更まで何を? 確か、今は前線から身を引き、王立学園の騎士科。それも、成人の儀で女神様から素晴らしい恩恵を賜った者や自ら見出された才ある者ばかりを集めた特別なクラスを新設され、教鞭を取っておられると聞き及んでおりましたが」


 一応、老騎士の動向について調べておいたユキナが告げる。

 老騎士はそれを聞いて、


(……いずれ、そう遠くない内に。いや、明日には耳に入る事だ。ならばせめて、他者ではなく私の口から告げるのが道理だな)


 一瞬の逡巡の後、話す事を決めた。


「ああ。実は君に朗報があるのだ。先程、宰相様より君の両親の保護と王都までの護衛の任を預かった」


「え……っ。あっ」


「あぁ。君の耳にも入っていた通り、私は今。王立学園で騎士科の四年生。その中でも私が直接この目で見て、選んだ。これからこの王国を背負うに足る才ある若者達の育成に心血を注いでいる。そんな彼等もあと数ヶ月もすれば春になり、私の手元を離れていくのだが……その前に、私はそんな生徒達を連れ、姉弟子である君の両親を。剣聖の生みの親を守護し、お連れするという大役を拝命した」


 老騎士の言葉に、ユキナは目を輝かせた。


 自らの師でもある老騎士は、最優の騎士と称される王国最強の一角。

 同じく女神に選ばれた勇者一行。

 自身と同じ三人を除けば、ユキナが最も信頼する騎士である。


 そんな彼が両親を迎えに行ってくれる。

 途端、ユキナの雑念は一瞬で吹き飛んだ。

 胸中を覆う感情に、不安は一切ない。


「良かった……私はやっと。やっと両親に……パパとママに、会えるのですね」


 以前、四天王の一角を討って里帰りした時。

 とても両親に甘える事など許される状況ではなかった事を思い出す。


 以前は、とても娘としての顔を見せられなかった事を今更ながらに悔いていた最中だったところだ。


 端的に言えば、寂しかったのである。

 自然に涙が溢れた。


 これには、『神の使いである剣聖は、人類の希望。最強の剣士。故に、人前では決して涙を見せるな』と教えた老騎士もユキナを責める事が出来なかった。


「うむ。楽しみに待っていなさい。可能な限り速く帰ってくると約束しよう」


「先生っ!」

 

 感極まったユキナは、剣を投げ捨て老騎士の胸に飛び込んだ。


「ありがとうございますっ! 本当に……ありがどう、ごじゃいましゅ!! ありがとう……ありがとうございますっ!!」


 胸の中でわんわんと子供のように泣くユキナ。

 彼女は、年相応の姿を晒していた。


「あぁ。任せておきなさい」


 年若い、華奢な少女。

 そんな彼女の今の姿を見て、誰が思うのだろう?


 彼女は剣聖。

 その両肩に、人類の未来が懸かっているなんて。


(……すまない、ユキナ。本当に、すまない……私は、師……君の先生、失格だ)


 老騎士は、ただ為されるがまま立ち尽くし、ユキナの涙を受け止めた。


 彼には最愛の弟子を抱き締める事は出来ない。

 彼には、その涙を拭ってあげられない。


(私は、とても天には登れないな。この身が朽ちた時、私が行き着く先は女神様の元ではない)


 美しく、儚い少女の泣き声を耳にしながら。


(なにが……最優の騎士だ)


 老騎士は、そっと空を見上げる。


(私が憧れ、研鑽し、いつかと夢見た騎士は。英雄は……道に迷い、親に会いたいと泣きじゃくる少女一人も救う事が出来ないのか)


 老騎士の名は、アラド・ドラルーグ。


 数十年と言う長い時の中。

 一度も逃げる事なく、民の為に剣を握り続けた。


 王国最強の一角、『最優の騎士』である。





  PS 

   ユキナ書くのかなりキツい。

   本人もキツいけど、実際かなり可哀想。

   外見かなり可愛くて可哀想な目に合わせたら性癖ツンツン出来るかと思ったけど、僕には無理でした。マジでキッッッッッッッツ!!!!


   誰だよ、このキャラ考えた奴。

   誰だよ、こんな地獄みたいな小説書き出したのは……マジ神経疑うわー。ヒクワー。

   







ちなみに今の外見可愛さランキング。



一位   ユキナ



二位   メルティア

 (赤竜の少女。外見の可愛さだけならほぼ同率)



三位   シラユキ

    (メルティアの側近)白狼の女剣士



四位   シーナ母


    (最強)



五位   ルキア


    (おっぱい)




六位   ルナ


    (ロリ)




七位   受付嬢サリアナ


    (腹黒)




八位   ミーア


(性に目覚め、意外とちょろかった最凶ツンデレ)


です。

今、ランキングに居ないキャラは質問頂ければお答えします。



































一位   シャルナ


    (最強クールビューティ)



五位   アーシャ


    (性癖がバグる性別不詳)




おまけはここまで。


感想返しからやりますので、今のうちにお願いします。以前の話の分も最新話に頂けますと対応します(昔のは中々難しいので)。



ばいばーい!



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