第67話 紅の少女

 武装を整え、外で待っていた魔人達と合流する。


 彼等の背を追う形で家を出た俺は、出たばかりの家へと振り返った。


「ミーア」


 俺は、お前のお陰で救われた。

 生涯を共に、そう誓い合った幼馴染。

 それなのに、他の男を選んだ最愛の彼女。


 諦め、忘れ、強くなる。

 そう誓った筈なのに、いつまでも引き摺り続けていた想い。


 お前は、ユキナの事を忘れさせてくれた。

 前を向けるように手を引いてくれた。


 こんな俺を、好きだと言ってくれた。


「行ってきます」


 さようなら、なんて絶対に口にしない。

 思わない。


 俺は必ず、お前の元に戻る。

 もう二度と失わないと決めたのだ。


 俺は彼女と、共に。

 仲良く手を取り合って、歩んでいきたい。


 彼女にプレゼントして貰ったコートの裾を掴んで前を向く。

 軽く息を吐いて、強く想う。


 俺は必ず、あいつの元に帰る。

 生まれ故郷と、俺に惚れてくれた女。

 いや、俺が好きな彼女を、ミーアを守る。


 そんな決意を胸に前を向いた。







 俺は、もう誰にも奪われない。







 魔人達に連れて来られたのは、村の中央広場。


 村の皆で騒いだ宴会後。 

 確実に消したはずの篝火が、光を放っている。


 しかし、予想以上に多くの魔人が居る。

 ざっと見ただけでも六十……いや、百は居る。

 その全てが、広場に入った俺を見ていた。


 困惑や警戒、中には憎悪のような感情を顔に浮かべている。反応は様々だ。


 何にせよ、これは……戦闘になれば厳しい。

 まるで勝ち目がないぞ。


「あっ……皆、見てっ! シーナよっ!」

「あ、あいつも捕まったのか? それにしては様子が……」

「なんであいつは縛られてないんだ? おいシーナ? なぁ! お前、シーナかっ!?」

「あぁ……あぁ、シーナ駄目よっ! に、逃げなさいっ!」

「おいシーナッ!! こいつらは一体なんだ!? お前、何か知ってるのかっ!?」


 広場に入った俺は、胸糞悪い光景に思わず顔が強張るのを自覚した。


 村の皆が、捕まっていた。

 両手を後ろ手に縛られ、一箇所に集められた皆は膝立ちの格好を強要されているのだ。

 取り囲むように立つ六人の魔人に槍や剣を向けられている。


「……舐めやがって」


「すまない。しかし堪えてくれ」


 思わず呟くと、前を歩くガイラークが小声で謝罪してきた。


「すぐに解放するよう、俺から提言する。だから、今は剣を抜かないでくれ」


「分かっている。しかし、もし誰か一人でも傷付けてみろ。そいつは殺す」


「…………」


 ガイラークは黙ったまま頷いた。


 見たところ、捕まっている皆は誰も大きな負傷をした様子はない。

 一先ず安心だ。


 俺が胸を撫で下ろした時だった。


「ガイラークよ。その者は?」


 突然前から、声がした。

 偉そうな物言いだが……まだ幼い少女の声だ。


 見ればガイラーク達は歩みを止めていた。

 俺も歩みを止める。

 いつの間にか、俺は広場の中央まで来ていた。


「拘束せず、帯剣まで許しておるのか?」


「はい、メルティア様。実は……」


 メルティア? メルティア、だって?


 偉そうな口調で話しているのは幼い少女だ。

 こいつが、この魔人達を従えているのか。


 彼女は、村での集まりで村長が立つ礼台に腰掛け、黒い靴下で覆われた細い脚を組んでいる。


「実は? 実は、なんじゃ? 何故黙る。遠慮せずに申してみるのじゃ」


 ……美しい、少女だ。


 頭の両端で束ねた長い髪。

 真紅に彩られたその髪は、闇の中。

 篝火の光に照らされ、風に揺れていて。


 大きな金色の瞳は、どんな純金にも劣らない輝きを放っている。


 彼女は、俺の幼馴染。

 女神に選ばれた英雄。ユキナにも負けず劣らず、まるで同じ人とは思えない可愛らしさだ。


 思わず、目を奪われる。

 

 メルティア。

 彼女は、神に愛された。そう言われても信じられる程、驚くべき容姿を誇る少女だった。


「はい。メルティア様……実は、この者は」


「あんたが……メルティア、か?」


 なんとか絞り出した声は、震えていた。


 あ、不味い。

 薬で殺した感情は、誘惑してきたミーアが可愛い過ぎたせいで不安定らしい。


 冷静になれ、俺。

 相手は魔人だ。俺と同じ、人間じゃない。


 惑わされるな……こいつは、敵だ。


 敵。そう強く念じると、スッと頭が冴え始めた。

 感情が薄れ、消えていく感覚だ。


 俺を見て、紅の少女が目を丸くした。


「! なに? お主、今なんと言った!?」

 

 どうやら、不遜な態度が気に入らないらしい。

 

「聞こえなかったのか? あんたがこの馬鹿騒ぎの首謀者か? と聞いている」


 よし、動悸が消えた。

 頭が冴え切ったので、改めて少女を睨む。


「あんた? だとっ!? 貴様っ! なんだその無礼な物言いはっ! このお方を誰だと心得るっ!」


 抜剣する音に目を向ける。

 そこには長い白髪の女が居た。


 碧眼を持つその女は、非常に目力が強い。

 整った顔立ちも相まって、相当な覇気を感じる。


 頭からピンと立った細い獣のような耳と腰から生えている尻尾は、髪と同じ白色。

 こうして見ると、魔人達の耳や尻尾は本当に様々な形状がある事が分かった。

 この女は狼に似ている。


 何にせよ、手に携えた剣の切っ先は真っ直ぐに俺へ向けられている。

 俺も抜剣して迎え討つべきだろうか?


「シラユキ。よい、やめるのじゃ。剣を引け」


「しかしメルティア様! この者は我が主を侮辱しましたっ! 今ここで、我が愛剣の錆にしてやりますっ!」


「妾は剣を引けと言った。二度も言わせるな」


 ギロリ、と。

 赤い髪の少女は白髪の女を睨み付けた。

 表情からは、愛らしさが消えている。

 

 その瞳は、まるで蜥蜴のような縦線の黒目だ。

 凄まじい威圧感……なんだ、こいつは?


「……っ!?」


「ぐ……っ!」


 なんだよ……この重圧は。


 こんなの、知らない。

 やばい、こいつは、上手く言えないが……とにかく、やばい!


「も、申し訳……ありません」


「ふぅ。分かれば良い」


 怯えた白髪の女が謝罪し、剣を鞘に納めた。

 

 すると、途端に身体を縛るような重圧が嘘のように消えた。

 な、なんだったんだ? 今のは。


「すまぬ、客人。恥ずかしいところを見せた」


 赤髪の少女は苦笑しつつ、俺に謝罪した。


「……全くだ。手下の躾は苦手か?」


 と、そんな憎まれ口を叩く俺だが……やばい。

 こいつ。とんでもない化け物だぞ。どうしよう。

 見た目は幼女だが、まるで勝てる気がしない。


「と、ところで。お主」


 ふと、赤髪の少女は鼻息を荒くしながら身を乗り出して来た。


「しゅ、出身は? は、はぁ……はぁ……生まれはどこじゃ? ど、どこで育った?」


 ん? 

 え。えぇ……? なに? その質問。


 てか、鼻息荒っ。

 しかもなんだ? その期待に満ちた目は?  

 え? 急になに? 気持ち悪っ。


「な……なんで、そんな事を」


「良いからっ! 良いからっ! し、質問に答えるのじゃっ! 焦らすでないっ!」


「……生まれも育ちも、この村だが?」


 仕方なく答える。

 途端に少女の顔が更に一段と輝いた。


「では、お主はこの世界で生まれ育ったのじゃなっ!? ふ、普通にこの世界の者とも話せるのじゃなっ!?」


「当たり前だろ」


「そうかっ!! ほ、ほほぉ……っ! そうかそうかっ!! で、では。何故お主は妾と話せる? 妾達の言語……そ、その親竜語はどこで習得したのじゃ!? 随分と流暢に話せるようではないかっ!」


 え……やだ。この子、なんか凄いグイグイ来る。

 いや。本当に鼻息荒い。なんだ? その表情。

 うわぁ……折角の美少女が台無しなんだが?


「そんなもの、俺が知りたい。気付いたら話せるようになっていた」


「嘘を吐くな、そんな訳ないじゃろ」


「嘘なんかじゃない。というか、俺はお前達と人間の言語が異なる事すら、さっきまで知らなかったんだ。俺は今でも、普通にこの世界。王国共通語を口にしているつもりだ」


「……どういう事じゃ?」


 訝しげな表情になった少女の顔を見ながら、思考する。

 やはり、原因不明だ。どうなってる?


「おい貴様! 何を訳の分からん事を言っている! メルティア様は頭が少々弱いのだ。もっと分かりやすく説明しろ!」


 シラユキとか呼ばれていた白髪の女魔人が叫んだ。

 頭が弱いとか言ってるけど……。

 お前も人の事言えないじゃないか。

 

「うっ! うむ……すまんがもう少し……ん? シラユキ。お主。今、妾を馬鹿だと言ったか?」


「そんなまさか! 大丈夫ですメルティア様っ! そんな所も貴女の魅力の一つ。私は、とても可愛いと思います!」


「お主は少し黙っておるのじゃ!」


 なんだこいつら。

 メルティア。賢明な判断だな、話が進まん。


「そんな! 私はメルティア様の事を思って!」


「全く……シラユキ。暫く、妾の許可無く発言する事を禁じる。黙っているのじゃ」


「うぐっ……! くっ! 貴様のせいでっ!」


 白髪の女魔人は、俺をキッ! と睨み付けた。

 いや、自業自得だろ……なんで俺のせいなんだ。


「こほん。すまんかった。話を戻そう」


「構わない」


 少し時間を貰えたお陰で、考えも纏まった。


「それで? 何か他に心当たりはないのか? お主だけが親竜語を話せる理由について」


 理由については、推測だが心当たりはあった。

 しかし、それを話して良いのか躊躇う。


 何故なら、彼女は魔人。

 俺の目の前にいる存在は、人類の敵なのだ。


 俺が女神エリナが新たに創り出した固有スキル。


 原典とも呼ばれる祝福を、力を与えられている事を話しても良いのだろうか?


 いや、流石に駄目だろ。


「心当たりはある。だが、話す事は出来ない」


「むっ、それは何故じゃ?」


「俺にとって、あんたは敵だ。信用出来ない」


 少女の目を見つめ返して告げる。


 すると彼女は俺の目を暫く見つめた後、瞳を周囲に走らせた。

 恐らく、今。自らが作り出した現状を再確認しているのだろう。


 俺の村を襲い、大切な人達を捕虜にしている……今の状況を。


「そうか……仕方あるまい。しかし、誤解しないで欲しい。妾はお主と敵対する意思はないのじゃ」


 小さく溜息を吐いた後、少女は告げた。


「妾達はただ、とある目的を果たす為。やってきただけじゃ。そして、その目的も済んだ今。大人しく帰国しようと考えておったのじゃが……」


「目的? なんだ? それは」


「妾の両親が、最期を迎えた場所を訪れに来たのじゃよ」


 そう口にする少女は、寂しそうな顔をしていた。

 とても嘘を吐き、でまかせで作れる表情ではない。


 同時に、俺は察した。

 もう半年前、この村に訪れた勇者一行。

 彼等は、この村から近い場所で魔人の中でも四天王と呼ばれる強大な力を持った魔人の一体を討った筈だ。


 確かに、言われてみれば合致する。

 彼女の頭にある黒い角と翼。

 そして、紅の鱗を持つ尻尾。


 全て、聞いていた四天王の特徴に。

 四天王の角と翼は赤かったらしいが、娘と言われれば疑う余地はない。

「妾達がこの村に立ち寄り、このような行動に走った理由は村を焼く為ではない。物資の補給の為じゃ。妾達は海路を用いてこの場に来ておるから、戻るには十数程の日数が必要で……全てを奪うつもりはないのじゃ。ただ妾達が海を渡る間に必要な食糧と、可能であればこの世界の本。知識を、譲って欲しかったのじゃよ」


「そうか。それにしても、随分と強引な手段だな」


「仕方がなかったのじゃ。妾達の言葉は、この世界の者達に届かんから……」


 ギュッと膝の上で拳を握り締める少女。

 彼女の金色の瞳は、いつの間にか潤んでいた。


「頼む。信じて欲しいのじゃ。妾は、妾達はただ、この世界の者達とも仲良くしたい。争いたくなんて、ないのじゃ……」


 それは、悲鳴のようにも聞こえた。

 まさか、魔人。それも上位の存在らしい相手から、こんな言葉を聞かされる事になるなんて。


「なんだよ、それ」


 しかし、俺は彼女の言葉を聞いた瞬間。押さえ難い怒りを感じる事を自覚した。


 人間と仲良くしたい? 争いたくない?


 じゃあ何故、あんた達は現れた? 

 何故、戦争をしている?

 全部、全部。ただ言葉が通じないから。

 外見が異なるから。

 そんな些細な誤解から生まれた、無意味な争いだってのか?


「くっ……!」


 しかし、この想いを目の前の少女にぶつけたところで何の意味もない。

 俺は開きかけた唇を噛んで耐えた。


「じゃが……こんな苦しい想いを我慢するのは今夜までじゃ」


 少女は濡れた瞳で俺をじっと見つめ、無理やりといった様子で笑みを浮かべた。


「遂に……遂に見つけた。妾は、光を見出したのじゃ」


 突然そんな意味不明な事を言い出した彼女を見つめ返して、気付く。


 その金色の瞳に宿っている感情は。


「お主、名は?」


「人に名を尋ねる時は、まず自分から名乗れよ」


「おぉ……? わかった。妾はな」


 少女は小さな胸を少しだけ張って、手を添えた。


「メルティア。どうじゃ? 良い名じゃろ?」


 にっこりと笑う彼女に思わず見惚れる。

 しかし、すぐに頭を振って雑念を払った。


 惑わされるな、俺。

 こいつは同じ人間じゃない。


 俺には、彼女の頭に生えている二つの黒い角も、背から生えている蝙蝠のような翼も、腰の辺りで揺れている蜥蜴のような尻尾もない。


「……シーナ。冒険者、シーナだ」


「シーナ……シーナ、か。うん、覚えた。シーナ。呼び易く、良い響きじゃ。素晴らしい名前じゃな」


 そんな事を言いながら笑う少女を見て。

 俺は過去。まだ幼い頃のユキナに言われた言葉を思い出していた。


『シーナってさ、綺麗な響きの名前だよね。呼び易いし……私、大好きだなっ!』


 自分だって綺麗で、可愛くて。呼びやすい名前をしている癖に……。

 ユキナは何かと俺を褒める女の子だった。


「早速で悪いが……」


 少女の言葉に意識を向け直すと、彼女は自らの白く小さな手を俺へ向けてきた。


「シーナ。妾は、お主が欲しい。だから来い。妾と共に」


 ……は? 

 何言ってんだ、こいつ。

 それはつまり、俺に人類を裏切って、お前ら魔人の仲間になれって意味か?

 冗談にしても笑えないぞ。


「……断るに決まっているだろう」


「いいや、悪いが必ず連れて帰るぞ。お主はもう、妾のものじゃ」


「やれるもんなら、やってみろ」


 今からお前を誘拐しますと堂々と言われた俺は、腰を落として剣の柄を握った。


 何故だ? 何故こうなった。

 正直、勝てる気がしない。


「そうか。では、そうさせて貰おう」


 少女は礼台から飛び降りると、地に降り立った。


 こうして見ると、本当に華奢で小さな身体だ。

 角の先でも俺の胸程しかない。


 しかし、先程叩き付けられた重圧は本物だった。

 それに、あの角と尻尾。バサっと闇の中で広げられた翼は、見掛け倒しの偽物ではない。


「ふぅ……」


 頰に汗が伝わるのを感じながら、俺は抜剣した。


 冷たい風の吹く、初冬の夜。

 生まれ育った故郷の地で。


 俺は紅の髪を持つ少女、メルティアとの邂逅を果たした。



















みみみみみみ、皆さん。お久し振りです。


多分皆、私の事なんて忘れていたと思います。


はい、すみません。




言い訳になりますが、しゅっこー! になり、忙しかったです。

あまりにいきなりの事で会社の対応が悪く、初めてのホテル暮らしを余儀なくされるほどに。



Twitterでは呟いてますが、私は九州出身です。


そして今は……でっかいどぅ!


はい、北海道にいます。



おぅ……日本の反対側やんけ。



こっちの夏は全然暑くないのね。まったく汗かかないからびっくりしてます。


やっとアパートが契約出来てネットが繋がったので活動が再開出来たってわけです。はい。



社畜の旅路です。




本編について触れます。やっとメインヒロイン出せました。


なろうバンされて書き直し、リアルの忙しさもあって本当に二年かかりました。


すみません。


Twitterに画像ある子です。



次週からですが、メルティアちゃんとシーナがガンガン絡んでいきます。


もう既にメルティアちゃんに一目惚れ気味なシーナ……あ。なんかあっちの茂み、よく見たら違う緑色の……あれは、髪の毛???


ヒロインではない(鋼の意志)ミーアちゃんの活躍にも期待してください。



そろそろボインなヒロインも出したい今日この頃。別にロリコンとかじゃ、ないんだからねっ!



PS  ところでプロット読んでたら名前決まってないキャラ多過ぎて笑えるんでまた募集しても良いですか? (ちなみにメインヒロインとか言ったメルティアちゃんですら以前決めて頂きました)


ちゃんと名付けたいキャラの名前は今後、必要な時に設定公開と募集をさせて頂きます。

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