第69話 竜の少女。

 紅の髪を持つ魔人の少女に対峙し、剣を構える。


 勇者一行が討ち滅ぼした強大な魔人。

 四天王と呼ばれる存在の一柱。

 この少女は、その娘を名乗った。


 女神が地上に遣わした四人の英雄達が、率いる騎士達と共に壮絶な激闘の末、討伐した。

 正真正銘、怪物の娘。

 高い戦闘能力を誇る事は、想像に難くない。


 俺に、勝てるのか? 

 勝てる訳がない。


 愛くるしい少女の容姿で、紅の魔人は嗤う。


「くふっ……! くふふふふっ! 待った。妾は待ち侘びたぞ、この時を。あぁ……妾達はまだ、見放されておらんかったのじゃな」


 やはり、彼女も怪物なのだ。

 そうでなければ、あの自信に満ちた表情に説明が付かない。


「聞こえるか? 天の声が! 妾には聞こえる。確かに聞こえるのじゃ」


 こいつは、俺が今後。

 どれ程の研鑽を積んでも倒せない。


「妾達はこのまま、滅ぼされる運命にはない。これ以上、無意味な血を流す必要はないのだと!」


 俺の幼馴染と同じ。

 絶対的な強者である事を宿命付けられた存在。


「そうか」


 俺のような常人が届く道理のない、化け物なのだろう。


「それは、良かったな」


 小さな背から、闇夜に広がる黒い翼。

 まるで蜥蜴のような縦の黒目を持つ金色の瞳は、幻ではない確かな光を放っている。


「うむ! 故に、シーナよ。お主には妾の所有物になって貰う」


 満面の笑み。

 こいつ……可愛い顔で事をなんて事を。


 ……なぁ。女神様。

 俺、なんかしたか? 


 あんた。ちょっと俺の事嫌いすぎるだろ。

 次から次へと。よくもまぁ、こんな無理難題押し付けやがって。

 全く、よく思い付くもんだ。


「……勝敗はどう付ける?」


 少女が無邪気に放った言葉を聞き流しつつ、俺は尋ねた。

 対して返された反応は、小首を傾げた姿。


「ん?」


 ……本当に馬鹿なのか?


「……まさか何も考えていなかったのか? 俺を殺す気はないんだろ?」


「あ。立ち合いの取り決めかの?」


 少女は腕を組み、小さな胸を張った。

 背は本当に小さいが、胸はミーアよりあるな。


 って、今はそんな場合じゃない。


「そうだ。流石に、無抵抗の女は斬れない」


「構わん。妾に僅かでも傷を付ける事が出来れば、お主の勝ちじゃ。ほれ、どこからでも掛かって来い」


「……は?」


 あまりに舐めた提案に耳を疑うが、少女は自信に満ちた表情で偉そうに腕組みしたままだ。

 どうやら本気で言っているらしい。


「妾は手を出さん。ほれ、納得行くまで打ち込んで来るが良い」


「……おい。俺の話を聞いていたか? 俺は、無抵抗の女は斬れない」


 少女を殺すだけなら、それで良いだろう。


 だが、今は違う。

 後から周りの仲間に卑怯だとか言われ、襲い掛かられたら終わりだ。


 この場に居る奴等、全員が納得する内容で彼女に勝利する必要がある。


 そんな俺の杞憂を嘲笑うように、少女は告げる。


「心配無用じゃ。お主の持つ鋼の剣。それも、そんな見るからに粗悪な代物では、妾に傷を付ける事は叶わん。嘘だと思うなら試してみるが良い」


 不遜な態度を改めるどころか、母さんの形見である俺の剣を侮辱する少女。

 その金の瞳にあるのは、絶対的な自信だ。


「それは。随分と気前が良いな」


「なに、せめてもの詫びじゃ。無論。もしお主が妾の身に、僅かでも傷を付ける事が出来たなら。妾はお主を諦め、この地を離れると約束する。その上で、なにか一つ。願いを叶えてやるぞ? 望むならお主を主人と認め、この身を捧げてやっても良い」


 変わらず偉そうに言って、彼女は口角を上げた。

 すると、慌てた様子で白髪の魔人が叫ぶ。


「っ! メルティア様、突然何を言い出すのですっ! 旦那様の亡き今、我々は万が一にも貴女を失うわけには参りません! 軽率な発言は控えて下さいっ!」


「シラユキ。妾はお主にいつ、発言を許した?」


 配下からの苦言に少女が鋭い視線を向ける。

 すると、白髪の女魔人は「ひっ!」と声を上げ、怯えた表情を見せた。


「黙っておれ、シラユキ。これは、ケジメじゃ」


「ですが……っ!」


「妾を信じられんか?」


「いえ、そういうわけでは……」


「ならば、黙って見ておれ」


 少女が放つ剣呑な雰囲気は凄まじい。

 気を抜けば、一瞬で押し潰されそうだ。


 白髪の女魔人が黙ったのを見て、紅の少女は声を張り上げた。

 

「他の者も良いな! 異論のある者は申し出よ! お前達の主人である妾を疑う心が、僅かでもあるならば……我が竜の力。この場で存分に知らしめてやろう!」


 少女の言葉に、静まり返る魔人達。

 風の音だけが耳に届く中。俺は少女の隙を窺うべく眼を凝らした。


 気圧されるな、どうせハッタリだ。

 姿が人である以上、必ず殺せる。


 金色の瞳が、俺をまっすぐに射貫く。

 小さな桃色の唇が、嗤う。


「来い、シーナ。そして存分に試すが良い。お主に、絶望をくれてやろう」


「女神エリナよ」


 俺はまだ、魔法書を読んで祈祷句を暗記しただけの魔法を唱え始めた。


 これまで使ってきた二つより、高位の魔法だ。


 正直、大きな賭けだ。

 まだ一度も発現させたことの無い魔法。


「我が望むのは」


 しかし、これ以外の案が思い付かなかった。


 やるしかない。


 いくら勝ち目がないとは言え、俺には逃げるという選択肢は始めから存在しない。

 まだ大人しく投降する訳にはいかない。


 過去に、共に冒険しよう。そう約束した俺達。

 でも俺は、そんな彼女に特別な感情を抱いてしまった。


 不相応にも願ってしまった。


「我が敵を滅する紅蓮の奇跡」


 もう二度と弓を触らせたくない。

 剣を取らせたくない。


「貴女の子である我に、罪深くも大いなる怒りを貸し与え」


 ミーアには、血の臭いがする戦場は似合わない。

 穏やかで、優しい世界で、笑っていて欲しい。


「その代弁者となることを」


 他の誰でもない。

 俺の帰る場所を、守っていて欲しいと!


「お赦し下さい」


 だから、頼む。出てくれ、届いてくれ。

 俺の決意を。爆炎を! ミーアの耳に!


「爆ぜろっ!」


「なっ! シラユキッ!」


 全霊で発した叫びに応じ、少女が立つ場に紅蓮が爆ぜた。


 爆破魔法。

 その威力は、俺の想像を遥かに超えていた。









 白狼族のシラユキは、ピクピクと耳を揺らす。


 だが、自慢の聴覚はキーンと長い音しか知覚させて貰えない。

 爆音にやられたようだ。


 恐る恐る目蓋を開いて、シラユキは驚いた。


「メルティア様ッ!?」


「ふー。シラユキ、無事か」


 シラユキの身体は、黒い翼で覆われていた。

 至近距離にある金色の瞳。主の顔を見て、シラユキは自身の現状を把握する。


 白髪の少年が放った爆破から、メルティアが庇ってくれたらしい。

 シラユキは慌てた。


「足を引っ張ってしまい、申し訳ありません。助かりました。メルティア様は、ご無事ですか」


「うむ」


 細い腕に抱かれていた身体が自由になると同時、広がっていた翼が畳まれる。


 一応。改めて確認したシラユキが、無傷の主人に安堵した刹那。


「っ! メルティア様、後ろっ!」


「む?」


 メルティアは振り返ると同時、白髪の剣士と目が合った。

 青い双眼を爛々と輝かせた彼は剣を振り上げ、今にも振り下ろそうとしている。


「下がれっ!」


 ドンと突き飛ばされたシラユキは、少女の凄まじい膂力に抗えず地を転がった。


「くっ!?」


 メルティアはそんな彼女に目もくれず、自身の首を刈らんと迫る刃を見つめる。


(速い!)


 一瞬の思考の後、メルティアは咄嗟に腕で剣を受けた。

 白刃が細い右腕を捉える。

 瞬間、金属同士が衝突したような、耳障りの悪い音が響いた。


「ひぎぃっ!?」


(いったっ!? いったぁぁああぁぁぁい……のじゃ!? えっ、なんで? 何でこんなっ!? 痛いのじゃぁあ!?)


 想定外の激痛に声を漏らし、ブワッと溢れた涙で視界が歪んだメルティアは困惑した。

 痛みを感じるのは、久々だった。


 同時、剣を振るったシーナも全身を走った衝撃に顔を歪めている。


 とても少女の細腕を捉えた感触ではない。

 右手に鈍い痛みが走った。


(服の下に何か仕込んでいるのか)


 限界まで加速し、時を失ったような視界の中。

 シーナは剣を即座に左手に持ち直し、素早く反転。少女の首を狙った。


 幼い少女を手に掛けるのは気が引けたが、迷っている場合ではない。


 相手は、未知の化け物だ。

 そう自らに言い聞かせて。


『やめなさいっ! シーナっ!』


 戦う勇気をくれた少女の声を振り払うように。

 全身全霊の一振りを放った。


「ぴぎっ!?」


「……えっ?」


 その結果、シーナは驚愕に目を見開いた。

 感情を失った筈の彼でも、信じられない光景に動揺が隠せなかった。


 権能によって常人離れした動体視力が、その現実を鮮明に見せつける。



 父から譲り受けた母の形見。

 共に戦って来た剣が、砕け散る様を。







 剣の破片が全て地に落ちた時。

 俺の視界は、いつの間にか本来の流れを取り戻していた。


「はぁ……はぁ……」


 何だ? 何が、起きた?

 何故、剣が砕けた? 

 俺は確かに細い首を捉えた筈だ。

 それなのに、何故斬れない?

 どうして剣が砕ける?

 まるで厚い鋼を叩いたような感触は、なんだ?


「こほっ……はぁ、はぁ、はぁ」


 魔人の少女へ視線を向ける。

 すると、蹲っている少女が涙の溜まった瞳で俺を見上げていた。

 とても恨めしそうな表情で。


「ど、どりゃごん……しゅけいりゅ……」


 意味の分からない言葉を放つ少女。

 同時に彼女は手を放し、その細いうなじを見せつけてきた。

 途端に俺は、目を見張った。


 これは、鱗? 

 蜥蜴のような赤い鱗が、首を覆っている。

 それも、ただ一点。俺が剣で捉えた場所だけに。


「はぁ、はぁ……なんだ? これは……」


 これが、剣を砕いたと言うのか?


「ごほっ……だ、だかりゃ……いたた……う、うぅ……痛いのじゃ! もうっ! 竜鱗じゃよ竜鱗! 言ったじゃろ! お主では妾に傷一つ付ける事は出来んとっ!」


 喚いた少女は、再度手で首を撫でながら立ち上がった。

 本当に無傷らしい……めっちゃ痛そうだけど。


「あー、もう。痛い! 痛いのじゃ! なんなのじゃ、お主はっ! 本当に人間か!? 容赦なさ過ぎじゃろ!」


「メルティア様、落ち着いてください。恐らく、この者の【異能】です」


 白髪の女が、少女に手拭いを渡しながら言った。


「むっ、異能……? そうか。お主……」


「っ! メルティア様っ!」


 少女が呟くと同時。

 白く長い耳をぴくりと震わせた白髪の女が叫び、腰の剣に手を伸ばした。


 瞬間。風を切り、何かが飛来する音が響く。

 しかしそれは本当に一瞬で、パシッと乾いた音と視覚情報から俺は状況を理解した。


「ふむ?」


 赤髪の少女の手に、一本の矢が握られていた。

 緑色の光を纏うそれは、すぐに輝きを失う。


「くっ! まさか!」


 光を纏う矢。見慣れたそれに、俺は急いで振り返る。


「嘘……っ! シーナッ! 頭を下げなさいっ!」


 二人で泊まっていた家の屋根に、膝立ちのミーアがいた。

 次の矢を番え、引き絞る彼女。その左目は、彼女の権能【狙撃】の光を宿している。


「やめろ。やめるんだ、ミーアッ! 逃げろって言っただろっ!!」


 叫ぶが、返答はなかった。

 代わりに射出された矢が、ミーアの目と同じ光を纏いながら飛んでくる。


「くっ……!」


「シラユキ、よい」


 抜剣し、前に出ようとした白髪の女。

 それを制止した赤髪の少女は、握っていた矢を放り投げると。


「ふっ」


 手の甲で、難なく二本目の矢をはたき落とした。


「またっ!? ちっ……何なのよ、こいつ!」


 顔を強張らせたミーアが、次の矢を矢筒から引き抜く。

 赤髪の少女は、ふんと鼻を鳴らした。


「そんなもの、たとえ何本放とうが無駄じゃ!」


「なに言ってんのか、分かんないのよっ!」


 叫びと共に放たれた三本目の矢は、少女が軽く拳を振るだけで粉砕した。


「なっ……!? な、なによ。それ……!」


 ミーアが驚くのも無理はない。

 何だよ、それ。怪力なんてもんじゃないぞ。


「まだやるか? 小娘。妾は別に構わんぞ? 気が済むまで射って来い」


 矢を粉砕した小さな手をひらひらと振りながら、少女はミーアを挑発した。


 なんて余裕だ。その気になれば、俺なんていつでも殺せたという訳かよ。


「……メルティア様。メルティア様」


「何じゃ、シラユキ。今良いところなんじゃ。黙っておれ」


「黙りません。これ以上、我が主が恥を上塗りする所を黙って見ているなど、私には出来ませんっ」


 深刻な表情の白髪女に言われ、少女は不満顔だ。


「はぁ? 何を言う。妾、今凄く恰好良いじゃろうが」


「メルティア様。挑発するのは結構ですが、それは相手に意味が伝わって初めて成立するのです! 何か忘れていませんか!」


 白髪の女は、突然。俺を指差して叫んだ。


「この者は我々の言葉を理解出来る、唯一の存在。特異な者だと言う事を失念しておりませんかっ!?」


「……はっ!?」


 ……おい。

 はっ!? じゃないが?


 本当に頭弱いんだな、こいつ。


「どうしよう、シラユキ。妾、シーナに馬鹿だと思われるのじゃ!」


「大丈夫ですメルティア様。見て下さい、あの間抜け面を。まだ気付いておりません。聡明なメルティア様なら、まだ挽回出来ます!」


 全部聞いてるし、馬鹿だと思ってる。


「そうか? 呆れておるようにも見えるが……」


「はい! 大丈夫です! なっ!?」


 なっ!? って言われてもな。


「……何の話だ?」


「ほら! こいつ、やはり間抜けです! 人の話をまるで聞いてない!」


 こいつ嫌い。

 人が折角空気を読んでやったのに。


「シーナ。あんた、なにボーッとしてんの! 私が支援するわ! 戦いなさいっ!」


 頭上から飛んでくるミーアの怒声に振り返る。


「ミーア、もう良い。俺は負けたんだ」


「……っ! まだ負けてないっ!!」


 次の矢を取り出しながら、ミーアは叫んだ。


「なに諦めてんのよっ! あんなボロ剣がそんなに大事だった訳っ!? 幾らお義母様の形見だからって、あんな安物をいつまでも使ってるから大事な時に壊れんのよっ!」


「違うんだ、ミーア。聞いてくれ」


 諭そうとすると、ミーアは自分の腰に下がった剣を叩いた。


「剣なら私が用意してあげるっ! だから戦いなさいっ! 戦って、勝って、明日も生きるのっ! 死んだら全部終わりなんだからっ!」


「駄目だ。ミーア、逃げろ。頼むから逃げてくれ」


「絶対に嫌っ! 私は諦めないっ!」


「いいから聞けっ! ミーアッ!」


「っ!!」


 声を荒げて叫んだが、聞く耳を持たないミーアは、矢を放ってしまう。


「……っ! 我、女神の祝福を受けし者っ!!」


 いつもの声は無かったが、耳鳴りと遅く流れる視界に発動を悟る。


 数回念じて加速し、俺は赤髪の少女に飛来して来る矢を掴み取った。


 掴んだ矢を投げ捨てながら叫ぶ。


「この馬鹿っ! いいから言う事を聞けっ!」


 痛む指を庇いながら、ミーアを睨む。

 矢を掴んだ時に突き指したらしい。


「な……なんでっ! なんでよ、シーナ!」


 俺に向かって、ミーアは悲痛な叫びを上げた。

 酷い表情だ。

 ……あんな顔をさせているのは、俺だ。


 向き合え、俺。


「もういいんだ。もう、終わったんだよ、全部。俺は全力でこいつに挑んだ。でも、勝てなかったんだ。これ以上やっても、意味がないんだっ!」


「意味がない……? 何言ってんのよ。相手は魔人よ! 私達人間の敵なのよ!? なにを唆されたのか知らないけど……それを守る様な真似してっ! 今あんたがやったのは、女神様への背信行為なのよっ!?」


「違うんだ、ミーア。俺は、ただお前を巻き込みたくない。生きて欲しい、だけなんだ」


 脂汗が噴き出る程、激痛のする指。

 疲労で息も上がっている俺は、必死でミーアへ訴えた。


「なによ、それ……私の為だって言うの!? 私の為に、あんたはまた自分を犠牲にする気なのっ!?」


 肩を震わせながら、ミーアは矢を取り出した。

 怒りの表情を露わにしながら。


「確かに私は、あんたに一度救われた。私を助ける為に、一杯傷付いて。それでも諦めずに戦ってくれた、あんたに」


 矢を番えながら、ミーアは続ける。


「そんな、あんたの背中に憧れた。そんなあんただから、一緒に居たいと強く想った。そんなあんただから……私はあんたを好きになった」


矢を引き絞ったミーアの瞳に、光が灯る。

女神から彼女が与えられた、祝福の光が。


「だから私も諦めないっ! 私は、ただあんたに守られるだけのお姫様なんかになりたくないっ! 私は、私はっ! あんたの隣に見合う、良い女になるって決めたんだからっ!」


「……やめろ。もう、やめてくれ。ミー……っ!」


 呼び掛けながら、俺は異変を感じた。


 それは、魔人の一人が急に駆け出した足音。

 見ればそいつは、ミーアの立っている家の方へと走っている。


 黒い髪と尻尾のある男の魔人だ。


 耳と尻尾の形状は、メルティアの側近。シラユキと呼ばれている白髪の女と同じ、狼に似ている。


「ミーアッ!」


 凄まじい速度でミーアの足元に迫る魔人。

 そいつは、腰から二本の短剣を抜き、地を強く蹴った。


 ダンッ! という強い踏み切りの音。

 魔人の男の身体能力は、常軌を逸している。


「我っ!」


 慌てて駆け出し、固有スキルを発動しようとするが……駄目だ、間に合わないっ!!


 既に黒い男の魔人は、たった一度の跳躍でミーアの頭上を取ってしまっている……っ!!


「えっ……なに、それ……」


 対してミーアは、そんな男の魔人を見上げ、その常識からあまりに逸脱した光景に驚愕している。


 男の黄色い双眼が、闇の中でジッとミーアを見下ろしている……っ!


「女神の祝福を……っ!」


 頼むっ! 

 頼む、頼むっ! 頼むミーアっ! 

 数秒だけっ! 俺が行くまで、耐えてくれっ!


 その黒い魔人は……そいつはっ!!


「お前、不愉快だ……死ねよ」


 お前を殺す気だっ!


「ミーアッ!!」


 叫んだが、意味はなかった。

 伸ばした手は、全く届かなかった。


 好きな女の子へ振り下ろされる殺意。

 白銀の刃を見ている事しか出来なかった。


 




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