第61話 墓参り


 父さんと話した後、母さんの墓へやって来た。


 村に居た時は毎日欠かさず来ていた。

 久し振りの墓参りだ。


 村の隅にある小さな墓石。

 土の下には、母さんが眠っている。


「久し振り、母さん。帰って来たよ」


 墓石を撫で、俺は母さんに帰還の挨拶をした。

 しかし、続く言葉が出てこない。

 話したい事が沢山あった筈なのに、言葉に出来ない。


「なんで、死んだんだよ。母さん」


 絞り出したのは、過去。

 何度も口にして来た言葉だった。


「俺にはまだ、母さんが必要なのに。話したい事、相談したい事が沢山あるのに」


 墓石を撫でていた手を拳に変えて、俺は空を見上げた。

 暗い夜空、その数え切れない星のどれかが母さんだと、幼い俺に父さんは言った。


 母さんは、星になったのだと。

 今でも、俺を空から見守っているのだと。


「見てるだけじゃなくて、何か言ってくれよ。母さん」







 病床の上で、シーナの父親。ナゼアは、息子が出て行った扉を見つめていた。


「……本当に、お前の言った通りになってるな」


 扉の前には、今は誰も居ない。

 居ない筈なのに、ナゼアの目には見えていた。

 もう随分前に亡くした妻の姿が。


「なぁ、なんであいつなんだ? あの子なんだよ」


 尋ねても、扉の前の妻は答えない。

 ただ、その美しい顔に微笑みを浮かべ、黙り込んでいる。


「あいつは立派に成長して帰って来たよ。お前に似て、綺麗な顔をしてて、優しくて……口が悪いところまでお前譲りだ。俺には全然、似なかったな」


 毛布を握り締めて、ナゼアは妻に語る。

 弱り切っていく自分の身体。

 この未来も、既に知らされてはいた。

 しかし、受け入れられない。受け入れたくない。


「でも、あの眼だけは。あれだけは、お前に似て欲しくなかった」


 自分の妻と同じ、宝石のような青い瞳。

 あの瞳が光を失った理由まで、そっくりに育ってしまった息子。


「なぁ、なんでだよ。なんでだよ…。なんであいつは……あいつが選ばれちまったんだよ」


 ナゼアは枕を掴むと、


「答えろよっ!」


 扉の前に立つ妻の幻影に投げつけた。


「なんで俺は、家族を誰一人守れねぇんだよ!」


 枕は扉に当たり、床に落ちた。

 気付けば、立っていた筈の妻の幻影は消えていた。


「約束……したのにっ! ごほっ! ごほっ!」


 激情のままに叫んだナゼアは咳き込む。

 空いた左手で、強く毛布を握り締めた。


「お前と、約束したのにっ!」


 ナゼアは思い出していた。

 過去。病床で弱り切った妻に聞かされた話を。

 そしてその時、自分が言った言葉を。


『そうはならないさ。だって、俺は死なない。シーナは俺が守る。勿論、お前の身体も、俺が絶対治してやる。だから、何も心配すんな』


 最愛の妻とした、約束を。


「俺は……お前の見た通り、何も出来ねぇってのかよっ!」








「シーナ」


 背後から名を呼ばれ、俺は振り返った。

 ミーアだ。村を背にした彼女は、広場に設置されている篝火の光を背負っている。


「ミーア。馬は繋いできたのか?」


「リリィよ。ちゃんと名前で呼びなさいって言ったでしょ? 全く」


「分かってるよ。今度から、ちゃんとそう呼ぶさ」


 妙な拘りを見せる彼女に言って、母の墓に向き直る。


「……それ、貴方のお母様のお墓?」


 背中から掛けられた言葉に、俺は頷いた。


「うん。そう言えば、言った事があったな」


「……私も、挨拶して良いかしら?」


 振り向いて見る。

 ミーアの表情からは、真剣な印象を受けた。

 そんな顔をされなくても、別に断る理由はない。


「もちろん。母さんも喜ぶだろうから」


「そう……ありがと」


 ミーアが近づいて来たので一歩左に避ける。


 墓石の前に立った彼女は胸に手を当て、少し頭を下げて目を閉じた。

 知らない作法だ。

 正しい墓参りのやり方なのだろうか? 

 覚えておこう。


「……ふぅ」


 暫くそうしていたミーアは、息を吐いた。

 思ったより待たされたな。


「結構、長かったな。何を話したんだ?」


「初めまして。息子さんの嫁ですって報告したわ」


 は?

 こいつ、凄い余計な事を言ってやがる。


「おい、それはまだ保留だって言っただろ?」


 セリーヌの街を出て直ぐ、俺はミーアに告白された。

 告白と言うより、求婚か。あれは。


 ミーアは、ジッと俺を見つめる。


「保留って事は、待ってればそうなるって事でしょ?」


「なるかもしれない、だ。あまり期待するな」


「嫌よ。言ったでしょ? 逃さないって。勿論、ただ待ってるつもりは無いわ。もう気持ちは伝えたし、我慢なんてしないから。覚悟しなさいよね」


 ピッと俺を指差して、ミーアは真顔で言った。


 ……今は、その気持ちには応えられない。

 そう、はっきり断ったんだけどな。


  気持ちが本物だという事は分かっている。

  想ってくれている事が、嬉しくもある。


 感じる事は出来ないが、ミーアと過ごす時間は案外悪くない。


 このまま生涯、ずっと一緒に居て欲しいと思う。


 だからこそ、半端な事はしたくない。

 自分で捨てたものではあるが、取り返さないとな。


 彼女に、心から好きだと言えるように。


「勝手にしろ。別に逃げたりしない。でも場所は選べよ?」


「あっ! 言ったわね! ふふん! その言葉、後で後悔しないでよ? 私のこと好きで好きで堪らなくしてやるから。という訳で、ほら。行くわよ」


 腕に抱きついて来たミーアは、グイグイと引っ張って来る。

 そんな恥ずかしい台詞、よく平然と言えるな。


「これで村を歩くのは勘弁してくれよ。もうそろそろ夕食の準備が始まる。皆に誤解されるだろ」


「誤解じゃないわ。本気だもの」


 俺の腕に頭を擦り付けて、ミーアは熱い吐息を吐き出す。


「逃げないって言ったのは、あんたでしょ?」


「確かに言ったな、畜生」


 観念した俺は、ミーアに腕を引かれるまま立ち上がる。

 歩き出して暫く、ふと。俺は後ろを振り返った。


「また来るよ、母さん」







 ミーアに連れられてやって来たのは、昔からある空き家だった。

 昔は人が住んでいたらしいが、今は誰も住んでいない。村で唯一の空き家だ。


 取り壊す意見も何度か出たのだが、壊す手間を考えると定期的に修繕して残す方が有意義だと決まり、一応人が住めるように手入れされている。


 お陰で、勇者一行が来た時に活躍していたのは記憶に新しいのだが……。


「まさか。お前、ここ借りたのか?」


「えぇ。村長さんと取引したの。村にいる間、遊びに来てくれるなら使って良いって」


「あの爺……」


 幾ら何でも、はしゃぎ過ぎだろ。あの爺。

 そんなに若い女の子が好きかよ。


 爺さんに悪態を吐いていると……。

 急にミーアは、かぁぁ……と赤面した。


「どうした?」


 更には、もじもじと落ち着かない様子を見せる。

 気になって尋ねると、ミーアはちらちらと俺を見ながら。


「あのね? シーナ。あの……村長さんがね? わ、若いんだから。したい事もあるだろうし……ふ、二人っきりで住める所が、必要だろうって」


 そんな事を、恥ずかしそうに言った。


「…………」


 ……おい。あの爺、ホント何言ってんだ?

 明日、一発ぶん殴っておこう。


「だからね? シーナ。私は、いつでも……」


「そいつは余計なお世話だな。しかし、お前をどこに泊まるかは正直。どうしようと考えていたから助かった。俺は自分の部屋があるし、遠慮せずに使えよ。掃除は婆さんが毎日やってる筈だから、ちょっと埃っぽいかもしれないけど寝れはするだろ」


 早口で言うと、途端に甘い空気は壊れた。

 キッ! とミーアが敵意のある目を向けてくる。


「は? なに言ってんの? あんたもここで寝るのよ。私と一緒に」


「残念だったな、それは無理だ。お前は知らないだろうが、この家にベッドは一つしかない。そういう訳で俺は自分の家で、自分の部屋で寝る」


「私は、一緒に寝るって、言った!」


 ぎゅう、と。ミーアに抱かれた腕に力が篭った。

 ……まさか。


「いやいや、お前。正気か?」


「何よ。別に初めてでもないでしょ?」


 寝るのはな?

 お前が求めてるのは、その先だろうが。


「駄目だ。駄目なもんは駄目だ」


「言っとくけど、私。甘えるからね? 我慢出来なくなったら、いつでも手を出して良いから」


「うん、お前。やっぱり正気じゃないな?」


 本当に、人の話を聞いて欲しい。


 俺の記憶が正しければ、ミーアは相当な男嫌いだった筈だ。

 自分が女で、可愛い事を自覚している彼女。


 だが、そういう目で見られるのは堪らなく嫌いで、穢らわしいとまで言っていた面倒な女だ。


「お前、そういうのは嫌いな筈だろ」


「好きな男には別よ。ううん、寧ろ……あんたには、触って欲しいって思ってるわ。私は本気よ」


「お前、自分が何言ってるか分かってるのか?」


「分かってるわよ。でも、しょうがないじゃない。こんな風に感じるの、初めてなんだもん」


 ミーアは俺の腕を離すと、代わりに首に腕を回して抱き付いてきた。


 至近距離で、俺の目をじっと見つめて来る。

 

 暗闇の中。篝火の光に照らされた彼女の瞳は、言葉を失う程に綺麗だった。


「好きよ。ホントに、大好きなの……シーナ」


 目蓋を閉じた彼女の顔が、近づいて来る。

 俺には、それを拒むことは出来なかった。









 深夜。


 俺は寝付く事が出来ず、寝台の上に座り壁に背を預けていた。

 身体に感じる疲労感は相当なものだ。

 寒さもない。

 寧ろ、心地よい暖かさを感じている。


「すー、すー」


 何故なら、俺の腕の中にはミーアがすやすやと心地良い寝息を立てているのだから。

 寝るには、これ以上ない贅沢な環境。

 それなのに、俺の頭は妙に冴えてしまっている。


「……気持ち良さそうな顔しやがって」


 右手をミーアの頭に乗せ、軽く撫でる。


「ふぅ……しーなぁ……♡ んんぅ……」


 すると彼女は、甘い声で俺の名を呼んだ。


 ……これ、起きてないか? 

 とても寝言には聞こえない。


 さっきまで散々甘えてきていた癖に、夢の中でまで……。

 こいつ、なんでこうなってしまったんだろう。


「すきぃ……」


「…………」


 ……やっぱり、起きてるよな?

 しかし俺は、何を聞かされてるんだろう。


 これは反応しない方が良いと判断した俺は、ミーアの華奢な身体を抱き直し、その暖かさを感じながら目を閉じた。


 ……この空き家は、本来。ユキナと共に住む予定の家で。


 あんな事が無ければ。ユキナが剣聖なんかに選ばれなければ、今頃。


「すぅ……はぁ……」


 俺が感じていたのは、あいつの体温だった筈だ。


 こんな、甘くて良い香りではなかった筈だ。

 抱き心地も、こんなに柔らかくなかった筈だ。

 でも……。


「暖かいな」


 そんな、訪れなかった未来より。

 今の方が幸せなんだろうと、俺は思った。


「しかし、こいつ。やっぱり結構あるな」


 こっちの胸は、あんな絶壁では味わえない感触だしな。






















はい、ちょっと今回短めです。

次からですが、村の皆との交流。ミーアとの幸せないっちゃ、いちゃをしつつ。





ユキナパートがあります。






あらすじの女の子も勿論出ますが、その前にユキナパートがあります。はい。


でも安心してください。

ミーアを緩衝剤にしますので。




てか、カクヨムの他作品見てるとかなりセンシティブに寛容なんですね。

びっくりしました。何を読んでるんだろうと。


剣幼はかなりマイルドじゃない?

これは、もう少し酷い描写入れても読者の心は平気なのでは?




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