第62話  動き出す歯車

 

 時を遡り、重症から目覚めたシーナが事件の後始末をしていた頃。



 王都、王城。

 宰相に専属で与えられた執務室では、この部屋の主である老人が窓際で外を眺めていた。


 名は、ハレシオン・ロドア・ゼオシオン


 長く白い髪に同じく白い立派な口髭を持つ彼は、贅が凝らされた礼服を身に纏っている。


 その鋭い眼光は、硝子越しに暗い夜空に浮かぶ星空を捉えている。


 ふと、彼の執務室の扉が二度叩かれた。


「む……来たか。入るが良い」


「失礼致します」


 扉が開き、入室して来たのは一人の男だった。


 騎士団の礼服を着た彼の名は、ルシフ・フェリアード。勇者達と行動を共にする騎士団の騎士長を務める男だった。


「お呼びだとお聞きしましたので、参上致しました」


「うむ、すまんな。帰って来たばかりで疲れておるだろう?」


「はっ! お心遣い、誠に痛み入ります。ですが、ご心配はご無用です。此度は何一つ持ち帰れませんでしたので」


「そう堅くならずとも良い。其方はよくやっておるよ。勇者といえど、まだ歳若い若造……その手綱をよく握って見せておる」


 ハレシオンは皺だらけの顔で微笑むと、応接用の長椅子へ彼を促した。


「まずは座るが良い」


「はっ。それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」


 ルシフが長椅子に腰を下ろす。

 ハレシオンはその対面に腰掛けた。


「ふむ……さて、フェリアード騎士長。このような夜更けに突然の呼び出し、まずは応じてくれた事に感謝しよう」


「当然です。宰相様がお望みであれば、このルシフ。何処へでも馳せ参じましょう」


「ふっ……其方は昔から変わっておらんな。しかし、心強い存在だ。女神エリナ様の至宝である勇者達を其方に任せたのは、間違いではなかった」


「勿体なきお言葉、感謝致します」


 褒め言葉を受け取ったルシフは、深く頭を下げた。


「時が許すならば、其方達の冒険譚をゆっくりと聞かせて貰いたいところではあるが……それはまた機会を設けるとしよう。早速で悪いが、本題に移らせて頂く」


 ハレシオンは懐から煙管を取り出すと、火を入れて白煙を吐き出した。


「さて、フェリアード騎士長。其方は現状をどう思っておる?」


「現状……ですか? 特に問題もなく、順調だと考えます。一番の懸念事項であった剣聖も心身共に成長し、最近では素晴らしい剣の冴えを披露して見せておりますし……」


「そう。その剣聖ユキナ。彼女が問題なのだよ。何故だか、分かるかね?」


 白煙を吐き出しながら、ハレシオンは強い眼光をルシフに向けた。

 王国の頭脳とまで言われた男の威光に、ルシフは息を飲む。


「は、はぁ……確かに、彼女にはまだ多くの懸念があります。文献にある勇者一行の秘めたる力。切り札とも言えるその力を発揮出来るよう、以前の勇者達と同じ関係を築かせる為。色々と手は尽くしておりますが……どうやら剣聖ユキナはまだ、故郷に残して来た幼馴染に未練があるようでして」


「うむ……剣聖の幼馴染」


 煙管を吸い、ハレシオンは宙に白煙を吹き出した。


「……新たな権能、原典の担い手。その少年もまた、女神に選ばれし者。決して、無視出来る存在ではない」


「はっ……! その通りです」


「それも、生まれも育ちも同じ。剣聖と共にあった剣士の権能……女神様のお考えは我々、人の身では到底解明する事など不可能な代物だろうが……何か意味はあるだろう」


「それは、王国の頭脳と名高い宰相殿ですら……でしょうか?」


「無論。私も人の身である以上、全てを知る事など不可能だ」


 煙管を吸い、ハレシオンは天井へ吐き出した白煙を目で追った。


「しかし、推測する事は出来る。その少年は恐らく、剣聖の守り手のような役割を与えられていたのだろう。今代の剣聖であるローレン侯爵令嬢が、その身に強大な祝福を与えられているにも関わらず、その中身が普通の村娘のまま育ってしまわれたのも守り手である少年が原因に違いない」


「成る程、確かに……」


 ルシフは納得した。

 何故なら。話題の少年には、そう評せるだけの根拠がある。


「その証拠に、少年は示した。たった一人で、数十の屍を築く事でな。それも、中にはかつて騎士として在籍していた者の名もある。其方も報告書に目は通したのだろう? 特に、首謀者の名には面識があるのではないか?」


「……覚えがありませんな」


 ハレシオンからの問い。

 その答えを、ルシフは苦悶の表情で吐き捨てた。


「そうか。いや、忘れてくれ。ともかく、あの少年は無視出来る存在ではない。少なくとも、あのような小さな村で生まれ育ち、今まで禄に剣を握った事が無かった村人など信じられん」


「それは……そうですな。はぁ……何故、あの少年が剣聖ではいけなかったのでしょうか。もしそうであったなら、私も胸を痛める必要がなかったというものを」


「それはそれで、困るのだがな。剣聖は女であって貰わなければ。其方も、勇者が二人居ては困るであろう?」


 自らの考察を披露する宰相に、ルシフはただ平伏するのみだ。


「はは、左様ですな。しかし、中身だけでも入れ替わって貰えるなら変えたいですよ。あの少年の瞳は、今思い出すだけでも身震いが致します。叶うならば是非、部下に欲しい逸材ですな」


「む? そうか。其方は一度、少年と会っているのか」


「えぇ。我々が在泊中、村を出て行ってしまったらしく言葉を交わす事すら叶いませんでしたが……もし時を遡る事が叶うならば、縄を掛けてでも連れて来る事でしょう」


 ルシフは、記憶を遡り村で見た少年に想いを馳せる。


 氷のような暗く冷たい青眼を持つ少年。

 白髪の彼は、恐ろしく綺麗な顔立ちをしていた。

 女にも見える中性的なその顔立ちは、筆舌に尽くし難い美しさを秘めていたのだ。


「そうか。其方に、そこまで言わせる少年か。是非、私も会ってみたいものだ。うむ、やはり。その少年に関しても手を打つ必要がある。原典の担い手をいつまでも放し飼いにしておく訳にもいかん」


 厳かに頷く宰相に、ルシフは進言した。


「仰る通りです。その際、許されるならば、是非我々にお預け頂きたい。見事に使ってご覧にいれましょう。共に戦えれば剣聖様も喜び、抱えておられる憂いが無くなるかもしれません」


「……うむ。では、其方に任せよう。さて、その少年の話は一先ず置いておこう。本題に戻っても構わないか?」


 話を振られ、ルシフは今のが本題ではなかったのかと驚いた。


「はい、構いません」


「うむ。それでは、フェリアード騎士長。其方は先程、過去に遡れるならと言ったが……その逆。未来については、どう考えておる?」


「未来、ですか?」


「うむ、未来だよ。其方は先程、こうも言ったな。文献にある先代の勇者、と」


「は、確かに口に致しました」


「その文献にある先代の勇者。生まれはなんだ?」


「全て、貴族の生まれでありますな」


 ルシフの答えに、宰相閣下は満足げに頷く。


「そうだろう? だからこそ、今代の剣聖にもローレン侯爵家の養女に入って貰った。当然の処遇だ」


 煙管に新たな葉を入れ、火を入れたハレシオンは白煙を吹いた。


「ふぅー。しかし、それでは不十分ではないかと私は思ったのだ」


「不十分、ですか」


「うむ。それだけでは、剣聖ユキナがあの小さな村で生まれ育ったという汚点は変わらない。無事魔人を滅ぼし、彼女が真の英雄として後世に語り継がれるようになったとしても……彼女の身に平民の血が流れているという事実は変わらないのだよ」


 はっきり、汚点と口にした宰相の言葉にルシフは渋い顔をする。


「……はぁ。しかし、それは仕方のない事でしょう。紛れもない事実なのですから」


「そうだな。しかし、それならば彼女の子孫はどうなる? 同じ勇者の血を引く彼女の子孫は、他の弓帝や賢者の子孫に対してどんな目で見られる? それは、彼女は勿論。我々も望む所では無い筈だ」


「た、確かに……そこまで考えた事はありませんでした」


 ハレシオンの話に、ルシフは感服した。

 流石、王国の頭脳。その呼び名は伊達では無い。


「私も老いた。もうあまり長くはないだろう。どんなに望んでも、未来の彼女の子孫を助けてやる事は出来ない。いや……彼女が子を孕み、生む事が出来るような平和が訪れるまで生きていられるかも怪しいな。だからこそ、思うのだ。生きているうちに、打てる手は打っておこうと」


 流石にここまで言われれば、その意図を汲むルシフである。


「成る程……そうですな。いやはや、このルシフ。感服いたしました。是非、お手伝いをさせて頂きたく存じます。それで、具体的な案はあるのでしょうか?」


「ある」


 頷いた後。ハレシオンは煙管を大きく吸い込むと、大量の白煙を吐き出した後で告げた。


「ローレン侯爵令嬢には、悲劇の主人公になって貰う」











 ローレン侯爵家の屋敷。

 その一室で、長く美しい銀髪の髪を持つ少女は、開け放った窓から星空を眺めていた。


「……お父さん。お母さん」


 名は、ユキナ・ローレン。

 女神エリナに剣聖として見出され、特別な祝福を与えられた少女。

 人類の切り札、英雄になる事を強要され……戦う事を宿命付けられた彼女は、星空を眺めながら涙を流す。


「シーナ……」


 空に手を伸ばしても、浮かぶ星には届かない。


 空はこんなに広くて、翼を広げて飛ぶ鳥はあんなにも自由なのに。例え自分に翼があっても、自由に飛ぶ事は許されない事を彼女は知っている。


 空はどこまでも広がっていて、焦がれる人達も同じ景色を見ている筈なのに……会う事は叶わない。


「会いたいよ……会いたい。会いたいよ……」


 身に纏うドレスは窮屈で、叶うならば今すぐ脱ぎ捨ててやりたい。


 そして、昔のようにボロを纏って。何もない村で、ドロドロになるまで遊ぶのだ。


 疲れて動けなくなるまで走り回って、冷たい湖に飛び込んで、何もせずにぷかぷか浮きながら空を見るのだ。


『ずっと一緒だよ。俺は、君を幸せにする』


 そして、その全てに彼が居る。

 ずっとずっと、一緒にいるのだ。


 宝石の様な瞳をキラキラさせて、照れて耳まで真っ赤にした顔を逸らして……。

 でも、ちゃんと言葉にする時は目を見てくれるのだ。


『好きだ。君が好きだ。大好きだよ、ユキナ。愛してる』


 もう二度と聞くことが出来ない、愛の言葉を。


「なんで……」


 声を震わせ、涙を流しながらユキナは呟く。


 脳裏に浮かぶのは、先日見た報告書。そこにあった一人の少年の名前だった。


「なんでなの? シーナ……」


 報告書には、少年が起こした一つの奇跡が綴られていた。


 それは、戦いの記録。


 小さな村で生まれ育った少年が剣を握り、傷だらけになりながらも一人の少女を救った冒険譚。


 その少女の名は、ミーア。

 知らない女の子の名前だった。


「なんで、私の所には来てくれないの? 来てくれなかったの……?」


 ずっと呼んでいた。

 助けてと叫んでいた。

 愛していると、想っていた。

 

 でも、彼は来なかった。

 だからこそ、彼女は今。ここにいる。


「力があるのに。女神様に、凄い力を貰った癖にっ!」


 それも、少し前までなら耐えられた。


 彼は、自分とは違う。

 どんなに容姿が優れていても。

 どんなに優しくて、凄く見えていても。


 彼は、凡人なのだと認めてしまった。


 彼には剣聖のような凄い力なんかなくて。

 あの小さな村で生まれ一緒に育っただけの村人。


 だからこそ、仕方ないと諦められた。


 本当に力のある凄い人達にそう言われて、納得するしかなかった。


 だからこそ、諦めて……身体まで許した。

 一度は、心も堕とされた。


 それなのに……彼は、示してしまったのだ。

 非凡な才能。英雄に届き得る、力の一端を。


「私の所に、来れるだけの力がある癖にっ!」


 皆。認めてしまった。

 あの少年は本当に凄い奴だったと掌を返した。

 返してしまった。


 ずっと訴えてきた。

 戯言だと笑われ続けた、ユキナの言葉を信じてしまった。


 人類最強、女神から最も愛された存在。

 あの勇者ですら認め、笑顔に変えてしまった。


「ミーア・クリスティカ……っ!」


 報告書にあった名前を、ユキナは憎たらしげに叫んで歯軋りする。


「どこの誰だか知らないけど……私は貴女を、絶対に許さない」


 涙を零すユキナの瞳には、闇が宿っていた。

 それは、皮肉にも彼女の想う少年と同じ色。


 光のない、虚な瞳だった。


「シーナは、私のだ……っ!」













書くの忘れてたのであと付けですがここに。


今回の話ですが、結構重要な要素がありますね。


ユキナや他の賢者、弓帝などがなぜ、勇者と結ばれるようにされているのか。

ユキナの出自が邪魔でどうやって歴史を改ざんするのか、などです。

闇落ちし始めてるのが懸念事項。



それと、テイオーの有馬記念マジやばすぎ泣いた。

あのお涙頂戴の展開じゃなくて必死で全力を振り絞って戦うテイオーの姿に心打たれましたね。

そらマックイーンも泣くわ。無関係の私も泣いたもん、マジ号泣。



ガチャはキタサンブラック引きました。二枚出ました。

流石にソシャゲ課金しまくるほど馬鹿にはなれなかった。


お馬さん欲しけど我慢。






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