剣聖幼馴染の主人公は俺じゃない。

第1話 プロローグ

「大人になったら結婚しようね」


10歳の時。遊びに行った湖のほとりで、幼馴染のユキナは微笑んだ。


正直、嬉しかったのを覚えている。

銀色の髪を風に揺らして、碧眼をキラキラさせている彼女は誰もが認める美少女だ。

 小さな村なので、同い年の子供は他に居ない。

 他に比べる対象は居なかったけど、可愛いと本能が告げている。だから、美少女なのだろう。


 対して俺は、母譲りの白髪に父譲りの青い瞳。

 冬にユキナと一緒に遊んでいると、二人は雪の妖精さんみたいだね、と皆は笑った。

 妖精というものは何か知らないけど、ユキナと一緒なら外見は悪い部類じゃ無いのだろう。

 他の男の子を知らないから、比べようが無い。

 鍛冶屋のおじさんよりは格好良いのかな? と聞いたらハンマーで叩かれた。

 酷い。頭に来たから奥さんに泣きついてやった。


「あんたみたいな髭もじゃとシーナなら、比べるまでも無いじゃないっ!」


 おじさんが怒鳴られてた。

 少し溜飲が下がったのを覚えてる。


 俺の母さんは綺麗な人だった。

 昔、冒険者をしていたそうで、身体を弱くしてこの村に来たんだそうだ。

 8歳の時に女神様の所へ行っちゃったけど、大好きだった。

 今でも夕方に毎日墓を掃除し手を合わせ、今日の出来事を報告している。


 父はこの村にいる憲兵さんの一人。

 五人しかいないけど、村にモンスターなんて滅多に出ないから、詰め所にいるだけで毎月国からお金が貰える楽な仕事らしい。

 冒険者ギルドも無い位には平和な村が、俺の生まれ育った場所。

 これからもこんな平和が続いて、将来はユキナと結婚して子供を作り、憲兵か冒険者の剣士として村を守っていく。

 それが俺の人生だと、思っていた。


 運命が変わったのは、15歳の時。


 成人の儀と言うのをやるために、村から一番近い。それでも馬車の往復だけで1日掛かる街に向かった。

 どんな職業に適性があるか女神様にお尋ねして、神官さんに神託を賜る為に教会に行かなくてはならない。


「私達、どんな職業になれるのかな?」


 そう尋ねてくるユキナは、不安そうだ。

15歳になったばかりのユキナは本当に美しく成長した。

 白銀の髪は相変わらず綺麗だし、大きな青い瞳は俺を虜にする魔性の宝石。

 自慢の恋人だと自負している。

 胸が全くと言って良い程に無いのが残念だが、指摘すると触れば柔らかいのっ! と怒られるので、贅沢は言うまい。

 俺には勿体無さ過ぎて、まだ手しか繋いでない。それくらい遠慮してしまう位には、美人だと思う。


「俺は剣士だよ。そのつもりでお父さんに稽古して貰ったんだから」

「えー、本当に憲兵になるの? 危ないからやめてよ……」

「危ないもんか。暇を絵に描いたような仕事じゃないか」


「おいシーナ、聞こえてるぞ」

「本当の事だけどなっ! あっはっはっ!」


 馬車の中で本音を口にすると、御者の父が不満気に言った。

 もう一人の憲兵のおっさんは笑っていた。


 時間を掛けて到着した街。

 長時間馬車に揺られ痛む身体に呻きながら外に出ると、教会の前だった。

 折角来た街だが、遊ぶのは後だ。

 随分前から成人のお祝いに街で好きな物を買って良いと言われていたから、剣を一本強請ろうと考えていた。

 片手で扱えて、腰に吊るしても邪魔にならない剣が良い。

 早く終わらないかな、と俺は柄にもなく浮かれていた。


 教会の中には沢山の人が並んでいた。

 初めて見る同世代の人間達だ。

 ざっと見渡して、俺はやはり他より容姿が優れた部類に入るのだと認識した。

 当然ユキナは流石の美少女っぷりで、一目見た者達がヒソヒソ噂して居るのが聞こえてくる。


「どうしようシーナ。私、何か変なのかな?」

「変じゃないよ、ユキナ。お前が可愛いから、皆が噂しているだけだ。俺の背中に隠れてな」

「う、うん」


 本人が困っていたので一歩前に出る。

 ユキナが隠れると、俺へ視線が集中した。

 とりあえずドヤ顔して見た。

 舌打ちは聞こえないように、また場所を考えて用途用法を守って正しく使いましょう。


 予想より待たされて、順番が来た。

 一歩踏み出して、神官さんの前へ立つ。


「汝、この世に生を受け15年の歳月を経て、見事生き残り成人の儀を迎えし者よ。水晶に触れ、女神の声を聞くが良い」


 御託は良いからとっとと触った。

 冷たくてひんやりした感触が掌に伝わる。


 水晶から放たれた光が、虚空に文字を描いた。

俺は文字の読み書きが出来ないのだが、水晶から現れたこれは何故か理解出来る。




シーナ。


剣士。 固有スキル『上昇加速ブーストアクセル』


農夫。


鍛治師。


錬金術師。


魔法士。



 結構一杯あるぞ?

 女神様とやらは、随分気前が良いらしい。

 と言うか、固有スキルって何だそれ。


「おぉ……シーナ。君は随分と女神に祝福を受けているようだ。固有スキルは十人に一人しか現れぬ不思議な力……それにこれは、初めて見るスキルじゃ。一応記録をさせておくれ……」


 固有スキルだってよ、と僅かに騒がしくなる。

 神官は言って、袖から羊皮紙を取り出すと走り書きした。

 なんか知らないけど、当たりらしい。

 しかも剣士に付いている。これは嬉しい誤算だ。

 でも十人に一人って結構居るよなぁ。


「魔法士は職業自体が希少だが……君は剣の道を行きなされ。私からのささやかな助言だ……」

「それはどうも」


 頭を下げて、一歩横へ逸れる。

 元よりそのつもりだ。

 農夫はやりたく無いし、鍛治士も村にはおじさんが居るから需要もないだろう。いつも暇そうだし。

魔法士は頭を使うだろうから無理だ。錬金術師とかなんだそりゃ、レベルだから論外。

 予定通り、俺の仕事は村の憲兵だな。


 なんて思ってたら、ユキナが水晶に手を伸ばしていた。

 ユキナは何が出るんだろう。

 お嫁さんとか出たらからかってやろう、と気楽に考えたそれ。


 この瞬間だった、運命が変わったのは。


 教会を埋め尽くす光。

 突然の事態に鳴り響く悲鳴。

 誰かが地面に転げる音まで、よく聞こえたのを覚えている。

 俺は顔を腕で隠し、背けた。


 どれ程時間が経ったのか。


 唐突に光が収まると、比例する様に静寂に包まれる。

 誰もが口を開けないでいる中、俺は顔を上げてなんだ? と尋ねようとして、また閉口した。

 そこで、水晶が文字を吐き出したのだ。


 ユキナ。


 剣聖。

 固有スキル 神剣の使用権。

 固有スキル 刀剣所持時、身体能力大幅上昇。

 固有スキル 全剣士スキルの習得。


 次いで、華麗な金色の装飾が施された片手剣が床に出現した。

 聞かなくても、分かる。理解出来てしまう。

 あれが神剣という物なのだろう。


 誰もが口を開けずにいた。

 開いてはいけない雰囲気があった。



 そんな沈黙の中。ユキナは周りをキョロキョロ見渡して、間抜けな表情で自分を指差した。


「え、私?」


 お前だよ。


 その言葉をぐっと飲み込む。

 と、同時に。俺は悟っていた。


 俺の人生計画が、全て破綻した事を。


 剣聖。

 その職業の事は、村育ちで世間知らずだと自覚している俺でも知っている。

 もう数百年も前。勇者と呼ばれた人間を支え、共に悪魔の王を打ち滅ぼした英雄が持っていた職業だ。

 凄まじい戦闘技能とあらゆる異能を持っていたらしい勇者だが、剣技に関しては追随を許さなかったらしく、最強の剣士と呼ばれている。

 固有スキルの一つが全剣士スキルの習得と記載されている事からも、その凄まじさが理解できる。

 だけど何故、ユキナが……。

 こいつが村で剣なんて触ってる所、一回も見たことがない。

 何かの間違いではないだろうか。

 いや、そうに決まっている。


 そんな希望は、一瞬で破壊される。


「剣聖だ! 剣聖と神剣が現われたぞっ!」

「王都に早馬を飛ばせっ! 大至急だっ!」

「剣聖様を保護しろっ! 何としてもだっ! これは、女神エリナ様のお導き……教会の威信に関わる重要案件だっ!」


 現われた数人の教会関係者がユキナに群がり、周囲を囲んだのだ。

 隣に立っていた俺は突き飛ばされ、数歩よろめいた。

 態勢を整えたときには、ユキナの肩は掴まれ背を押されていた。

 鞘に入ったままの神剣も拾われ、彼女が俺の目の前で連れて行かれる。


 連れて行かれて、しまう。


「ちょっと……っ! やっ! いやっ! 離してっ! シーナ、シーナぁ!」


 暴れる華奢な身体。大切な女の子が、手を伸ばしてくる。

 俺も必死に手を伸ばすが、足が動かない。

 まるで見えない力に押さえ付けられているようだった。動かしてはいけない。そう言われた気すらした。

 伸ばした指先が震え、声も出なかった。


「シーナ! 助けてっ! やあっ! 離してよぉっ! しーなあ!」


 運ばれていったユキナが、開いたドアの向こうに連れていかれた。

 途端。バタンと両開きの豪華な扉が閉ざされてしまう。

 騒然となる教会の中で、ユキナが消えたドアへ伸ばしていた手が力無く空を切り……降りた。

 俺にはその日。


 何も、出来なかった。



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