第2話 幼馴染が居なくなってから。
俺達の運命を変えた成人の儀。
その2年程前。何も無かった海上に新しい大陸が現われたらしい。
そこから渡って来た未知のモンスター達が世界中に広がり生態系が大幅に変わった。
また、新しい文明が現れた。
海を渡って来た者達は一見人間と変わらないらしいが、外見は獣のような耳や尻尾を持ち、優れた身体能力を持つ人ならざる者達なのだそうだ。
その者達に与えられた呼び名は、『魔人』。
次いで、新たに現れた大陸は『魔界』と命名され、女神から勇者の職業を与えられた人間が現れた事で世界の敵と認識されたらしい。
数百年前に実在した悪魔の王を打ち倒した勇者伝説と全く同じ職業を持つ者が次々と現れたのだから、 それはごく自然な事だったのだろう。
そして、ユキナはその一人。『剣聖』に選ばれた。そういう事だ。
そんな事、村にいた俺は全く知らなかった。
ユキナが連れて行かれ、離れ離れになったあの日。帰りの馬車に揺られながら街で購入した新聞を父さんに読んで貰い、俺は初めてその事を知った。
どの記事も魔界や魔人。新しいモンスターの事ばかり記載されていて、世界は結構混乱しているらしい。
生まれ育った場所。
俺の村は被害にも合ってないし、俗世に興味がなかったから知らなかった。
あれから1ヶ月。ユキナはまだ帰らない。
俺は情けない事に塞ぎ込んでしまい、毎日部屋に引き篭もっていた。
女神から受けた信託も、与えられた固有スキルも試す気になれなかった。
何もする気になれなかった。
そんな俺に、皆は優しくしてくれた。
父さんは何も言わなかったし、ユキナの両親は娘が連れて行かれたと言うのに、毎日のように来ては話をしてくれた。
きっとユキナは大丈夫。すぐに帰ってくる。
皆、希望を捨ててはいなかった。
生みの親がそうなのに、一人絶望してる自分が馬鹿馬鹿しくなって、俺は2ヶ月目に立ち直った。
幸いな事にやる事もあった。折角職業を与えられたから、2ヶ月の遅れを取り戻すために体を鍛え始めた。
剣は成人祝いに買って貰う予定だったのにあんな事があって買えなかったから、昔から使っている木剣を振り回した。
今思えば、それは鍛錬と言うより八つ当たりに近かったと思う。
そして、あの日から3ヶ月目の事。
村に来た馬車が、手紙を持って来た。
村の外に知り合いなんている筈もなく、今まで手紙なんて貰った事がない俺はすぐにユキナからだと分かった。
貰って来てくれた親父からひったくるように奪って、丁寧に封されたそれを開くと、文字が並んでいた。
だけど、読めない。
新聞も父さんに読んで貰わないと理解出来なかったのだから、当然だ。
俺は自分の無知を始めて悔しいと思った。慌てて村長の元へ走った。
人に読んで貰うのは嫌だったから、それから1ヶ月掛けて文字を習った。
必死だった。朝から晩まで、ユキナの手紙を読むためだけに文字を学んだ。
数少ない貴重な蔵書を教科書に、村長に一文字ずつ発音して貰いながら読み書きを覚えた。
文字を覚えた時には、二通目の手紙が来ていた。
ユキナは今、王都に居るらしい。
既に現れていた人類の希望。勇者とその仲間二人と一緒に、戦い方や文字等。これから何処に行っても恥をかかないように、貴族と同じ教育を受けているそうだ。
必死に文字を勉強して、手紙を書いた。
連絡が遅くなって、ごめんなさい。
早く帰りたい、会いたい。
大好き。
今の俺より明らかに綺麗な文字で、彼女は最後にそう綴っていた。
涙が出た。
もう枯れ果てたと思っていたのに、涙が止まらなかった。
「ユキナ……ユキナ」
手紙を読み終えた俺は、思わず握り締めて泣いた。
悔しかった。
彼女の傍にいられない事が。
怨んだ。
彼女を選び、引き離した女神を。
羨ましくて、妬ましかった。
勇者や、その仲間に選ばれた者達が。
俺は一通目の手紙を握りしめ、泣き続けた。
二通目からは、ユキナの文章が読み易くなっていた
『勇者様はとっても優しい人で、何も出来ない私に色々と教えてくれます。戦い方も、ダンスも、勉強も、毎日遅くまで付き合ってく れます。仲間二人は女の子で、初めて歳の近いお友達が出来ました。貴族の人達は厳しくて、勇者様と他の二人は貴族なのに、私は平民だから、意地悪をされたりします。辛いけど、勇者様と皆が庇ってくれるのでへっちゃらです。毎日大変だけど、充実しています。今は離れ離れだけど、遠い空の下で空を見上げて、 毎日貴方を想っています。早く会いたいです』
勇者は良い奴らしい。
楽しそうで何よりだと思った。
仲間二人は女の子と言うことは、伝説通り。今回も勇者は男なのだろう。
俺以外に同年代の友人が出来て、少しはしゃいだ様子が微笑ましい。
「ユキナも頑張ってるんだ、俺がサボってる訳にはいかないな」
俺はその日から、一層自分を磨き始めた。
身体を鍛え、父さんや憲兵のおじさん達に頼んで剣術の稽古をするのは勿論。村長の家に通って本を読むようになった。
村長は今にも女神の元へ行ってしまいそうな爺さんで、俺がよく来るようになって嬉しいと言ってくれた。
若い子は良い、孫が出来たようだ、と。
そうしていると、更に3ヶ月が過ぎた。
ユキナが居なくなってから、半年程が過ぎたのだ。
手紙は週に一度。馬車が来る日にやってくる様になっていた。
俺はそれを楽しみにし、自分も文字を覚えた事。
剣士として、男として、自力を鍛える為に身体づくりを本格的に始めた事。
世界に興味を持つように努力している事等、色々書いた。
ユキナは返事が来ると思っていなかったらしく、随分喜んでいるように見えた。
俺はそれが嬉しくて、余計勉強に力を入れた。
彼女の手紙はいつしか、勇者の話がよく出るようになっていた。
これが、最後の手紙になります。
書き始めからそう書かれていた手紙が来て、俺は驚き焦った。
読み進めると、遂に世界を巡る旅に出る事になったらしい。
最初は色々な国に挨拶をして回り、モンスター被害にあっている場所。魔人の目撃情報があった場所に駆け付け戦う予定なんだそうだ。
そうして経験を重ね、最終的には兵力を揃えて魔界に攻め入る。
なんだか本当に現実味の無い話だった。
何より、あのユキナが。ほんの少し前まで一緒に居た幼馴染が戦場に行くという事が信じられなかった。
不安で心配で、仕方なかった。
そういう事なら仕方ない、俺の事は気にせず頑張っておいで。
決して無理はせず、出来るだけ怪我しないように。間違っても死なないで欲しい。
俺はこの村で、君の帰りを待っているから。
俺は精一杯の祈りを込め、随分と日数を掛けて手紙を書き、母さんの墓でユキナの無事を祈り、見守ってあげてくださいと報告した。
手紙は次の週に馬車のおじさんに頼んで渡した。
手紙は本当に来なくなった。
彼女は遠い地で、頑張っているんだろう。
昔から、俺には勿体無いと思っていた可愛い幼馴染は、英雄になろうとしていた。
今では、世界中の人々が彼女に想いを寄せている。
こんな小さな村にも、彼女の噂は風の便りでやって来る程に。
勇者パーティーが未知の大型モンスターを倒した。
新大陸の調査に行き、魔人を捕獲した。
村に馬車が来る度、噂はやって来る。
そんな話を聞く度に、思うのだ。
『剣聖』伝説の職業に選ばれた少女は、生まれ育った小さな村を離れ、俺の手を離れた。
もう、俺の知る幼馴染は居ないのだと。
何故なら俺の良く知る彼女なら、例えそれが正義であったとして剣を取り戦う事など出来るはずが無いのだから。
昔から、違和感はあった。
この子は、こんな小さな辺境で終わってはいけない。
俺と彼女じゃ、釣り合わない。
こんなに幸せで良いのだろうか。
この村に二人しか居なくて良かった。
本当に……本当に今思えば、俺は。
俺は、ただ自分が生まれた境遇に胡座をかいて居ただけの愚か者だった。
ただ一緒にこの村で生まれて、二人しか居ないから必然的に仲良くなれただけだったのだ。
俺はユキナが好きで愛している。
彼女もそう言ってくれていた。
ユキナは俺が居ないと駄目な女の子で、俺はユキナが居ないと駄目な男なんだ。
成人したらすぐに結婚する。必ず幸せにする。そう漠然と考えていた昔の俺は、本当に愚か者だ。
ただ彼女が傍にいる事が当たり前だと自惚れていた、馬鹿な男だ。
そんな俺だけど……。
「今日は、何をしようかな」
今でも一つだけ、誇れる事がある。
俺はあの時、前を向き自分を磨き続けた。
当時はただ必死だっただけだけど、理由なんて何でも良い。
少しでも彼女に近づく為に。
少しでも釣り合う男になる為に。
彼女が世界を救う英雄なら、俺は彼女が生まれた村を守る剣士になる。
再開した時に、変わったね。格好良くなったね、そう言って貰う為に。
そうして、彼女が出て行って一年が過ぎたある日。
突然、村に早馬がやってきた。
魔人の中でも五本の指に入る強者のうち、魔王の直属の幹部。四天王とかいう魔人の一人を勇者達が見事に倒したという噂が、俺の耳に入り……。
勇者パーティーが慰労のため、王都に帰還する道中。偶然近くだったこともあり、剣聖の故郷であるこの村を訪れる事になったらしい。
そして、俺の抱いていた違和感は現実になる。
再会したユキナは……いや。剣聖ユキナは本当に俺の知る女の子じゃなくなっていた。
ほぼ同時期に生まれ、この小さな村で。隣同士の家で十五年共に過ごし、俺が愛した。
そんな幼馴染じゃ、なくなっていたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます