自分の貫き方。

第10話 プロローグ。

 その女との出会いは、正直。良い思い出とは言い難い。


「ちょっとあんた、待ちなさいよ」


 そんな声に呼び止められたのは、冒険者として登録する為。冒険者ギルド、セリーヌ支部の支部長と話した後すぐの事だった。

 受付嬢が居たカウンターから向かって右側。扉の先にある通路で、支部長室から退室し集会所に戻ろうとしていた俺は背後から掛けられた声に足を止める。


「なんだ」


 振り返って尋ねた俺の視線の先には、一人の女が立っていた。

  肩まで伸びた癖のある緑色の髪、髪と同色の瞳。

 顔立ちは少々幼さを感じるものの、それは彼女の15歳と言う年齢を考えれば仕方のない事だろう。

  将来は相当な美人になるだろうと容易に想像出来た。

  何より印象的なのは、彼女の表情だ。細長い眉の間に皺を寄せ、少々吊り上がった目尻。瞳が放つ光はどこか気怠げで、こちらを真っ直ぐに見つめている。

そんな、如何にも不機嫌そうな顔で左腰に手を当て、僅かな膨らみしかない胸を偉そうに張って立っている彼女の名は、ミーア。

 先程知り合ったばかりの彼女は今日、俺と共に冒険者になる事になった一つ歳下の女だ。

つまり、今年で15歳。成人を迎えたばかりという事になる。

名前と年齢を知っているのは、支部長室で互いに自己紹介をしたからだ。

支部長は男爵。下級とはいえ爵位を持った貴族だった為、その時は互いに丁寧な言葉遣いで話して居たのだが……どうやらこの口調が彼女の本性らしい。

先程まではしっかりした教養を受けた事が窺える随分利口そうな女だと思っていたのだが、そんな彼女の第一印象が消え失せた事に俺は少し安堵した。

身に纏っている衣服も綺麗で質感も上等そうな物なので、この女も何処か良いところのお嬢様だろうと思っていたのだ。

どうやら俺の勘違いだったらしい。変に気を使う必要は無くなったようだ。


「なんだって……あんた。どうせこれから暇なんでしょ? 買い物行くから付き合いなさいよ」


 だが、どちらにしろ正直。苦手だと思った。

 ミーアは随分気が強い女らしく、不遜な態度でそんな図々しい事を言って来たのだ。

 居なくなった幼馴染と同じ、15歳の女の子。泣き虫でドジで甘えん坊なユキナしか知らなかった俺にとって、彼女は未知の存在だった。

 どう接して良いか分からず困ってしまう。


「何故、俺がお前の買い物に付き合わなければならない」


「当然、荷物持ちに決まってるでしょ。私は昨日この街に来たばかりでね。必要な物が沢山あるのよ」


「そうか。だが、お断りだ。俺もこの街には今朝到着したばかりで、暇じゃない。他の奴に頼め」


 淡々とした口調で告げて、集会所へ戻ろうと扉に手を掛けた俺は、


「あぁもうっ、だから待ちなさいってば」


 再度呼び止められ、仕方なく動きを止めた。


「あんた、白等級の駆け出しなんでしょ? 仕方ないから私が色々教えてあげても良いわよ」

「……お前だって駆け出しだろう」

「同じ駆け出しでも私とあんたじゃ格が違うわ。さっきの話、聞いてたでしょ?」


 ふふん、とミーアは偉そうに鼻を鳴らした。


 同時に彼女が取り出し、チャラと音を立てて見せつけて来たのは細い鎖。

 先端にぶら下がっているのは、等級証と呼ばれる小さな金属板だった。

 俺が羽織っている外套のポケットにも同じ物が入っている。

 先程、支部長に渡されたばかりの物だ。

 だが、俺が持つ白い金属板と違いミーアのは青。これは俺とミーアの冒険者としての等級が異なることを意味している。

 冒険者にはそれぞれ等級があり、俺の白は最下位の十位。ミーアの青は二つ上の青だ。

 支部長の説明によると、通常駆け出し冒険者は白から始まり実績やギルドからの信頼によって徐々に上げていくのが一般的らしい。

 だが、ミーアはギルドに登録出来る成人前から他の街で現役の冒険者に同行して経験を積み、それなりに活躍して実績を得ていたらしく、最初から青。八位の等級を授けられていた。

 年齢は俺の方が一つ上だが、冒険者としてはミーアの方が先輩なのだ。


 彼女はギルド期待の新人。対する俺は小さな村から出て来たばかりの世間知らず。差は歴然だった。

 彼女の言う通り、俺とミーアでは格が違う。


「ほら。分かったら私の事は今後、ミーアさんと呼びなさい。分かったわね、シーナ」


 うぜぇ。

 確かに言ってる事は正しいけど超うぜぇ。


 歳下の癖に何なのこいつ、そうじゃなくても初対面の相手に失礼にも程がある。

 苛立ち、舌打ちしそうになったのを堪えた俺は眉を寄せた。

 どうやら俺は、面倒臭い女に目を付けられてしまったらしい。


「なぁ、もう行っても良いか? さっきも言ったが、暇じゃないんだ」


 折角作った口調を崩してしまいながら言う。


 早く集会所へ戻って、今日は無理でも明日からやれそうな仕事を探したかった。

 今の俺には金がないのだ。父さんが貯金してくれていたらしい金庫の確認もするが、正直あまりアテにしていない。

 精々最低限必要な物を買えて、数日生活に困らない程度だろう。

 その位なら出来れば手を付けず、もしもの時の蓄えとして取っておきたい。


「はぁ? 私だって暇じゃないわよ。何よ、親切に声を掛けてやってるのに。失礼だと思わない訳?」


 失礼なのはお前だ、と言う台詞をグッと飲み込む。

 本当に、何でこんな奴なんだ。しかも女って……もう少し普通に話せる男が良かった。


「……はぁ」


 最初に見た時以上に落胆して、俺は我慢出来ず溜息を吐いた。

 村では作ろうにも作れなかった男友達が出来るかもしれない。

 そして、一緒に仕事や冒険が出来るかもしれない。

 そう期待していたのに……裏切られた気分だ。


「……何よその溜息は。こんな可愛い女に声を掛けられて、何か不満な訳?」


 寧ろ、この状況の何処に不満がないと言うのか問い詰めてやりたい。

 特に自分で可愛いと言ってしまう辺りに不満がある。

 最も、性格は兎も角。外見が可愛いのは事実なので口にしないが。

 言ったら言ったで余計面倒臭い事になりそうだ。


「別にない。唯、どうして俺は絡まれているのだろうと疑問に思っただけだ。先程も言ったが、買い物に誘うならこんな格好の男より他の奴にすれば良いだろう」


「……それはその、ほら。折角こうして知り合って、同じ日に冒険者になった縁って奴よ。歳も一つしか変わらないし、私はこの街に他に知り合いも居ないの。だから、仲良くしましょうよ」


 成る程。この女も俺と同じで、この街に他に知り合いが居ないのか。


 一つだけ共通点があったな。お陰で少しだけ親近感が湧いた。

 同時に、何故この女は態々故郷を離れてまでこの街に来たのだろうと疑問に思う。

 最も、詮索しようとは思わない。

 冒険者は同業者の詮索が御法度だと母さんは言っていたし、正直。この女とはあまり関わり合いになりたくない。

 少しでも仲良くなると相当面倒臭そうだ、こいつは。


「……悪いが、俺はお前の様な女と仲良くしてる余裕はない。他を当たれ」

「は? 何よ。私が女なのが嫌って訳?」


 しまった、これだと俺が女を下に見ている様な言い方だ。


 一般的に荒れ仕事の冒険者はどうしても男の方が需要があるらしいが、俺に男尊女卑の趣向は無い。

 母さんの様な立派な人間になる事が、俺が冒険者になった理由で目標の一つでもある。

 だがまぁ、良いか。

 この女には、ここで嫌われておいた方が都合が良さそうだ。


「あぁそうだ。俺は女と仲間になるつもりはない。確かにお前の女としての容姿は魅力的だ。自覚があるなら俺ではなく、もっと良い男に声を掛ければ良いだけだと……」

「あぁもうっ! 分かった。分かったわよ。回りくどいのは無しにしましょう」


 俺の言葉を遮ったミーアは眉間に指を当て、やれやれといった様子で二度首を振った。

 そして、すぐ顔をこちらに向け直した彼女は、ビシッと右手の人差し指を突き出してきた。


 真っ直ぐな瞳が俺を見詰める。


「私は貴方を雇うわ。だからシーナ、貴方はこれから私と行動を共にしなさい。良いわね?」

「……はぁ?」


 堂々とした態度で言われ、俺の口から変な声が出た。

 いや、何で急にそうなった。


「突然何言い出すんだ、お前」

「お前じゃなくてミーアさんでしょ。さっきの話し方を聞いた限り、それなりに教養はあるみたいだけど……目上の者に対する口の聞き方がなってないわね」


 腕を組み、ミーアはふんと鼻を鳴らした。

 やっぱりうぜぇ。一体何様のつもりだよこいつ。


「まぁ私は寛容だから、この程度で怒ったりしないけど……中には気にする人も居ると思うから気を付けなさいよ。これからは駆け出しの白等級らしく、身の程を弁えた態度を心掛けなさい」


 じゃあ俺、そろそろ歳上らしくお前を怒って良いだろうか?


「まぁ、そこは主人である私がきっちり教育するとして……」

「待て。何故俺がお前に雇われる前提なんだ」


 勝手に話を進められ、軽い頭痛を覚えた。

 堪らず左手の親指と人差し指で両目を抑えながら、俺は開いた右の掌を突き出した。


「ふん。だってあんた、放っておいたらすぐ死んじゃいそうだもの。どう見ても弱そうだし」


……本当に失礼な奴だ。


 確かに俺は弱いのだろうが、外見が弱そうなのはお互い様だと思う。


 最も、装備はどう見てもミーアの方が上等だが。

 防具が全く無い俺に対し、ミーアはちゃんと胸当てや籠手等の軽い防具を装着しているのは勿論。左腰に下げてる鞘も柄も純白の片手剣。背に背負っている弓は随分値が張りそうな綺麗な品だ。

 後ろ腰の矢筒も茶革で、数十本程の矢が入っているのが見える。


 自己紹介でも名乗っていた通り職業は弓士らしい彼女だが、俺よりどう見ても業物に見える剣を持っているのだ。

 あの純白の剣に比べれば、俺の腰の剣は相当見劣りしてしまう。

 実際に抜いて比較して見たいくらいだ。


「だから私は貴方を雇うわ。仕事内容は当然、私の護衛と支援よ。後、身の回りの世話をお願いするわ。買い物の荷物持ちとか雑用とか……」


「断る」


得意げに話すミーアを遮る。


何で俺がそんな事をしてやらなければならないのか。

途端、ミーアは眉間の皺を濃くした。


「はぁ? 何でよ。ちゃんと依頼の達成報酬は分配はするし、私から個人的にお給料も出すわ。悪い話じゃないと思うんだけど」


 ……何だ、金は出すのか。


 確かにそれなら悪い話じゃない気もする。

 元々、最初は雑用でも何でもするつもりで来ているからな。


「確かにそれなら悪い話じゃないな」


「でしょう? なら決まり……」


「だが断る」


「何でよっ!」


 叫んで、ミーアは此方をギロッと睨みつけて来た。

 目力が強いな。中々凄まじい眼光だ。

 どうやら納得出来ないらしいので、仕方なく俺は溜息を吐いて理由を説明することにする。

 その為、首元まで拳を上げた俺は人差し指を立てた。


「……理由は色々あるが、まず第一に俺はお前が気に入らない」


「えっ……は、はぁ? な、なんで」


「当然だろう。さっきから聞いていれば、お前。初対面の相手に失礼過ぎる。俺が歳上だと言う事を除いても不愉快だ。確かに冒険者等級、実力。経験。ギルドからの信頼。全てお前の方が上かも知れんが……俺はお前のような女。いや、人間に仕える気はない」


次いで、二つ目の理由を説明する為に中指を立てる。


「二つ目に、何故お前は俺を護衛や支援係に欲しいか理由を説明していない。俺は仕事内容が明確で無いのに安請け合いする様な馬鹿ではない。一応、今なら聞いてやろう。説明する気があるならな」


「えっ……あっ。え、えぇ。その……私はほら。弓士でしょう?」


「その様だな」


 俺が頷くと、ミーアは続けた。


「弓士ってね、矢は勿論だけど。集団(パーティー)では前衛が戦い易いように荷物や予備の武器を預かって移動する事もあるの。街の外ではいつ奇襲を受けたりするか分からないからね。それに、弓士って前衛に比べて必要な物が多いのよ。矢は勿論、私は毒も火薬も使う。前衛と離れている間はどうしても無防備になりやすいから、護衛は居るに越した事は無いしね。だから弓士って、個人的に専属の荷物持ちや剣士を雇っている人も居るのよ」


想像以上にまともな返答が帰って来て、少々拍子抜けした。

正直、碌でもない事を言い出すんじゃないかと身構えていたのだが、どうやら杞憂だったらしい。


「それにほら、あんたってかなり顔が良いじゃない。身なりさえ綺麗にしてやれば相当良い男だと思うのよ。そんなあんたに甲斐甲斐しく世話をされて、連れ回して。そんな普通じゃ出来ない事をする為に、私は冒険者になったの。その機会が目の前に転がってるのに、手を伸ばしてみない馬鹿は居ないわよ」


「……そうか」


……俺の容姿、ね。


 そう言えば、成人の儀の時に確認して以来。考えた事もなかったな。

 どうやら俺は比較的容姿が良い部類に入るようだが、基本的に気にせず無頓着なのでその理由は予想外だった。


「あっ。勘違いしないで欲しいんだけど、私は別にあんたに一目惚れしたとか、そう言う訳じゃないから。と言うより私。基本的に男って嫌いなのよ。男ってどいつもこいつもガサツで乱暴だし、汚くて臭いし……何より年中発情してて、いやらしいでしょう?」


 ……随分散々な言われようだが、今の俺は汚くて汗臭いし、一年前まではそれなりにいやらしい事を考えてた覚えがある為。何も言えない。


 まぁ俺がいやらしい事の対象にしていた女の子にそういう部分は皆無だったけど。

 胸は悲しい程平らで尻は凄く小さかったし。

 ……そう言えばこの女。胸は慎ましいが、尻は中々大きい気がする。

 村長と父さんは言っていた。


「大きい尻は良いぞ」と。


 触り心地は勿論、尻の大きな女性は子供を出産する時に比較的苦労せずに済み、出産後も体調を崩したりする確率も低いのだとか。


 母さんも胸は小さかったが良い尻をしていたと聞いている。お陰で、身体の弱い母さんでも俺を生む事が出来たのだと。


「な、何よ? どこ見てるのよ」


 視線を向けていた腰が手で遮られた。

 慌てて顔を上げれば、ミーアが不機嫌そうな顔で俺を睨みつけていた。

 

「……いや、すまない。お前の言う通りだと思って、少々考え込んでしまった。確かに今の俺は汚れているし、汗臭い。不快に思うなら謝る」


 数日歩き通しで街まで来た俺は、身体を拭くどころか下着すら着替えていない。


 下着の替え位は二日分程持っているし、これから人に会い話す機会は間違いなく増える。やはり、色々やる前に最低限の衣類を買い求めた方が良さそうだ。


「……そう、自覚はあるのね。良かったわ。自分の非を認めて正直に謝れる人は好きよ、私」

「そうか」


 ふふん、と彼女は鼻を鳴らす。

 その態度にまた少し苛ついたものの、この様子なら尻を見ていた事は不問にしてくれるらしい。


「性格は及第点って所ね。まぁいいわ。これから私の事を知れば、あんたは嫌でも私の凄さに気付いて今の態度を恥じる事になるでしょうし、自然と敬意を払う様になる筈よ」


「……はぁ」


 いやほんと、何でこの女こんな偉そうなの?

 上から目線にも程がある。


「兎に角、あんたは今日。この瞬間から私の専属雑用係。これからあんたは私のもので、あんたは私の為に尽くして、私の為に冒険するのよ。これは決定事項だから」


ぴっ、と立てた人差し指を向けられる。


 全く、勝手に決めて命令するなんて何様のつもりだよ。

 あまりの身勝手さに怒りを通り越して呆れた。

 

 もうさっさとお別れしたい。そして二度と関わらないで欲しい。


 だが、当然。そうはいかないだろう。この調子だとちゃんと断らないと今後付き纏われたりしそうで面倒だ。

 流石に無いとは思うが、一応。


「聞きたい事は大体聞けた。その上で、改めて言わせて貰う。お断りだ」


 掲げていた手を下げながら告げる。

 途端。ミーアの眉間の皺が濃くなり、不機嫌顔が更に酷くなった。


「……だから何でよ。私はあんたを育ててあげるって言ってるのよ? あんたの服や装備も私が見繕ってあげるし、教えて欲しい事があれば何でも聞いてくれて構わないわ。こんな好条件、断る理由なんてない筈よ」


「育てる? そんな事、お前は一言も言ってなかったぞ」


 急に言う事を変えたミーアに尋ねる。


 最初からそんな好条件を提示されていたら、少なくとも一方的に突っぱねるような事は無かったと思う。

 人の善意を平気で踏み躙る程、俺は捻くれてないからな。

 実際。有り難い申し出なので、その条件なら暫く仲間として同行しても良いと判断していたかもしれない。


「あっ……! い、いや。その」


 わたわたと慌てた様子で手を振ったミーアは、右手の人差し指で自分の髪をくるくると巻き付けながら目を逸らした。


「と、兎に角。あんたは一人で仲間が居ないし、見るからに弱そうだし……経験は勿論。最低限の知識も全く無いでしょ? そんな駆け出しを放って置くのもどうかと思うし、同じ日に冒険者になった人にすぐ死なれたら目覚めが悪いからね。だから仕方なく、私が世話してあげるわ。黙って付いて来なさい」


 ……成る程、読めたぞ。

 口は悪いが、気を遣ってくれているのか。


 確かに俺の外見は弱そうで、経験が全くないのは勿論。冒険者としてやっていく為に必要な知識も乏しい。

 それどころか、今日これからやらなければならない事。街での暮らし方すら分からない。

 色々人に頼り、尋ねながら行動していかなければならないのは事実だ。

 下手な意地を張っても、冒険者として本格的に活動する前に野垂死に、なんて事にならないとは言い切れない。


 その点、ミーアに俺の様な不安は全く無さそうだ。

 こんなに大きな態度を取れるのも相当自信があるからだろう。

 外見は華奢な少女だが、俺にはない経験や知識。そして……それなりに実力もある事が窺える。

 少なくとも、俺一人を育てる。面倒を見れると言う根拠はある様子だ。

 伊達に最初から青等級なんて優遇を受けている訳じゃないのだろう。

 だけどな……。


「だから、断ると言っているだろう。俺はお前に雇われる気はない」

「だからなんでよっ! 何? 歳下の女に従うのがそんなに嫌な訳?」


確かにそれも理由の一つだ。

こんな俺にだって失いたくない尊厳というものはある。

だが一番の理由は……。


「こっちは親切で提案してやってるのに……! 下手な意地張っても良い事なんて無いわよ? もう少しちゃんと、自分の立場って物を弁えたらっ!?」


「じゃあ聞くが、俺の立場とはなんだ?」


激昂したミーアに、静かに告げる。


「俺に対するお前の立場とはなんだ?」


「っ。そんなの、格上と格下に決まって……」


「確かにそうだな。だが、お前は俺の主人でも上司でもない。俺達に明確な上下関係は存在しない筈だ」


「あるわよ。等級という差が……」


「俺よりお前の方が優れているからと言って、大人しく従う道理は無いと言っている」


 目に力を込めて睨み返すが、ミーアは少しも怯んだ様子を見せない。

 まぁ脅している訳じゃ無いから良いんだけど、こうも堂々とされていると少し自信を無くす。

 最も、そんなもの最初から無いけど。


「俺達は冒険者だ。騎士や憲兵、他に存在する組織の様に先輩や上司に言われた事。指示に従い、それ通りに動かなければならないなんて常識は無い。冒険者は自由に住む街を選び、仕事を選ぶ。自分の望む冒険をし、戦い、代償として自らの命を賭ける。代わりに失敗すれば誰も助けてくれない。そうだろう?」


「うっ……」


「少なくとも、俺は他人に従い縛られる為に冒険者になった訳じゃない。自由に生きたいからここに来た。冒険者になったんだ」


 思えば、俺はずっと故郷に縛られていた。


 生まれ育った何も無い村。俺を見守り育て、愛してくれた大切な人達。

 そして……何よりも大切だった。愛した宝物。ユキナに縛られていた。

 他人から見れば何の価値もない、平気な顔でこんな村と言われるような小さな世界が何よりも大切だった。

 だけど俺はそれすらも守れず、一番大切だった女の子を失ったどころか裏切られた。


 そんな自分を変えたくて、俺は全てを捨ててここに来たんだ。


「お前にはお前の冒険があるように、俺には俺の冒険がある。だから俺は、お前の荷物持ちにはならない」


「……何よ、格好付けちゃって。何も知らない癖に。大体、冒険者だって先輩や格上には敬意を払うものよ。パーティーを組めば指示をするリーダーの言う事を聞くのは当然だし、役割だって決める。上下関係だって生まれるわ」


「それはそうだろうな。だからこそ、俺はお前一人の所有物にはなれない。お前の支援や護衛として雇われれば、俺はお前の為だけに。何が起きても雇い主であるお前を最優先に考え行動しなくてはならなくなる。弓士……後衛であるお前の支援という事は、後衛の後衛だ。もし今後新たに仲間が増えたとしても、そんな俺を誰が頼り評価する?」


「そんなもの、私が評価してあげるに決まってるでしょ! 仕事内容が良ければ、私はそれ相応の評価と報酬をあんたに支払うって言ってるじゃないっ! 絶対冷遇なんてしないわっ! 約束するっ!」


「それだと俺はお前以外の仲間が出来ないだろう」


「出来るわよっ! 私の仲間はあんたの仲間だわっ!」


「向こうもそう思ってくれると本気で思うのか?」


中々聞き分けないミーアに苛々しながらも淡々と返答し、腰の剣に触れる。


「俺は剣士で、前衛だ。後ろに居ても何も出来ない。お前に雇われてしまうと、今後仲間が出来たとして、そいつが前衛だった場合。俺は共に戦う事が出来ないどころか、どんな危険な状況に陥っても助ける事は出来ない。そんな臆病者を誰が頼り、信用する? 仲間だと思う」


「こ、この……分からず屋っ!」


顔を真っ赤にして怒ったミーアは、こちらに身を乗り出して来た。


「あんたみたいな駆け出しの雑魚のへぼ剣士が最初から前に行ったところで無駄死にするだけよ! そんな使えない奴、迷惑なだけだわっ! だから私が育てるって言ってるの! ある程度使えるようになったら前衛として起用してあげるに決まってるでしょ!」


「えっ」



 あまりの剣幕に、驚き過ぎて変な声が出た。

 これだと普通に仲間になれって言われてるようなものだ。


 え? 何? 本気でこの子、純粋な善意で俺を育てるって言ってるの?

 もしそうなら良い奴にも程があるぞ。

 初対面の相手にそんな事……正気か?

 ……いや、絶対何か裏がある筈だ。騙されるな。


「こほん……そうか。なら、こうしよう。俺がある程度実力を付けて、お前が俺を前衛として起用しても良い。仲間にしたいと思った時、改めて誘ってくれ」


「……どうしても私に雇われる気はないって訳?」


「あぁ。さっきも言ったが、俺は決まった主人を持つつもりはない。悪いな」


 改めて断ると、ミーアは一つ溜息を吐いて身体を起こした。


「……何よそれ。その前にあんたが死んだら意味ないでしょ」


「そうなったらそれまでだが……一つ、目標が出来た事は確かだな」


「目標? 何よそれ」


「当然、お前に俺を認めさせて一緒に仕事をする事だ」


 気に入らない奴だが、何も無かった俺に目標をくれた事は感謝しよう。

 とりあえず街に来て最初の目標はこいつと一緒に仕事が出来るようになる事だな。


「……私の目は厳しいわよ」

「そうか。それは頑張り甲斐がありそうだ」


 呟いたミーアに、肩を竦めて見せる。


「ミーア。気遣いは有り難いが、とりあえず俺は一人で色々やってみようと思う。だから……お前が俺を認めた時。その時は一緒に冒険をしよう。俺は剣士として前で戦い、お前はその弓で支援する。冒険者として在るべき姿、対等な関係になれるよう。これから互いに頑張ろう」


 少し悩んだが、俺は手をコートで拭って差し出した。握手を求めたのだ。

 母さんが冒険者同士の挨拶や、約束をする時の作法はこれだと、昔。俺に教えてくれた覚えがある。

 なので早速実践してみたのだが……。


「ふんっ、何が対等よ。ふざけないでっ。大体そんな汚ったない手、私が握る訳ないでしょ!」


 ぴしゃりと突っぱねられた。

 この女! 人の善意になんて言い草だ!


「もういいわ。あんたなんて要らないっ! 退きなさいよ、邪魔!」


 肩を怒らせ、早足で歩いて来たミーアを慌てて壁に身を寄せて避ける。

 俺を通り越したミーアは扉に手を掛け、開け放った。

 途端、集会所の喧騒が鮮明に聞こえてくる。

 立ち去ろうとするミーアを見ながら呆然と立ち尽くしていると、突然彼女は足を止めた。

 と、こちらに振り向いた彼女は、


「……あんたが頑張るなら、私も頑張る。対等な関係なんて……追い付かせたりなんて、しないんだから。まぁ、精々頑張りなさい。一緒に冒険するまで、絶対死ぬんじゃないわよ」


 最後にそう言い残し、ミーアは立ち去った。

 バタンと音を立てて扉が閉まる。

 静かになった通路で一人立ち尽くす俺は、閉ざされた扉を見て。


「はぁ……」


 込み上げて来た溜息を吐き出した。

 全く、面倒な奴と約束してしまったな。

 まぁ、これから頑張るか。

 いつかあいつに、対等な冒険者だと言われるような剣士になる為にも。

 そう考えながら、俺も扉を開いて集会所へ出た。


 これが、俺がミーア。

 今後、俺の人生に大きく関わってくる女との出会いだった。

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