第58話 青春の思い出。

「覚悟しろよ、手加減なんか出来ないからな」


 足元から吹き上がる風を浴び、黒革のコートを靡かせながら、白髪の少年は告げた。


 自然に発生した風ではないことは一目瞭然。

 目の前に立つ少年が、噂の力を発現させた事は明らかだ。

 見開かれた青い瞳が、闇の中に光を灯している。

 女神の祝福。固有スキルの中には、発動中。身体の一部にその証が現れる。


「ちっ……」


原典オリジナル……か。気にいらねぇ)


 黒髪の男性冒険者キリジは、白髪の少年を見て舌打ちした。


(しかし、迷いなく使いやがったな……本当にまともじゃねぇのか? こいつは)

 

 キリジは、少年の持つ目を思い出した。

 今は光を発しているが、先程話していた時。少年の目は、暗く冷たい色を灯していた。

 以前見た時とは、まるで違う瞳。


 背筋に冷たい感触が走る。

(……ビビる事はねぇな。見極めてやる)


 キリジは、不安を押し殺す為に腕の中の少女を強く抱き締めた。

 恐怖に震え、悔しそうに涙を流す少女。

 気の強い彼女のそんな姿が、愛おしくて堪らない。


(もしもの時は、俺が直々に殺してやる。こいつさえ消せば、ミーアは俺の女だ。そうだ、こいつさえ消せば……っ!)


 強い憎悪を感じたキリジは、少年を睨み付けた。


(雑魚は雑魚らしく、ずっと雑魚のままで良いだろうが……実は強い力を持ってて、突然覚醒して。こんな良い女に惚れられて、成り上がりだぁ? 冗談じゃねぇ! 大人しく、ここで消えろや!)


 ずっと、最初から気に入らなかった。

 だからここで、何が何でも消してやる。

 そして、腕の中の少女を手に入れる。


(主役は俺だ。奴は噛ませ役に過ぎねぇ。ここで惨めに負けて、舞台から降りるのがお前の役割だ)


 青年の頭の中は、それだけで。

 これから自分が何を見るのか、予想すらしていなかった。







「ぐ……これは」


「……おい、キリジ。こいつやっぱり普通じゃねぇよ。なぁ、やめようぜ?」


 固有スキルを発現させたシーナを見て、二人の青年冒険者はリーダーのキリジに進言した。


「うるせぇ! さっさとやれっ! やらねぇなら、俺がてめぇらを破壊してやるっ!」


 しかし、返って来たのは激昂と罵声。

 二人はキリジの異能がどれ程の脅威を持つか。

 そしてキリジの性格上、やると言えば本当にやる事を知っている。

 気は進まない。

 だが、やらなければ自分達がやられる。


「速く速く速く速く速く速く速く」


 異常なまでの早口で、シーナは呟いている。


『アクセル、アクセル、アクセル、アクセル』


 彼の頭の中には、キリジの腕の中に抱かれた少女の声が響き続けている。


 一度呟く度、足元から発する風は強さを増す。

 一度呟く度、瞳から発する光が強さを増す。


 その不気味な光景に胸騒ぎを覚えながらも、動く様子のないシーナを見て、二人の男性冒険者達は互いの顔を見て頷き……襲い掛かった。


 左右から襲い掛かる拳。


「シーナ……お願い……」


 不安げな顔を向けている少女の表情と声。

 数倍は遅く見える世界で、シーナはその全てを確認した後……襲い掛かってくる左側の青年冒険者に向け、足を踏み込んだ。


(まだ鈍いが……充分か)


 硬く、硬く。握り締めた拳を振り上げて。


「死ねよ」


 全力で突き出した。

 シーナの放った拳は、一瞬で青年冒険者の顔を歪ませる。

 迷わず拳を振り抜いたシーナは、その勢いを生かしたまま、左足を軸に反転。

 もう一人の男へ向け、右足を蹴り上げた。


「らっ!」


 声で気合を入れ、繰り出した回し蹴りは青年冒険者の顔面を捉えた。

 どぐちゃぁ! と、鈍く生々しい音が響き渡る。


(あっ)


 蹴り抜きながら、シーナはやり過ぎたかもしれないと思った。

 どれ程、加速した自分が速くなっているかは分からない。

 だが、足鎧を装着した足で全力で蹴った結果が、予想以上の結果を生み出したのは理解出来た。


 眼前に、鮮血が舞っている。

 生暖かく、滑りとした液体が頬を濡らしている。


 すぐに固有スキルを止める。

 世界が、元の速さで動き出す。


「……はぁ」


 身体が怠いのは、加速の反動だろう。

 胸にも痛みがある。傷が裂けたのかもしれない。


 自分の状態を先に確認した後、シーナは自分が殴り、蹴り飛ばした二人の男を確認した。


「あ……ぐ、ぅ……あ、あぁ……」


「こぼっ……がぼぉ……」


 男達の身体は、十数メートルは先に転がっていた。

 暗くて良く見えないが、二人の顔は見るに耐えない状態に違いない。

 彼の膂力では、まず有り得ない威力だ。


(まだ生きてるか……でも)


 改めてシーナは自身の持つ力の異常さを認識した。


 回避不可能な、否。

 回避などさせる暇も与えない必中の一撃。


 まだ未熟な自身の身体。細い腕から繰り出した拳で、これ程の威力が出るのだ。


 手甲や足鎧を装着していなければ、自らの身体すら壊しかねない諸刃の剣でもある。


(先に仕掛けて来たのは、こいつらだ。俺は降り掛かった火の粉を払っただけ)


 自分に言い聞かせて、飛ばした二人から興味をなくした。


「後は、お前だけだ」


 目蓋を開いたシーナは、ベンチの方を睨み付けた。

 守るべき女の子を腕に抱く、最後の敵を。


「な……は? は……あぁ? え?」


「へ? え……え? えぇ?」


 ベンチに座る二人は、呆然としていた。

 キリジは目を見開き、遠くに倒れている仲間の青年達を交互に見ている。

 ミーアは、信じられないものを見たと言う表情で、シーナを凝視していた。


「て、てめ……なにを……何をした?」


「一発ずつ、顔を小突いてやった。お前の注文通りだろ」


 早く治療しなければ二人は死ぬかもしれない。

 それは承知だが、意識を切り替える。

 まだ敵は残っている。


「注文、通り……だと? てめぇ、こんな事して」


「ただで済むと思うなよ、と。先に宣告した筈だ。手加減は出来ない、ともな」


「……舐めた、真似を」


 ギリ……と。

 キリジは心底に苛立った表情を見せた。


「ミーアに頭を下げ、謝罪するなら見逃してやる。早く治療をした方が良い」


「はっ……てめぇみたいな雑魚の蹴りで、こいつらがどうにかなると」


「仲間なんだろう? 心配しないのか」


「……ちっ」


 舌打ちしたキリジは、立ち上がった。


「とっとと掛かって来い。一撃で殺してやる」


「……今なら、運ぶのを手伝ってやる。意地を張るのは賢明とは言えない」


「うるせぇ、こいつら二人位なら、一人で運べる。それに、てめぇさえ消せば……ミーアは俺の物だ。こいつにも手伝わせるさ」


「お前、本当に馬鹿だな」


淡々と告げるシーナの瞳に、光が宿った。


「ミーアは物じゃない。良いだろう。二度と女を抱けない身体にしてやる」


「あぁ? ちっ……っ! 本当、本当に……てめぇはムカつくなぁ! 雑魚の癖に……雑魚だった癖によぉ!」


「人の痛みが判らないだけなら、仕方ない。しかし、お前は理解しようとすらしていない。そうやって大声で威圧して、従わせようとしているだけだ」


「ちっ! 偉そうにっ! てめぇだって判らないだろうが! この女の痛みなんかよっ!」


「あぁ。だが、お前程度と一緒にするな」


 シーナは、少女の顔を見て続けた。


「俺は、寄り添う事が出来る」


「……っぐ!」


 はっきりと告げたシーナに、キリジは言葉を詰まらせた。


「シーナ……♡」


 苛立つキリジに追い討ちをかけるように、背後から甘えた声が聞こえて来た。

 振り返ると、ミーアは暗くしていた表情を一転させていた。

 頰を赤く染め、熱い視線をシーナに向けている。

 その瞳には、他に何も映していなかった。

 当然、目の前に立つキリジなど眼中にない。


「あぁ、そうだなぁ! じゃあそれは俺がやる! だから……だから、てめぇは邪魔だ! 消えろっ!」


「とっと来いよ、犬野郎」


 光を宿した瞳を見開いて、シーナは告げた。


「お前にミーアは救えない。失せろ」


「ぐ……うるせぇ、うるせぇうるせぇうるせぇっ! てめぇは女神に選ばれただけだ。選ばれて、力を得て、調子に乗ってるだけのクソガキだ! その減らず口、今すぐ黙らせてやるっ!」


「無理だな。お前じゃ、俺に追い付けない」


 激昂しているキリジと冷静なシーナ。

 二人の問答は、終わりを迎えた。

 

「我っ! 女神の祝福を受けし者ぉー!!」


「我、女神の祝福を受けし者」


 二人は同時に声を発し、証を示した。


「はっ……! 気を付けて、シーナッ! そいつの能力はっ!」


 キリジの右腕は、肘から先を黒い霧の様なものに覆われている。

 それを見たミーアは、慌ててシーナに警告しようとして……。


「へへ……おいクソガキ。覚悟は」


 既にキリジの懐に入っている彼を、辛うじて視認した。


「お前もう、男として死ね」


 次の瞬間、キリジの足は地から離れていた。

 ドゴッ……ッ! と、鈍い音を響かせて。


「……あがっ!? ひぎぃっ! ひぎぁぁぃぃぃああああっ!? あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


 闇夜に、キリジの絶叫が響き渡る。


「ふん」


 原因は、泣き喚くキリジの股下。そこには、シーナの足があった。

 鎧を装着した足を能力で加速させ、常人では到底不可能な速度で蹴り上げた足が。

 男の象徴、大切な部分を破壊していた。


「あがぁぁああっ!! あぁぁあああっ!!」


「悪い。頭と間違えた」


 足元に伏せたキリジを見下ろし、シーナは淡々と告げる。


「うるせーよ、不能野郎」


 股間を両手で押さえ、地面を転がり回っているキリジを冷たい瞳が射抜く。


(能力はちゃんと消えているか……良かった)


 キリジが右腕に纏っていた黒い霧のようなものは、空中で霧散していた。効力もちゃんと消えている様子だ。

 あんな手で自身の身体を触っていたら、流石に不味かっただろう。


「でめ……っ!! てめぇぇぇっ!! よぐもっ!! よぐもぉぉおおおっ!!」


「固有スキル、破壊の御手。触れた物を破壊する。くだらない力だ。お前にはぴったりだな」


「な……ん、だぁとぉぉおっ!! 殺してやるっ! ゴロジテヤルッ!! クソガキィ!!」


「やれるものならやって見ろ。だが、そんな手で、二度とミーアに触れるな。次に見掛けたら、両腕を肩口から斬り飛ばしてやる。覚えとけ」


「ぐっ……あ、あぁ……っ! ぐぞっ! ぐぞぉぉおおっ!! ぐぞがぁぁあああっ!!!」


「良い気味だ」


 倒れたまま喚き散らしているキリジに唾を吐く。

 次いで、シーナはミーアへと視線を向けた。


「シーナッ!」


「うっ……!!」


 不意に抱き付いてきた彼女を慌てて抱き留めた。


「ごめんなさいっ! ごめん、なさい……っ!」


 腕の中で、ミーアは涙を流しながら謝っている。


「また……また、私のせいで……っ! ごめんなさい。ごめんなさいっ!」


「お前のせいじゃ無い。謝んな。今回も貸しだ」


「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」


(これは今、何を言っても聞きそうにないな)


取り乱した様子のミーアを見て、シーナは軽く息を吐き出し。


「帰ろう」


 早々に、この場を立ち去ることを選択した。








 教会前の広場から、離れてくれないミーアを連れて憲兵団の詰所へと向かった。

 事情を説明し、後始末を押し付ける為だ。


 だって、ほら。

 殺してやるとか言われたし? 


 あいつ。凄い憎悪の籠もった目をしてたから、絶対あとで仕返しに来ると思う。

 今後も因縁付けられると迷惑なので、社会的に抹消しておこう。

 寒い牢の中で、臭い飯でも食べながら存分に反省して欲しい。


「少しやり過ぎたので、治癒の出来る者を同行させた方が良いと思います」


「そうか、分かった。後は任せてくれ。しかし災難だったな、お嬢ちゃん。強くて格好良い彼氏が居て良かったなぁ」


「……! えぇ。自慢の彼なの」


「あっはははっ! そうかそうか。可愛い彼女じゃないの、兄ちゃん。大事にしてやれよ」


 余計な誤解もあったが、取り敢えず。

 もう後は憲兵に任せて、忘れて良いだろう。


 ちゃんとやるべき事。言うべき事は言った。

 あのまま放置して、死なれても目覚めが悪い。


 さて、後はこいつを宿に送って……。


「ん?」


 帰路の途中。突然、ミーアが歩みを止めた。

 腕を掴まれているので、俺も必然的に立ち止まる事になる。


「どうした?」


 尋ねると、俯いていたミーアは顔を上げた。

 しかし、中々話そうとしない。

 俺の顔を見て、背けて、しかし目はこちらを向けて、逸らして……と。えー、何それ可愛い。


 恥ずかしがってるお前、ちょっと可愛過ぎない?

 何か言いたい事があるなら、はっきり言えよ。


「……あ、えと。その。シーナ?」


 狙ってやってるのか?

 可愛いが過ぎるぞ、全く。


「何だ? 言いたい事があるなら、はっきり言え。お前らしくもない」


 そういうのは、俺みたいな弱くて面倒で捻くれた奴じゃなくて。

 そうだなぁ。しっかりしてる奴。

 強くて博識で、優しいのは当たり前だとして。


 ……何より、お前が好きで大事にしてくれる男。


 そんな奴をお前も好きになってから、やれ。


 ん? 

 そんな奴居るのか? この世に。

 聖人かな。


「…………」


 馬鹿な事を考えていると、また俯いてしまった。

 俺は肩を竦めて見せる。


「今更、遠慮する様な仲でもないだろ」


 優しく諭す様に心掛けて言う。

 すると、ミーアは抱えた俺の腕にぎゅっと力を込めた。

 やわらか……違う。


 兎に角、言い辛い事らしい。

 仕方ないので待つ。

 すると、二度。俺の顔にチラチラと送り眼をしたミーアは、ようやく決意が決まったらしい。


「あの、シーナ」


「なんだ?」


 街の灯に照らされた顔。

 その白い肌は赤く染まり、目元には涙が滲んでいて。

 俺の目を奪うには、充分魅力的な……。


「今夜は、一緒に居て」


 感情よ、お前は死んで正解だった。

 死んで当然の存在だったのだ。

 おかげで俺は、間違わずに済む。


「なに言ってるんだ。駄目に決まってるだろ」


「……ぐすっ」


 女は、卑怯な生き物だ。

 涙を見せるだけで、悪いのは男になるのだから。


 何とか弁明しないと。


「いや、別に良いんだけどな? でもほら、それだとさ。どっちの部屋に行くのかって話になるだろ? 俺達はほら、男と女だ。そんな俺達が一夜を共にするって言うのは、実際そうじゃなくても変な勘繰りをさせたり、そういう変な目で見られる訳で、お前だって顔見知りや世話になってる人に変な誤解を受けるのは」


「良いもん……」


 早口で思い付いた言い訳を並べていると、ミーアはすっと手を伸ばした。

 指差したのは、すぐ隣。

 指の先を目で追うと、そこには……やけに大きな建物。屋敷の門があった。


 実際、俺は生まれてこの方。屋敷なんて見た事ないが……それこそ、貴族の住む様な立派な建物だ。


 こんなに凝った作りの大きな建物を見るのは、教会や冒険者ギルドを除けば初めてで……。


 え、これって。

 俗に言う、連れ込み宿と言う奴なのでは。


 まさかと思い目線を戻す。

 すると、恥ずかしそうに顔を赤くしたミーアは上目遣いで俺を見上げていた。


「寄り添って、くれるんでしょ?」


 あー、成る程。

 確かに俺、そんな事を言ったような気もする。

 って、え? 抱かれたいのか? こいつ。


「いや、ミーア。流石にそれは……」


「……そうよね」


 

 あ。こいつめ、俺の事を試しやがったな。

 全く、言って良い冗談と悪い冗談があるだろ。


「全く。流石に冗談」


「あんたは……私の事なんて嫌いだもんね」


「違う」


 母さんへ。

 俺の事が好き過ぎる女の子がいるんだ。

 でも、そいつ。とんでもなく面倒臭いんだよ。


 俺は、今まで通り。

 良い喧嘩友達で、互いに競い合う好敵手で居たいと思ってる。

 けど、上手くいかないんだ。

 

 だって、そいつ。

 もう俺の女って雰囲気出してるもん。


 母さん。俺……こう言う時。なんて言ったら良いか教えて貰って貰ってないよね?


「私は、素直じゃなくて。偉そうで、プライド高くて、可愛げがなくて頑固で、その癖。泣き虫で、面倒な……一緒に居るだけで嫌な気持ちになる女だもんね」


 ……ねぇ。母さん。

 俺は、どうしたら良い?

 貴方の嘘は付くなと言う教えのせいで、否定する事が出来ません。

 完全に詰んだ。母さんのせいだ。


「私は、あんたに嫌われても仕方ないような事を、沢山言ってきたもんね……」


 ……俺は、そんな彼女が気に入ってる。

 どんな形でも良いから、俺の人生に関わって欲しいと思ってる。

 笑っていて欲しいと、願ってる。

 その為なら、命を賭けても良い。

 それだけの価値がある程、俺は……彼女を。

 ミーアを大切に想ってる。


「ごめんなさい。私、帰るわ。もうここで良いから。今日はありがとう、楽しかった。じゃあ、また」


 抱えられていた腕が自由になり、密着していた身体が離れた。

 感じていた体温が無くなると、冷たい風が余計に強く感じた。


 ミーアは、泣いていた。

 ……女の子を泣かせるなと、母さんは言った。

 父さんも、言っていた。


 だから俺は、見過ごせない。


「ミーア」


 背を向け、立ち去ろうとする彼女を呼び止める。


 自分の言葉に責任を持ちなさい。

 母さんは俺に、そう教えてくれたよな。


「入るぞ」


「え? な、何よ。今更……」


「さっきから黙って聞いてれば、言いたい放題言いやがって。そうだな、お前は確かに面倒臭い女だ」


 立ち止まったミーアに近づき、腰に手を回した。

 華奢な身体だ。

 少し力を込めれば折れてしまいそうだ。


「あっ」


 なんだ、その反応。

 やめろ、意識するだろ。


「嫌いな奴を命懸けで助ける程、俺はお人好しじゃない。少し可愛いからって調子に乗るな」


「え? へ? あ……それって」


 振り向き、ミーアは見上げて来る。

 凄く期待したような目だった。


 俺は、頰を掻く。


「それにまぁ。寄り添う事は出来るって、言ったからな……うん。男が自分で言った事を曲げるのは良くない。責任は取らなきゃいけないなよな、うん」


「言い訳しないでっ! ちゃんと言ってっ!」


「いや。だからほら、分かるだろ?」


「は? このへたれ! 馬鹿っ! 卑怯者っ!」


 言い方よ。

 もうヤダ。こいつ、ほんと可愛くない。

 こっちだって、一杯一杯なんだ。

 そういう関係にはなれないし、なっちゃいけないから……今だけはって気を遣ってるんだぞ?


「……今夜は一緒に居てやる。だから入るぞ」


「何よそれっ! 酷いっ! ちゃんと言いなさいよっ! あっ! もうっ! もーっ!!」


「煩い、近所迷惑だろうが。来い」


 俺は暴れるミーアを抱えて連れ、門を押し開けた。

 暴れると言っても、抵抗は可愛いものだ。

 力の入ってない、軽く握られた拳でポコポコ殴られる。


「ちゃんと言ってよっ! 卑怯者ーっ!!」


 ミーアの叫びが、夜空に響いた。




 ……ミーアは、凄く甘えん坊だった。

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