第49話 殺意の解放。
左手に握った白い剣を見つめる。
続いて。支部長の男を見たシーナは、光を放つ瞳を細くした。
その余りの殺気に、流石の支部長も後退する。
「素晴らしい、素晴らしい力だシーナくん。圧倒的身体加速とそれを完璧に制御する感覚。それが君の力、女神から賜わりし原典か」
支部長は、シーナと同じく目に光を灯した。
固有スキルを発動させた証だ。
「ぐ……っ!」
呻き声を聞き、シーナはアッシュを一瞥した。
彼は身体の震えを収めようと拳を強く握り、歯を食い縛っている。
残念ながら、戦力として期待は出来そうにない。
「残るはお前一人だ」
シーナは取り戻したばかりの白い剣を掲げ、剣先を支部長の男へ向けた。
「くくっ……それに加え、やはり俺の力を全く受け付けないときた。それもその力の能力か? それとも、女神に選ばれし者である証か?」
「知らん」
「……何故だ? なんだお前は? 何者だ? 何を成す為に生まれた?」
「お前と話す事はない」
シーナは、取り戻したばかりの白い剣を右手に持ち替えた。
二刀流。母の剣とミーアの剣を携え、敵を屠らんと準備を始める。
「そんな寂しい事を言うな。せめて、後学の為に教えてくれ。何故貴様は俺の力を受け付けない?」
支部長は会話を続けようとした。
しかし、突然加速したシーナの姿を見失い慌てて構えを取る。
一瞬の間も無く、二人は激突した。
上段から振り下ろされた白い剣。
交差した腕で受ける支部長の男。
「う、受けた? 今のを?」
息を飲む間もなかった。
アッシュが金属音に気付いて見た時には、二人は互いに火花を浴びつつ至近距離で睨み合っていた。
「殺す」
瞳の光を強め、シーナはまた姿を消した。
全く姿を追うことが出来ない乱舞が、支部長の男を襲う。
そうなると、アッシュが驚くのは敵の反応速度だ。
既に数十では済まない斬撃を武器も持っていない支部長の男は籠手で捌いていた。
「な、えっ……はっ?」
あまりに激しい攻防。
言葉を失ったアッシュは、数秒後。ざざざっ、と何かが地を滑る音を聞いてそちらを向いた。
「はぁ……っ! はぁっ! ま、まだ、まだだ……もっと、もっと……っ!」
そこには、息を荒げ額に玉のような汗を掻いたシーナがいた。
足元に滴る血が、少年の命が確実に減っている事を知らせている。
「はぁ、はぁ……はぁ……くははっ!」
笑い声に気付き、慌てて支部長の男を見たアッシュは見た。
武器も持っていない支部長の男は、頰に幾つか切り傷を作り息を荒げている。
だが、それでもシーナを見て笑っていた。
双方の消耗はどう見てもシーナの方が激しい。
あれ程の速度を持ってして、劣勢なのだ。
(何者だよこの男は! 何であの速さに付いていけるんだよっ!!)
「まだ……まだ……だっ!」
シーナは見開いた目の光を一層強くしながら支部長の男を睨んでいた。
「ま、待ってシーナっ! これ以上はっ!!」
「もっと、もっと……速く、速くっ!!」
少年の想いに力は応えた。
その証拠にぶわっとシーナの身体から風が生まれ、舞い上がる。
『
母親の声を聞き、シーナは地を蹴り加速した。
鞘から抜いたもう一振りの剣を手に、常時より何倍も遅く見える世界で。
『行きなさい、シーナ』
幼い頃に失った母に背を押された気がした。
『もう少しよ、頑張んなさい』
必ず取り戻すと誓った女の子に尻を蹴られた気がした。
(もう俺は、一人じゃない)
二人から託された想い。
二振りの剣に自らの全てを賭け、目にも止まらぬ速さで駆ける。
「あああっ!!」
敵の前に立ったシーナは上段から振り下ろした右の剣が受けられたと同時、左の白い剣で支部長の右腕を弾き飛ばす。
「ぬっ!?」
鋼の籠手を斬り飛ばすのは不可能な事は分かっていた。
その為、シーナはその場で片足を軸に回転。
渾身の蹴りを支部長へ蹴り入れる。
「ぐうっ!!」
最高速の蹴りは、未熟な少年の二倍以上ある体躯を軽々と蹴り飛ばした、
支部長の男が呻きながら飛ぶ先は、石の壁だ。
そこには既にシーナが回り込み待ち構えている。
だがそれで終わる程、男は甘くなかった。
空中で体勢を整え反転した支部長の男は、その勢いのまま右回し蹴りを放とうと足を振り上げ、
「っ!?」
しかし。青い瞳が至近距離にある事に驚愕する。
シーナは逆に踏み込んで来たのだ。
両手に一振りずつの剣を携え、この戦いを終わらせる為に。
「はぁっ!!」
目にも止まらぬ六連撃だった。
支部長の男は慌てて鎧の無い顔を腕で庇い、剣に打ち込まれて背から地に倒れる。
そのまま地を滑った男は、追撃を恐れて転がり壁に背を預けて静止。シーナを探した。
だが、追撃は来なかった。
何故なら男の視線の先でシーナは膝を付き、荒い息をしながら止まっていたのだ。
理由はすぐに分かった。
小柄な身体のあちこちから血が噴いている。
どうやら、傷口が開いたらしい。
「はっはっ、はっ……がはっ……あ……がっ……」
更には、口から血を吐き出し苦しげにしている。
支部長の男はそんなシーナを見て、意地の悪い笑みを浮かべた。
まるで、狙い通りだと言わんばかりに。
「はぁ、はぁ……はははっ。どうした? シーナくん。もう終わりか?」
目の光が消え、シーナは力を失った。
今にも倒れそうな様子のシーナを見て、支部長の男は笑いながら立ち上がる。
「し、しーな? ちょっと! しーなっ!! ぐっ!!」
慌てて駆け寄ろうとしたアッシュだが、足に力が入らず倒れてしまう。
支部長の男の力が効いているのだ。
「はぁ……くくくっ、残念だったなぁ? シーナくん。確かにその力は素晴らしい。ただ、使うのが遅過ぎた」
「はぁ……はぁっ……ぺっ……はぁ……」
支部長の男は、勝ちを確信していた。
証拠に、余裕の表情で歩み出す。
「俺と戦うまでに傷を負い過ぎた。血を流し過ぎたのだ、お前は。寧ろ、よく戦ったと褒めてやろう。実に素晴らしい執念だ。意識を保っていられるのが、奇跡のような状態だというのにな」
男は話しながら先程自分で投擲した長槍まで向かうと拾い上げ、肩に担いだ。
「くくっ。持ってあと数分か。すぐに治療をせねばお前は死ぬ。分かっているだろう?」
「はぁ、はぁ……はぁ……」
「なぁ? くくっ……そこで提案だ。シーナくん、我々の同士にならないか?」
「なっ!? 何を言い出すんだっ! シーナがそんな」
「お前には聞いていない。雑魚は黙っていろ」
「ぐっ……!」
突飛な事を言い出した支部長の男は、アッシュを睨んで黙らせると続けた。
「同士になると言うならば歓迎しよう。それも幹部待遇を約束する。お前は俺の右腕だった男を殺して見せたのだからな」
支部長は先程シーナが殺した老剣士を一瞥した。
「あぁ。幹部の特典だが、その傷の治療は勿論。今いる奴隷を好きに使っても構わんぞ。お前の大好きなミーアちゃんもだ。どちらにしろ、もうお前に勝ち目はない。これ以上無駄な足掻きをするより、俺の右腕として仕えろ。そうすれば、あの娘はお前の物だ。他の誰にも触らせんと約束しよう」
「はぁ……はぁ……そいつは、中々……魅力的な提案……だな」
今にも失いそうな意識を必死に繋ぎ止めながら、シーナは声を絞り出した。
「そうだろう? 何せ、あの高慢な女を好きにして良いのだからな。お前はどうせ、あの娘には元々手を焼いていたのだろう? それが我等の仲間になれば奴隷として使って良いのだ。どうだ?」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「お前が仲間になってくれれば、俺もこれだけの損害を出した言い訳が出来る。ミーアに俺の子を孕ませれなくなるのは寂しいが、互いに利はある条件だ。どうだ?」
(駄目だ! 駄目だシーナ! そんな奴の言う事に耳を貸すなっ!!)
アッシュは、祈るような気持ちでシーナを見た。
言葉にしたくても、痺れて力の入らない自分の身体を恨みながら。
「ひと……つ。聞きたい……」
「なんだ?」
弱々しいシーナの言葉に支部長の男は尋ね返す。
「何故お前は、俺を知っている。俺の力を……知っている?」
「なんだ。そんな事か? 分かるとも……なんせあの剣聖がセリーヌの教会で行われた成人の儀で現れた時、共にいた少年。それがお前だろう? 噂になるのは当たり前だ」
「かはっ……はぁ、はっ……そうか」
「更には、その少年が持っていた固有スキルは記録にないものだったと聞けば探しもする。お前は女神が新たに作り出した原典であると同時に、あの剣聖を制御出来るかもしれない道具なのだ。なぁ? どれ程の人間がお前を欲しがっていると思う? よく今まで貴族共に捕まらず逃げ切れていたものだ。お前の価値は金なんか幾ら積もうが、到底支払えない程に高いのだよ」
「……へぇ。俺が、ユキナを制御出来るかもしれない道具……ねぇ」
(ユキナって……ほ、本当なんだ。シーナが、剣聖様の知り合いって!?)
気軽に剣聖の名を呼んだシーナ。
お陰で、アッシュは先程から支部長達が言っている事が嘘ではないと確信して驚いた。
「お前は剣聖とどんな関係だったのだ? ただの友人、幼馴染か? それとも……くくっ。もしや、恋人だったり?」
「…………」
「ははっ! そうかっ! そして捨てられたのか? はははっ! 置いていかれたのかっ!」
「……うるせぇ」
「そうだろうなぁ! 幾らお前の顔立ちが良かろうが、今代の勇者の方が美しい。幾らお前が原典だろうが、勇者には敵わない!」
「うる、せぇ……」
「お前では、世界を救えない」
「…………」
「お前では、英雄にはなれんっ!」
「…………っ」
「お前では剣聖の伴侶になど、なれんのだっ!」
楽しげな表情で高らかに笑う支部長を睨みながら、シーナはふらふらと立ち上がった。
「それが分かっているから、お前は諦めたのだろうっ!? そして故郷を出て、ミーアちゃんと出会った。命懸けで守ろうとしたっ! 今頃勇者に股を開いている剣聖に、自分は不幸じゃない。充分幸せだと強がる為にっ!!」
「黙れよ……」
「図星か。図星だろうっ! はははっ! だが良かったな、シーナくん。お前は守りきったぞ。我々は君を歓迎しよう、剣聖の幼馴染くん。その力、世界ではなく我々の為に存分に振るってくれたまえ」
笑われながら、シーナは俯いてた。
「……シーナ」
その姿を見て、何と声を掛ければ良いのか分からなかった。
他人が軽い気持ちで励ましてはいけない。
何故か、アッシュはそんな気がしたのだ。
「なぁ……最後に一つ聞いても良いか?」
「なんだ? 同士よ。なんでも答えてやろう」
すっかり、シーナを仲間扱いしている支部長。
そんな彼に対し、シーナは獰猛な光を放つ瞳を向けていた。
「なんでガルを。ガルジオを殺した」
「は? ガルジオ? 誰だ?」
「ティーラと交渉したんだろう? 服従すれば手を出さないと。何故殺した?」
「あぁ……? あぁ! いたな、そんなのも」
ようやく思い出したらしい。
支部長の男は、にやりと笑い。
「それは、無駄飯を食わせる余裕は無いからに決まっている。あんな不細工の男など売れん。なら、娯楽として楽しんだ方が良いだろう」
「……娯楽、だと?」
「あぁそうだ。今、お前の持っているその剣で指の一本一本から切り刻んでなぁ。両手両足が無くなっても生きてた時には感動したもの……」
支部長の男が楽しげに話している最中、シーナから激しい風が噴き出した。
見れば、目を見開いたシーナの双眸は今までで一番強く輝いており、その目は雄弁に語っている。
お前だけは許さない、と。
「それでなぁ……殺してくれ。殺してくれ、って。あまりに喚くものだから。そのまま死ぬまで見ててやったんだよ。いやぁ、中々笑わせて貰った」
『ブースト・アクセル』
支部長の声が、視界に映る全てが止まった。
シーナは自分が今までで一番速く加速している事に気付いた。
『アクセラレーション』
「女神エリナよ、我が望むのは我が敵を貫く奇跡。貴方の子である我にその慈悲深い御手を貸し与え、その御手を汚す事をお許しください」
今。自分が見ている世界は、何分の一。いや、何十分の一の遅さなんだろう。
そんなことも考えず、母の声すら聞き流しながら、シーナは魔法の詠唱を終わらせた。
飛ばす対象は、支部長の男の背後にある屍。
その傍に落ちている、長剣。
指定した後、シーナは一度意識の加速をやめた。
「……ひとつ、言い忘れた」
「おいおい、死にたいのか? もうやめておけ」
再度固有スキルを使ったシーナに、支部長は呆れ顔で肩を竦めた。
だが、次の瞬間。
俯いていたシーナが顔を上げ、その目を見た瞬間。支部長はぶるっと震える。
「き、さま……」
光り輝くその瞳には、感情があったのだ。
少年が失っていた筈の怒りと殺意の感情が。
それは、支部長の持つ固有スキル【威圧】を遥かに凌駕し、圧倒する力を持った光だった。
「俺は、剣聖なんか知らない」
『アクセラレーション』
恐怖に震える支部長は、それを聞いた瞬間にシーナを見失った。
速い。そう考える前に両腕を顔の前で交差し防御姿勢を取った支部長は、今までで一番強烈な衝撃を受け膝を折る。
「ぐうっ!?」
シーナはあえて、支部長の両腕に二振りの剣を同時に叩き付けた。
体勢が低くなった男の膝に、足を掛ける為に。
「はっ!」
掛けた足を踏み込み、シーナは支部長の頭上に飛び上がった。
宙で身体を上下逆にしたシーナは命じる。
これなら、よく見えるだろうと。
「貫け」
そんな彼の命に従ったのは、魔法で指定した一振りの長剣。
シーナは見ていた。
飛び出した長剣が、支部長の後頭部に迫るのを。
シーナは聞いていた。
長剣が支部長の頭蓋を破壊。
脳を貫いて、顔から刃を突き出す音を。
全てが終わり、静止した剣。
シーナは落下しながら、長剣の刺さった支部長の首を斬り飛ばした。
仇討ちとばかりに仲間を苦しめたミーアの剣で。
「うっ……と。よっ」
ゆっくりと迫って来た地で受け身を取る。
立ち上がったシーナは、固有スキルを止めた。
世界があるべき速度で動き出す。
すぐに剣が刺さったままの男の頭部が地面に落ちた音がした。
噴水のように血が噴き出す音が聞こえた。
振り向くと、どしゃっと崩れた全身鎧。
そんな首を失った身体を一瞥し、
「英雄に捨てられた男でも、女くらい救える」
足下に転がって来た長剣が刺さったままの頭部を、シーナは蹴飛ばした。
次いで、屈んだシーナは身体の方へ手を伸ばす。
支部長の骸。その腰回りを探る。
「うっ……おわっ、た。のかい?」
男が死んだので、身体が動く様になったらしい。
アッシュが頼りない足取りで近づいて来た。
「あぁ、殺した」
「……お疲れ様」
「あぁ」
「……ごめん、役立たずで」
「気にするな。こいつの持っていた【威圧】は相手の恐怖の感情を増幅し、身体を縛る力だ。この状況で影響を受けるのは仕方ない」
「……そうなんだ。よく知ってるね」
「協会が出している手記を持っている。こいつは、他者に恐怖を感じさせる事で威張り散らしていた。それだけの猿だ」
遺体を冷たい目で見ながらシーナは吐き捨てた。
「そっか。じゃあどうやって対処したの?」
「秘密だ。それより……」
弱々しい声で尋ねるアッシュ。
そんな彼に振り向いたシーナは、右手を掲げた。
「見つけたぞ」
遺体から見つけ、シーナが掲げたのは鍵の束だ。
それを見て、アッシュの顔が少しだけ緩む。
「終わったんだ、アッシュ。俺達は勝った」
「……うん。勝った。勝ったんだね」
それは勝利を掴んだ証だった。
過去の後悔に整理を付けて、一歩進んだ。
奪われたものをやっと取り戻した証だ。
ただ、払った代償は決して安くはない。
「皆を連れて帰ろう」
「大丈夫? 肩を貸そうか?」
「必要ない」
「強がりだなぁ。これだけ頑張ったんだ。ミーアだって流石に笑わないと思うよ。ほら、遠慮するなよ。肩貸すって」
シーナは頑なにアッシュの好意を断った。
何故なら、もう彼は分かっていたからだ。
「アッシュ。俺が倒れたら、置いて行け」
自分はもう、帰れない事を。
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