第12話 果たされる約束。

 歩き出したミーアの背を追って、集会所の古い階段を登る。


 この階段を登るのは二度目だ。ギルドに来た初日、興味本位で見た以来である。

 この上にミーアの仲間が居るのか。少し緊張して来たな……。


 ミーアは、二人の冒険者が座る卓に向かっている。

 一人は鎧を着た赤髪の男。もう一人は茶髪の女だ。

 名前は、男の方はローザ。女の方はティーラ。

 歳は二人とも俺の一つか二つ上で、セリーヌの若手では最も注目されている有名人達だ。


「待たせたわね、二人共。捕まえて来たわよ」


 捕まってるんだ、俺。


 しかし、予想通りと言えば予想通りなんだが、こいつ俺以外にも遠慮ないな。


 まぁ、この二人の方が本来の仲間なんだから当たり前なんだろうが……同じ日に冒険者になったのに、なんでこうまで違うんだ。


 ……やはり冒険者は実力が全てなのだと、改めて思い知らされた。


「お、来たか。いや、悪いなぁ。任せちまって」

「お待ちしてましたよ、ミーアさん」


 ローザがこちらに手を挙げて笑顔を浮かべた。

 もう一人の女性は妙に丁寧な口調だ。

 対し、常時不機嫌顔のミーアさんは、


「仕方ないでしょ。じゃんけんで負けたんだから」


 俺、じゃんけんで連れて来られたのかよ。

 しかし良いな、じゃんけん。

 まだやった事無いよ。じゃんけん。

 いつかやりたいな、じゃんけん。


「って、誰かと思えば貧乏王子じゃねぇか。そういえばお前等、仲良かったんだったな」


 ローザに言われて、俺は眉を寄せた。

 貧乏王子?

 貧乏王子って俺の事か?


「別に?  仲良くなんて無いわ。暇そうにしてるのが、こいつしか居なかったのよ」


 ふんっ、とミーアは鼻を鳴らした。

 確かに。俺達は仲良くない。

 すぐに二度頷いて肯定して見せる。


「…………」

「……なんだよ」

「別に?」


 じゃあ睨むな。

 何が気に入らないのか、相変わらず、いまいちよく分からない奴だ。


「ふふっ、お二人は本当に仲が宜しいんですね?」


「だから、仲良く無いって言ってるでしょ」


 本当に仲良くはない。

 寧ろ、日頃絡まれてウンザリしてる。

 ただ、気を遣ってくれているのは分かるから邪険に出来ないだけだ。


 ……ギルドで、いつも一人なのは……本当だから。


「あんたもボサッとしてないで、自己紹介しなさいよ」


 だから睨むな。

 強引に連れてきたくせに、紹介もしてくれないなんて酷い奴だ。


「シーナだ。よろしく。まだ白等級で経験も浅い駆け出しだが、足だけは引っ張らないようにしたいと思う」


 告げながら、二人の首元を見る。

 二人共首元にある等級証の色は黒。序列五位の証だ。


 ……確か。最近また昇級して、今はミーアも同じ等級だったっけ。

 この二人と同格とは……やっぱりこいつ、優秀なんだよな。

 対して俺は、未だに一度も昇級できてない。


 あんな大口を叩いた癖に、俺は本当。何をやってるんだろう。

 情けなくなってくる。


「あぁ、よろしく。噂の新人とご一緒出来るとは、今日はツイてるな。良くやったぞ、ミーア」


「そ。良かったわね」


 ローザは随分上機嫌な様子で言った。

 対してミーアは不機嫌顔のまま肩を竦める。

 ……そろそろ質問するか。


「……そんなに期待されても困る。誘ってくれたのは有難いが、あまり役に立てるとは思えない」


「あぁ、別に期待とかじゃない。ただ、話題になるだろ?」


「話題?」


「あぁ。今まで誰とも組まなかった新人と一緒に仕事をした。なんて、酒の肴に丁度良い話題だからな」


 成る程、確かに丁度良い。

 変に期待されて、頼られても困る。

 それくらいで考えて貰えた方が気が楽で良いからな。


「成る程。だが参加する以上、俺はお前達を信頼して命を預けるし、預かれるように努力をする」


「おぉ。話には聞いていたが、お前本当に真面目なんだな?」


 ローザが視線を向けた先には、ミーアがいる。


 ……こいつ。俺を真面目な奴だと紹介していたのか。意外だな。

 あ。ミーアの奴、ローザを睨んでる。怖っ……。


 肩を竦めたローザは、俺に向き直った。


「でも、そんなに気負わなくても問題ないぜ。今回の仕事は下手を打たなければ難易度は低いんだ。それに……」


 不意に男は俺の腰。下がっている剣に目を向けた。


「今日の主役は剣士の俺達じゃない。彼女達だ。作戦も至って単純、ささっと行って狙撃して帰る。俺とお前の仕事は道中の警戒と護衛だけだ。まぁ、気楽にやろう」


 先程、ミーアに説明された通りだな。

 見れば、茶髪の女性。ティーラの傍には弓が立て掛けてある。


 弓士の女性二人が遠距離から狙撃するのを見に行くだけ。

 それで報酬は均等に分配だと?


 ……やはり話が美味過ぎるな。いいんだろうか。


 いや。俺はギルドからの最低参加人数の制限があるから呼ばれた訳で、最初から戦力として大きな期待はされてないのだ。


 謂わばこれは、利害の一致に過ぎない。


 なので、遠慮する必要は無い……か。


「話は分かった。そういう事なら、有難くお言葉に甘えさせて貰うよ。あぁ、それで聞きたいんだが、俺の噂ってなんだ?」


 尋ねると、ローザはミーアに視線を向けて促した。

 お前が答えるのか。まぁ良いけど。


 仕方ないとでも言わんばかりに、溜息を吐いたミーアが口を開く。


「あんた、暇さえあれば本読んだり依頼書と睨めっこしてるでしょ? 文字の読み書きは出来るみたいだから、どこかで教養を身につけてるみたいだし、本を買う余裕もある。顔が良いのに、着てる服はいつもボロ。駆け出しの癖に仲間に誘われても断る。だから討伐に興味がないのかと思えば、毎日走ってるし素振りも欠かさない。たまに一人で剣下げて外に出て行ったりもする。そんな不思議存在、誰でも気になるに決まってるでしょ。で……付いた結論が、一人が好きなのは、過去の詮索をされない為。ボロを着てるのは身分を隠す為。どこかの村出身は嘘で、本当は元々どこかの貴族の御曹司じゃないか? って話になったの。で、付いたあだ名が……」


「分かった、もう良い」


 貧乏王子、か。

 まぁ自業自得だな。

 俺はただ、自信がなかっただけなのに……邪推されすぎだろ。


 一応弁明しておくか? と考えていると、ローザがにやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。


「しかし、今日は随分と一人前の格好だな。普段見せないだけで、やっぱりちゃんと装備を持っていたか」


 お? 良いところに気付くじゃないか。

 折角なので自慢しようと思った俺は、防具がよく見えるように胸を張り……!


「まぁ……」


「買ったばかりらしいわよ。で、ドヤ顔で座ってたの。見せびらかすつもりだったのかしら? 恥ずかしいったらありゃしない」


 お、お前……。

 せめて「まぁな」くらい言わせてくれよ。

 この鎧買うのにどれだけ頑張ったと思ってるんだ。

 少しくらい優越感に浸っても良いじゃないか。


「ま、私達としては丁度良かったけどね。こんなのでも人数合わせにはなるし」


 ……こんなのとか言うなよ。

 確かに俺は白等級の駆け出しで、お前からしたら歳上なのに格下の冴えない男なんだろうけどさ。


「なぁ、やっぱり断って良いか?」


「は? 今更なに言ってんの? 本当の事じゃない」


あぁ、腹立つこの女。

あと、その呆れた顔もな。

人を苛つかせる表情しか出来ないのか? お前は。


「はははっ、本当に仲が良いな」


言い争う俺たちを見て、ローザが楽しそうに笑った。

ティーラも「ほんとですね」とか言ってクスクス笑っている。


……どうしたらそう見えるんだ。

二人とも、随分特殊な感性の持ち主なんだな。


「だけどミーア。少しくらい許してやれよ。男ってのは新しいものに弱いんだぞ。特に、自分で買った物にはな。俺だって新しい武器や防具を買ったら、思わず見せびらかしたくもなるさ」


 お。何だ? 分かってるじゃ無いか。

 前言撤回。ローザとは何だか、気が合いそうな気がする。

 やはり男同士、通じる所があるのかもしれない。

 べ、別に見せびらかそうとか、思って無かったけど。

 

 ……本当だぞ?


「そういうものなの?」


「あぁ。それも苦労すれば苦労するだけ喜びは大きいのさ。そのコートを見る限り、シーナは特に物を大切にする性格の様だから、余計にだろ。冒険者には必要な感性だぜ? 武器と防具は命を預ける相棒だからな」


 うわ、優しい。

 ローザとは是非仲良くしたいと思う。


「そうですよミーアさん。私だって頑張って貯金して、新しいものを買えた時は嬉しいものですし……貴女だって最近矢筒を新調して機嫌が良いみたいじゃないですか」


 続いて、ティーラも俺を擁護してくれた。

 ……ミーアお前。随分仲間に恵まれてるな。

 性格悪いのに羨ましいぞ。


「そうなのか?」


 新調した矢筒を見るために、俺はミーアの腰に目を向けた。


 白革張りで縁に金属を拵えてある矢筒は、確かに今まで見たものとは違う物だ。

 高そうだな……いいなぁ。

 羨みながら顔を上げると、普段より三割増しな不機嫌顔と目が合った。


 ……これで機嫌が良いのか。難儀な性格だな。

 だが、仲間には分かるのだろう。ミーアも特に反論しないし。

 何だ。お前も同類なんじゃないか。


「……なによ? じろじろ見ないで」

「……いや」


 言われて顔を背ける。

 全く。本当に面倒で可愛くない女だ。


 と。突然ローザがパンッと手を叩いた。

 自然と全員の顔が彼へ集まる。


「まぁ、とりあえず座ってくれ。自己紹介と、改めて仕事の話をしよう」


 言われて、空いた椅子に座る。

 俺が座るのを待って、ローザは自分を指差した。


「俺の名前はローザ。見ての通り剣士だ。獲物はこいつと、これ。あぁ、一応パーティーリーダーを務めている。男同士、困ったら遠慮なく相談してくれ」


 赤髪のツンツンした短い髪に、健康的な体格と爽やかな笑顔。

 白い歯がキラリと光る。

 紹介してくれた武器は大剣と腰の長剣。

 初めて話した印象は、気の良い兄貴分と言った感じか。


「次は私ですね。んん、ティーラと申します。武器はミーアさんと一緒で弓を主力にしております。このパーティではサブリーダーを務めさせて頂いてまして、医療スキルがあるので、怪我をしたら些細なものでも遠慮無く言ってください」


 ここで言うスキルとは、技能の事だろう。

 要するに治療の心得があるらしい。

 それにしても、随分綺麗な言葉遣いだな。賢そう。


「じゃあ次は」


「何か質問はあるか? 」


「…………」


 おい、ミーア。俺を睨むな。

 今のは俺、悪くないだろ。

 実際、今更お前の自己紹介なんて要らないしな。


「いや、問題ない。今日はよろしく」

「あぁ、こちらこそよろしく」


ローザが手を差し出して握手を求めてきた。


同じく手を差し出し握れば……うっ、硬いな。

凄いゴツゴツしてる。まめだらけだ。

俺も結構ある筈だが……素振りの回数、増やすか。

大きさも力強さも全然違う。

これが本物の冒険者、剣士か。


……やはりまだまだだな、俺は。


「……」


 恐縮しながら手を離せば、次に白い手が差し出されてきた。

 ローザとは対照的な、華奢で細い手だ。


「では、私も。よろしくお願いしますね、シーナさん」

「あ、あぁ」


 こちらは……すべすべしてて小さいが、僅かに掌が硬い。

 手を離して一瞬目線を下に投げれば、鞘に収まった短剣が腰に下げられていた。

 成る程、剣も使うのか。


 観察を終えて目線を戻す。


「…………」


 隣から突き刺す様な視線を感じた。

 見れば、ミーアが睨んで来ている。

 多分、私は? という感じだろう。


 無視しとこう。


「じゃあ、紹介も済んだことだし……各人準備があるだろうから、一度解散にしよう。終わったら、門の前で集合だ。急かしはしないが、出来るだけ早く来てくれよ」


 言って、ローザは席を立った。

 日帰り任務なら俺は元々用意していたので、準備は終わってる。

 だがまぁ、時間があるなら一度宿に戻って、砥石を一つ取ってくるか。

 女性二人が立ったのを見るところ、もう行っても良いのだろう。

 そう判断して席を立った俺を、



「いい? シーナ。今更逃げるんじゃないわよ」


 ビッと勢いよく指差して、ミーアは言ってきた。

 おいおい、まだそんなこと心配してんのかよ。

 流石にここまで来て、今更逃げないっての。


「あぁ、勿論だ。今日は有り難く勉強させて貰うよ、先輩」


「ふんっ。分かってるなら良いのよ。それと、くれぐれも出過ぎた真似はしないでよね。あんたが張り切った所で邪魔にしかならないから」


「言われなくても分かってる。ちゃんと指示通りに動くさ」


 言い方は相変わらず腹立つが、事実なので大人しく肯定する。


 駆け出しの素人が身の丈以上の成果を求めれば、待っているのは悲惨な現実。

 特に今回の様なパーティー戦で俺が失敗すれば全員の命を左右する。

 また、その失敗を取り返す為に動けるのは俺自身ではなく、経験豊かな彼らだろう。

 折角誘ってくれたんだ、迷惑は掛けられない。


「よし。じゃあ早く用意を済ませて来なさい。私、先に行くから」


 満足気に微笑んで、ミーアは踵を返した。

 そんな顔も出来るのか、と思わず感心してしまった。

 普段からそれなら可愛げがあるのに。


 ふと、俺は思い出す。

 昔ミーアに仲間になれと言われた時、約束した事を。


 荷物持ちじゃ無くて、剣士として起用しても良いと思った時。改めて誘ってくれ。

 その時は一緒に冒険しよう。


 まだ俺は約束を果たせる程実力を付けてないが……。

 もしかしたらミーアはずっと、あの約束を守ろうとしてくれていたのかもしれない。

 だからいつまでも成長しない俺に、苛々していたのかもしれない。


 きっと今回のこれは、彼女なりに背中を押してくれているのだろう。


「あぁ。行こう」


 返答して、踵を返した。

 予想より早く果たされてしまった約束は、彼女なりの気遣いから始まる。


 俺は今から、初めて仲間を連れて冒険へ出る。

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