第28話協力者


 四ヶ月ぼっちだった俺が人の事言える立場じゃない事は承知の上だが、敢えて言わせて貰おう。


 俺は、バルザが一度も他の冒険者と一緒に居る所を見た事がない。


 常に朝早く一人でギルドへ来て依頼を受け、夜には達成報告をするとさっさと帰ってしまう。

 そんな彼と連れ立って歩いていると、当然の様に注目を集めてしまった。

 肩身が狭い思いをしながら階段を降り、一階の集会所へ降りる。


 受付へ視線を向けると、受付嬢のサリアナが笑みを浮かべ手を振ってきた。

 交渉が上手くいった事を悟り、喜んでくれている様子だ。

 感謝の気持ちを込め、会釈した後。軽く手を振り返す。

 まだどうなるか分からないが、この支部の最高位冒険者を紹介してくれたのだ。

 普段彼女は、朝から夕方まで仕事。本来はこの時間には居ない筈。

 恐らく残業してくれたんだろう。

 昼間はあんな事を言った彼女だが、彼女なりに捜索に協力してくれたのだ。


「ちっ」

「何よあの女。受付嬢の癖に、シーナくんと手を振り合うとか生意気」

「ちょっと文句言ってくるわね」


 女冒険者達の舌打ちと視線は、当然無視。

 あ、一人が凄い形相で受付に向かった。


「あたしも行くわよっ!」

「ひっく……行く行く〜」


 と、思ったら全員立ち上がった。

 酒が入っている様子だから、普段より面倒臭そうだな。

 酔っ払いが面倒なのは、村でも街でも男も女も一緒か。

 頑張れサリアナ。

 ちょっと今回は助けられない。悪いな。


 集会所を横断して扉を潜り、外へ出る。

 暗く、星が散らばる空。

 夜でも普段通り活気あるギルド前の通りは、沢山の人が行き交っていた。

 不意にアッシュが前に出て、鎧を鳴らして歩くバルザの隣に並んだ。

 話し掛けるつもりのようだ。

 やっぱり凄えよ、お前。

 会話が聞こえるように、少し近付く。


「所でバルザさん。これからどこへ?」


「…………」


「依頼を受けてくれたのは有難いんだけど……僕達の仲間を見つけるアテはあるのかい?」


「無ければ受けん」


 無愛想だが、バルザはそうはっきりと言葉にした。

 うん、そうだよな。

 俺自身、成果を上げられそうに無い依頼は絶対に受けない。

 銅等級ともあろう一流が、基本を抑えていない筈がない。

 安心して、ほっと息を吐く。


「へぇ、凄いね。じゃあ、何故バルザさんは今の緊急依頼を解決してくれないんだい?」


 あぁ、それ。俺も気になった。


 誰も行き先を知らないローザ達を見つける手段はあるらしいのに、何故今の緊急依頼で行方不明になっている人達を探さないのだろう。


「……それは、無理だからだ。出来ない依頼は受けん」


 やっぱりか。

 何か条件があるのだろう。

 それに必要なのが、さっきの質問。

 体液と下着。

 ううん、さっぱり分からない。

 彼の趣味ではない事は明らかだが。


「じゃあ、どうしてローザ達は見つけられそうなの?」


「直に分かる。黙って付いてこい」


 ……全く相手にされてないな。

 相当寡黙な男の様だ。筋金入りだな。

 まぁこんな往来で聞いて良い話じゃないのも確かだ。

 今回はアッシュが悪い。

 冒険者は自分の情報を公開しない者が多いからな。

 仲良くなった筈のローザ達の事すら、俺はよく知らない。

 全員固有能力を持っているという事は知っている。

 だが、どんな力かまで知っているのはティーラの癒し手だけだ。

 あれだけ話したミーアの力すら、俺は知らない。

 あいつが弓を射る時に矢が光るから、何か関係があるのだと予想している程度だ。


 俺は一歩前へ出て、アッシュの耳元へ口を寄せた。


「アッシュ。他人の詮索は冒険者にとってマナー違反だろう。それに今、バルザの機嫌を損ねるのは得策じゃない。その辺にしとけ」


「あっ、ごめん。そうだね」


 全く、仕方のない奴だ。

 そんな基本的な事も忘れているとは。


「お前等って、そういうのも一々絵になるっすね……」


 げんなりと肩を落としながら、テリオが言った。


「何の事だ?」


「いや、こっちの話っす。気にしないで良いっすよ……」


 深く溜息を吐かれる。

 それを見て、思わず首を傾げた。


 絵になるって、何がだ。

 俺とアッシュの耳打ちが?

 テリオは何か、勘違いしてないか?


 何をどう勘違いされているか分からないから、指摘しようが無いんだが。




 悶々としながら歩いて行くと、ギルド前通りを抜ける。


 そのままついて行くと、暫くして大通りへ出た。

 街の出入り口となる門から真っ直ぐ伸びた大きな通りだ。

 この経路は冒険者ギルドから外に出る為に普段使っている、と言うより大抵の者が通る慣れた道。


 今の所、大した変化はない。


 大通りを暫く歩いて行くと、バルザは不意に左へ曲がり、小さな脇道へ入った。


 構わず付いて行くが、路地裏は狭く暗い。

 何処へ行くつもりだろう。

 バルザの全身鎧が奏でる金属音が妙に響き、少しだけ恐怖心が募った。


 暫く裏通りをついて行く。

 何度か曲がり道を回った。


「止まれ」


 急に出された静止命令に従う。

 どうやら目的地に着いたらしい。

 バルザは右側へ身体を向け立っていた。

 彼の視線の先には、今にも崩れ落ちそうな古い木造の家。

 こう言っては何だが、どう見ても廃墟に見えた。


「ここは?」


「協力者の家だ」


 アッシュの問いにバルザが答えた。

 協力者の家って、ここ。誰か住んでるのかよ。


「今回の依頼、実際に受けるのは俺では無い。俺は唯の仲介人だ。最も、報酬を貰える様なので捜索中の護衛は引き受けるつもりだが」


 バルザが廃墟の扉に手を伸ばした。

 そして、何の躊躇いもなく開けた。


 ギギ、ギギギギィ……。


 凄まじく不安感を煽る軋むような音と、埃を舞い上げながら扉が開く。

 バルザを除く全員が咳き込んだ。


「こほっ……本当にここ、人が住んでいるのか?」


 咳き込みながら尋ねる。


「入るぞ」


 バルザは何の躊躇いも無く中に入って行く。

 鎧の金属音と共に、ギシギシと軋む鳴る音が外まで聞こえてくる。

 マジか。ちょっと勘弁してくれよ。

 床とか抜けたりしないよな。


「あ、はは。俺、幽霊とか無理なんすけど……」


「馬鹿言ってないで入るよ。大丈夫、幽霊なんかより着替えを見ちゃった時のミーアの方がずっと恐いだろ」


「そ、それもそうっすね……」


 は?  お前等何してるの? 本当に。

 あの女の着替えを覗くとか正気かよ。

 生き急ぎ過ぎだろ。死ぬぞ。


「アッシュの言う通りだ。テリオ、早く入れ。俺が入れないだろう」


「うぅ、わ、分かってるっすよ。仕方ないっすねっ!」


 意を決した様子で叫んで、テリオが中に入っていく。

 続いて俺も中に入った。

 扉は閉めた方が良いのだろうが、もし壊して直せとか言われたら納得出来ない。

 触らないでおいた方が良さそうだ。


 玄関から真っ暗な廊下を見る。 

 奥の部屋から、僅かに明かりが漏れているのが見えた。

 弱々しく赤い光には見覚えがある。どうやら蝋燭の火、みたいだ。


 廊下を進んで部屋の中に入る。

 小さな部屋だった。

 バルザは古い長椅子の傍に屈んでいる。

 椅子の上には、膨らんだ毛布。

 あの中にその協力者が居るのだろう。

 寝ているみたいだな。

 バルザが揺すって、起こしているらしい。


「んんっ、誰だぁ? 俺の眠りを妨げる奴はぁ?」


「俺だ、ドルトン。バルザだ」


「あぁん? バルザぁ?」


 聞こえて来たのは、男の声だった。

 失礼なのは承知で思うが、喋り方が少し小物臭い気がする。

 前見たことあるんだよな、こんな話し方の冒険者。

 寝ぼけているだけなら良いが。


「おー、バルザの旦那じゃねぇか。どうしたぁ? 親友。また依頼かぁ?」


 毛布から這い出して来たのは、その見た事ある冒険者だった。

 寝ぼけているので無く、その話し方が普通らしい。


 背は俺より少し高く、身体付きはお世辞にも良いとは言えない痩せた男。

 目付きが異様に悪く口角が妙に下がっている彼は、俺より一回りは歳上に見える。


「あぁそうだ。依頼をしに来た」


「いつも言ってるがぁ、俺は」


「安心しろ。目標は、若い娘だ」


「話を聞かせて貰おうじゃねぇかぁ」


 頭を掻きながら、男がこちらを見る。

 瞬間、「あぁん?」と唸った。


「どっかで見たことあっと思ったらぁ、ご高名なシーナちゃんとぉ、アッシュちゃんの男の娘コンビじゃねぇか。あひゃひゃ! それとも、美少年コンビの方が良かったかぁ?」


 なんか、とりあえず。

 こいつ、あれだ。

 話し方が凄い苛つく。


「初めましてドルトンさん。ご存知の通り、僕の名前はアッシュ。初対面の筈なのに名前を覚えて貰えてるなんて、光栄だな」


 そして、こいつはブレないな。

 どう言う頭してんだ。本当に凄いよ、お前。

 よし。ここは見習って自己紹介してみよう。


「初めまして。同じくご存知の通り、シーナだ。宜しく」


 駄目だ、上手く出来ない。

 とりあえず笑顔作っとけば、それっぽくなるか。


「うぇっ。吐き気がしたぜぇ。危うく浄化されるところだったぁ……」


 やっぱりこの男、失礼だな。

 仕事を頼む立場なので言わないけど、本当に失礼だな。

 自己紹介しただけなのに、吐き気がしたとか言われたんだが。


「あー、口直しにお前。自己紹介しろやぁ。まぁ知ってるけどな、ヒャヒャヒャ」


「……テリオっす、宜しく」


 不貞腐れた顔で、テリオは名前を告げた。


「はぁい、よろしくぅ。テリオくん?」


「……何か、釈然としないっす」


 分かる。何だろうな、この感覚。

 普通に話してるだけなのに、この凄い馬鹿にされてる感じ。


「ふぅ〜ん? お前らが来たってことはぁ、探して欲しいのはローザのところの奴らかぁ。じゃあ、ティーラって女と、ミーアって小娘が目標だなぁ?」


「そうだ。その様子なら、顔は頭に入っている様だな」


「あぁ、まぁなぁ。趣味みたいなもんだからなぁ。特にあの二人はセリーヌじゃ有名人だぁ。普通忘れねぇよ。ティーラって女はあの笑顔がいぃ。きっと尽くすタイプだなぁ。ミーアって小娘は、あの生意気な感じがそそるぜぇ。あぁいう女は、力で押さ えつけてヒィヒィ言わせんのが一番興奮すんだよなぁ。ヒャヒャヒャ!」


 俺は目の前の男を指差して、バルザを見た。

 もう遠慮する必要はなさそうだ。


「おい。こいつ本当に大丈夫なのか?」


 どう見ても頭のおかしい変質者にしか見えない。


「う、うぅん。僕もこれはちょっと、仲良くなり辛い人かなぁ」


「いや普通に頭おかしいっすよ……」


 二人も俺に同意する。

 アッシュが仲良くなれない位、やばい奴らしい。

 彼は女冒険者達に向けていたのと同じ顔していた。

 あの顔する時は本当に嫌な時なんだな。


「あぁん? 随分言ってくれるじゃねぇかぁ。失礼な奴等だなぁ?」


 お前に言われたくない。


「あぁ、大丈夫だ。この男は人探しの天才だ。セリーヌに居る冒険者限定だがな」


 本当かよ。とてもそうは見えない。


「ひひっ。おっと、俺の自己紹介がまだだったなぁ? ドルトンだ。情報屋をやってる」


「情報屋?  冒険者じゃないのか」


「あぁ? まぁ一応ギルドには冒険者として登録してるがぁ、それはギルドに長く居座っても不思議じゃないよぉにしてるだけだぁ。要するにぃ、情報収集の為だなぁ。本業はこっちだぜぇ」


 成る程、情報屋か。

 まぁそうだよな。本当に人探しの天才が本格的に冒険者活動をしていたら、ギルドが放っておく筈がない。


「無駄話はやめろ。ドルトン、時間が惜しい。さっさとやるぞ」


「あいよぉ。ちなみにぃ、行方不明から何日だぁ?」


「三日程らしい」


「ひひゃ、そいつぁ、ちょおっと厳しいな。だがまぁ、やってみっかぁ。じゃぁ、早速仕事の話に入ろうぜぇ?」


 ドルトンは身を乗り出して口角を上げ、厭らしい笑みを浮かべた。


「つっても、バルザの旦那がここに連れて来たって事はぁ、もう必要なものはあんだろぉ?  ティーラもミーアも良い女だからなぁ。依頼料は二人纏めて、十万で良いぜぇ?  捜索協力まで合わせて二十万ってとこだな」


 どう言う事かさっぱり分からないが、見つける手段は本当にあるらしい。

 しかも、安い。安過ぎる。

 なんか裏があったりしないよな?


「ちなみに、ローザとガルジオの捜索だと幾らになるのかな?」


 ふと、アッシュが手を上げて質問した。

 瞬間、ドルトンの顔が酷く歪む。


「へっ。男なら他を当たりな。気色悪りぃ。まぁ、どうしてもって言うんなら、一人百万積むなら考えてやるぜぇ」


「ひゃ、ひゃくまんエリナっすか」


「あはは、いきなり十倍かぁ」


 確かに急に高くなった。

 どう言う事だ?

 女の捜索は安くて、男は高いとは。

 駄目だ、さっぱり分からん。

 何の関係があるんだ?


「なら。ティーラとミーアの二人を依頼したい。頼めるか?」


「ひひっ、良いぜぇ。いやぁ、人生何があるか分からんなぁ? まさか、あの二人を探す日が来るなんてよぉ? 今日は最高の日だぁ」


 最高の日?

 何が最高の日だ、ふざけるな。

 ドルトンが吐いた言葉に、一瞬で頭に血が上った。

 人が行方不明になって、死んでるかもしれないのに、最高の日だと?

 よくそんな事を言えるな。


「ふう……」


 だけど、駄目だ。怒っては駄目だ。

 今はこの男に賭けるしかないんだ。

 ここで怒鳴って機嫌を損ね、依頼を受けないと言われたら終わりだ。

 今は我慢するしかない。


 深呼吸しながらアッシュとテリオ。二人はどうしてるだろうと様子を見る。


 アッシュは笑顔だ。いつも通り。

 だがよく見ると、握り締めた拳が震えていた。

 テリオは……爆発寸前だな。

 真っ赤な顔で俯いて肩を震わせている。


 流石に今の一言は、相当腹が立った様子だ。

 だが、怒る訳にはいかない事は理解しているのだろう。


 皆、我慢している。


 現状、俺達だけでは何も出来ない。

 こんな男でも頼るしかないんだ。

 全く、アッシュの言う通りだな。

 人が怒っている姿を見ると冷静になれるものだ。


 バルザが俺達を見て、溜息を吐いた。


「ドルトン。早速動く。頼めるか?」


「ひゃひゃ、良いぜぇ? 早く、触媒をくれよ」


「今。ここには無い。移動するぞ」


「あぁ? そうかぁ。しゃあねぇなぁ」


 毛布を跳ね除けたドルトンは、靴を履いて立ち上がった。

 そして、俺の肩を叩く。


「おら行くぞぉ。ボサってしてんなぁ。ひゃひゃ」


 そう言って彼はさっさと部屋から出て行った。

 次いで、バルザが踵を返した。


「何をしている。早く行くぞ」


「あぁ、うん。シーナ、行くよ」


 頷いたアッシュが、不安気な表情でこちらを見た。


「あぁ。テリオ、行くぞ」


「……了解っす」


 やはり今。一番感情的になっているのはテリオだ。

 声が震えている。相当怒っている様子だ。


 確かに怒るのも無理はない相手だったが、爆発されると困るのは俺達だ。

 ……仕方ないな。

 ここはアッシュに任せても良いが、今回は俺がそれっぽい事言ってみよう。


「テリオ。あの男が気に入らないのは分かる。俺も同じだ。皆が居なくなって大変なのに、最高な日だと抜かしたあいつは許せない。 だがよく考えろ。今は、皆を見つける事が最優先だ。これからも色々と腹立つ事。上手くいかない事。どうにもならない事が何度もあるだろう。だが、我慢してくれ。感情的になるのは、皆を連れ戻してからだ。行くぞ」


 最後に肩を叩いて、出口へ向かう。

 これで少しは落ち着いてくれたら良いのだが。


「……へっ! んな事、お前に言われなくても分かってるっす。生意気な」


 背中から聞こえた声に、ホッとした。

 良かった。何とかなったみたいだ。

 胸を撫で下ろしていると、アッシュが耳打ちしてきた。


「何だシーナ、分かってるじゃないか。君もくれぐれも怒らないでくれよ」


「あぁ、分かってる」


 顔を見て頷くと、アッシュは笑顔で頷き返し先に部屋を出て行った。


 分かってるさ。テリオに言った言葉は、自分にも言った言葉だ。

 

 本当に腹が立つ奴だったが、対処法は簡単だ。

 あの男を仲間だと思わなければ良い。

 ただの道具として接すれば良い。

 利用するだけの存在だと割り切れば簡単だ。

 そうすれば、そんな相手に怒るなんて馬鹿馬鹿しくなるだけだ。


 相手の事なんて考えるな。

 ただ無感情に接して、利用しろ。

 目的を果たす為に。


 皆を見つけ、最後に笑う為に。




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