第29話 追跡者(ストーキング)
新たな協力者ドルトンを加え向かった先は、ミーアとティーラの二人が借りていた宿だった。
「ここだよ」
「そうか、入るぞ」
「ひゃひゃっ」
案内人アッシュが告げると、バルザは頷いて宿の扉を開いた。
その後ろをドルトンが続き、俺達は顔を見合わせてから続く。
「あら、今晩は。ごめんなさい、今日はもう部屋が埋まっていて……」
聞き覚えのある声が、申し訳無さそうに告げているのが聞こえる。
宿の看板娘レイニの声だ。
前に居る皆に視界を遮られ、姿は見えない。
バルザの背中から、アッシュが前へ出た。
「レイニ、僕だよ」
「あ、えっ? アッシュくん? ええと……じゃあ皆さん、アッシュくんの知り合い?」
「ふひゃひゃっ。中々可愛い子じゃないの。綺麗な宿には綺麗な看板娘ってか?」
頼むから黙っててくれないかな。
バルザ曰く優秀らしいけど、この男はやはり全然信用出来ない。
「え、ええと……」
レイニさんの困ったような声がした。
当たり前だ。同性でも不快なのに、女性から見たらこの男はただの変質者でしかないだろう。
「……早く部屋へ案内させろ」
「あっ、うん。レイニ、悪いんだけど部屋の鍵を貰える? ミーアが借りてた方だけで良いから」
淡々としたバルザの指示で、アッシュが笑みを浮かべた。
流石、良い判断だと感服する。
出来れば一言、バルザからドルトンに何か言ってやって欲しいのが本音だ。
「え? わ、分かった。ええと、はい」
「ありがとう」
アッシュが礼を言って鍵を受け取った。
話が早くて助かる。
ギルドで聞いた話から推測するにアッシュは二人の部屋の名義を変更した様子。
自分の部屋の鍵を受け取るのは、何も不自然ではない。
「ねぇね、アッシュくん。まさかと思うけど、これから全員でしっぽりやるの?」
「へ? えっと……しっぽりって何かな?」
「皆でお泊まりするの? って意味だよ」
「あはは、違うよ。ちょっと、ミーアの部屋に用事があってね」
「なーんだ。また調べるだけかぁ」
空間が空いたので少し前に出る。
アッシュとレイニが何か話しているのが聞こえた。
二人は、随分距離が近い気がする。
いつの間にあんなに仲良くなったんだ。
「じゃあ終わったらまた、鍵を返しにきてね」
「うん、分かった。ありがとう」
「いえいえ、仕事ですからぁ」
「行くぞ」
会話が一区切り付いたのに気付いた途端。一言だけ発して、バルザが歩き出した。
「うん」
頷いたアッシュが、バルザの後ろに続いた。
ふと受付の方を見るとレイニが笑みを浮かべて手を振ってきた。
「頑張ってねっ」
軽く手を振り返して、皆に続く。
階段を上って二階へ行き、ミーアの部屋へ向かう。
扉の前で立ち止まったアッシュは、
「ここだよ。開けるね」
早速、鍵を鍵穴へ差し込んだ。
「ひひっ。ちなみに、誰の部屋だぁ?」
「ミーアだよ」
「あ〜? 小娘の方か。まぁ良い。ちと若過ぎるが、中々味わえない歳だ。まぁ、あれだけ跳ねっ返りのなら、背徳感も合わさってさぞ甘美だろうなぁ」
ドルトンの言葉は無視。
まともに聞いてても不快になるだけだ。
アッシュもそこは弁えているようで、黙って鍵を開けた。
「う、はあぁ?」
扉が開かれ、凄まじい香水の匂いが襲って来た。
ドルトンは完全に面食らった様子で悲鳴をあげる。
それにしても、いつになったら消えるんだ、これ。
バルザですら、眉を寄せている。
「ひひっ。こいつぁ、ご貴族様御用出しの香水かぁ。あの子娘、意外と乙女趣味なんだなぁ。好きな男でもいるのかぁ?」
挑発する様にドルトンが言った。
その言葉に思い出すのは、あいつの下着だ。
黒く肌触りの良いえっちな下着。やはりミーアには想い人がいるのだろうか。
まぁ、俺もこの匂いは無いと思う。
「なんだ?」
「あ……いや、何でもないっす。それにしても強烈に甘い匂いっすね」
変な視線を感じてそちらを見れば、気まずそうにテリオは顔を逸らした。
変な奴だな。何でもないって、今。俺の事チラチラ見てただろう。
「洗濯物はどこだ?」
「ベットの下だよ」
バルザの問いにアッシュが答えた瞬間、ドルトンが小走りで中に入った。
止めたいところだが、堪える。
すまん、ミーア。飯奢るの、二回にしてやる。許せ。
「ひひひっ。お宝は〜見っけ!」
屈んでベットの下に手を伸ばしたドルトンは、声を弾ませて洗濯籠を引っ張り出した。
次いで、何の躊躇いも無く中に手を突っ込み漁り始める。
「ひゃひゃっ。あった、あったぜぇ…… お宝ぁ」
彼はすぐに小さな黒い布切れを取り出し、両手で広げて上に掲げた。
って、あいつ何やってんだよっ!
それ、ミーアのパンツじゃないか!
「お、おいっ」
流石に不味いと思い前に出る俺を、太い腕が遮った。
見上げると、バルザの真剣な横顔が見えた。全く動じた動きはない。
こんな顔をするってことは、必要な事なのだろう。
本当かよ。絵面がただの変態じゃないか。
頭が痛くなってきた。
「こいつは上物だなぁ。にしてもあの女、黒とはっ。まだケツの青い小娘の癖に、随分なマセガキだなぁ? ひひっ。さて、早速……すぅー! はぁぁぁぁぁああ!!」
……えっと。本当に何してくれてるんだろう。
あまりに気持ち悪くて、そっと目を背ける。
見間違いじゃなければ、嗅いでるんだけど、あの人。
ミーアのパンツを鼻に押し付けて、深呼吸してるんだけど?
「やれそうか?」
そして何でこの人は、こんなに平然としていられるんだろう?
あぁ、見慣れてるのか。人間、慣れって大事だよな。
どこを見て良いか分からなくなったので、テリオを見る。
口を開けて絶句していた。
俺も似たようなものだから、分かる。
次いで、アッシュを見る。
あ、凄い。笑顔だぞ。こいつ。
こんな時でも流石だな。
あれ、よく見たらピクリとも動かない。
おい、大丈夫か?
「…………」
意を決して、ミーアのパンツを鼻に押し付けているドルトンを見る。
酷い絵面だ。夢に出てきそう。
気持ちが悪過ぎる。
とりあえず決めた。
この変態、全部片付いたら一度締めよう。
そうでもしないと、ミーアに合わせる顔がない。
あいつの顔。見るたびに思い出しそうだ。これ。
「んはぁ。あー、部屋の匂いがキツイからちっとばかし分かりにくいがぁ、熟成された良い匂いだぁ。うん。全然いけそうだぜぇ? こいつぁ上物だぁ。これなら、一発で分かるってもんだぜぇ!」
「何? それは本当かっ?」
思わず大声が出そうになったのを必死に抑えた。
色々言いたい事はあるが、今は置いておこう。
どうやら行方が分かるらしい。
母さん、本当だね。
専門家の頭の中はよく分からないよ。
理解したくもないけど。
「そうか。ならば話は早い。全員退室しろ」
唐突にバルザが言った。
顔を見上げ、何故だと尋ねようとすると。
「ドルトン、任せた。終わったら出て来い」
「ひひっ。分かったよぉ」
いやらしい笑みを浮かべたドルトンを残して、バルザは扉を閉めた。
ドルトンは下着があれば行方が分かると言っていた。
その為に何かをするようだ。凄く気になる。
だが、方法を聞くのはマナー違反に当たる。
他人の詮索をするのは、冒険者にとって御法度だ。
いや、ドルトンは情報屋だから聞いても良いのか?
それともやはり駄目か? 冒険者登録をしているなら、あいつも立派な冒険者だ。
でもあいつ、嗅いでたし……。
この扉の向こうで何か、良からぬことが起きているのは間違いない。
色々な考えが浮かんできて、悶々とする。
「あっ、はは。ええと」
笑顔を貼り付けたままのアッシュが、ぎこちない動きでバルザを見上げた。
彼はゆっくりと右手を上げ、ドアを指差す。
「彼は、何をしている、のかな?」
こういう時のアッシュの存在、本当に助かる。
今回はマナー違反にも目を瞑ろう。
俺も流石に気になる。
声が震えているのは、相当動揺しているからだろう。
その問いに、バルザは眉を寄せた。
「世の中には、知らない方が良い事もある」
……おい。
何だその言い方。余計気になるだろ。
「だが一応。奴の名誉の為に言っておく。ドルトンは何の意味もなく、あぁいう事をしている訳では無い」
「いや、それは分かるんすけど……」
俺もそれくらい分かってるんだが、どうしても抵抗がある。
バルザの鋭い目が、口を挟んだテリオを射抜いた。
「お前らのパーティーは全員、女神の祝福を受けているんだろう? ならば何故、予想が付かない」
「え? へ、へぇ……よく知ってるね。調べたの?」
「お前らのパーティーに関しては有名な話だ。異能の内容は知らんが、知られたくないなら隠せ」
「あはは。耳が痛いな」
アッシュが弱った顔で苦笑する。
何だ、わざと公開しているものだと思っていた。
俺も知ってるくらい有名な話だからな。
それにしても女神の祝福か。
成る程、その一言で理解した。
「固有スキルか……」
女神の祝福。それがドルトンにも備わっているんだろう。
それも、間違いなく捜索系の能力が。
ギルドでのバルザの質問は、発動条件に必要な情報を尋ねていたんだな。
体液か、未洗濯の衣類。
衣類は恐らく、付着した血液を使う為。
冒険者しか駄目な理由は……冒険者ギルドでの情報収集と何か関係があるのか。
待て、バルザは言っていた気がする。
廃墟でドルトンと話していた時、顔は頭に入っている様だな、と。
顔を知っている事と、体液。
二つの条件が必要って事か。
あくまで推測に過ぎないが、この仮説が正しいのだとしたら。
ドルトンが触媒に選んだのがパンツって事は、つまり。
ギルドでバルザが言っていた言葉と以前購入した手記の記載を思い出す。
条件に合致する異能の存在を俺は知っていた。
……これ以上は、やめておこう。
「正解かどうかは、俺の口からは言えん。ただ、余計な心配は不要だとだけ言っておこう。これで目標は確実に見つかる。お前達も冒険者ならば無闇に他人の力の口外はするな」
「分かった。勿論だよ。ね、二人共」
一応納得したらしく、アッシュが笑顔を向けてきた。
ここで否定する選択肢は当然用意されていない。
もしあったとしても選択するつもりはない。
「あぁ勿論だ。俺は他人の情報を勝手に吹聴するような恥知らずではない」
今回は、有力な情報が手に入ったと喜ぶだけに留めておこう。
それに、これであの男を信用出来る。
人間性は兎も角、仕事の能力はある。
ドルトン本人は信用出来なくても、女神エリナが与えた力。
女神の祝福とやらの力は、信用出来る。
何せ、どんな人間でも。
それが例え、名も持たない小さな村で生まれた泣き虫の女の子でも、与えられただけで英雄にしてしまう力だ。
俺は、それを痛い程良く知っている。深く恨んだくらいな。
そんな力に頼るしかない状況に陥り、助けられた事は皮肉に思うが……今回は割り切るべきだ。俺もたまには恩恵を受けて然るべきだろう。
ありがとう女神様。奇跡を与えてくれて。
これで皆を見つけられる。その確証が得られた気がして、急に脱力感に襲われた。
このまま何も出来ずに終わる心配が無くなり、少しだけ安心していた。
「勿論、俺も分かってるっすよ」
頷くテリオ。その表情は少し歪んでいて、僅かな葛藤があった事を悟る。
情報の公開は了承するが、ミーアの尊厳は心配している様子だ。
テリオ自身固有異能を持っている筈なので、信用するしかない状況なのだろう。
今は考えるな、テリオ。辛くなるだけだぞ。
ミーアを連れ戻したら優しくしてやろうぜ。一緒にな。
「そうか。理解しているなら良い」
言葉少なめに、バルザは頷く。
了承してみせたが、当然心から信用はされてないと思う。
それは態度で示すしかないか。
と、思った瞬間。部屋のドアが開いた。
「終わったぜぇ」
中から出てきたドルトンは、口元を袖で拭いながら、鋭い目をギラギラと輝かせていた。
少し雰囲気が変わった気がする。
余計気味が悪くなった。少し怖い。
「どうだ?」
尋ねたバルザの方を睨んで、ドルトンは目元を更に細め口元を歪める。
「あぁ、無事に発動したなぁ。とりあえず、小娘は生きてるぜぇ」
「っ! それは本当かっ」
思わず詰め寄りたくなるのを、必死に抑えて尋ねる。
ドルトンの目が、こちらへ向いた。
「あぁ。そういやぁ、お前の女だったかぁ? 貧乏王子さんよぉ。中々良い味出す女じゃねぇかぁ。羨ましいねぇ? あれだけ上玉なら、必死になるのも分かるぜぇ」
俺の女? 味?
何の事だ。
いや、そうか。
こいつの異能の発動条件は……!
考えるのはやめておこう。
「そうか。ミーアは生きているのか。はぁ……」
一瞬で胸を支配した安堵感が大き過ぎて、気持ち悪いくらいだ。
落ち着く為に深く息を吐き出す。
そうか。あいつ、生きてるのか。
良かった。本当に良かった。
絶対連れ戻してやるからな。
「そうか。良かった……本当に良かった」
「はぁ……とりあえず、ミーアは無事なんすね。しかし凄いっす。そんな事まで分かるんすか?」
「あぁ?」
「ひっ」
凄まじく凄味のある顔が、テリオに向けられた。
これは恐い。今のドルトン、本当に恐い。
俺も思わず、少し肩が跳ねたぞ。
「何で分かるかってぇ? 簡単だぁ。俺の固有スキルは『
ドルトンが告げたのは、俺の知識通りの異能の名だった。
本当に奇跡みたいな力だ。
だけど女神様よ。一つ言わせてくれ。
与える人間、絶対間違えてるぞ。
「あはぁ。安心するのはまだ早いぜぇ。あの小娘、あんまし良くない状態だなぁ」
「え? それはどういう事だい?」
ドルトンの顔が、アッシュへ向く。
「言ったろぉ? 健康状態が大体わかるってなぁ。あの小娘、身体に異常はねぇみたいだが、心理状態が最悪だぁ。さっきからゾクゾクゾクゾクしやがるぅ。こりゃ、随分参ってるなぁ。ひゃひゃ、中々気持ち良いぜぇ? 追っかける女は泣き叫んでた方が唆るってもんよぉ」
ドルトンはジュル、と涎を垂らす。
汚ねぇ。なんて性癖してるんだ、こいつ。
完全にヤバい奴だ、知ってたけど。
それにしても、あのミーアが。
いつも自信満々で俺を見下してるあの女が、弱ってる?
そんな事が、本当あるのか?
『助けてよぉ!』
『シーナッ!』
ギルドで見た夢が。
助けを求め、俺の名を呼んでいた声が脳裏を過る。
瞬間、強い焦燥感に襲われた。
……糞。何でこんなに苛々するんだ。
「そうか。なら急がなきゃね。大体で良いんだけど、距離は分かるかい?」
「ひひっ、勿論だぁ。こりゃあ、そんなに遠くはねぇな。歩いて数時間って所だぁ。あぁ、ティーラって女の方は良いのかぃ?」
「良い。どうせ一緒だろう。早く行こう」
場所が分かったなら、こんな所で長々と話をするのは無駄だ。
どうしても必要な話ならば、道中で済ませればいい。
「あぁ? 何言ってんだぁ。今は夜だぜぇ。この辺は山犬や山狼。夜行性の化け物で有名どころだと、森人が居る。夜の森に入るのは危ねぇだろうがよぉ。もし行くとしても、夜間用の装備がいるだろうがぁ。見た所今、持ってる奴は居ないみたいだしよぉ。このまま行っても二の舞になるだけだぜぇ」
「そんな事は分かっている。ならばすぐに装備を整えて」
「いや。やめておいた方が良い」
静かに発された声。
途端。全員の目がバルザへ集まった。
「何故だ、バルザ」
「……忘れたか。今流行りの行方不明事件の事だ。ミーアと言う女が生きている以上、関連性は低いと思うが……外には魔界の化け物が潜んでいる可能性がある。生態どころか、姿すら分からん相手だ。昼行性か夜行性かも分からん。今行くのは危険だ。捜索は日中にするべきだろう。日の出まで待つべきだ」
「ぐっ……」
言われてみればそうだ。
確かに行方不明事件が流行っている。
新大陸から来た化物の存在は否定出来ていない。
今分かっている情報から恐らく昼行性だろうと推測しているが、一体なんて保証も無い。
確かに危険だ。
捜索は手を塞がなくても充分な視界が確保出来る日の出まで待つべきだ。
理屈は分かる。だけど認めたくは、無い。
「でもそれじゃ、皆は……」
「お、俺。灯火の魔法使えるっす。それじゃ駄目っすか?」
「暗い森の中で魔法を用いた移動等、論外だ。火は野生動物に対し有効だが、森人には効かん。貴様等でもそれくらい知っているだろう?」
アッシュとテリオの進言は淡々とした口調のバルザに否定された。
クソ……正論が過ぎる。
流石は銅等級だ。抜け目が無い。
何か有力な意見を出したいと色々考えては見るが、駄目だ。
白等級の駆け出しが思い付く程度の事、この男が思い付かない筈が無い。
僅かな期待を込めて二人を見るが、俯いているだけだ。
駄目、か。何も思いつかない様子だ。
悪い、ミーア。まだ俺達、探しにすら行けないよ。
諦めて肩を落とした瞬間、バルザは全員を見渡した。
「話は終わりだ。明日、日の出前に門の前で集合。日の出と共に出発する。食料と水は三日分用意し、野営の用意もして来い。当然、完全武装だ。持ち得る限り最善の用意をして来い。何が起こるか分からん。では、解散だ」
さっさと言って、バルザは踵を返した。
床から響いてくる様な、鎧の金属音。
少しずつ遠退いていくそれは、妙に耳に響いた。
「あいよぉ。じゃあなぁ、お前等。明日は寝坊すんなよぉ? ひゃひゃっ」
次いで、ケラケラ笑ってドルトンが去って行く。
二人の背中を眺めながら、拳を握る。
溢れ出る焦燥感と、思わず先走りたくなる衝動を必死に堪える。
「はぁ……」
落ち着けよ、シーナ。二人が言ってる事は正しい。
大体俺達はあの二人が居ないと、何も出来ないだろう。
今日のところは、確実に見つけられる手段が手に入っただけで、凄いじゃないか。
元村人。何も持たない凡人にしては、お前。良くやったよ。
ほら、お前も早く明日の準備をするんだ。何もないお前は、他人より入念な準備がいるだろう。
時間は幾らあっても、足りないだろ。
皆なら、大丈夫だ。
生きてるなら、何とかなる。
あいつらはお前なんかより、凄い奴等なんだから。
「くそっ」
自分の弱さと情けなさに反吐が出る。
悪態を吐きながら、歩き出す。
「シーナ、どこ行くの?」
直ぐに背中から声が追いかけてきて、足を止める。
どこに行くの、だって?
そんなの、決まっているだろう。
振り向いて、アッシュとテリオの方を見る。
この二人よりも、俺は全てにおいて劣っている。
一番何も出来ない役立たずなんだ。
「決まってる。明日の準備だ。二人も早く準備して寝た方が良い。寝坊するなよ」
口早にそう言って歩き出す。
さて、やる事は沢山ある。
大体の物は買い揃えているが、もう一度見直して準備をし直す必要がある。
いつ入用になるか分からない。ギルドに行って追加で金を下ろしておこう。
理想は野営なんかせず日帰りで目標を達成したいところだが、高望みは出来ない。
準備はやり過ぎなくらいが丁度良いと母さんは言っていた。
捜索に掛かる日程が不明な以上。バルザは三日分と言っていたが、五日分用意しておこう。誰か忘れ物をするかもしれないしな。
◇
考え事をしながら去って行く白髪の少年の背中を見て、アッシュとテリオは顔を見合わせ肩を竦めた。
そして、小走りで白髪の少年を追い掛けた。
二人は少年の肩に手を置くと、振り返った彼へ笑みを向ける。
「わっ! な、なんだ。いきなり」
余程驚いたらしく、シーナの身体が大きく跳ねた。
「何だよって、寝坊防止だよ。一緒に買い物と準備したら、今日はシーナの部屋でお泊まりだね」
「そうするっすよ。俺、朝弱いっすから、一人で寝たら確実に寝坊っす。明日は絶対寝坊出来ないっすからね」
「は? いや、勝手に決めるな。俺の部屋は寝台が一つしか無い。分かったら離れろ。暑苦しい」
「大した問題じゃないね。良いから行くよ、ほら」
「そうそう。俺達は別に床で良いっすから。そうと決まれば早速、買い物に行くっすよ。急がないと何処も閉まっちまう」
「お、おい……」
二人は戸惑うシーナの肩を押し、階段を降りて行った。
宿の看板娘レイニは受付に座って聞き耳を立てていた。
本当に……本当に良い笑顔を浮かべ、袖で涎を拭いながら。
「一緒に寝れば良いじゃない」
彼女は男同士が仲良くしているを見るのが趣味だった。
特に、それが歳下で美少年であればある程良い。
アッシュとシーナの二人は彼女にとって最高の組み合わせであった。
彼女の脳内では、既にシーナがアッシュに組み伏せられて赤面している妄想が捗っていた。
彼女的にはシーナが受け、アッシュは攻め。これは譲れない。
受けと攻めは彼女にとって重要な問題である。
あの冷たい表情と堂々とした立ち振る舞い。
偉そうな物言いで淡々と話すシーナが、アッシュと二人きりだと素直になる。
控えめに言って大好物だった。
「うふふふふふっ」
レイニは腐っていた。
宿屋の看板娘は彼女にとって天職なのである。
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