理想を語る女の子

第56話  第三章、プロローグ。

 長かったようで、短かった数ヶ月。


 生まれてからずっと。共に過ごした幼馴染。


 心から愛し、一生を共にしよう。

 必ず幸せにしよう。

 ずっと笑顔を見続ける為に、命懸けで守ろう。


 かつて、そう誓った女の子……ユキナ。


 銀色の髪がとても綺麗で。

 華奢な身体は抱きしめると折れてしまいそうなくらい細くて……。


 俺は、そんな彼女の笑った顔が何よりも大好きだった。






 そんな彼女と共に大人になった日。

 あの成人の儀で起こった出来事を。


 互いに伸ばし合った手が、空を切った時の感触を、俺は一生忘れられないだろう。


 女神が決めた運命。

 引き離され、一年後に帰って来たユキナは変わってしまっていた。

 勇者を選んだ彼女は、何も話してくれないまま俺を捨てた。


 俺はユキナにとって、その程度の存在だった。

 思い知らされた。


 全て諦めて、生まれ育った故郷を出た。

 冒険者になって……。

 そこで出会った女と喧嘩しながら、仲良くなって。


 調べ、学んだ。

 無知は承知の上だったが、俺は本当に何も知らなかったのだと思い知らされた。


 身体を鍛えた。

 俺の身体はまだまだ未熟な子供。

 己の無力さを痛感した。


 毎日を必死で過ごした。

 誰にも頼れない、そう思っていた。


 そんな俺にも、仲間が出来た。

 顔を見る度に怒鳴ってくる女は、本心から俺を心配してくれていた。


 彼女は俺に居場所をくれた。

 友人を作ってくれた。


 ユキナ以外で初めて。

 同世代の者達を親しく思った。


 ユキナ以外で初めて。

 この娘と一緒に居たいと思った。


 だから俺は、運命って奴に抗った。


 もう二度と、失いたくない。

 もう二度とあんな想いを、後悔をしたくない。


 俺はあの時。それくらいミーアが好きだった。

 だから戦って、死に掛けて……。


 助ける事は出来たけど、代償として心を失った。

 我ながら馬鹿だったと思う。

 でも。あの時は、あれ以外に方法がなかった。

 ミーアには本当に悪い事をしたと思う。


 ここまで付き合ってくれて、ありがとう。

 しかし、ここまでは序章も序章。

 まだまだ始まりに過ぎないんだ。


 後悔はある。

 やり直したいと、もう何度願ったか分からない。


 今。辿り着いたこの結末も、きっと。誰もが望んだものじゃない。

 それでも。俺は間違えたりなんかしていない。


 俺は、俺が自分の足で歩んできた旅路の果て。

 やっと迎えた結末を、不幸だとは思わないから。


 ……前置きはこんなもので良いな。

 これから語るのは、一人の男の物語。


「お主、名は?」


「人に名を尋ねる時は、まず自分から名乗れよ」


 本当の始まりは、忘れもしない。


 生まれ育った故郷の村。その中央。

 広場にある踏み台に腰掛けている、小柄な少女。


 幼いながらも整った顔は、とても同じ人の顔とは思えない程に愛らしく。

 篝火の明かりで輝き、夜風に揺れている長い真紅の髪は側頭部で二つに結われていて。

 小さな顔に見合わない大きな金色の瞳は、まるで……宝石のように綺麗で。


 ……美しい、少女だった。


「おぉ……? わかった。妾はな」


 彼女は俺と同じ人間ではなかった。


 彼女の頭には小さな黒い角があった。 


 彼女の背には、折り畳まれた蝙蝠のような翼が生えていた。 


 彼女の臀部には、紅の鱗を持つ蜥蜴のような尻尾が揺れていた。


 小さく可愛らしい唇には、鋭利な犬歯が二本。姿を覗かせていた。


「メルティア。どうじゃ? 良い名じゃろ?」


 にっこりと笑う少女。

 笑顔の彼女は一段と可憐に見えた。

 しかし彼女は、世界の敵だった。


 突然現れ、世界に混乱を招いた新大陸。

 彼女はそこからやって来たのだ。


 【魔人】


 そう呼ばれる彼女は、俺とユキナを引き裂いた。


 女神が倒すべき存在であると神託を出し、勇者や剣聖という英雄を生み出す原因を作った張本人。


 人であるなら、戦わなければならない相手。


「…………」


 しかし、この少女と俺は敵対したりしなかった。


 それどころか彼女は、生涯。

 俺の人生に最も関わる存在になる。

「……シーナ。冒険者、シーナだ」


 俺はこの後、とある決断を迫られた。

 そして、時間は掛かったが……答えを出した。

 その時の決断を、俺は一生誇りに思う。


「シーナ……シーナ、か。うん、覚えた」


 たとえ何を犠牲にしても、誰を敵に回しても。

 どれ程。この手が、罪の色で塗り潰されようと。


「シーナ。良い響きじゃ」


 俺は、この笑顔を見続けたいと願った。


「早速で悪いが……シーナ。妾はお主が欲しい。だから来い。妾と共に」


 差し出された白い手は、とても小さくて。


「……断るに決まっているだろう」


「いいや、悪いが必ず連れて帰るぞ。お主はもう妾の物じゃ」


 俺はまだ、彼女が胸に抱く大きな想いに気付いてなかった。

 俺が叶えてやる。そんな事を言う羽目になるとは、思っても見なかった。

 今思い返しても恥ずかしい台詞だ。


「やれるもんなら、やってみろ」


 共に在りたい。

 そう願ってしまったのが運の尽き。


「ふむ……そうか。では、そうさせて貰おう」


 ちょっと長かったな。

 そろそろ、この辺にしておこう。


 これから語るのは、一人の男の物語。


 剣聖になった幼馴染みを持ち、裏切られた。

 いや、違うなぁ。これ、冒頭でも言ったし。


 うーん。そうだな。

 よし。これは、遠い世界で生まれた一組の男女。本来交わる筈のなかった二人が、とある願いを叶える為。共に歩んだ旅路の記録。


 これなら、あいつも納得するだろう。

 題名は書き終わってからだな。


 じゃあ、綴っていくとしよう。

 俺が歩んだこれまでの全てを。


 剣聖の幼馴染。


 そんな脇役として生まれた俺が、その剣聖に剣を向け、英雄達に逆らってみた理由と結末。


 これは、俺達の歩んだ旅路の記録。

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