第121話 魔王との謁見

 国王との謁見の為、登城する日がやって来た。


 当日に着る為の服はシラユキが用意してくれた。

 見るからに上等な布地の礼服だ。

 いつサイズを測ったのかは知らないが、心遣いは有り難い。


 だが、俺にとって。ここは敵地の真ん中。

 更に会うのは伝説の怪物、魔王様だ。


 そうなると冒険者としての装備は手放せない。

 黒い外套の下。両腰に、二振りの剣を吊るす。

 胸元には革のホルダーを装着して、二つの拳銃も隠し持った。

 母さんに貰ったナイフも、閃光玉も残りがある。

 竜の血で癒した身体は、あれから数日休めた。

 体力も気力も、最近では一番充実している。


 常に加速能力の反動で痛めていた身体は、完全に回復していた。


「おい、なんだその格好は? 服は用意しておいただろう。それに耳と尻尾はどうした?」


「この世界の人間として会うんだ。着飾るよりも、襲われても対応出来る備えがある方が良いだろう」


「それは……そうだが」


 そんな万全の準備で、俺は当日を迎えた。


 自室から竜人達の朝食の席に向かい、俺の格好を見たシラユキには当然のように難色を示される。


 とは言え、こちらも譲れない理由がある。


「シーナくんの言う通りよ。私達も同行するけど、自分の身は自分で守って貰う必要があるわ」


「問題ないでしょう。シーナは私の伴侶候補として出向くのですから。私達も今更、現国王のグレマに会うからと言って、わざわざ正装なんてしません」


「誰がお主の伴侶候補じゃ! 全く……シラユキ、元よりシーナには武装させるつもりだったのじゃ。なにも問題はないぞ」

 

「……ふん。死ぬなよ」


 肝心の竜人の皆様は、あっさり許可してくれた。

 物騒な話だが、これが現実だ。仕方ない。


「シーナ、私達も朝食の時間が必要よ」


 今日の謁見には、ミーアも同行する。

 本当は連れて行きたくないが、昨晩から起きてるガイラークだけに護衛を任せる事は出来ない。

 不安はあっても、俺には仲間が居ないのだ。


「…………」


「なによ?」


 変装として、ミーアは猫耳と尻尾を付けている。

 一応、メイドの格好もさせているが……心配だ。


「わかってるよ。先に出てろ」


「? わかったわ」


「ご理解頂き有難う御座います。では、俺達は時間まで外で待機していますので」

  

 さて、朝の挨拶は済んだ。

 食事は共に出来ない俺は、さっさと退室しよう。

 


 


 定刻となり、俺達は屋敷を出発した。

 黒い外装の乗り物、車で首都を移動して数分。

 王城に到着すると、城のメイドに広く豪華な部屋に通された。


「それでは、定刻まで皆様。お寛ぎ下さいませ」


 丁寧にお辞儀をして、静かに退出していく。

 そんなメイド達を見送り、俺は後ろに控えているミーアに視線を向けた。


「お前も突っ立ってないで座れよ」


「私は使用人ですので、旦那様」


「は? いや、お前なに言ってるの?」


「……これ以上喋らせないで」


 キッ、と睨まれてしまう。

 あー……なるほど。これは俺が悪かった。

 こいつ、本当に色々……しっかりしてるよな。


「やはり中々、良い茶葉を使ってますね」


「お菓子も美味いのぅ。シーナも食え」


 それに比べて、こいつらは……全く遠慮がない。

 朝食を食べたばっかりだろ。よく入るな。


「不要だ。それより、これから会う国王様について改めて聞いておきたい。メルティアに資料は貰ったけど、詳しい話は聞いてないからな」


「あら……そうなの? 駄目よ。ちゃんと説明してあげなくちゃ」


「……我が娘なら引っ叩いている」


「お父様……私なら、そんなヘマはしませんよ? シーナ。やはり雇い主は改めて選ぶべきでは?」


「ゴホッ……コホッ……ッ!」


 白竜一家に冷めた目を向けられて、メルティアは口にしていた菓子を詰まらせたらしい。

 涙目で湯気の立つティーカップを一息に煽る。

 流石は赤竜様だな。熱くないのか?


 なにやってんだよ……全く。


「グレマ・ディンゼルガ8世。獅子族の男ですよ。歳はメルティアの三つ上ですね。それ以上の情報は必要ないでしょう」


 そう言って、ゼロリアはティーカップを傾ける。

 どこかの誰かとは異なり、優雅な仕草だ。

 しかし適当だな。資料で最初に見た情報だぞ?

 メルティアが65歳だから、爺さんだな。


「王族なだけあって、獅子族の割には温厚な人よ。無益な争いは好まないしね。賢いし、話も分かる。私達は生まれた時から知ってる相手だから、貴方もあまり緊張しなくて大丈夫じゃないかしら?」


「……牙の抜けた獅子だ。貴様は堂々としていろ」


「こら、あなたっ!」


「……ふん」


 ハクリア様に叱責され、ゼン様は鼻を鳴らした。

 やはり、良くも悪くも保守的な王様らしい。

 魔界に積極的どころか、まともな迎撃を受けた。

 そんな話は、冒険者として活動している間も全く聞かなかったからな。

 三百年前の勇者と魔人は昼夜問わず戦っていたと語り継がれているが、大違いだ。

 お陰で勇者達も今は様子を探っているのかもな。

 道理で、戦争中と呼ぶには相応しくない現状。

 両陣営共に、比較的平穏に過ごせているのかも。

 

「問題はグレマよりも、本日の来賓達でしょうね。お母様、不穏な動きをする者が居れば……」


「わかってるわ。玉座の間で流血沙汰なんて真似、そんな愚か者は居ないと信じたいけどね」


「特に心配なのは、やはり虎族の者達か。奴等は、一族でも稀有な至宝と可愛がって育てた白虎を傷物にされておるからのぅ」


 ……不穏な会話だな。

 見るからに高そうな菓子を食べて、茶を飲んで。

 そんな和やかだった雰囲気は一瞬で消えた。


「……貴様は己が身くらい自力で守れるだろう?」


 ギロリ、と。ゼン様の蒼銀の瞳に睨まれる。

 突然の事に驚いたが、この程度で狼狽える訳にはいかない。


「はい。その為に武装して来た訳ですから」


「ふん……聞いたな? お前達」


 余計な心配は要らない、とでも言うように。

 ゼン様は鋭い目で、この場の全員を見回した。

 しかし相変わらず、凄い迫力があるな。


「シーナ。何かあれば、すぐに呼ぶのじゃぞ?」


 メルティアが、金色の瞳でジッと見つめてくる。

 俺は、そんな彼女の傍ら。

 ソファに立て掛けられた、紅金の宝剣を見て。


「シーナ。もしもの時は私の方を呼ぶのですよ? いいですね?」


「……大衆の前で娘に恥を搔かせるなよ? 小僧」


「あらあら……大変ね? シーナくん」


「………………」


 お願い女神様、今日を何事もなく終わらせて。

 心の底から、そう願ってしまった。





 


 応接室で待つ事、半刻程。

 迎えに来たメイドに連れられ、城内を歩いた先。

 玉座の間に案内された俺は、国王と対峙した。

 赤い絨毯の先、五段の階段の上の玉座。

 周囲に立ち並ぶのは、来賓らしく着飾った者達。

 その刺すような無数の視線を抜けた俺に、


「其方が、この世界の人間か」


 足を止めて間もなく言葉を発したのは、荒々しい印象を受ける明るい茶毛の男性だった。

 煌びやかな服装に、ギラギラと装飾過多な杖。

 頭頂には金色の王冠が輝いている。


 ……なるほど?

 如何にも国王陛下って感じだな。


「お初にお目に掛かります、国王陛下様?」


 礼儀作法なんて知らないので、適当に挨拶する。


 すぐ背後ではミーアが片膝を突いて跪き、外套の裾を力強く引っ張って来るが……


「……っ! ……っ! …………っ!」


 いや、そんな必死に引っ張られても困るな。

 この状況で下を向き、視界を遮る方が危険だろ。


「……っ! 陛下に対して、なんと無礼な!」

「蛮族は礼節も知らんらしいなっ!」

「まさか、僅かも頭を垂れぬとは……っ!」

「この若輩者めっ! 一体何様のつもりだっ!?」

 

 玉座の間に、俺に対する怒声が飛び交う。

 覚悟はして来たが、想像以上にキツイなあ。


「この……っ!」


「抑えなさい、ゼロリア」


 犬歯を剥き出しにした娘を、ハクリア様が制す。


「ふん……全く、好き勝手に喚きおって。品がない連中じゃな」


 俺の前に立つ雇い主様も平然と佇んでいるように見えて、小さな拳が微かに震えていた。


 うーん、二人が怒ってくれるのは嬉しい。

 だが今回は、間違いなく俺に非があると思う。


「静まれ」


 国王が手を掲げると、怒声はピタリと止んだ。

 周囲から向けられる視線は更に鋭くなったが、


「シーナだったか。其方の出自は聞き及んでいる。多少の無礼は目を瞑ろう」


「寛大な措置に感謝致します」


「言葉だけでも礼を尽くそうと学んで来たようだ。別に俺が特別寛大な訳じゃない」


 と、国王陛下は柔らかい笑みを浮かべた。

 拙い言葉遣いだが、一応許してくれるのか。

 なるほど、話が分かる相手なのは本当らしい。


「それに其方はメルティアと契る事になるだろう。竜族の縁者に礼を尽くされた王は、過去に居ない。そう無理に畏まる必要はないぞ?」


 竜人は王族と対等か、それ以上の地位なのか。

 道理で竜人達は普段通り偉そうにしてる訳だ。

 そういう事なら利用しない手はないな。

 いい加減、この話し方も疲れて来たところだ。

 

「そういう事なら、お言葉に甘えさせて貰おうか。な? 良いだろ、メルティア」


「へっ……!? あ……うむ」


 一瞬驚いた様子のメルティアは、俺の顔を見て。

 こくん……大人しく頷いた。

 公の場では婚約者として接する。

 そう約束したはずだが、まさか忘れてたのか?


「まさか本当に……?」

「やはり出来損ないか……穢らわしい」

「先代の黒猫といい、赤竜は物好きなのか……?」

「断じて認められぬっ! 異界の……それも知性に劣る、蛮族の守護者など!」


 また周りが騒がしくなるが、関係ない。

 それよりも問題なのは当の本人、赤竜姫様だ。

 そのメルティアは嬉しそうに蕩けた表情で、


「お主は妾の伴侶なのじゃ……毅然としておれ」


 と、俺の腕に擦り寄って甘えて来る。


 ええい、こいつ……ここぞとばかりにっ!


「は? シーナは私の伴侶ですが? は? は?」

「……今は黙ってなさい。余計面倒になるから」

「我は娘に恥を掻かせるなと言ったはずだぞ……」


 ひぃ……! なんかゾクゾクする!

 せ、背中が……背中が寒い……っ!


「……竜装に選ばれたと聞いていたが、随分と仲が良いのだな? 其方達は」


 俺達を見下ろす国王が呆れた表情で頬杖をつく。

 この状況を見て言う事がそれとは……正気か? 

 よく見ろ。俺、殺されそうになってるけど。


「……彼女、メルティアとは共に理想を追う仲でもある。俺は彼女が目指す、争いのない平穏な世の中を実現する為に雇われた」


「……ククッ! 成る程。道理で懐いている訳だ。その様子、ただ其方が竜装に選ばれた候補者だから心を許した、と言う訳でも無さそうだ」


「世迷言をっ!」


 国王の視線が赤竜姫を微笑ましく見た瞬間。

 虎族の男が激しく立ち上がり、俺を指差した。


「平穏な世の中だと!? 戯言をっ! 貴様は今、我が国がどんな現状にあるか分かっているのか! それに……貴様は既に、その手で多くの同胞の命を奪い、その屍の上に立っているだろうっ!」


 その虎族の男は、激昂した表情で喚き散らす。

 ふーん? そう来るか。なら俺も黙っていない。

 と、その場に屈み込んだ俺を見て。


「……っ! 陛下、危険ですっ! お下がりを!」


 国王の傍らに立っていた二人の護衛は槍を構え、


「なにをする気だ! 遂に本性を現したか!」


 虎族の男は懐に手を入れ、拳銃を取り出した。

 全く信用ないなぁ、まぁ良いけどさ。


「俺に殺された奴等は自業自得だ。俺は一度も自ら望んで……好き好んで命を奪った事はない」


 赤い絨毯に落ちたそれを拾い上げると、俺は掌を開いて国王に見せ付けた。


「な……っ。なんじゃ、これは……」


 その小さな金属の針を見て、メルティアは表情を真っ青にさせる。

 国王陛下も一瞬目を見開いた後、顔を顰めた。


「どうやら、少し濡れているようだ。即効性の毒を塗った、毒針ってところだろう」


「……まさか」


 分かり易く狼狽えた表情の国王に向かって笑みを見せ付けて、俺は拳銃をこちらに向けている虎族に視線を向けた。


「これが飛んで来たのは、丁度あんたが居る虎族の皆様の方向からだ」


「……ッ! このぉっ!!」


「っ! よせっ! 撃つなっ!」


 国王の制止も虚しく、炸裂音が響いた。

 銃口が輝き、放たれた弾丸が俺の眼前で止まる。

 展開していた魔法壁に阻まれた弾丸はキュルルと回って……数秒後。力なく絨毯に落ちた。


「……………」


 静まり返った玉座の間で、唖然とする者達。

 立ち並ぶ間抜け面に可笑しくなった俺は、同じく呆然としている虎族の男に向かって笑みを深めた。


「玉座の間で容赦なく発砲か。あんた、よくそれで偉そうに怒鳴れたものだな?」


「……ばけ、ものめ……っ!」


 怯えた表情で、虎族の男は呟いて。

 その場に、ヘナヘナと力無く座り込んだ。

 誰が化け物だ、腰抜けが。

 あんな奴、わざわざ殺す価値もない。


「この通り、俺はこの国にいる誰も信じていない。だから常に魔法……お前達の言う術を使い、自分を守る為に戦って来ただけだ」


 国王に向き直り、俺は堂々と発言した。

 十分な力があるなら、振るわない理由はない。

 今、この場で俺を殺せるのは……俺を味方として扱ってくれている竜人達だけだ。


「俺が本気で気に入らなければ殺しに来れば良い。でもな……それで殺されたからって文句言うなよ」


「格好いい……お母様。アレが私の旦那ですよ?」


「ちょっと黙ってなさい、ゼロリア」


 本当に黙ってて欲しい。

 折角、今良いところだったのに……っ!

 お陰で凄い恥ずかしくなっただろ!


「……メルティア」


「……なんじゃ? グレマよ」

 

 自分の発言に悶えていると、俺をジッと見つめていた国王が、メルティアにゆっくり視線を変えて。


 ニィ……と、笑みを浮かべた。


「なかなか面白い男を見つけたな。それで、貴女はこの男を使って、何を望む?」


「……この無益な戦に、一滴でも少ない血で終止符を打つ」


 金色の瞳が、迷い無く玉座の男を射抜いた。

 流石だ。色ボケていても、こいつは曲げない。


「この地に平穏を。妾達の居場所を作るのじゃ」


 キュッ……と、抱かれる腕に力強さが増した。

 だから俺は、そんな彼女を見下ろして微笑み。


「まぁ、そう言う訳だな。手始めに、この場に居る全員に覚えて貰おうか」


「あっ……ひぅ……」


 抱かれた腕を優しく振り払い、メルティアの肩に腕を回して抱き寄せる。

 すると彼女は変な声を出して、大人しく従った。

 なんだか引き返せなくなりそうだが……

 この演技を成功させる為には都合が良い状態だ。


「この世界。お前達にとっては敵国の言葉をな」


「……なんか、もう……この人さえ手に入るなら、何でも良い気がして来た……」


 ……あれ? ちょっと、メルティア?

 そんな惚けた顔してないで、なにか言えよ。

 今、俺達にとって凄く大事な場面のはずだろ?


「もう私、とても我慢出来ません! お母さま! なんですかあの羨ましい状態は……っ! 今すぐに私と代わらせてください!」


 やば、遂にゼロリアがキレた。

 ちくしょう、竜装め。なんて強力な呪いなんだ!

 

「……二つも選ばれると本当に大変なのね、これ」


「……むぅ」


 あぁ……両親が娘を遠い目で見てる。

 愛娘を狂わせてしまった責任は女神にあります。

 なので苦情は、俺じゃなくて女神エリナまで!

 

「蛮族めっ! 我が国防衛の要である竜族を二人も誑かしおってぇっ!!」


 続いて怒鳴り声を上げたのは、同じく虎族の老爺だった。

 年老いてはいるが、筋骨隆々と言った風貌の男。恐らく、まだ現役の戦士なのだろう。

 虎族の列の最後尾から前の奴等を押し退けるように現れたそいつは、懐から二本の短刀を引き抜くと強く地を蹴る。


「覚悟しろぉっ! 蛮族の小僧がぁっ!」


 その外見は伊達ではないらしい。

 一足で距離を詰められ、力強い短刀が迫り来る。

 だが、慌てる必要はない。

 

「おすわり」


「ぐあっ!!」

 

 幾ら身体を鍛えてようが、頭上からの風搥エアハンマーには耐えられなかったらしい。

 地に伏せた老戦士を、俺は毅然とした態度で見下ろす。


「蛮族? よく言う。ここが何処だか、理解しろ。お前達の国王様の御前だろう」


 努めて低い声で言うと、地に伏せた老戦士の身体からコロコロと細長い筒のような物が転がった。


 最初に襲って来た鉄針は、こいつだったらしい。


 それを見て一瞬、顔を青くした老戦士だったが、すぐに開き直ったらしい。

 キッと俺を殺意の籠った眼で睨み付けて。


「ぐぅっ! ひ、卑怯者めっ! 貴様こそ、面妖な術を使っていただろう! どの口がほざくのだ!」

 

「何もなければ、なんの実害もない守護の魔法だ。人の事を暗殺しようとしたり、好き勝手に発砲までされなければ誰に気付かれる事もなかったはずだ」


「ううん? 私は気付いていたけどね」


 不意に聞き覚えのある女の声がした。


 透き通るその声に視線を向ける。

 すると、玉座の裏から現れたのは……


「……ユキヒメ」


「やぁ、少年。久し振りだね」


 にこり、と微笑んで。

 白狼族の女剣士ユキヒメは、隣の玉座に全く気を留める事なく堂々とした佇まいを見せる。

 腰の大太刀は、やはり凄まじい存在感があった。


「貴様……いつから俺の後ろに?」


「老いたものだね、獅子王。昔は凄い使い手だったって聞いてたけど、今は手合わすまでもない」


「……ユキヒメ。そうか。桜月一刀流の剣聖か」


「あ、私の事知ってるんだ? いやー光栄だね」


 ユキヒメの登場に、玉座の間が騒がしくなる。


 周囲のその狼狽えた表情から、最初から仕組まれていた事態ではないと窺い知れた。


「ねーさん……何故貴女がここにっ!?」


「やぁ、シラユキ。元気そうで良かったよ。さて」


 妹からの問いに答える事なく、ユキヒメの視線はまた俺に向けられた。


「さぁ静まって貰えるかな? 私が用があるのは、彼だけだよ」


「そうはいかないわね」


 ピタリと静まり返った中、ハクリアは毅然とした態度で俺の前に出た。

 頼もしい背中だ。全く動じた様子はない。

 

「へぇ? 私とやる? 半竜」


「二度も譲ってあげたでしょ。次は私とよ、剣聖」


 睨み合う二人の白狼族。互いに凄まじい殺気だ。


 譲ったの意味は分からないが、俺の知らない所でこの二人の間に何かあったのは明白だな。


 俺としては、関わらずに済むなら何でも良いが。


「やめろ、ユキヒメ」


 またしても不意に、聞き覚えのある声がした。

 今度は男の声だ。

 そちらを見ると、虎族の者達を押し退けて現れたのは、


「……クズ野郎」


「随分な挨拶だな、クソガキ」


「レオ……お前、何故……」


「爺さん達は黙ってな。奴は俺の獲物だ」


 白毛の虎族、レオ。

 奴は、憎悪の籠った瞳で俺を睨んでいた。

 爆破してやった股間は、もう治ったのだろうか。


「ハクリア、下がれ」


「はぁ? でも、あなた」


「……何度も言わせるな。下がれ」


 夫にギロリと睨まれ、ハクリア様は渋々と言った表情で後ろに下がってしまう。


「お父様、何故ですか!?」


「……お前達で蒔いた種だ。そうだろう? 小僧」


 成る程……結局、俺に何とかしろって事ね。

 確かに自業自得って言われれば、そうだけど。


「ミーア、下がれ。メルティアとゼロリアもだ」


 両腰の剣に手を掛け、抜剣する。

 躊躇いは全く無かった。

 ゼン様の言う通り、これは俺が自分で蒔いた種。

 ならば、竜の力を借りる訳にはいかない。


「ユキヒメ、レオ……お前達の狙いは俺だろう? せめて場所を変えよう」


「へっ! 威勢が良いなぁ? 相変わらずムカつくガキだぜ……竜の連中が居なけりゃ、てめぇなんざ俺一人でもっ!」


 両手に鉄甲を装備したレオが、床を激しく蹴る。

 優れた身体能力に任せ、一足で距離を詰めて来る奴を迎撃するべく、俺は身構えた。


「我、女神の祝福を」


「おせぇっ!!」


 加速は絶対に間に合わない。

 だが、俺には魔法の防御壁がある。

 白竜姫の氷の権能すら防いだ魔法が、こんな奴に破れる訳がない……っ!


「受けし者っ!」


 と、構わず加速して迎撃しようとした時だった。


「はい、そこまで」


 音もなく俺達の間に割り込んで来たユキヒメは、いつの間にか抜刀していた太刀を振るった。


 ーーバリンッ!!


「なっ!?」


 刹那、俺の魔法壁は容易に切り裂かれ。


「はいっ!」


「あごっ!?」


 流れるように繰り出された掌底が、レオの顎下を華麗に打ち抜いた。


 レオの筋骨隆々な巨体が、あっさりと宙を舞う。


 華奢な身体をしている癖に、なんだそれ。


 自分の倍程はある体格の男を容易に殴り飛ばしたユキヒメは、くるりと俺へ向き直って……にこっ。


 満面の笑みを浮かべた。


「まぁ落ち着きなよ、シーナくん。竜装のない君と戦っても意味がない。それに私だって、流石に時と場所は選ぶよ?」


 そう言うユキヒメの背後では。

 レオの巨体がドサリ、と玉座の前に落ちた。


 ……よく言うぜ。

 見ろよ、国王陛下も顔を引き攣らせているぞ。

 

「目的はなんだ? お前は何故、俺に固執する」


「ん? 私は、ただ強者と戦いたいだけだよ」


 再度、魔法壁を再構築しながら尋ねる。

 すると返答した彼女は、太刀を鞘に収めた。


「強い相手と戦って、殺し合って。その瞬間だけが私が私でいられるんだ」


 そう告げる彼女の瞳に、陰りはなかった。

 確かに、彼女は戦闘中。とても楽しそうだった。


 ……奪い合うのが、楽しい?


「だから、君も全てを賭けてよ。私を殺す為にさ。いや……私を殺して見せてよ、シーナくん」


 満面の笑みで、ユキヒメは言った。


 意味が分からない……こいつ、マジで狂ってる。


「そういう訳で、獅子王様?」


 くるり、と振り返って。

 俺に背を向けたユキヒメは、国王を見つめた。


「私と、そこで伸びてる白猫くんの二人。そして、ここに居る彼と……白竜姫様。その二対二の試合を貴方の権限で認めて欲しいな? 場所は白猫くんが得意な闘技場で、五日後でどうかな?」


「……なに? 試合を認めるのは構わないが」


 ちらり、と国王はゼロリアを見た。


 その視線を受けたゼロリアは、一歩前に出て。


「良いでしょう。グレマ、特例ですが認めなさい。この女は私自ら滅ぼしてやります」


 殺気立った瞳をユキヒメに向け、唸り声を出す。

 蛇のような縦長の瞳は、何度見ても恐ろしい。


「待つのじゃ! そういう事なら妾が……」


「下がっててよ赤竜姫。臆病者の貴女よりも彼は、そっちの白竜姫と契った方が強くなるのは明白だ」


「待てよ。何故、そんな話になる」


「勿論、実際に戦ってみて思ったからだよ。それに景品に傷をつける訳にはいかないからね」


「景品、だと?」


「言ったよね? 君には全てを賭けて貰うってさ。もし君が負けたら、赤竜姫には白猫くんとの婚約を受け入れて貰う。それと、もう一つ」


 右手の人差し指を立てたユキヒメは、メイド姿のミーアを見て口元を歪めた。


「君の今のお嫁さんの公開処刑を要求させて貰う。少しは民の皆様の溜飲も下がるだろうからね」


「なっ……! てめぇ!」


 頭に血が昇った瞬間、俺の前にゼロリアの背中が現れてしまった。

 お陰で斬撃を放つ事が出来なくなってしまう。


「おい、ゼロリアっ!」


「良いでしょう。それで? 私達が勝てば?」


「勿論、私自身が景品だよ。どうかな?」


「へぇ? 悪くないですね」


 確かに、ユキヒメを味方に出来るのは悪くない。

 だが、あまりにもリスクが高過ぎる。

 別に現状維持で構わないのだから、受ける必要は全くない試合だ。


「妾は認めんぞ!」


 そう……それにだ。


 ユキヒメが出した条件は、あまりにも景品である当事者の意見を勘定に入れていない。


 ミーアは兎も角、メルティアは全くの無関係だ。

 納得なんて出来るわけがない。


「認めざる得ないよ? 赤竜のお姫様。君だって、いつまでも子供のままではいられないんだから」

 

「それはそうじゃが……」


 痛い所を突かれたな。

 言い淀んだメルティアに、ユキヒメは続ける。


「それに君は今、先代を失ったと同時に仕えていた臣下の大半も失った非常に不安定な状態だろう? なのに、実現出来る訳もない理想を語っている場合じゃないと思うけどね。まずは赤竜として生まれた運命と役割を果たす為の足場を固める必要がある。それも、一刻も早くね」


 まずい、コイツ想像以上に理解してやがる。


「知ったような口を……」


「何も知らなくても言える事だよ。誰にでもね」


 堪らず口を挟むが、ユキヒメは鼻で笑った。


「君が現れなければ、全て上手くいっていたんだ。白猫くんは望み通り竜族の伴侶として守護者の力を手に出来ていたはずだしさ。赤竜のお姫様は成体になれて、白猫くんが持つ人脈も人材も手に入れて、家を立て直す事が出来ていた」


「……必要がなければ介入する理由は無かった」


「まぁ、白猫くんに非があったことは認めるよ? 私も女だ。聞いた話では、相当に酷い扱いを受けていた事も聞いているよ。でもね……想いだけじゃ、何も守れないんだ」


「メルティアは、都合の良い道具じゃねぇよ」


 諭すように話すユキヒメを睨み付け、俺は両手の剣を握り直した。


「赤竜だか守護竜だか知らねえがな。生まれだけで人の運命が決まって堪るかよ」


「君だって、生まれ持った力に振り回された結果、今現在、この場に立たされているはずだろう?」

 

 ……こいつ、どこまで理解しているんだ?

 まるで、女神と話してる時のような感覚だ。


「……それでも、俺は自分で選んで戦って来た! メルティアだってそうだ。竜だとか、それ以前に。こいつは女の子だろ? 幾ら周りに理不尽な選択を迫られて、戦わなければならない運命を背負っていたとしても、少しくらい理想を抱いても良いだろ。てめぇの幸せくらい、願っても良いはずだろ!」


「……っ! シーナ、お主……っ!」


 ……あぁ、もう。

 なんで俺は、また柄でもなく苛ついてるんだ?

 運命の女の子、これも女神が仕組んだ事か?


「寄って集って女の子一人に何でも背負わせなきゃ生き残れねえ、そんな情けない連中は滅んじまえ。その癖、なにが出来損ないだよ! てめぇらの方が余程最低のクソ野郎共だろうがよ!」


 何が女の子だよ、相手は六十半ばの婆さんだぞ。

 こんな真似をして、メルティアを喜ばせて。

 俺、マジで戻れなくなるぞ? やめろよ。


「……人には、与えられた役割がある」


「それ以上に、誰にでも選択の権利があるっ!」


「そうだね。君の言う通りだよ。でも、権利を主張するなら、相応の試練が与えられるものだ」


 目力を強くしたユキヒメに睨まれる。

 途端に俺は凄まじい寒気を覚えたが……

 唇を強く噛み締めて威勢を保ち、睨み返した。


「なら示してやるよ。その試合、俺とメルティアが相手をする。まさか文句はないだろうな?」


「私は構わないよ。でも、考えた事があるかな? 今の赤竜には世継ぎがいない。前例のない異世界人との婚姻が失敗すればって。その点、白竜姫なら」


「そうですよ? シーナ。貴方は私と契るべきで」


「今は、そんな浮ついた話はしてねえだろ」


 もう良い加減ウンザリだ。

 竜の花婿になって半竜になって力を得る。

 どいつもこいつも、そんな話ばかりしやがって。


「メルティア、どうだ? やれるか?」


「……うむ。やる。お主となら、妾は戦えるぞ」


 目元を拭ったメルティアは、俺の横に並んだ。

 その金色の瞳には強い意志が窺える。


「賭けは、そちらの提示する通りで良い。じゃが、一つ付け加えて貰うぞ? 妾達が勝てば妾の臣下になるのは、お主だけではなく……レオもじゃ」


 そう言って、メルティアは気絶しているレオへと視線を向けた。

 すると、ユキヒメも背後のレオを一瞥して。


「うん。妥当な要求だね? じゃ、これで成立だ」


 にこり、と笑って。こちらに歩き出した。

 突然近付いて来たので身構えるが……


「五日の猶予、後悔がないようにね」


 すれ違う際、ユキヒメは不敵な笑みのまま呟き、一度も振り返る事なく玉座の間から去って行った。


「……五日の猶予、か」


 顔を赤くしたメルティアは、ちらりと俺を見る。

 ……全く。最後に余計な口を叩きやがって。


「どうやら、話は纏まったようだな」


 黙っていた国王が、わざとらしく咳払いした。

 視線を向けると、国王はメルティアを見て。


「桜月の剣聖が言うように、貴女には後がないぞ。相手は竜殺しとも呼ばれる剣豪。幼竜の貴女では、荷が重いのではないか? メルティア」


「……それでも、引く訳にはいかぬ」


「俺としては勝敗よりも優先すべきは貴女の身だ。危険だと判断した場合は……分かっているな?」


 ……まぁ、当然の判断だな。

 とは言え、途中で強制的に負け判定は困る。


「……問題ない。メルティアに相手をさせるのは、そこで無様に伸びてる野朗だけだ」


 国王の杞憂を察し、俺は気絶中のレオを睨んだ。


「なにを言っておる? 妾だって戦えるぞ」


「今からでも私にしておきなさい。私なら、なんの杞憂もなく貴方が戦えますし、後方支援だって」


「……俺もゼロリアねーちゃん。いや、白竜の姫を選ぶべきだと思うぞ。あの桜月の剣聖が言う通り、赤竜には後がない。俺としても前例のない異界人に託し、失うリスクは避けたいのだ」


 ……ゼロリアねーちゃん? 

 いや、今は置いておこう。


「最終的な決断はメルティアに任せる。他者が口を挟む事ではないだろう」


 俺に非難の目を向けている周囲を牽制する意味で睨み返しつつ、努めて毅然とした態度を貫く。


 僅かでも隙を見せれば、また好き勝手に喚かれて面倒な事になりかねないからな。


「誰と組む事になっても、やる事は一緒だ。文句があるなら俺達ではなく、あの女に言うのが道理だ。それが出来ない傍観者共は黙って見てろよ」


「……ククッ、然りだな」


 国王は機嫌が良さそうに笑って。


「改めて名を聞こう、少年よ」


「……シーナ。冒険者、いや……ただの剣士だ」


「そうか。では、シーナ。五日後、健闘を祈る」


 こうして。

 国王陛下との波乱に満ちた謁見は終わった。

 最後に言われた言葉が本心かは分からないが。


 メルティアの語る理想は決して夢物語ではない。


 何故か、俺は少しだけ……そう思う事が出来た。









 あとがき


 ゴールデンウィークに誤字直しします。


 夜勤中の合間を縫って頑張って書きやした。


 早く休み欲しい……

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