第16話 飲み会

 辺境の街、セリーヌ。冒険者ギルド。


 その出入り口正面から真っ直ぐに伸びる大通り。

 通称。冒険者通り。


 その通りで探せば、冒険者の必需品から生活雑貨まで、必要な物なら大体の物は揃うと言われている。


 俺は今。その通りにある店の一つ。小さな飯屋の前に立っていた。


 初めての討伐任務。

 たまたま同じ日に冒険者になった女。ミーアに誘われ、純粋に生物を殺す依頼をやった。


 彼女のパーティーメンバーの一人として、他の冒険者と一緒に仕事をした。

 仲間と一緒にギルドへ達成報告をした。

 受付嬢や他の冒険達は、血濡れで人と一緒にギルドへ入った俺を見て、驚いている様子だった。


『有難うございます。依頼達成お疲れ様でした』


 すっかり顔馴染みになった受付嬢のお姉さんが、俺に向かってそう言ってくれた。


 普段から機会がある度に言われてはいたが、今回は何だか感慨深いものがあった。

 俺はやっと、冒険者として一歩を踏み出せた。

 そんな気すら、した。


 依頼の報酬は後日。

 今回の様に、山狼の牙などの達成した証拠を持ち帰るのが困難な任務の場合は、他の第三者が確認に行き、証明がされれば報酬が受け取れるらしい。


 確認に行くのは俺の様な抵等級冒険者……所謂駆け出しに、ギルドから協力要請がされる。


 無駄に金が掛かると思われるだろうが、必要な事だ。

 熟練者が仕事をし、駆け出しが確認する為に任務を受ける。

 お陰で、経験の無い駆け出しでも冒険者として出来る仕事が入る。


 まずは人がやった冒険を見る。

 そうして駆け出しは成長していき、いずれ自分の冒険をする。

 いつだって、人を育てるのは人だと母さんは言った。


 今回の持ち帰った牙に関しては、八匹の討伐が確認されたので報酬が出た。

 内訳は、弓士二人に矢代と毒代。ティーラに昼食代をまず分配。

 そして、金欠冒険者へ宿代数日分のお恵みで殆ど消えた。


 金欠はローザだった。

 リーダーが金欠とは、このパーティー大丈夫かよと心配になったが、他人が口を挟む様な事じゃ無い。

 俺は彼等の仲間ではないのだから。

 今回は人数合わせで誘われた、臨時メンバーなのだ。


 俺への報酬は必要無いと断った。

 強いて言えば美味い昼食をご馳走して貰ったし、経験を積ませて貰った。

 既に十分過ぎる報酬を受け取っている。だから良いと申し出た。

 彼等と別に生態調査の依頼を受けていたし、そちらの報告書を提出すれば別に報酬も出る。

 あちらが俺を人数合わせとして利用した様に、こちらも彼等を利用した結果になった訳だ。

 今は別に、金に困っている訳でも無いしな。

 教育料だと思い、感謝すらしている。


 だけど彼等は、それは駄目だと言った。

 一緒に仕事をしたのだから、報酬はキチンと分配するべきで、受け取るべきだと。


 だから、今日の報酬だけではとても俺への報酬は払えないだろうと言ってみた。

 すると打開策として提示されたのが、一緒に晩飯を食おうという提案。

 名目は、俺の初討伐任務成功祝いと、知り合いになれた記念……らしい。


 気を遣わなくて良いとそれも断ろうとしたら、ミーアに。


「グダグダ言ってないでさっさと着替えて来る!」


 と、怒鳴られてしまい今に至る。

 そんな訳で、冒険者仲間と初めての宴会だ。

 今日は本当に、初めての経験ばかりだな。

 駄目だ、緊張して来たぞ。


「変じゃないよな……」


 拠点にしている宿から、何度呟いたか分からない確認を行う。


 買ったばかりの絹のシャツに、ズボン。上から革の上着。

 剣は普段通り腰に下げている。

 冒険者は特定の住処を持たないので、商売道具の武器は出来るだけ携行するものだ。

 

 この片手剣と短剣は、両親の形見だ。

 余程高価な武器でなければ、盗まれたら買い換えれば良いと携行しない者もいるらしいが、これは買い替えで済む物じゃない。


 俺の数少ない宝物だ。

 盗まれたりしたら悔しいじゃ済まない。

 だから、こうして常に持っている。


 武器があれば、一目で冒険者だと分かるので身分の証明にもなる。

 最近は武器が無いと落ち着かない性分になって来た、という理由もある。

 村を離れて四か月。

 俺も冒険者が板について来たのだろう。


「うーん、大丈夫か……」


 姿見や水辺が無いと、自分の姿を客観的に見る事が出来ない。

 あまり気にしても仕方ないし、待たせていたらそれこそ悪い。

 店に入ろう、と扉のノブを握った時、


「あら、あんた。もう来てたの」


 知った声に振り向く。

 ミーアだった。

 私服姿の彼女を見るのは、久々だ。

 左手に白鞘の片手剣を持っている。弓は携行していない様だ。

 流石にあれは邪魔だったのか。

 何はともあれ、良かった。遅刻じゃないらしい。

 少し安心した。


「なんだ、まだ来てなかったのか」


 ホッと息を吐きそうになるのを堪えて尋ねる。

 ミーアは腰に手を当て胸を張り、眉間に皺を寄せていつもの不機嫌顔を見せた。


「女の準備は時間が掛かるものなのよ。というかあんた、そんな服持ってたのね」


 じろじろ見て来る。

 ……やっぱり変、なのか?


 まぁ、良いか。街の流行りなんか知らない。

 これを買う時に流行りは聞いたが、よく分からなかったから勧められたものを適当に購入した。

 おかしいなら、俺じゃなくて店員が悪い。


「流石に服は何着かある。接客とか、配達とか。人と関わる仕事の依頼も受けているから、身なりはそれなりに気にする」


 最も、接客等に関しては制服を貸し出されるので、それを着ている訳だが。


「ふーん……何よ。普通の服着てれば、中々……って、じゃあ何であんた、ギルドじゃあんなボロばっかり着てるのよ」


「愚問だな。冒険に行くのに、衣服に金を掛ける意味がないだろう。すぐ汚れるし、破れる」


「あのコートが大事だから、だったんじゃないの……?」


「それもあるけど、流石にあれは、街じゃ普段着れないだろ?  だけど実用的だ。本当に着れなくなるまでは使い込むつもりだ」


「ふーん……」


 まだじろじろ見ている。

 やはり何処かおかしいのだろうか?

 仕方ない、聞いて見るか。


「なんだ? 何処かおかしいか?」


「……私、今程あのボロコート、ズタズタにしたいと思った事ないわ」


「は?」


 今、なんて言ったこいつ。

 聞き間違いじゃなければ、とんでもない事言われた気がするぞ。

 俺のコートをズタズタにするとか。


「ねぇ、私が新しいの買ってあげるから、あれ破かせてよ。何か、すっごいイライラする」


 聞き間違いじゃなかった。

 この女、なんて事言うんだ。


「ふざけんな。やめろ。ほら、馬鹿言ってないで入るぞ」


 扉を開けて、ミーアに言う。

 新しいコートは欲しいが、他人に恵んで貰ってまで欲しいとは思わない。

 あのコートが大切なのは本当だ。


「あ、ちょっと。待ちなさいよっ」


 ミーアからの制止は、当然無視した。





 入店すると、既にローザが席を確保して座っていた。

 彼は扉が開いた音でこちらに気付いたらしく、手をあげた。

 ティーラはまだらしい。

 軽く手を挙げ返して、そちらへ向かう。


「よお、シーナ。早かったな」


「貴方の方が早いじゃないか」


「今回は俺の為に皆働いてくれたから、これくらいはな」


 肩を竦めるローザ。

 今回は金欠の彼を気遣って、本来やらなくて良い仕事を強行したと聞く。

 いずれ誰かがやらなければならない依頼内容だったが、ローザ達がやる必要は無かったと言う訳だ。

 彼なりに悪いと思っているんだろう。


「とりあえず座れよ。しかし、ミーアと一緒に来るとはな……そこまで仲が良いのか?」


「いや、たまたま出入り口で会っただけだ」


「そうか」


 剣帯から金具を外し、鞘ごと剣を外す。

 座る時には邪魔だからな。

 この動作も随分慣れた。


「ふんっ。当たり前じゃ無い。こいつと仲良くなんて、ありえないしっ」


 どかっ、とミーアが椅子に座る。

 相変わらず態度がでかい女だ。

 他の客の注目を受け、居心地が悪くなる。


「おいこら、ミーア。はしたないぞ。いつも言ってるだろう。お前も女ならもう少しお淑やかにしろ」


「はっ。冒険者に、はしたないも何も無いわ。そんなの気にするのはご貴族様だけよ」


 ローザが指摘すると、ミーアは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


 まぁその通りなんだろうが、周りの迷惑とか考えろよな。

 椅子を引いて座りながら、げんなりする。

 知り合いだと思われたく無い。


「だけどお前。年頃の女なんだから、そんな事ばっかしてると貰い手が居なくなるぞ……」


 ちら、とローザが俺を一瞥した。

 おいローザ。何でこっちを見る。

 俺だって要らないよ、こんな恐ろしい奴。


「別に良いわよ。男と馴れ合う為に冒険者になったんじゃないもの」


「そりゃそうだろうが、俺はお前の将来を考えてだな……」


「そんな事頼んだ覚えは無いわ。全く……ちょっとお節介が過ぎるわよ、ローザは」


 ローザは、本当に心配してるんだと思う。


 女性冒険者は、男性より冒険者として働ける期間が短い。

 だから、殆どが若いうちに結婚して家庭に入ったり、別の仕事に転職したりして引退する。

 長く続けられる仕事じゃ無い以上、ミーアも近い将来身の振り方を考えなければならなくなる筈だ。


 当然、俺もいずれはそうなるだろう。

 まぁ、いずれ結婚はしたいかな。

 今のところは考えられないけど。

 するにしても、こんな女は御免だ。


「だってお前。今日はやけに機嫌が良かったから、その……なぁ?」


 だから何でこっちに話を振る。

 関係ないだろ、俺は。

 それにしても、本当にミーアは機嫌良いのか?

 これで?

 聞いて見るか。


「そうなのか?」


「……そんな訳ないじゃない。ばっかじゃないの?」


 顔を逸らされた。

 全然機嫌良くないじゃないか。

 寧ろ、罵倒に磨きがかかってる気がするぞ。


「だ、そうだが?」


「はぁ……」


 ローザは呆れた様子で溜息を吐いた。

 何か気に触るような事をしただろうか。


「お待たせしました。すみません、私が最後みたいですね」


 疑問に思っていると、ティーラがやって来た。

 私服姿の彼女は、申し訳なさそうに謝る。

 大して待ってないが、律儀な性格なんだろう。

 ミーアとは大違いだ。


「おー、ティーラ来たか。じゃあ始めようか」


 ローザが店員に向かって手を挙げる。

 すぐに女性店員は頷いた。

 既に注文は終わっている様子だ。

 初めて来る店だし、何が美味いか知らないので特に異論は無い。

 楽しませてもらおう。



 雑談をしていると、料理はすぐにやって来た。

 料理が並び終わった所で、ローザが酒の入った杯を掲げる。


「では、シーナの初討伐依頼成功と、今日も無事に生きている事」


「と、ローザの宿代がどうにかなった事を祝して」


「あっ、ミーアお前っ!」


「何よ、本当の事じゃない。はい、かんぱーい!」


「ふふ、かんぱーい」


「……乾杯」


 駄目だ、空気に付いて行けなかった。


 初めて仲間と合わせる祝杯。

 三人が盛大に杯を合わせる中。遅れて少しだけ杯を掲げた俺は、勢い良く酒を飲む三人を見て、杯の中を見る。


 思えば、街に来て初めての酒だ。

 昔。父さんに勧められて少しだけ口にした事はあるが、俺はあまり酒が得意では無い。

 皆、よくこんな苦いものを好んで飲めるものだ。

 出来れば水だけ飲んでいたいところだが、歳下のミーアですら豪快に飲んで見せたのだから、飲まない訳にはいかない。


 試しに口をつけて見る。


 …………あれ。甘い、な。


 思っていた程、苦くは無い。

 村で飲んだ酒より飲みやすい印象を受ける。

 だがやはり……匂いがきつい。

 喉に通る感触も焼けるように熱かった。

 やはり得意では無いな。

 潰れても格好悪い。

 飲めないというのは三人に悪いから、この一杯だけは頑張って後は様子を見てちびちび飲もう。


「ぷはー、うっめぇ。さて、食うぞ食うぞ」


杯を置いたローザが袖で口元を拭った後、料理に手を伸ばした。


 大皿に盛ってある料理を自分で、自由に取って食べる形式だ。


 俺はこうした店で他人とテーブルを囲むのも初めてだ。

 イマイチ要領が掴めない。

 取って良いタイミングが分からないな。

 とりあえず、全員が取り終わるまで待つべきだろう。


 暫く様子を見ていると、不意にティーラの手が伸びて来て俺の皿を取った。


「シーナさん、何が良いですか?」


 少し驚きながらそちらを見ると、ティーラは微笑を浮かべていた。

 どうやら料理を取ってくれるらしい。


 気を遣わせてしまったようだ。

 それにしても、やはり美人だな。

 こうして間近で見ると一際美しく見える。

 何と言うか、妙な色気があった。

 思わず見惚れてしまいそうになる。

 ……折角の申し出だ。

 断るのも悪い気がするし、ここは有り難く頼むとしよう。


「悪いけど、適当に頼むよ」


「ふふ、はいはい」


 ティーラが、皿に料理を盛り付けてくれる。


「何よシーナ。生意気ね。自分でやりなさいよ」


 ブスッとした顔で、ミーアが言った。

 俺も悪いとは思っているんだが……。


「良いじゃないですか、ミーアさん。今回はシーナさんに随分と助けられましたし、報酬も配慮して頂きました。これくらいやらせて頂かなければ、女神様から天罰が下ります」


「そうだぜ、ミーア。今日はシーナにマジで世話になったんだからな。ありがとな」


「いや、俺は何も……」


二人に援護されて、居心地が悪くなった。


 俺は本当に大した事はしていないのだから。


 俺は、ただ必死だっただけだ。

 それでも三人に付いていくのがやっとだった。


 対して、先輩冒険者であるティーラは勿論。ミーアは凄かった。

 今日の依頼で一番の功績を上げたのは間違いなく彼女だろう。

 それ程、素晴らしいとしか言えない弓の腕だった。

 流石は普段偉そうに威張ってるだけの事はある。


 ただ口先ばかり生意気な女じゃないと分かったのは大きな収穫だ。


 今回の作戦自体ミーアが居なければ成立しなかっただろう。


 彼女はこの人達にとって、居なくてはならない貴重な戦力。

 唯一無二の仲間になれていた。

 頼りにされているのが分かった。


 今日の……弓を握ったミーアは、街で見る姿よりも何倍も輝いて見えた。

 素直に羨ましいと思った。


「いいから飲め飲め、ほら。注いでやるからよ」


「あっ、えっと。ありがとう」


 ローザの手によって空になっていた俺の杯に酒が満たされた。


 女性弓士二人もだが、リーダーの彼も忘れてはいけない。

 前衛としては格の違いを見せ付けられたし、彼の指揮は仲間の事を考えてあって的確だったと思う。


 今日の依頼。

 まだまだ経験不足なのは分かっていたが、俺は改めて自らの無力さを実感させられたのだ。

 ……装備もまともになったし、明日から頑張らないとな。


「何よ、シーナばっかり……」


 ブスッとした顔で、ミーアは口の中に料理を詰め込んだ。


 なんか、やけ食いしてるように見えるな。

 そんなに俺が褒められているのが気に入らないか。

 どうやら本当に俺が嫌いらしい。


 まぁ、これで約束は果たした。

 これからは俺も積極的に仲間を探すつもりだから、話す機会も減るだろう。

 良かったな。


「それにしても、シーナ。お前討伐初めてにしては、中々動けるじゃないか。昔から狩りとかしていたのか?」


「あっ、それは私も思いました。普通の駆け出しさんは獣を怖がったり殺すのを躊躇ったりして、最初からあんなに動けない人も多いですから」


 呆れてミーアを見ていると二人が尋ねてきた。

 どうやら想像以上に良い評価をして貰えたらしい。有難いな。

 ただ、必死だっただけなんだが。


「特別な事は何もしていない。ただ、毎日剣を振ってきた。それだけだ。獣との戦闘も初めてじゃない」


「成る程、ある程度自信は付けているわけだ」


「とても良い事だと思います。いきなり討伐に行って、何も出来ずに死んでしまう駆け出しさんは、多いですから……」


 その話は、嫌という程聞いた。

 ここ最近も冒険者登録をしたばかりで、自信満々に出て行った後輩が帰って来なかった事もある。


 初心者程自分の力を過信して、身の丈に合わない事をやってあっさり死ぬ。


 冒険者は慎重な者程生き残り、大成する。

 そう豪語する人間も居る位だ。


「俺は簡単に死にたくない。だから仕事を選んで来た。誰に何と言われようと、気にしなかった。お陰で少しだけ戦えるようになった。それだけだ……先程も言ったが、今日は本当に良い経験になった。ありがとう」


 礼を言って深く頭を下げる。


 俺は一人じゃ戦えない。

 故に当然、経験出来ない事がある。

 自分の無力さは、自分が一番良く知っている。

 英雄と呼ばれる力どころか、冒険者として平均以下の凡人だ。


 この場に居る人達は、そんな俺を連れ出し共に冒険をしてくれた。

 仲間として命を預かってくれた。

 貴重な経験をさせてくれたのだ。

 皆には本当に感謝していた。


「いや、俺達はミーアが連れて来たから、一緒に行っただけだし……なぁ?」


「そうですね。それどころか、本当に色々手伝って頂きましたし、気を遣って頂きました。お礼を言うのはこちらの方です。ありがとうございます」


 困り顔でローザは苦笑した。

 次いで、ティーラが微笑んで頭を下げた。

 随分人間が出来た人達だ。

 ミーアは本当に、仲間に恵まれて居るな。

 二人がふと、ミーアを見た。

 すると。口の中に食べ物を詰め込んでブスッとしていた彼女は、口内の物を飲み込んでプイッと顔を背けた。


「ふん、これからは精々頑張んなさい。言っとくけど、今度怠けてるの見掛けたら張り倒すから」


 この女。本当に素直じゃない。

 応援してあげるから頑張りなさいよ。

 せめて、それ位で言えないのかお前は。


「ミーアさん、そんな言い方……」


 宥めようとするティーラを手で制す。

 全く、この女には一度。ちゃんと言ってやらないと気が済まないな。

 良い機会だ、言ってやる。


「良い。ミーアのこれには、もう慣れた。こいつは素直じゃないだけで、色々と気を回してくれている事を俺は知っている」


「えっ」


 ミーアが、驚いたように目を見開いた。

 まぁ、今まで言った事なかったからな。

 今回は本当に感謝している事だし。


「ありがとう、ミーア。お前のお陰で俺は、冒険者として必要な経験が出来た。大事な一歩を踏み出せた。本当に感謝している」


「へっ、えっ?」


「あぁ、それと良い機会だから言わせて貰おうか。この四か月。お前がいつも一人でいる俺を気に掛けてくれていた事は分かっている。まぁ正直少し鬱陶しいと思った事もあるが、それ以上に感謝していた。重ねて礼を言う」


 軽く頭を下げる。

 すると突然、ミーアは自分の頰を抓った。


「いたい……」


 途端に涙目になった。

 どうやら痛かったらしい。

 ……何してんだ、こいつは。


「だからその。お前は覚えているか? 初めて会った時に交わした、いつか一緒に冒険すると言う約束だ。あれは今回、こうして果たしてしまったが」


 こう言う時、自然に握手でも求められれば格好良いんだろうが、流石にそんな度胸は無い。

 照れ臭くて頰を掻くのが精一杯だ。


「これからも変わらず、遠慮無く話し掛けてくれると嬉しい」


 精一杯笑顔を作ってみせる。

 大きく目を見開いたミーアは俯いた。

 髪で隠れ、顔が見えなくなる。

 酒が回っているのか、耳が真っ赤だ。


「何よ。ばっかじゃ、ないの……」


 小さな声で呟き顔を上げたミーアの表情は真っ赤で、凄いにやけ面だった。


 目線を俺から逸らしたまま、髪を指先でくるくると弄んでいる。

 どうやら喜んで頂けたらしい。

 この女もこう言う顔が出来るのか。


「若いなぁ……青春だねぇ」

「ふふ、ローザ。私達もまだまだ若いですよ」


 しみじみとした雰囲気でローザが溜息を吐いた。


 それに釣られたらしく、ティーラがクスクス笑う。

 本当だよ、二人共まだまだ若いだろ。

 何で熟練した大人の雰囲気を出しているんだ。


「…………」


 何故か妙な居心地の悪さを感じて、一口酒を飲む。

 紡いだ言葉自体は、後悔していない。

 いつか言おうと思っていた。

 酒の力を借りて、と言う奴だった。


 それから暫く誰も話さなくなり、食事が進んだ。


 酒には中々慣れないが、料理の方は結構楽しめた。

 自分の皿が空になり、次を取る前に酒をちびちび飲む。


「なぁ、シーナ。お前これからどうする気だ?」


 静かな空気の中、不意にローザから話し掛けられた。

 そちらを見ると彼は杯を傾けていた。


「どうする、と言うのは?」


「ぷはっ。あぁ。防具も揃った様だし、充分戦えるみたいだからさ。今日こうして話して見て、今まで一人だったのはお前なりに色々考えてあぁしてた。と言うのも分かった。今まで色々と邪推していたのは、謝る」


「別に良い。自分で蒔いた種だ」


 実際、他人の声に耳を傾け落ち込んでいる暇なんて無かった。

 何を言われても仕方がない生活を送っていたのも事実だ。

 俺には勇者達どころか、他の者の様に最初から用意出来る装備は無かった。

 何を買ったら良いかの知識も無かった。

  準備に予想以上の時間が掛かったのは、俺の落ち度だ。


「そうか。とりあえず、お前の冒険者生活は、今日から本格的に始まったって事なんだろ?」


「まぁ、そうなるな」


「で、どうするんだ?  何処かのパーティーに入るのか?」


 尋ねられ、少し考える。

 実の所、具体的な事は考えていない。

 一応、仲間探しはする予定だ。


 その為に今のところ決めている案は大分前から考えていた事。


 ギルドでは仲間募集の為に掲示板に張り紙が出来る。

 まずはそこに臨時パーティー募集の張り紙をする予定だ。

 これを出しておけば、今回のローザ達の様に人数が足りない等で困っている者に誘って貰いやすくなる筈だ。

 臨時とは言え共に仕事をすれば、最低でも顔見知りになれる。

 色んな冒険者の姿を見て、学ぶ事が出来る訳だ。


「あぁ、そのつもりだ」


「そうか……一応聞くが、アテはあるのか?」


「残念ながらない。明日、ギルドの掲示板でもし誘ってくれるなら今までのように無碍にはしないと言う意思を公開するつもりだ」


「掲示板か……成る程。暫くは臨時の助っ人として、依頼と冒険をするって事か。で、気に入った所に入る訳だな」


「そうなるだろう」


 例えどんな凄腕冒険者に誘われても、俺は自分の身の丈に合わないものをやるつもりは無い。


 冒険者としてどうかと思われるかもしれないが、理想と現実を履き違える事だけはしてはならない。

 懸念は判断基準が俺自身な事だ。

 何とか上手く立ち回らなければ。

 俺は唯一持っていたもの。父さんや村の皆を置いて黙って出て来た。


 簡単に死ぬ事は、母さんも許さないだろうから。


「………っ!」


 突然。ミーアの方からギリッと歯軋りの音がした。

 途端、何故かローザの顔が青ざめる。


「っ! こ、こほん。そうか、分かった。そこで提案なんだが……これからも時々、手を貸してくれないか?」


「え?」


 ローザのそんな提案に、俺は驚いた。

 どう見ても実力も経験もある、格上の冒険者。

 そんな彼が、単に仲間の知り合いで人数合わせとして一緒に依頼をしただけの俺のような駆け出しに、また手を貸してくれと頼んでいる。


 おかしな話だ。

 彼のパーティーは、仲間も良い人材を集めている様子。

 普段困っている様子もない。

 知名度もある為、その気になれば人数を増やす事も容易だろう。

 今日は例外として、今後も俺にこんな提案をする必要性は感じない。


「んっ! んっ!」


 一瞬。ミーアの呻き声が聞こえた気がした。

 俺から視線を外したローザは肩を竦め、深く溜息を吐いて。


「あー、ええとだな。お前は思ってたよりも肝が据わってるし、いざという時の思い切りの良さも見せて貰った。何より、お前は仲間の為に身体を張れる。腰抜け野郎じゃない」


 ローザは酒を煽った。

 気付けば、全員の視線が彼へ集まっている。


「ぶはっ。ええと……あぁ。今日一日共に過ごして見て、俺はお前が充分信用出来る人間で、今後も仲良くしたいと思った訳だ。うちのパーティーは全部で六人いるんだが、今回みたいに揃わない事も珍しくない。そういう時はこちらから声を掛けたい。どうだ?」


 成る程、随分評価してくれたらしい。


 冒険者に限らず、信用出来る知り合いは出来るだけ多く作っておいた方が良いと母さんは言っていた。

 人脈は大切だ。

 いざという時に助けて貰えるからな。

 この提案は非常に有難い。

 断る理由は無いな。


「願ってもない有難い提案だ。こちらこそ、よろしくお願いしたい」


「おぉ、そうか? いやぁ助かるぜ。これからもよろしく頼むな、シーナ」


 差し出された手を迷わず掴む。

 握手にも少しは慣れてきたな。


「…………」


 手を離して料理に戻る。

 途端、ブスッとした顔のミーアと目が合った。

 なんだこいつ。

 何でこんなに不機嫌そうなんだ?

 ……まぁこいつの不機嫌顔はいつもの事か。

 今更、気にする必要はないな。


「いやぁ、今日は噂の新人と冒険出来たし、こうして知り合いになれた。良い事ばっかりだな! おし、乾杯し直そうぜ、乾杯!」


「ふふ、本当ですね。あ、野宿せずに済んだ、を忘れてますよ。ローザさん」


「うっ、ティーラまでそれを言うかよ……」


 からかわれて、ローザは大袈裟に落ち込んで見せた。

 愉快な気分になって、笑いそうなのを堪える。

 こういう男がリーダーだと、集団としては楽しいだろう。

 能力は確かだから、頼りがいもあるしな。

 実際、俺は今。楽しい。


「ホントよね。全く、使えない……」


 はぁ、とミーアが溜息を吐いた。

 やはり、普段より少し不機嫌そうだ。

 酒が効いたのだろうか。


「とりあえずほら、乾杯だ乾杯! シーナもほら、遠慮するなって」


「あ、あぁ」


「あらあら、ローザさん。シーナさん、困ってますよ」


「そんなことねぇって。なぁ? シーナ」


「あぁ……」


 ごめん困ってる。

 冒険者のノリ、付いて行けない。


「…………」


 ローザとティーラ、二人に倣って杯をあげる。


 ミーアもブスッとしたまま、杯を上げた。

 こういうのはちゃんと参加するあたり、人付き合いは俺より上手いな。

 不機嫌そうなのも気のせいかもしれない。いつも通りか。


「「かんぱーい!」」

「か、乾杯……」

「……乾杯」


 またノリについて行けなかった俺だったが……ふと思う。

 一緒に冒険して、帰って来たらこうして飯を食い、酒を飲む。

 一日の大半を一緒に過ごし、命を預ける。

 仲間、か。

 本当に良いものだ。


 俺にも早く、そんな人達が出来たら良い。

 辛かった過去。不安な未来。

 一人でいると、色々な事を無駄に考えてしまうから。

 だからそんな後ろ向きな考えを、一時だけでも忘れさせてくれる。


 そんな仲間が。



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