第107話 生足さらせますか?
戦さんから審査員早く来いと連絡があったため、タイ焼き屋さんを後にして、俺は皆の元へと戻った。
お店に戻れば、戦さん以外の三人が試着室の前に立ち、俺の事を待っていた。
「あれ、戦さんは?」
「中にいる。今私達が選んだ服を着てる」
「乙女先輩が実際に試着してみて、その感想をそれぞれ甘崎さんと乙女先輩、そして黒奈お姉様に審査していただきますわ!」
「なるほど」
本人の主観と第三者からの目線で審査するわけか。なんか本格的だなぁ。大丈夫かな? 俺あんまりファッションセンス無いけど……。
「ねぇ、兄さん」
「ん、何?」
「大丈夫?」
「へ?」
唐突に花蓮に心配され、俺は訳が分からず呆けた声を上げてしまう。
桜ちゃんも美針ちゃんも、きょとんとしているから、花蓮だけが俺が不調だと思ったようだけど……。
「えっと、大丈夫だよ? 特に問題なし」
「本当に?」
「本当本当」
「じーっ……」
頷く俺をじーっと見てくる花蓮。うっ、そんなに見られると俺に本当に不調があるみたいじゃないか。
「さっきの人に何か言われた?」
「さっきの人……ああ、東堂さんの事? ううん、何も言われてないよ」
一応、俺がブラックローズだという事はばれてしまったけれど、それは今言う事ではないだろう。……あ、でも、さっきこのままブラックローズだという事を隠して生きていくのかどうかで、不安になったりはした。ツィーゲのおかげでだいぶ落ち着いて考えられるようにはなったけど。
けど、それだって顔に出てないはず。だって、後で深紅に相談しようって決めてたし。桜ちゃんも美針ちゃんも気付いてなかったみたいだし。
「……それなら、良いんだけど」
俺が何も無かったと言えば、少しだけ腑に落ちないといった顔をしながらも引き下がる。
「ふふっ、ありがとう、心配してくれて」
「別に……」
お礼を言えば、ぷいっと恥ずかしそうにそっぽを向く花蓮。照れてるー。
「お、お姉様、私だって――」
褒められた花蓮が羨ましかったのか、美針ちゃんが言い募ろうとしたけれどそれを遮るように試着室から声が上がる。
「着替えたわよ……」
不服そうな声音が聞こえてきて、美針ちゃんはむーっと唸りながら引き下がった。どうやら、今回の目的を忘れてはいない様子。
でも、戦さんの不服そうな声を聞くに、なんだか容易に想像がついてしまうんだけど……。
「まずは私からですわ!」
あ、やっぱり。
「では乙女先輩、出てきてくださいな!」
「はぁ……全然気が進まないけど」
溜息一つした後、しゃっと軽快に試着室のカーテンが開かれる。
そうして出てきた戦さんは――ピンク一色のワンピースに身を包んでいた。
いや、よく見ればワンピースだけではない。上にはカーディガンを着ており、それも見事なピンク色だ。そしてソックスからローファーまで、全てピンク。果ては頭につけたリボンのカチューシャでさえもピンクだ。もうピンクしか感想が無い。
「確かにゴスロリじゃないけど……だからといってこれは無いわ……」
いつもなら声を荒げて怒ってそうなところを、なんだか酷く残念な者を見るような目をして静かに怒っているような呆れているような複雑な表情を見せる戦さん。
うん、まぁ、気持ちはわかる。
「な、なんでですの!? 乙女先輩とても可愛いですわ! ピンクとっても似合ってるじゃありませんの!」
真摯な瞳で可愛い似合っているという美針ちゃん。多分、本気で可愛いと思ってるんだろう。だから、戦さんも怒るに怒れないのだ。
「いや、ピンク一色は無いでしょう。せめて白とかでアクセント付けないと……」
「何を言っていますの貴女! ピンクに白など不要ですわ! それにアクセントなら付いているじゃありませんの! ソックスとカチューシャを見てくださいな! ソックスは淡いピンク! カチューシャは濃いピンクを使用しておりますわ! アクセントとしては十分でしょうに!!」
「いや、過剰でしょ……」
呆れたように言う花蓮。桜ちゃんも苦笑している。
「貴女も何か言ってあげてくださいな!」
「え、わたし!?」
「貴女の魔法少女の衣装もピンクでしょう!? お仲間なら何か言ってやってくださいな!」
「えっ!? わたしお仲間にされてる!?」
確かに、チェリーブロッサムはピンクを基調としたゴシックロリータだけど、ここまで強く主張はしてない。
ちゃんと白も入ってるし、黄色も入ってる。決して、ここまで目の痛くなるようなピンク少女じゃない。
「え、えっと、さ、さすがに、目に痛いかなぁって」
「がーん! ですわ!」
苦笑しながら正直な感想を言う桜ちゃん。その感想を聞いて、あからさまにショックを受ける美針ちゃん。
……美針ちゃんには悪いけど、この勝負もうついたも同然かなぁ。
「……もう恥ずかしいから次に着替えるわね」
しゃっとカーテンを閉めて次の服に着替え始める戦さん。
次は花蓮の服だろうけど、いったいどんな服なんだろうか? 一応花蓮の兄をやってるけど、花蓮がどんな服を好んできているのか分からない。クールなパンツルックだったり、可愛いワンピースだったり、花蓮の服の好みは結構幅が広い。どれが本当に好きで、どれがそこそこ好きなのか、未だに良く分かってない。
いったいどんな服を選んだんだろうなと若干わくわくしながら待っていると、着替えたわよーと先程より明るい声がカーテンの向こうから聞こえてくる。
「どうぞー」
花蓮が言えば、しゃっと軽快な音を立ててカーテンが開かれる。
今度は困り切った顔ではなく、少しだけ得意げな表情で現れる戦さん。
戦さんが着ているのは、短めのグレーのキュロットスカートに七分丈の袖先がふわっと膨らんでいる白のシャツ。足元はアンクレットソックスと黒のパンプスを履いた大人っぽい恰好だ。
おぉっと俺と桜ちゃんの口から感嘆の声が上がる。
色合いは無難だけれど、色で着飾る印象が無い戦さんにはこういう服が似合っている。
「ぐぎぎぎぎぎぃっ……!!」
美針ちゃんも似合っていると思っているのか、ハンカチを噛みしめて悔しそうにしている。なんて古典的なんだろう……。
「うん。これ好きかも」
戦さんも嬉しそうに自身の恰好を見て珍しくはにかんでいる。
これは満場一致かなぁと思っていると、美針ちゃんが地団太を踏み始めた。
「だ、ダメですわ! 乙女先輩には私の選んだあの服が似合うのですわ!!」
「いやあれは似合わないわよ。あれが似合うのはあんたか桜ちゃんくらいよ」
「え、わたしですか?! や、わたしはどうでしょう……」
「大丈夫桜なら似合うから。こんどあれ着て一緒に出掛けましょう」
「花蓮ちゃんはわたしをどうしたいのかな!?」
「ダメですわ! 認めませんわ! 再戦を申し込みますわ!!」
「嫌よ、面倒臭い。これ可愛いんだから、これで良いじゃない。あんた、潔く負けを認めなさいよ」
「負けてませんわ! そうですわ! 次は黒奈お姉様に着てもらいましょう! きっと今回はキャンバスが悪かったんですわ!」
「おい」
さらっと元が悪いから負けたんだと言う美針ちゃんに、戦さんがジトっとした目を向ける。
っていうか、俺やらないからね? この前散々着せ替え人形にされたばっかりだし。
「さあ如月花蓮! もう一戦ですわ!」
「ふんっ、受けて立つわ。兄さんのコーディネートなら、私の右に出る者は碧ちゃんくらいよ」
あ、碧は並ぶんだ。ていうか、花蓮も了承しないでー。
火花を散らす両者とそれを苦笑しながら眺める桜ちゃん。そして、花蓮の選んだ服を少しだけ恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに眺めて鏡の前でご満悦な戦さん。
さて、どう収集をつけたものか……。
そう思っていると、ぴろりんっと俺のスマホが警戒に通知音を奏でる。
見やれば、東雲さんからメッセージが届いていた。
『こういうの似合うと思うわ』
言葉はそれだけ。その後にいくつかの写真が添付されていた。
そこで、俺は|閃(ひらめ)く。
「三人とも、ちょっと待ってて!」
「え、何? また誰か知り合い?」
「ううん、俺もファッションセンス勝負に参戦する」
「はっ? いや、私もうこれで――」
「じゃあ、ちょっと待っててね!」
「――いや人の話聞きなさーい」
戦さんが何か言ってるけど、気にしない。俺はさっさと店内を見渡して目的の物を探し出す。
そして、せっせと衣服をかき集め、早々に四人の元へ戻り戦さんに服を押し付ける。
「お待たせ! 戦さんこれ着て!」
「……分かったわよ。着ればいいんでしょう、着れば」
まったく、と仕方なさそうに俺が押し付けた服を持って試着室に入る。
「兄さん、どんな服選んだの?」
「ん、秘密ー」
にっと笑って言えば、じゃあ楽しみにしよっと言って戦さんを待つ花蓮。
桜ちゃんも美針ちゃんも何故かわくわくした様子で待つ。
そして数分後。試着室の中から声がかかる。
「着替えたわよ」
普通の声音。あれ、あまり気に入らなかったかな?
「どぞどぞー」
俺が声をかければ、しゃっとカーテンが開かれる。
出てきた戦さんは、上は袖口の広い七分丈の白のラウンドカラーシャツを、下は色味の薄い暖色系の脛辺りまでの長さのフレアスカートを履いている。足元はベージュのパンプスに、頭にはアクセントとして緑色のベレー帽。
「……なんか、私と大差無いような」
「ロングスカートになっただけですね」
花蓮と桜ちゃんがそう言えば、戦さんもうんうんと頷く。美針ちゃんも言いづらそうだけど、皆と同意見のようだ。
ふふふっ、甘いね皆。今の戦さんの恰好とさっきの戦さんの恰好とじゃ、戦さんの精神面に大きな変化があるんだ。
「戦さんに一つ質問です」
「なによ」
「好きな人と今まともに喋れないよね?」
「うぐっ……ま、まぁ……」
「そんなシャイガールな戦さんが、好きな人の前で生足さらす勇気ある?」
「あ……」
戦さんも気付いたのか、今更気付いたような声をもらす。
先程の戦さんのファッションは、キュロットスカートにアンクレットソックス。この二つの組み合わせだと、どうしても生足をさらす事になるのだ。
まぁ、キュロットスカートだとオーバーニーソックスでも良いけど、戦さんは制服の裾を膝上までの長さで履いている。生足をあまりさらさない戦さんが好きな人の前でいきなり生足をさらすのはハードルが高いと思うのだ。
デートなどでそれを意識しちゃうくらいなら、最初は出来るだけ自然体で振舞えるように恥ずかしがってしまう部分は隠すべきだと思う。
「くっ、それは盲点だったわ……」
「私も、乙女先輩のシャイガールっぷりを知っていれば……!!」
「いや、あんたはそれ以前の問題だから」
「さてさて、それじゃあ戦さん。この勝負、誰の勝ちかな?」
俺がそう問いかければ、戦さんははぁと溜息を一つ吐いてから言った。
「如月の勝ちよ。正直、生足さらす勇気無いわ」
「よっしゃ」
戦さんの勝利者宣言に、花蓮も美針ちゃんも納得の御様子。
とりあえず丸く収まったので、俺は心中でほっと胸を撫で下ろした後、東雲さんにありがとうございますとメッセージを送った。そうすれば、直ぐに返事が返ってきた。
『あんたが着ても似合いそうね。今度着てみてよ』
俺は少し迷った末、こう送った。
『機会があれば着ます』
『それ着ない人の言い方だから。罰として今度着せるから』
『……(゜.゜)』
罰って何さ。
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