第66話 決着、チェリーブロッサムVSヴィダー
恐ろしい速さで迫るヴィダー。けれど、マスターブロッサムになった今ならその動きが見える。
ヴィダーの攻撃をかわし、即座に反撃をする。
けれど、ヴィダーだってただではやられてくれない。わたしの反撃にも即座に対応し、更に拳を打ち出してくる。
「見掛け倒しじゃなかね。ほんに、フォルムチェンジはずっこい」
「ずっこくない! 魔法少女フォルムチェンジ程
「……確かに、強い相手なら……わちも
にいっと笑みを浮かべ、ヴィダーが拳や蹴りを縦横無尽に打ち出してくる。
その一つ一つを捌き、反撃をする。
「ブラックローズじゃなかった時はがっかりしたけんど……お前と戦うんも悪くなか!!」
「それは、どうも!!」
戦闘狂なのか、深い笑みを浮かべながら攻撃を仕掛けてくるヴィダー。
圧が凄い。気を抜けば、すぐにでも気圧されてしまいそうだ。
でも、わたしはそこで一歩踏み出す。押されるなら、押し返さなくては。
繰り出された拳を左手でいなし、即座に右拳を打ち出す。けれど、ヴィダーはわたしの右拳をいなして反撃をして来る。
撃ってはいなし、撃ってはいなす。一瞬の気も緩められない攻防が続く。
打ち合いに関してはやはりヴィダーに軍配が上がる。わたしはついていくので精一杯だし、ヴィダーのように経験や観察眼ではなく持ち前の反射神経の良さに頼りっきりだ。
でも、付いていけてる。わたしは、戦えてる。
「見て動いてる割に、随分と動けてるな」
ヴィダーの言葉に答えている余裕は無い。わたしは目の前の情報を処理するので精一杯だ。
打つ、いなす、隙を見付けて、また打ち出す。
まだ、まだ付いていける。
もっと、もっとだ。もっと打ち込め。もっと、もっと!!
「――っ!!」
ビビるな、前に行け。足を踏み出せ。嵐の中に飛び込め。
押せ、押せ、押せ! わたしを押し通せ!!
「お前、この状況で詰めて来るんか!」
ヴィダーの驚愕したような声が聞こえて来る。けれど、やはりその声に答えている余裕は無い。
経験で勝てない。技量で勝てない。なら気合いだけは勝て! 勢いだけは負けるな! 思いだけは上回れ!! 憧れを今超えていけ!!
「――くっ!」
ヴィダーが苦々しい呻き声を漏らしながら離脱しようとする。
「それを待ってた!!」
更に、一歩踏み出す。
「――なっ!?」
左足で踏み込み、左拳に魔力を集中させる。
「フォーリング――」
技と共に拳を放つその瞬間、ヴィダーの口角がにやりと嫌らしく上がる。
「わちもお前の大振りを待っとったわ」
嘲るように笑うヴィダー。けれど、わたしの拳は止められない。
拳が放たれる。それを、ヴィダーは顔を横にずらしてかわす。
「お前にもうちっと経験があれば、もっと楽しめたんになぁ」
直後、ヴィダーは身体を回転させる。そして、横合いから顔面に衝撃が走る。
鋭い上段蹴りがわたしの頭を捉えた。頭が揺れる。視界がぼやける。
「まぁ、まあまあ楽しかったわ。けんど、これで終わりだ。いい子におねんねしとき」
勝ち誇ったヴィダーの声が聞こえて来る。
……悔しい。やっぱり、単純な実力じゃ勝てない。経験も、技量も、知識も足りないわたしじゃ、普通にやったって勝てない。
あの時もそうだ。ツィーゲと戦ったときも、結局はツィーゲが油断したから勝てたのだ。わたしが弱いと高をくくって戦っていたから、わたしはツィーゲに勝てたのだ。
だから、やっぱり悔しい。わたしがブラックローズに追い付くには、まだ時間が必要で、まだまだ経験が必要だ。
でも――
「……けて、無い……」
「は?」
わたしは、霞む視界でヴィダーを睨む。歯を食いしばり、
「……まだ、負けてない……!!」
だからといって、今日の勝ちを逃すつもりは無い。
わたしはタックルをするようにヴィダーに身体を押し付ける。
「お前っ!!」
ヴィダーはわたしを弱者だと思っていた。いや、今だってきっと思ってる。取るに足らない、ブラックローズと戦う前の前哨戦。そう思ってるに違いない。
ヴィダーはわたしを侮っている。それは、正直悔しい。ヴィダーにとってわたしは脅威じゃないという証拠だから。
でも、だからってわたしは諦めない。悔しくても、馬鹿にされてても、下に見られていても、それでも、わたしは――
「フォーリング……」
――わたしは、魔法少女だから。だから、何度でも立ち上がる。何度でも立ち向かう。侮られていたって良い。その隙を見せる事が怖いことだって教えてやる。
握り締めた右拳を全身全霊で突き出す。
「……チェリーブロッサム!!」
わたしの拳がヴィダーの顔面に突き刺さり、
「があぁぁぁぁぁあああああああっ!?」
桜吹雪に押され、ヴィダーが吹き飛ばされる。
桜吹雪がヴィダーの飛ばされた軌道を描くように舞う。
吹き飛び、ヴィダーが作り出した羊毛の塊の中に突っ込む。けれど、勢いを殺し切れずに羊毛を突き破ってしまう。
しかし勢いは削がれたのか、桜の花弁を散らしながら、ヴィダーはアスファルトに叩き付けられた。
アスファルトに倒れるヴィダー。その数秒後にヴィダーの作り出した大きな羊毛の塊が光の粒子となり消滅する。
ヴィダーの出した魔法が解けた。つまり――
「勝……った……」
――わたしの、勝利だ。
「や……ったぁ……」
勝利を自覚したわたしは、その場に前のめりに倒れ込んでしまう。ヴィダーの蹴りが効いた。もう本当は立ってるのも辛い。
ぼやけた視界にアスファルトが迫る。
顔から落ちるのは痛いなと思いながらも、もはや手も動かない。わたしはせめて衝撃に耐えようと身体を強張らせる。
「よっと……。よく頑張ったね、ブロッサム」
けれど、わたしの身体はアスファルトにぶつかる事無く、柔らかい感触に包まれた。
あぁ、声だけで分かる。ブラックローズだ……。
わたしは頑張って右腕をちょっとだけ持ち上げて笑みを浮かべる。
「勝ちましたぁ……」
「うん、見てたよ。凄く格好良かったよ」
「え、へへ……嬉しいです……」
ブラックローズに抱き抱えられた安堵感から、わたしは重い瞼を閉じた。
ブラックローズの腕の中で眠れるのは、ご褒美です。
役得を満喫しながら、わたしは意識を手放した。
〇 〇 〇
健やかな寝息を立てるブロッサムをお姫様抱っこする。ちょっと恥ずかしいけど、頑張ったブロッサムを俵抱きにするのは気が引けた。
「恐ろしい奴だメェ……本当に勝ちやがったメェ……」
ツィーゲが呆れたように、けれど感心したように言う。
「だから言ったでしょ? 私が行かなくても大丈夫だって」
「別にお姉さんの言葉を疑ってた訳じゃないメェ。ただ、本当に勝てると思ってなかったメェ……」
感心したようにブロッサムを見るツィーゲ。しかし、すぐにきびすを返す。
「じゃあ、メェはもう行くメェ」
「ああ、うん。ありがとうね」
「礼を言われる事をした覚えは無いメェ」
「それでもありがと。後、鯛焼き美味しかったわ」
俺がそう言えば、ツィーゲは少しだけ振り向いて穏やかな笑みを浮かべた。
「それは良かったメェ。食べたくなったらまた来るといいメェ。一個くらいなら、サービスするメェ」
そう言って、ツィーゲは去って行った。本当に、あの時対峙した
「昨日の敵は今日の友、って奴かな?」
世の中そんな都合よくは無いことを知ってはいるけれど、そうだったら嬉しい。
「さて、私達も帰ろうか」
俺は聞こえてはいないであろうけれどブロッサムに向けて言ってから、ブロッサムの負担にならないようにゆっくりと空を飛んで碧の家へと向かった。
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