第65話 マスター・ブロッサム

 ヴィダーを蹴り付けたツィーゲは面倒臭そうに足を降ろし、わたしを振り返る事無くヴィダーを見る。


 ヴィダーもツィーゲを見る。表情の抜け落ちた顔は、少しだけ苛立ったように眉がひそめられていた。


「……何をすっと? お前、わちらの味方じゃ無かったんか?」


「今はしがない鯛焼き屋だメェ。ちなみに、今は配達の途中だメェ」


 言って、ツィーゲは手に持った鯛焼き屋の袋を見せる。


「誤魔化さんと、答えや。お前、わちらの敵に回るんか?」


 ヴィダーが鋭い視線をツィーゲに向ける。けれど、ツィーゲはどこ吹く風。気怠げな表情でヴィダーを見る。


「正直、どうでもいいメェ。メェはもうドロップアウトした身だメェ。お前達の邪魔をするつもりなんて毛頭無いメェ」


「ほんじゃ、今のはなんだ? わちの拳を止めおってからに」


「それとこれとは話しが別だメェ」


「別? 何が?」


 ツィーゲはヴィダーの問いに返事をすること無くわたしの方を向く。


「なんてざまだメェ、チェリーブロッサム」


 呆れたように言うツィーゲ。


 ムッとするけど、事実なので言い返せない。


 何も言い返さないわたしを見て、ツィーゲは面倒臭そうに頭をかいた。


「お前、それでもメェを一度倒した魔法少女かメェ?」


「……倒したって言っても、あなた弱体してたじゃない」


「してないメェ。いいかメェ? メェのあの分身体はメェの魔力タンクみたいなものだメェ。魔力が無くなった時の魔力タンク、それがあの二体の役割だメェ」


「……だから何?」


「はぁ……察しが悪いメェ」


 苛立つようにわたしを睨むツィーゲ。けれど、そこに敵意は無く、ただ単純にわたしに苛立っているようであった。


「メェの力自体は、変身後も変身前もさほど変わってないメェ。まぁ、今の身体の方が動かしやすくはあるけど、そんなものは些細な問題だメェ」


「……つまり、何が言いたいの?」


「本当に察しが悪い女だメェ! それともメェの口から言わせたいのかメェ? そうだとしたら、お前はそうとう嫌な女だメェ! いいかメェ! 二度も言わないからよく聞くメェ!」


 ビシッと指をわたしに突き付け、ツィーゲは言う。


「お前はメェに一度勝ってるメェ! それなのに、こんな奴に負けたら、メェの面目は丸潰れメェ! お前がここで負ける事を、メェは絶対に許さないメェ! 何より、あんな奴より下とか、絶対に嫌だメェ!」


「おい、誰があんな奴か」


「お前だメェ! ぷるぷる震えてたと思ったらキレると途端に冷静になる二重人格ばりに性格を使い分けてるお前だメェ! そのうえ、男のくせに・・・・・そんな女みたいな格好をしてる変態なお前だメェ!」


「誰が変態だ! 似合っとるだろ、こん格好!」


「似合ってるから余計に腹立つメェ! それに、最低でも露出を抑えろメェ! それじゃあ水着と変わらないメェ!」


「似合っとるんだからよかろうが! それに、わちがどんな格好をしとってもお前には関係無か!」


「それが身内だと思うと嫌なんだメェ! お前は身内が四六時中水着でうろついてるところを見ても何とも思わないのかメェ!?」


「思わん!」


「……こいつ、本当にどうしようも無いメェ」


 疲れたように肩を落とすツィーゲ。


 先程までの緊張感も何処へやら、ツィーゲとヴィダーは仲の良い友人のように言い合う。


 先程とは打って変わった場の雰囲気に、思わず呆けた顔で二人を見てしまっても、仕方の無い事だと思う。誰がこんな悪友みたいに二人が話しをすると思うだろうか? わたしは思わない。


 っていうか、ヴィダーって男の子だったの!? 全然見えない……。男の子なのにあんなにもこもこした服が似合うだなんて……いや、黒奈さんだって似合う。絶対似合う。間違いなく似合う。


 少しだけ黒いもこもこした服を来た黒奈さんを想像しかけて、ふるふると首を振ってイケナイイメージを振り払う。


 イケナイ、アトデアトデ。


「ともかく! メェはこんな真性の変態よりも下にはなりたく無いメェ! だから、チェリーブロッサム!」


「ふぁ、ふぁい!」


 イケナイイメージがまだ頭に少しだけ、ほんの少しだけ残っていたため、急にツィーゲに声をかけられて変な声をあげてしまう。


 何も考えて無いですよ? 本当に、ええ、本当に。


 取り繕いながらツィーゲを見れば、ツィーゲは微妙そうな顔をしながらも続ける。


「お前今別の事考えてなかったかメェ?」


「イイエ、ナニモ」


「……まあ良いメェ。ともかく、お前はあの変態に勝たなくちゃいけないメェ。メェに勝ったのなら、あいつにも勝てるメェ」


 それだけ言って、ツィーゲは歩き始める。


「そんだけ言うなら、お前がわちと戦ったらどうだ?」


「悪いけど、メェは今配達中だメェ。配達が遅れると、店長が怖いメェ」


「はっ、逃げるんか?」


「……お前は店長の恐さを知らないからそういう事が言えるんだメェ」


 何処か遠い目をするツィーゲを、わたしとヴィダーは困惑したような目で見てしまう。


「普段は、普段は優しいメェ……けど、イケメンが、イケメンが来店すると……もう、手に負えないメェ……!!」


 ぶるりと身震いするツィーゲ。


 なんだろう。いったいあの鯛焼き屋の店長さんは何者なのだろう。というか、和泉先輩が会わなくて良かった。何となく、そんな感じがする。


「ともかく、メェはもう行くメェ。配達が遅れたら店長の顔に泥を塗ってしまうメェ。お前もまた来ると良いメェ。お客として来るなら歓迎するメェ。ただ、クリムゾンフレアを連れて来る時は気をつけるメェ。メェはもうあんな事はゴメンだメェ」


 いや、本当に何があったの? ねぇ、本当に何があったの!? 容易にイケメン連れていけないお店ってなんなの!? ただの鯛焼き屋さんじゃないの!?


 わたしの心の叫びにツィーゲは答える事もなく、本当に去っていってしまった。


「なんだったんだ、あいつ……」


 ヴィダーも困惑をしている。


 が、すぐに視線をわたしに戻す。


「変な……本当に変な邪魔が入ったけんど、再開するぞ」


「え、ええ……」


 困惑した頭を戦闘に切り替える。


 途中から変な展開になったけど、ツィーゲは言っていた。


 ツィーゲの力は変わらなかった。あっちが本当の姿で、けれど性能にそこまで差が無いのだと。


 だからヴィダーにも勝てる、なんて、甘い考えは無い。ヴィダーは強い。それこそ、ツィーゲと同じくらい。


 でも、だけど……。


『メェに勝ったのなら、あいつにも勝てるメェ』


 かつての強敵にそう言ってもらえるのは、なんというか、とても心が踊る。


 わたしは立ち上がり、構えを取る。


 わたしは、自分に自信なんてこれっぽちもない。思い上がりだってしてられない程、わたしが弱いことを、わたしは知ってるから。


 拳を握って、ヴィダーを正面から見据える。


 ブラックローズならヴィダーに勝てたのかな? ツィーゲにも勝てたブラックローズなら、わたしの憧れのブラックローズなら、難無く勝てたのかな? 土壇場で新しいフォルムチェンジをして、格好よく勝ってくれたのかな?


 多分、勝ったんだろうなぁ。美しくて、綺麗で、華やかに。


 ブラックローズはわたしの憧れ。わたしの理想。わたしの夢。


 でも、今はここに居ない。


 わたしだけだ。わたしだけが、戦えるんだ。


「――っ」


 魔力を、高める。


 わたしの憧れが、理想が、夢が、土壇場どたんばを何時も格好よく切り抜けてくれたのなら、わたしもそれを目指す。


 ブラックローズみたいな格好良い魔法少女に、わたしもなるんだ!!


「フォルムチェンジ!!」


 桜の花びらが舞う。そして、わたしを暖かく包み込む。


 腕を振り、桜の花びらを払う。


 そうして姿を現したのは、いつものチェリーブロッサムじゃない。


 ふわふわな魔法少女の衣装はなりを潜め、布地が少なくなり、全体的に動きやすい格好になった。そして、両手に桜色の籠手ガントレットを装着し、胴体には胸当てが付けられている。


 まるでファンタジー世界の格闘家のような格好。


「マスター・ブロッサム。じゃあ、セカンドステージ、始めましょうか」


 わたしは構えをとると、ヴィダーに向かって駆け出した。



 〇 〇 〇



 どこかの建物の屋上。そんなところに用も無いだろうに、ツィーゲは風にエプロンをはためかせながら屋上に立つ。


「で、どうして行かないメェ?」


「いやー、行かなくても大丈夫かなって」


「メェが行った時にはもうぼろぼろだったメェ。それに、ああは言ったけど、ヴィダーは強いメェ」


「うん、それは見てれば分かるかな」


「なら……」


「でも、彼女も強いよ? 私が保証する」


 言いながら、俺は地上で立ち上がったチェリーブロッサムを見る。


 その顔は決して諦めてはおらず、むしろ活力に満ちあふれていた。


「それにしても、あなたこそどういう風の吹き回し? ブロッサムを守ってくれるなんて」


「……別に、さっき言った通りメェ。メェに勝った奴が、メェ以外の奴に負けるのが気に食わないだけメェ」


「へー」


「なんだメェ、その信じて無いような頷きは」


「別に? ただ、あなたも優しいなって思っただけ」


「優しさなんてかけらも無いメェ。メェはあの変態がこてんぱにされるところが見たいだけメェ」


 ツィーゲが隣に並び、袋から鯛焼きを一つ取り出して食べる。


「私にも一つ頂戴」


「……仕方無いメェ」


 渋々、俺に鯛焼きを渡してくれるツィーゲ。


 俺は鯛焼きを食べながら、ツィーゲに言う。


「やっぱり、配達じゃなかったんだ」


「……似たようなもんだメェ。メェの家に鯛焼きを届ける。立派な配達だメェ」


「ふふ、じゃあそういう事にしておいてあげる」


「メェ……」


 笑って言えば、バツが悪そうに唸るツィーゲ。


 下を眺めて、俺は笑う。


 綺麗な桜吹雪が舞い、その中からフォルムチェンジをしたチェリーブロッサムが現れる。


「ふふ、綺麗」


「メェ……あいつまでフォルムチェンジするのかメェ……。まったく、誰に似たんだかメェ……」


「さぁ、誰だろうねぇ?」


「お前だメェ。まったく、土壇場でフォルムチェンジだなんて、どんなヒーローだメェ」


「違うよツィーゲ、ヒーローじゃない」


 チェリーブロッサムから視線を外さず、俺は笑みを浮かべて言う。


「最高に格好良い、魔法少女だよ」

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