第67話 巣立ち
ヴィダーとアクアリウスの襲撃があってから一日が経ち、皆が碧の家に集まっていた。
けれど、今日はいつもと違って皆制服を着ており、これから特訓をするといった様子ではなかった。
俺は昨日の経緯を深紅から聞いていて、何となくどんな話になるのかは分かっていたので、黙って事の成り行きを見守ることにした。
並ぶ五人。その前に、深紅が立つ。
「単刀直入に言う。俺はお前達の教育係を降りる事にした」
「なっ!?」
深紅がストレートにそう言えば、五人は目に見えて狼狽する。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺達が勝手な行動したのは謝る! いや、謝ります! だから、もう少し、本当に後少しで良いです! 俺達にヒーローとしての――」
赤城くんに、何か心境の変化があったのか、彼の態度は今までよりも険が取れており、表情も少し穏やかだった。
深紅の突然の教育係を降りるという言葉に、彼は必死になって深紅に言い募ろうとした。そんな赤城くんを、深紅は片手を上げて制す。
「勘違いしないで欲しいんだが、別にお前達に非がある訳じゃない。むしろ、悪いのは俺だ」
「な、なんでですか?」
青崎さんが困惑したように言う。自分達に非があるとは思っているけれど、深紅には非が無いと思っているのだろう。実際、勝手な行動をしたのは彼らの方だし、深紅は深紅なりに彼らのためになるよう頑張っていた。
それは俺も分かってるし、彼らも分かってる事だ。
深紅は、青崎さんの言葉に申し訳なさそうな顔をして言う。
「頑張ってはみたけど、やっぱり俺は門外漢でさ。チーム戦の心得なんて無いし、実戦経験だって無いんだ。組んだことがある奴と言ったら、ブラックローズとチェリーブロッサム、後はヒーロー数人くらいだ。それも、二人とか三人で一緒に戦っただけでさ。五人となると、やっぱり俺じゃ分からない事の方が多いんだ」
深紅は基本的に一人で戦う。ヒーローとしては突出した戦闘能力を誇るために、深紅についてこれない仲間がいると、それだけで深紅は戦いづらくなる。幼馴染みである俺は例外として、深紅に合わせられるヒーローはそんなにいない。
深紅は、強すぎるからこそ、一人で戦わざるをえないのだ。人数という利点を上回るほどの力を持っているからこその苦悩だろう。
「ああ、でも、お前達を見捨てるとか、そういう気は無い。知人に新人を育成してる人がいるから、後のことはその人に頼んでおいた」
安心させるように明るい声で言うけれど、彼らの表情は暗い。
愛想を尽かされたと思っているのだろう。けれど、もし深紅が本当に愛想を尽かしているのであれば、最初の時点でとっくに彼らを見放していただろう。
「チーム戦に関しては俺より詳しいし、教えるのだって俺より上手い。だから、そこら辺は安心してくれ」
「あ、あの!」
白瀬さんが声を上げる。彼女にしては珍しく、大きな声。そのことに俺は驚くけれど、深紅はそうではないらしく、常と同じ様子で言葉を返す。
「ん、なんだ?」
「一つ、我が儘を言わせてください」
「ダメだ」
「もう少し……ええ!? ダメなんですか!?」
「ああ、ダメだ」
「そ、そんなぁ……」
きっぱりと断る深紅に、しょんぼりと肩を落とす白瀬さん。
けれど、何も深紅は白瀬さんに意地悪をしたくて言ったのでは無いのだ。
「その我が儘はお前達のためにならない。それに、俺なんかが教えられる事はもう無いんだ」
教える事に行き詰まっている様子を見せていたので、深紅のこの言葉は嘘ではないのだろう。
「だから、お前達が俺の所に居てもなんも良いことは無い。諦めて、知り合いの所で俺より厳しい特訓を受けてくれ。あの人、優しいけど特訓とかだと容赦無いぞー」
深紅の知り合いの事を俺は知らないのでなんとも言えないけれど、深紅はこういう事に関して嘘を付くような奴じゃない。だから、深紅の知り合いの特訓は厳しいのだろう。けれど、それは彼らのためになる事だ。彼らが憎くてやっている訳ではない。
しかし、彼らの表情は落ち込んでおり、自分達にとって喜ばしいはずの状況を喜んでいる様子は無かった。
彼らの様子を見て、どうしたもんかと頭をかく深紅。そして、ややあってから俺の方を困った顔で見てくる。あまり深紅が見せない表情だ。
まぁ、いつもは俺が助けられてる訳だしね。今日は俺が助けるとしますか。
「なーに辛気臭い顔してるのさ。新たな門出だよ? もっと笑顔にならなきゃ」
ぱんぱんと手を叩きながら、彼らに言う。
彼らは俺を見るけれど、その表情はやや暗い。
まぁ、深紅にヒーローとしてスタートした事を認めてもらえて、これからって時に教育担当交代って話になったらこうなっちゃうのは分かるけどね。
でも、それじゃあやっぱり彼らのためにならないし、深紅の決断の意味を彼らが理解していないという事に他ならない。
「君達はもうヒーローとしての道を歩き始めたんだよ? もうヒーロー部じゃない。君達はアトリビュート・ファイブというヒーローなんだよ? ヒーローが新しい門出に暗い顔してどうするのさ」
腰に手を当てて、少し怒ったように言ってやる。
彼らは、深紅のこの決断の意味を分かっていない。その事に、俺はちょっとだけ怒っている。
「深紅はね、半人前を誰かに押し付けるような無責任な事はしない。そんな深紅が君達を他の誰かに任せるって事は、深紅は君達を一人前として認めたって事だよ? なのに、君達はずっとこのままでいるつもり? それじゃあ深紅に特訓を頼んだ意味って何? このままここに居たら、君達は本当にヒーロー部になっちゃうよ? それで良いなら俺は止めないよ。ずっとヒーロー部で居続ければ良い」
俺の言葉に、赤城くんがむっと根眉を寄せる。他の皆も、少しだけむっとしたような顔をしている。
「嫌なら、君達は前に進むべきだよ。ここはもう、君達が居る場所じゃない」
きっぱりと、そう告げる。
そうすれば、彼らは少しだけ考えたような仕種を見せた後、互いに顔を見合わせて頷く。
赤城くんが深紅を真正面から見詰める。
「深紅さん、俺、もっと強くなります。クリムゾンフレアみたいに、誰でも助けられるヒーローに、皆でなります」
「おう。ま、俺も誰でも助けられる訳じゃないけどな」
そう言った深紅は少しだけ恥ずかしそうで、それが照れ隠しだという事は誰の目にも明白であった。
照れている深紅に、青崎さんが言う。
「和泉さん。私の我が儘に付き合っていただいて、ありがとうございました」
「ああ。次は青崎さんがその誰かの我が儘に付き合ってあげる番だ。まぁ、あんまりにも無礼な奴が居たら付き合わなくたっていい。自分が、こいつらになら手を貸しても良いって思えたら、手を貸せば良い。ま、結局は状況次第だな」
青崎さんの言葉に、深紅は赤城くんを少しだけ冷やかすような視線を向けて言う。その視線に、赤城くんは気まずそうに視線を逸らし、他の面々は苦笑をする。
苦笑をしながら、黄河くんが言う。
「和泉さん。本当にありがとうございました。技術や経験以上に、大切なものを学ばせていただきました」
「その大切なものを忘れないようにな。それを忘れると、周りにいっぱい迷惑かける。かくいう俺も、その迷惑をかけた内の一人だ」
恥ずかしそうに己の失敗を語る深紅。そんな深紅の言葉に、黄河は肝に銘じますと返す。
黒岩くんが真摯な眼差しを深紅に向ける。
「和泉さん、俺、皆を守れるように頑張ります! 色々教えてくださって、ありがとうございました!」
「思えば、一番お前が優等生だったな。誰かの事を一番気にかけてた。ヒーローにとって一番大事なことだ。でも、もし辛くなったら仲間を頼れよ? 頼り頼られが仲間だからな」
「はい!」
黒岩くんが屈託の無い笑みで頷く。
最後に、白瀬さんが伏せがちだった顔を上げて深紅を見る。
「和泉さん。わたしでも、立派なヒーローになれますか?」
「知ってるか? 誰かのために動けて、誰かを助けるために戦う。精霊と契約してるしてないに限らず、そういう人をヒーローって言うんだぜ? 大丈夫。お前ら全員、もう立派なヒーローだよ。言ったろ、俺が保障するって」
深紅がそう言えば、白瀬さんは深紅を真正面から見返し、強く頷いた。
少しの間だったけれど、皆見違えるように良い方向に変わった。
「ま、これで今生の別れって訳じゃないんだ。何かあったら俺に相談を持ちかけたって良い。それに、何もなくても電話したりとかだっていっこうに構わない。なんなら、一緒にモデルやるか?」
「い、いや、それは……」
「ちょっと、ハードル高いと言うか……」
五人は深紅の言葉に苦笑する。
「さすがに冗談だ。ま、俺としてはプライベートで会うよりも――」
言って、五人を順に見る。そして、一つ笑みを浮かべて深紅は言う。
「――次は、現場で会おうぜ。一人のヒーローとしてさ」
五人は顔を見合せると互いに頷き合い、深紅を見て声を大にして返事をする。
「「「「「はい!!」」」」」
その返事を聞き、深紅は満足げに頷く。
「良い返事だ」
本当に嬉しそうに言う深紅。深紅としても、誰かに物を教えるのはこれが初めてだ。そんな彼らが良い方向に向かっていることが嬉しいのだろう。
「いよーし! じゃあ送別会だね! パーティーしよう!」
タイミングを見計らって、碧が元気いっぱいに言う。
「実はもうすでに料理とか用意してあるんだよ! そうと決まれば料理が冷める前にれっつらごー! あ、白瀬ちゃん青崎ちゃんドレス着る? 着ちゃう? ドレスで立食パーティーしちゃう?」
言いながら、碧は二人の手を引いて屋敷の方に走っていく。
「ほら、お前達も行って来い。碧ん家の料理は旨いぞ? うっし、俺もさっさと行くか」
三人の背中を叩いて、深紅が歩き出す。三人は顔を見合せると、楽しげに笑ってから深紅の後を追う。
「じゃあ、俺達も行こうか」
「うん」
「はい!」
俺は花蓮と桜ちゃんに声をかける。
「そういえば、桜ちゃんも頑張ったね。ずっと見てたけど、凄かったよ」
「え、ええ!? そ、そうですか?」
「うん。フォルムチェンジをもう習得してるし……本当に、頼もしいよ」
「え、えへへ、そうですかぁ? 黒奈さんにそう言ってもらえると、とっても嬉しいです!」
照れたように笑う桜ちゃん。しかし、すぐにいつもの下心のある笑みを浮かべて俺に言う。
「じゃ、じゃあ、ご褒美として、|クリムゾン・ローズ(・・・・・・・・・)と一緒にお写真の方を……」
「うーん……深紅が良いって言えば良いよ」
「本当ですか!? やったー!!」
俺の言葉に両手を上げて喜ぶ桜ちゃん。
けれど、正直に言って、写真を撮れるかどうかは分からない。あれは結構変身条件がシビアだからなぁ……。
「兄さん。クリムゾン・ローズって?」
「わたしが説明しましょう! クリムゾン・ローズとは――」
花蓮の質問に、テンションが上がって饒舌にクリムゾン・ローズについて話をする桜ちゃん。
そんな桜ちゃんを見ると、俺も思う。
いつか、桜ちゃんも俺の元から巣立つのだろうか、と。
彼女はもう一人前の魔法少女だ。俺が……ブラックローズがいなくても一人で戦える。だから、本当ならもうすでに独り立ちしても良い頃なのだ。
桜ちゃんは、どうしたいのだろう?
後で桜ちゃんと話をする必要があるな、なんて思いながらも――
「それはもうすっごく格好良くて、すっごく可愛いフォルムチェンジで、あ、厳密にはクリムゾン・ローズはフォルムチェンジじゃないんだけど――」
――この様子じゃ、多分俺から離れるなんて事は無いんだろうな、なんて思ってしまう。
ま、それならそれでも良い。賑やかなのは嫌いじゃないし、桜ちゃんが一緒に居ると頼もしい。
俺達は桜ちゃんの解説を聞きながら、皆の後を追った。桜ちゃんは、終始饒舌だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます