第68話 桜 デート1

 とある休日。いつもなら気楽な休日なのに、今日はやけに気が重い。


 いや、その理由はもう分かっているのだ。どうしようもないし、俺も承諾してしまったのだから今更その言葉をくつがえすつもりは無い。


「けど、やっぱりなぁ……」


 俺はベッドに広げた服を見ながら溜息を吐く。


 ベッドに広げられた服はメンズではなくレディース。それ自体、最近何故か着る機会が増えたので珍しくはないのだけれど、今回はそれを着る俺自身に問題があった。


 もう一つ、溜息が出る。


 仕方ない。仕方ないのだ。承諾しちゃったから、本当に仕方ない。


 でも、だからと言ってそれ・・をやりたいかと言われれば正直やりたくない。


「う~~~~~~ん……」


 俺が一人葛藤をしていると、ぽこんと携帯にメッセージが届く。


 手に取り、画面を見れば桜ちゃんからだ。


『今日楽しみです! 

 お願い聞いてくれてありがとうございます!』


 そんなメッセージとともに、可愛い猫のスタンプがぽこんと貼られる。


 ついつい頬が緩んでしまい、そこで俺も諦めがついた。


『俺も楽しみだよ』


 それだけ返すと、俺は魔法の言葉を唱える。


「マジカルフラワー・ブルーミング」


 魔法の言葉の直後、俺の身体を黒色の魔力が包む。


 そして、一瞬後には黒色の魔力が霧散して俺にとっては馴染んだ姿、魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズが姿を現す。


「よし。着替えよう」


 俺は勢いに任せて魔法少女の衣装を脱ぐ。


 そう。俺が服を着るのを渋っていた理由は、如月黒奈が着るからではなく、ブラックローズが着るからであった。


 こんな事になったのは数日前に桜ちゃんからとあるお誘いを受けたのが原因だ。





「黒奈さん、一緒にケーキ食べに行きましょう!」


 我が家のリビングで寛いでいる時に、キラキラした目でそう言ってきた桜ちゃん。その手にチケットを握りしめており、そのチケットには『ケーキバイキング・ミナミノ』と書かれていた。察するに、ケーキバイキングに行けるチケットなのだろう。


「うん、良いよ。でも、俺で良いの?」


 言いながら、俺はソファで雑誌を読む花蓮を見る。けれど、花蓮はこの話を元から知っていたのか興味を示さずに雑誌を食い入るように眺めている。


「はい! 黒奈さんが良いんです!」


 俺が聞き返せば、桜ちゃんは力強く言った。


「そっか。じゃあ行こっか」


「はい!!」


 嬉しそうにはにかみながら頷く桜ちゃん。しかし、可愛い笑顔の後に言われた言葉は、俺にとってまったく可愛くない提案だった。


「じゃあ、ブラックローズで来て下さい! これ、レディース限定なので!」


「え?」


 俺が呆けた顔をしていると、桜ちゃんは手で隠していた部分を俺に見せてくる。


 そこにはしっかりとレディース限定を書かれていた。


 やられたと思ったときには時既に遅く、桜ちゃんはとてつもなく良い笑顔で俺を見ていた。


「では、来週の土曜日に行きましょう! いやー楽しみです!」


 ほくほく笑顔で嬉しそうにする桜ちゃんを余所に、俺の心中は深く沈み込んでいた。


 上手く嵌められた事もそうだけれど、軽率に頷いてしまった自分にもがっかりだ。桜ちゃんはブラックローズの事になると少しだけ見境無いところがあると知っていたのに、迂闊にも俺は頷いてしまったのだ。


 俺は前言撤回しようとも思ったけれど、桜ちゃんの喜びようを見るとそんな事も出来ず、結局一つ溜息を吐くことしか出来なかった。





 俺はこうなるに至った経緯を思い出しながら、レディース服に袖を通す。


 最近では女装に慣れてきたけれど――本当は慣れたくはなかったけど――やはり、女装をするのと本当に女性になるのは気分的に違う。


 女装をする時は感覚的に男の部分も残るのだけれど、ブラックローズおんなになると男の部分が殆ど消えてしまう。あるのは男という自覚だけで、体つきも完全に女性のそれになってしまう。


 女装に慣れてしまったので女装をしながら町に出ること躊躇いは少ないけれど、女性として町を歩く事はファントムと戦うとき以外は殆ど無い。そのため、女装をするよりも抵抗があるのだ。なんだか、皆を騙しているようで気が引けてしまう。


 まぁ、俺の場合、女装も結局は皆を騙している事に変わり無いのだけれど。


「よしっと……これで良いかな?」


 俺は服の中に入ってしまった髪をかきあげるようにして服の外に出し、姿見でおかしなところが無いかを確認する。


 今日はジーパンにシャツ、パーカーとラフな格好だ。けれど、花蓮に選んでもらった服なので変ではないはずだ。仮にも女の子と出掛けるのだ。女の子に恥をかかせるような格好は出来ない。特に、桜ちゃんはブラックローズおれにとっても可愛い妹分だ。恥ずかしい思いはさせられない。


「うーん。髪、うか」


 俺は部屋から出ると、隣の花蓮の部屋をこんこんっとノックする。


「花蓮ー、私ー。入るよー」


「はーい」


 返事があったので、俺は花蓮の部屋に入る。


「どうしたの?」


 宿題でもやっていたのか、何かを書き込んでいたとおぼしきノートを閉じて花蓮は俺の方を向く。


「ちょっと時間ある? 髪、結って欲しいんだけど」


「うん、良いよ。どんな髪型が良い?」


「うーん……ポニーテールで良いかな。あれ、楽そうだし」


「分かった」


 俺は床に座り、花蓮はベッドに腰掛けて俺の髪の毛を結ってくれる。


「はい、おしまい」


 流石女の子と言うべきか、数分とかからずに花蓮は俺の髪を結ってくれた。


「ありがとう」


「いいえ。バイキング、楽しんできてね」


「はーい。あ、テイクアウト出来たら買ってくるね」


「うん、よろしく」


 花蓮にお礼を言いながら、俺は花蓮の部屋から自室に戻る。


 そして、財布と携帯、後鍵も忘れずにパーカーのポケットへ。パーカーのポケットはチャック付きなので落としたりしない。安心だ。


「よし、準備オッケー」


 言いながら、俺は部屋を出る。約束の時間までまだ余裕はあるけれどこういうときは早く集合場所に向かうと相場が決まってるのだ。マンガで読んだ。


 家を後にして、桜ちゃんとの集合場所へと向かう。


 集合場所は駅前だ。駅前とだけ言っていたのだけれど……まぁ、着けば分かるだろう。


 てくてく、歩を進めていく。変身前と変身後で身長は変わらないので歩幅に違和感は無い。


 もう夏も近いので長袖は少し暑いけれど、我慢出来ない程ではない。それに、店内は空調が効いているだろうし、少し肌寒いくらいになるかもしれない。


 若干、人の視線を感じたりはしたけれど、道中特に何があるでも無く無事に駅前に到着。人の視線が俺に向くたびにおかしなところがあったのかと心配になったけど、見たところ特におかしなところは無い。


 そういえば、今日はブラックローズだという事を思い出せば、ブラックローズだとばれてしまったのかもしれないと思い至った。マイナーなブラックローズだからこそ、知っていただけているのはとても嬉しい。


 ちょっとだけ笑顔になりながらも、俺は桜ちゃんの姿を捜すけれどそれらしい姿は無い。


 時計を見れば集合時間の二十分前だ。まだ到着していないのだろう。


「ちょっと早く来過ぎちゃったかな?」


 言いながら、俺は近くのベンチに座る。


 木陰なので若干涼しく、少し心地良い。


「あ、あの……」


 ぼーっと道行く人と眺めながら桜ちゃんを待っていると、不意に声をかけられた。


 桜ちゃんかと思って声の方をみやるけれど、そこには知らない少女二人組が居た。見た感じ、おしゃれをしていて派手めな少女だ。歳の頃は俺と変わらないくらい。休日という事もあり、どこか遊びにでも行くのだろう。


 けれど、俺に声をかける理由が分からない。俺の格好は少女達のようにおしゃれな物ではないし……。


 俺は小首を傾げながら二人にたずねる。


「えっと、私になにか用ですか?」


 俺がそうたずねれば、二人は一度顔を見合わせた後、決心したように頷きあってから俺の方に視線を戻した。


「あ、あの、ブラックローズ……ですよね?」


「あ、あー……」


 そうだった。俺、今日ブラックローズだった。


 普段ブラックローズの姿で出歩く事なんてまず無いので、その事をすっかりと忘れてしまう。


「う、うん……ブラックローズ、です……」


 オフの時に声をかけられた事が無いのでどういう対応をするべきなのか分からず、ぎこちなく笑みを浮かべて答えてしまう。


 けれど、彼女達は俺が名乗った瞬間、きゃーっと黄色い声を上げた。


「ほ、本当にブラックローズ!? 嘘、オフのところ初めて見た!!」


「あ、あの、写真良いですか!? わ、わたし、ずっとファンだったんです!!」


 テンション高めに言ってくる少女。


 しゃ、写真!? え、ど、どうしよう!? こ、こういう時深紅どうしてたっけ!?


 まさか写真を求められるとは思わず、俺の頭は大混乱。深紅がいつもどういう対応をしていたのかすら思い出せない。そもそも、自分には関係ないと思って注意すら向けてなかったかもしれない。


 ともあれ、俺は凄く困惑してしまっている。


「だ、ダメ、ですか……?」


 悲しそうに言う少女。俺の無言を拒否だと思ってしまったのだろう。


 ブラックローズとして戦っているときは出来るだけファンサービスに答えようと思って写真や握手はしているけれど、今はブラックローズだけれど状況がまったく違う。ファントムは出現しておらず、今日は完全にオフだ。


 しかし、目の前で悲しそうな顔をしている少女の期待に答えないのも心が痛む。


 けれど、桜ちゃんとの待ち合わせの時間もある。


 俺は時計を見て、まだ少しの猶予がある事を確認すると少女達に言う。


「じゃ、じゃあ、一枚だけなら」


「本当ですか!? ありがとうございます!!」


「ありがとうございます!!」


 二人はお礼を言いながら一人ずつブラックローズおれと写真を撮った。


 この二人だけ。一枚きり。そう、思っていたのだ……。


「あ、ぶらっくろーず!」


 女子二人と写真を撮っていると、はしゃぎながら女の子が駆け寄って来た。


 思うけど、本当にどうしてブラックローズおれだって分かるの!?


 心中で驚きながらも、俺は周囲の動きが一瞬ぴたりと止まった事を認識する。


 少女達の声ははしゃぎ気味だったけれど、声はある程度抑えられていた。しかし、女の子の声はまったく抑えられておらず、子供特有の無邪気な声で駅前に響き渡ったのだ。


 無邪気な笑みを浮かべて俺の足に抱き着く女の子。ブラックローズおれを見る多くの人達。


 俺は引き攣った笑みを浮かべながら、この後に起こりうる展開をさとった。

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