第34話 アクアリウス
「~~~~っ! ずっと夢だったブラックローズとの同時変身! ついに夢が叶いました!」
俺の隣を走りながら嬉しそうに言うチェリーブロッサム。
こんな時でも自分のペースを崩さないチェリーブロッサムに、思わず苦笑してしまう。
「ブロッサム。喜ぶのも良いけど、ちゃんと気を引き締めてね?」
「はい! 今日の戦いはブラックローズとの初めての共闘です! もうばりばり気合い入ってます!」
「ブロッサム、俺が居ることもお忘れなく」
「はっ! 忘れてました!」
「……おい」
素で忘れていたであろうブロッサムを、クリムゾンフレアが、おそらくジト目で見る。仮面を付けていようとも容易に想像が出来てしまう。
「……まあ良いさ。それより、もう出口だ。気を引締めろよ?」
「分かってるわ」
「もちろんです!」
クリムゾンフレアの言葉通り、もうすぐ出口だ。どんな相手だか分からないのだから、気を引き締めないと。
最大限に警戒をしながら、俺達は外に飛び出した。
直後、俺達目掛けて大量の水が押し寄せてきた。
「――っ! バーストフレア!!」
先頭を走っていたクリムゾンフレアが、即座に技を使って対応する。
クリムゾンフレアの両手から紅蓮の炎が放たれる。
水と炎が衝突し、大量の蒸気を上げる。
まずい、視界がふさがれる!
「クリムゾンフレア! 一旦距離を!」
「分かってる!」
深紅も、視界がふさがれるのはまずいと思ったのか迎撃を中断する。
俺達は高く飛び上がり足に魔力を纏って空中に留まる。チェリーブロッサムだけはまだ細かい魔力操作に慣れていないので、ホールの外壁の出っ張りに乗る形で退避をする。
しかし、空中に上がっても蒸気が邪魔で周囲の状況が確認できない。
「……蒸気が鬱陶しいわね。クリムゾンフレア!」
「ああ!」
クリムゾンフレアが一瞬だけ爆発的に燃え上がり、熱風を全方位に向けて放つ。
衝撃波を伴う熱風は建物や木々などを揺らしながら、蒸気を四方八方に押しのける。
蒸気が無くなり、視界がクリアになれば、そいつの姿を見ることが出来た。
「ふふっ」
悠然と立ち、余裕の笑みを浮かべて俺達を見上げる一人の女性。
けれど、彼女は普通の人とは違い、両手が肘まで、両足が膝まで湿り気を帯びた鱗に覆われていた。
服装はビキニタイプの水着のような物を着ており、キラキラと輝く装飾品を所々に付けている。そして、申し訳程度に薄い布を羽織っており、布が透けて肌がうっすらと見えているせいで、豊満な体型も相まって余計に扇情的であった。
「あらあらぁ? 落とす星は一つだと思ったのだけれど……
艶やかな声音で声をかけてくる。艶やかさの中に、俺達を
「その口ぶりからするに、あなたがファントムね?」
「ええ。わたし、アクアリウスって言うの。よろしくね?」
にこっと世の男を魅了するであろう笑みを浮かべるアクアリウス。
「よろしくして欲しいなら手順を守って欲しいな。仲良くなるきっかけってお話しからだと思うんだけど?」
しかし、クリムゾンフレアや俺に色仕掛けは通用しない。
クリムゾンフレアが素っ気ない声音で言う。
「あら、だからこうやってノックしたのでしょう? ちゃんと出てきてくれたから、てっきり仲良くしてくれるものだと思ってたのだけれど」
「そのわりには、物凄く手厚い歓迎ですね」
「ふふっ、張り切っちゃった」
くすくすと、おかしそうに笑うアクアリウス。
分かってたことだけど、話し合いは出来そうに無い。丁寧な言葉遣いだが、完全にこちらを煽ってきている。いや、彼女に煽っているつもりなど無いのかもしれない。強者足る自負が、彼女の言動を不遜なものにしているのだろう。
それにしても、このタイミングでの襲撃ってことは、彼女がツィーゲが言ってた刺客? でも、彼女の口ぶりから察するに、彼女の本当のターゲットは星、つまり星空さんのことだろう。ということは、ツィーゲとは無関係……?
……いや、考えるのは後だ。今は彼女を止めないと。
それにしても、彼女もツィーゲに負けず劣らずの風格だ。俺達三人を相手に余裕の表情を保っている。
油断するつもりは無いけど、気を張って戦わないと勝てない。今回、クリムゾンフレアはサポートに回るしかないのも痛手だ。
「ブラックローズ。分かってると思うが、今回の相手、俺はすこぶる相性が悪い」
クリムゾンフレアが俺に少し近付いて言う。
「ええ、分かってる」
炎と水では相性が悪い。
初撃は防いでくれたし、クリムゾンフレアの技量を考えれば、アクアリウスの攻撃に対応できるだろう。けれど、クリムゾンフレアと相性の良いアクアリウスと比べると魔力の消耗は激しいだろう。
正直、会場に水が降ってきたときから嫌な予感はしていたけれど……クリムゾンフレアを頼れないのは大きな痛手だ。
けど、そんなことを言ってる場合じゃない。
「彼女は私とブロッサムに任せて、クリムゾンフレアは会場の防衛に努めて」
「ああ、頼んだ」
「そっちこそ、お願いね。……ブロッサム!」
「分かってます!」
チェリーブロッサムに声をかければ、彼女は分かっていると返事をし、即座にアクアリウスに向かって駆ける。
俺もチェリーブロッサムとタイミングを合わせて駆ける。
チェリーブロッサムが地面を駆け、俺は空を駆けて迫る。
まったく同じタイミングで、別方向から同時に攻撃を仕掛ける。
「はぁっ!」
「せいっ!」
初めて合わせたとは思えないほど完璧なタイミングで攻撃を繰り出す――が、丁度俺達が攻撃した場所に水の盾が現れ、俺達の攻撃を防ぐ。
「あらあら、野蛮な闘い方」
くすりとこちらを嘲笑う。
アクアリウスのあからさまな挑発を無視し、撃ち込む場所を変えながら絶えず攻撃を繰り出す。
しかし、どの角度から攻撃をしかけても、必ず水の盾が邪魔をする。
「ふふっ、意味も無いのにご苦労様ね。たいへん可愛らしいけど……そろそろ目障りだわ」
直後、悪寒が走り、俺はチェリーブロッサムを強引に抱えてその場から急いで離脱する。
俺が跳びのいた直後、俺達がいた場所に大量の水弾が着弾し、アスファルトをえぐる。
魔力的な防御がある俺達だけれど、直撃すればただではすまなかっただろう。
いったんアクアリウスから距離を取り、チェリーブロッサムを降ろす。
「ありがとうございます!」
「いいえ」
見たところチェリーブロッサムに怪我は無い。ひとまず、安堵する。
「あらぁ? 勘が良いのねぇ」
「まあ、それなりに戦ってますから」
「それなりに、ねぇ……」
疑うような、警戒するような視線を向けてくるアクアリウス。
「まぁ良いわ。どうせ今日ここで摘まれる花。気にするだけ無駄ね」
アクアリウスがそう言った直後、彼女の背後から無数の水弾が飛来する。
俺がチェリーブロッサムを抱えて回避行動をとる前に、チェリーブロッサムが俺の前に出る。
「させません! フォーリング・チェリーブロッサム!!」
チェリーブロッサムが両の
チェリーブロッサムの前に桜色の魔力が収束し、そして溢れ出んばかりに前方に無数の桜の花弁が放出される。
さながら、桜吹雪のような攻撃は無数の水弾を弾きながらアクアリウスに迫る。
「アクアリウス・ゲート」
高出力の技が迫ってくるにも関わらず、アクアリウスは落ち着き払った声音で即座に対処する。
アクアリウスの前に、チェリーブロッサムの技を飲み込むほど大きな水の膜が広がる。
そして、チェリーブロッサムの技が水の膜に触れると、何の効力を発揮することもなく水の膜に飲み込まれていった。
「なっ!?」
「ふふっ、転移系の魔法よ。初めて見たかしら? ごめんなさいね、あなたの自慢の大技を防いでしま――チッ! そういうこと!」
アクアリウスの手に水で形成された
ちっ! 勘の良い!
三叉槍と俺の拳が衝突する。
チェリーブロッサムの大技の後ろに隠れてアクアリウスに接近し、技の消滅の前に上空に跳び、上空からの奇襲を仕掛けていたのだ。
「小賢しい真似を!!」
「褒め言葉よ!!」
右手を突き出しながら、左手に魔力を溜める。
「インパクト・ソーン!!」
左腕を突き出し魔力を解放する。
解放された魔力が即座に人の腕ほどの太さの
「――ッ!」
至近距離からの高威力の攻撃に迎撃は不可能と判断したのか、アクアリウスは後ろに跳びのいて回避する。
「本当に小賢しいわ。あなたもね!!」
着地と同時に飛来してきた桜色の弾丸を水の盾を使って防ぎ、同時に水弾を打ち出す。
チェリーブロッサムはそれを危なげなく避け、俺のもとに来る。
「すみません、一つも当たりませんでした」
「大丈夫。当たらなくても、苛立たせることは出来てるみたいだから」
謝るチェリーブロッサムに言う。事実、アクアリウスは最初の余裕の笑みを消して、忌々しげな目で俺達を見ていた。
「……わたしはあなたたちを過小評価していたようね。あの方が気をつけろと言った意味、ようやく理解できたわ……」
「あの方……?」
あの方とはいったい……。
アクアリウスの口から気になる単語が飛び出してきたけれど、そのことを考える暇もなく、アクアリウスがアクションを起こす。
「来なさい! わたしの可愛い子達!! アクアリウス・ゲート!!」
アクアリウスの後ろに大きな水の膜が出現する。
そして、その水の膜から何かが出てくる。
魚をデフォルメし、手足を無理矢理くっつけたような見た目のそれは、まごうことなくファントムであった。
ファントム……? でも、下級だ。これくらいならクリムゾンフレアが片手間で……っ!?
一体の下級ファントム。しかし、出てきたのはそれだけではなかった。
水の膜からは次々とファントムが出てくる。
タコ、イカ、サメ、くじら、マンボウ、マグロ、エトセトラエトセトラ。
多種多様な下級海洋ファントム達がぞろぞろと出てくる。
「この子達はわたしの可愛い兵達。名付けて、アクアリウス・バタリオン!!」
数百もの下級ファントム。確かに
「あなたたちは、わたしのバタリオンを持って対処させていただくわ。その間に、本命の星を落とさせてもらうわ。行きなさい!!」
アクアリウスの号令で、アクアリウス・バタリオンが一斉に動く。
「くっ! クリムゾンフレア! 援護を!」
「分かってる!」
下級とはいえ、数百のファントムを相手取るのに俺とチェリーブロッサムの二人では無理がある。
即座にクリムゾンフレアに援護を頼めば、返事と共に援護攻撃が放たれる。
「近付かれると対処しづらいわね……! フォルムチェンジ! ガンスリンガー・ローズ!!」
ツィーゲ戦でも見せたフォルム、ガンスリンガー・ローズにフォルムチェンジする。
両手に拳銃を持ち、上はビキニのようなものに、少しだけ露出度を下げてくれるポンチョを羽織り、下は裾が殆ど無いショートパンツに絶対領域が眩しいニーソックス。その上に、ロングブーツを履いた、全体的に露出度の高い格好になる。
「イロージョン・ソーン!!」
間髪入れずにイロージョン・ソーンを放つ。
二発のイロージョン・ソーンが二体のファントムに着弾し、魔力を吸収して荊の壁を形成する。これで少しは時間が稼げるはず……!
しかし、イロージョン・ソーンはあくまで足止めや少しの間の壁だ。絶対的な防御ではない。
すぐさま魔力の弾、魔弾を撃ちまくる。
指が擦り切れんばかりの連射で打ち出された魔弾が荊の間を縫ってファントムに直撃する。
しかし、いかんせん数が多過ぎる。いくら撃っても数が減ったような気がしない。
どうする? こいつら全部相手をしている暇は無い。アクアリウスも倒さなくちゃいけない。
魔弾を撃ちながら考えるも、足止めをするので精一杯で頭がうまく回らない。
クリムゾンフレアもチェリーブロッサムも同じのようで、必死に足止めをしている。
「――ッ!? クソッ! ブラックローズ!! すまない、抜かれた!!」
一瞬、クリムゾンフレアの言ったことを考えてしまう。
バタリオンは一体も荊の壁を超えられていない。ということは、抜けたのはアクアリウスか!
どうする!? まだバタリオンの対処も出来てないのに!!
俺が考えを巡らせようとした直後、クリムゾンフレアが言う。
「行け!! ここは俺達が食い止める!!」
「――っ! でも!」
「大丈夫です! こんな奴ら、ツィーゲに比べたら!!」
「でも!」
大勢への対処と強力な個への対処は勝手が違う。それぞれ別々の難易度がーー
「やってみせます!! 誰一人通しません!! あなたの背中を……守らせてください!!」
そう言って、頼もしく笑うチェリーブロッサム。
そうだ。彼女は俺が守るべき対象じゃない。俺と一緒に戦ってくれる、尊い仲間だ。
彼女の笑顔を見て、俺は自然と彼女に背を向けていた。
「分かった。任せたよ、ブロッサム!!」
「はい!!」
「クリムゾンフレア! 相性悪いからって、格好悪いところ見せないでね!」
「ああ、任せろ!!」
最後に軽口を叩いて、俺は彼女達に背中を預けてホールに向かって跳んだ。
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