第35話 アイドルは魔法少女
突然会場が揺れたと思ったら、空から雨が降ってきた。
今日の天気予報では雨は降らないと言っていた。天気予報を外しに外しまくるお天気キャスターだったらはなから信用なんてしないけど、そのテレビ局の天気予報はけっこう正確だ。それに、ネットの天気予報でも降水確率は低かった。
それに、会場が揺れるほどの衝撃があった。明らかにただ事じゃない。
次が最後の曲だって言うのに……!
『輝夜、強力なファントム反応だルン!』
――っ!
アタシに聞こえる程度の声で、契約精霊のポルンが言う。
なんでこんな時にファントムが!
「どうしよう、このままじゃ……! そうだ、他のヒーローは?」
マイクを手で押さえて音を拾えないようにしてポルンにたずねる。
他人頼みなんて魔法少女として無責任だと思うけど、アタシがここを動くわけにはいかない。ここを動いたら、会場の皆を守れない。それに、これはアタシの我が儘だけど、今日来てくれた皆には、楽しい思い出だけ持って帰ってほしい。
だけど、このままじゃ……!!
『ヒーローはまだ……いや、今反応が三つでたルン!』
「――っ! 本当!?」
『本当だルン! ファントムと交戦を始めたルン!』
「そう、良かった……」
これで、アタシは戦いに行かなくても平気ね。魔法少女として正しい行動じゃないけど、それでも、今はアイドルなんだ。ファンを放って行ける分けが無い。
安心してほっと胸を撫で下ろす。が、そんなに簡単に事は済まなかった。
突然、熱風と衝撃波が会場を襲った。
バリンと破砕音を上げてステージライトがいくつか割れる。会場もギィギィと鈍い音を立てて揺れる。
「きゃっ!」
そんなに威力のあるものじゃない。けど、熱いし衝撃は身体を貫いていく。
気の弱い人や、女の子が不安げな顔をする。何人かは泣き出してしまっている。
ど、どうしよう……このままじゃ……。
外からは戦闘音が聞こえてきて、それもまた皆を不安にさせる。
スタッフ側からの指示も無い。皆混乱してるんだ……。
どうしよう……どうすれば……。
何度もライブをしてきたけど、こんな事は初めてだ。
なんで、今日に限って……。
ワタシの心の弱い部分が広がっていく。
いつも気丈に明るく振る舞うようには努めているけど、根が変わったわけじゃない。ワタシの根幹は、アイドルになる前のワタシと同じだ。
気弱で、自信も何もない、ただの地味な少女。
ワタシは、ワタシがなりたい自分を演じているだけだ。
なにも考えられなくなって、視界がぼやけてくる。
今自分がどこに立っているのかも分からなくなる。
足元が急に抜け落ちたような錯覚を覚える。
しかし、現実は非情で、追い詰められたワタシにさらに追い撃ちをかけてくる。
『か、輝夜! ファントムが増えたルン! ひゃ、百以上……まだまだ増えるルン! な、なんて数だルン……!』
「そ、そんな!」
百体以上のファントムなんて、どうすれば……! ヒーローは三人しかいないのに……! ア、アタシも戦う? で、でも、皆を置いては……!
戦うべきか、このままここに残るべきなのか。分からない。アタシには分からない。
皆も不安そうにしている。不安そうに、アタシを見ている。
ど、どうしよう。どうすることが正解なの?
そ、そうだ。とりあえず、皆を避難させて…………どこに!? この人数を収容できるところなんてそうそうあるわけない!
どうしよう……どうしよう……!
アタシが切羽詰まって混乱しているその時、ポルンの切羽詰まった声が響く。
『――っ! 輝夜! 避けるルン!』
「――っ!?」
ポルンに言われ、けれど、混乱していたアタシには反応ができなかった。
いつのまにか会場内に侵入したファントムが、アタシ目掛けて突っ込んでくる。
「さあ、落ちなさい!」
目の前に迫りくる妖艶な容姿をしたファントムは手に持った三叉槍をアタシに向けて振るう。
思わず、目をつむって身を縮ませる。そして、心の中で情けなく叫ぶ。
助けて……っ!!
情けなく心の中で叫んで、来るべき痛みに堪えるべくきつく目をつむる。
「……?」
しかし、いつまでたっても痛みはやってこなかった。
なにが起きているのかを確認するために、恐る恐る目を開く。
「――っ!」
そこにはアタシが憧れた背中があった。
「しつこいわねっ!!」
「やらせるわけ、無いでしょ!!」
ファントムの三叉槍を両手の拳銃で押し止めるのは、アタシの憧れ――魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズだった。しかも、ノーマルフォルムではなく、レアなフォルムチェンジした姿だ。
「な、なんで……」
ブラックローズがここにいるの? そこまで言葉は続かなかった。けれど、ブラックローズは答えてくれた。
「あなたの素敵なライブを、こんなつまらない事で終わらせるわけにはいかないから
……!!」
「――っ!!」
ブラックローズが、アタシのライブを、素敵って……。
その言葉を聞いただけで胸の奥から熱い思いが込み上げてくる。
「言ってくれるわね!!」
「本当の事ですから!!」
ブラックローズが押し止めながらファントムの顎を狙って蹴りを放つ。
しかし、ファントムは頭を後ろに下げながらその場を離脱して蹴りを回避する。
「お行儀の悪い!!」
「足が器用なだけです!!」
ブラックローズは姿勢を低くしながらファントムに迫る。しかし、なぜか途中でフォルムチェンジを解いてノーマルフォルムに戻る。
そうか! ガンスリンガー・ローズだと流れ弾が皆に当たっちゃうからだ! しかも、姿勢を低くすることで敵の攻撃を下に集中させることができる。敵の攻撃が下に集中すれば、飛距離が伸びて皆やアタシに当たる確率も下がる。
瞬時にそんなことまで考えられるなんて……!
魔法少女としての年期の違いを見せつけられる。
「くっ! ちょこまかと!!」
苛立ったように水弾を放ち、三叉槍を振るうファントム。
徐々に肉薄していくブラックローズ。
そしてついに三叉槍をかい潜って、槍の内側まで潜り込んだ。
「インパクト・ソーン!!」
「ぐうっ!!」
引き絞った右手をファントムに向かって思い切り突き出せば、黒の荊がファントムに放たれる。
黒の荊はファントムに直撃し、ファントムは会場外まで吹き飛ばされる。
「す、凄い……」
ブラックローズとは何回か共闘したことはあるけれど、今みたいなハイレベルなインファイトを見たことは無い。いつもは、アタシの援護をしてくれたから……。
でも、これで安全だ。おそらく、今のが一番強いファントムだ。あのファントムがやられたのなら、後は他のヒーローが来てくれるまで時間を稼げば良いだけ!
「あ、ありがとう、ブラックローズ」
「お礼を言うのはまだ早いわ。直前で防がれた。アクアリウスはまだ戦えるわ」
「そ、そんな……」
思わず、気弱な声が出てしまう。
その声がマイクを通ってスピーカーから流れる。
はっと気付いて口を押さえてももう遅い。先程の声も、今までの醜態も、全部皆に見られている。
ワタシの身体から血の気が引いて行くのを自覚する。
こんな姿を見せてしまって、こんな醜態を晒してしまって……いつもの明るく気丈な振る舞いをしている
「星空さん」
ブラックローズが振り返り、アタシをまっすぐに見る。
やめて、こんな情けないアタシを見ないで……! アタシ、こんな姿をあなたに見せたいわけじゃない……! アタシは、あなたに見せるに相応しい姿を……!
アタシの心境など知らないとばかりに、こつこつとブーツを鳴らしてアタシに近づいてくるブラックローズ。
やめて……! お願い……見ないで……!
アタシはあなたに憧れた。あなたの隣に立ちたいって、あなたみたいになりたいって思った! こんな姿、アタシの憧れた姿なんかじゃないの! あなたに見せられる姿じゃないの! だから、お願い……お願いだから、今は見ないで……!
情けなくて涙が溢れてくる。
ステージの上なのに、アタシは泣いてしまう。
心の中、底から溢れてきた熱い思いも再び沈み込んでしまう。
「お願い……見ないで……!」
弱気が声に出る。
「あなたは今どこに立ってるの?」
「……っ!」
弱気なワタシにブラックローズから真剣な言葉が投げ掛けられる。
「どこって……ステージ……」
「そう。ステージ。あなたが
「――っ」
「今のあなたはどう? 今の
許せない。だからこそ、情けなくて……。
「ここに立つあなたはとても素敵で、思わず心を奪われるほどだった。心の底から応援して、お腹の奥から声を張り上げるくらい、素敵なアイドルだった」
真剣な瞳がアタシを貫く。けれど、ブラックローズはアタシを責めてはいない。その目はただただ真摯で、ただただ優しさに満ちていた。
「ここに立つあなたは、あなた一人で立ってるわけじゃない。あなたをここに立たせてくれてるのは、いったい誰?」
「それは……」
アタシの憧れであるブラックローズ。身近で支えてくれる内木さん。ずっと見守ってくれた家族や友達。今日も応援に来てくれたファンの皆。裏で支えてくれているスタッフの皆。言い出せばきりが無い。
そうだ。アタシは、このどれを取ってもアタシという存在は成り立たない。
「ここは、あなたと、皆のステージ。そのステージを邪魔されて、あなたは悔しくないの? 腹が立たないの? 私は腹が立ってるわ。だって、素敵な一日を邪魔されたんだもん」
「…………ちます……」
「アイドルなら、もっとお腹から声を出しなさい!!」
ブラックローズがアタシを叱責する。
次の瞬間、ワタシはお腹の底から声を張り上げた。
「腹が立ちます!! 今日はアタシの、皆のライブだもの!! 今ここに立っていいのは、皆が望んでくれたアタシだけ!! なのにアタシの許可無く今日は二人も立ってる!! ええ、腹も立つってものよ!!」
そうだ、今日はワタシのステージだ。アタシ達のステージだ!!
「飛び入り参加なんて認めないわ!! スペシャルゲストならまだしも、通りすがりで参加なんて認めない!! それはブラックローズ、あなたもよ!!」
いまさら格好なんてつかないけど、びしっと指を突き付ける。
けれど、ブラックローズは指を突き付けられているにも関わらず微笑んでいる。
「なら、あなたはあなたのしなければいけないことをしなさい」
「ええ、そのつもりよ!! ここに立ってるアタシはアイドル!! 今日ここに来てくれたファンの皆には、笑顔で帰ってもらうわ!! 怖かった思いも吹き飛ばすほど楽しい時間にしてあげるんだから!! ブラックローズ!! 今日だけは立ち聞きを許してあげる!! だから、あなたも最後まで聞いて行きなさい!!」
そうだ。ライブに来てくれたファンの皆には笑顔でいてほしいのだ。アタシが笑顔じゃないのに、ファンの皆が笑顔になれるわけない!!
心の底から恐怖と弱気を押し出し、勇気を笑顔に乗せる。
「いい、皆!! 次が
そう声をかければ、打てば響くように歓声が上がる。
「どうせ、外が片付かなかったら皆帰れないわ!! なら、外の連中の気が滅入るまで、存分に歌ってやろうじゃないの!! 皆、今日は喉を潰す気で叫びなさい!!」
先程よりも大きな声で歓声が上がる。
多分、皆も怖いはずだ。けれど、アタシの言葉に乗って声を張り上げてくれている。まるで、恐怖を誤魔化すように。
けど、今はそれで良い。言った通り、外の連中の気が滅入るまで、歌い明かしてやろうじゃないの!!
「マジカルムーン・シャイニングライト!!」
魔法の言葉を言えば、月光のように優しい光がワタシを包む。
光は一瞬で消え、現れたのはもう一人のアタシ。
「魔法少女・マジカルスター・ムーンシャイニング!! 皆の笑顔のためにアタシは
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