第36話 ブラスターローズ
先程までの気弱な顔ではなく、いつもの、いや、いつもよりも魅力的な笑顔で声を上げる星空さん。いや、今はムーンシャイニングか。
彼女はアイドルとして、そして、魔法少女としてここで戦うことを決めたのだ。なら俺は、彼女をムーンシャイニングと呼ぶべきだ。
「ムーン、
「ええ、言われなくても!!」
「最高に声を張り上げてね? 私、外で聞いてるから」
「聞き惚れてやられないでね!」
「ふふっ、気をつけるわ」
会場はもう大丈夫だ。ここはムーンシャイニングが守ってくれる。
俺は足に魔力を溜めて空へ飛び上がり、会場の外へ一気に飛び出す。
「メポル、アクアリウスの位置は?」
『海に落ちたメポ! 飛ばしすぎメポ!』
「加減が出来なかったんだからしょうがないでしょ。下の数は?」
『下は全然減らないメポ! ブロッサムとクリムゾンフレアが頑張ってくれてるけど、けっこうジリ貧メポ!』
「
けれど、下の数百のファントムは二人に任せるしかない。
俺は、二人を信じてアクアリウスを倒す。
アクアリウスを倒すべく、海に向かって飛ぼうとした直後、海からなにかが飛び出してくる。
飛び出してきたのは綺麗にセットしていた髪を乱し、肩で息をするアクアリウスだ。
「はぁ……本当に、誤算だったわ。あなたたちがここに居ることも、あなたが予想外に強いことも……」
「なら、出直してくれても良いのよ?」
「奇襲っていうのは一度失敗するとその後の難易度が跳ね上がるのよ? そんな面倒なこと誰が望むかしら? それに、あいつにこれ以上借りを作るのも
あいつ……? 他に仲間が居るのか……?
俺がアクアリウスの言ったことを考えようとしたその時、アクアリウスから膨大な魔力が溢れ出てきた。
「はっ! ああもう! 面倒臭い!!」
アクアリウスは両手を上に大きく上げる。
魔力がアクアリウスの頭上に収束し、広がる。
広がった魔力は巨大な円を描く。
大きく広がった円はまるで夜に浮かぶ怪しい月のような異様さを放っていた。
嫌な予感がした俺はガンスリンガー・ローズにフォルムチェンジし、即座に大技を放つ。
この距離なら撃った方が速い!!
「マジックバレット・ブラックローズ!!」
黒色の弾丸が薔薇の花弁を落としながら進む。
ツィーゲをも倒した魔弾だ!! これなら!!
「無駄よ!!」
倒せる。そう思ったけれど、魔弾はアクアリウスに着弾することなく、アクアリウスの前に現れた小さなアクアリウス・ゲートに飲み込まれた。
「なっ!?」
「ふふっ。範囲攻撃なら、まだ可能性はあったかもしれないわね」
アクアリウスが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「これで終わりにしましょう!! アクアリウス・ゲート・フルマキシマイズ!!」
直後、極大のアクアリウス・ゲートから大量の水が放出される。
さながらダムの放水のように上空から降り注ぎ、地面を削りながらホールに迫る水の奔流。
「さあさあ!! 早く止めないと、ホールどころか、町が水に沈むわよ!!」
勝利を確信して哄笑を上げるアクアリウス。
まずい、このままじゃ……!!
桜ちゃんと一緒に大技を放つ? いや、インパクト・ソーンとフォーリング・チェリーブロッサムを合わせても、巨大過ぎるアクアリウス・ゲートに飲み込まれてしまう。クリムゾンフレアと三人でやっても、結果は変わらないだろう。
それに、二人が下を離れてしまえば会場内に大量のファントムが押し寄せることになる。
やっぱり、俺がやるしか……けど、どうやって……!!
俺が使えるフォルムにインパクト・ソーンを超える大技を放てる魔法は無い。どれも、己の技がモノを言うフォルムだ。
全部吹き飛ばすには、どうしたら……!!
考えている間にも、大量の水が町を蹂躙してホールまで押し寄せてくる。
どうすれば……!!
解決策が思い浮かばず、頭を悩ませていたその時、会場内からザザッとノイズのような音が聞こえてきた。
『あーあー……よし、皆、聞こえるー?』
スピーカーからムーンシャイニングの声が聞こえてくる。
そういえば、会場が静かだと思ってたけど、まだ歌っていなかったのか。
『機材トラブルなんて良くあること!! 気を取り直してプログラム最後の曲、行くわよ!!』
ムーンシャイニングの声に呼応するように会場内から大歓声が上がる。
『プログラム最後の曲は、『ネクストステージ!! 最高のアタシ!!』』
曲名を言った後に歓声が上がり、イントロが流れはじめる。
そして、最高のアイドルの歌声が響く。
『今の自分は最高? アタシはそうは思わない
アタシはまだ先に行ける ここがアタシの終着点じゃないなら
終わりなんて無い いつも終わらせるのは自分だから
なら、アタシが走り続ける限り アタシはその先に行ける
ネクストステージ! 大胆に責めてみる? それとも慎重に一歩ずつ?
どちらもアタシのステージだから アタシは好きな方を選ぶわ
どちらもアタシのステージなら どちらも最高のアタシのはず
さあ道は開かれてるわ 後は進むだけ』
元気の出る歌声に俺は思わず聞き惚れてしまう。
一番を歌い終わると、彼女は上に居る俺を見上げる。
『ブラックローズ!! 聞き惚れてないで、さっさと倒しちゃって!! 終電逃すなんてイヤだからね!!』
元気に、明るく、いつも通りに彼女は言う。
いつの間にか心の焦りは無くなり、頭はいつも以上に冴え渡っていた。
そして、俺の中であれに打ち勝つ答えを得ていた。
そうだ。あれを一撃で打ち消すフォルムが無いのなら、新しく作れば良いのだ。
「ネクストステージだ!!」
思い描け、全てを吹き飛ばす姿を!!
「フォルムチェンジ!! ブラスター・ローズ!!」
黒色の光が俺を包み込む。
そして、一瞬にして黒色の光が消え去り、俺は新しい姿を見せる。
両手に大口径の砲門を持ち、両肩と腰には固定された砲門が合わせて四門。
服装はガンスリンガー・ローズの時とは真逆で、完全に露出が無くなった。
全体的にノーマルフォルムの時のデザインで、スカートがロングスカートになり、おへそは完全に隠れ、袖は長袖になっている。
そして、ノーマルフォルムの時には無かった純白のエプロンをしている。
頭にはホワイトブリムを付け、髪はポニーテールになっている。
全体を見ると、ゴスロリファッションを無理矢理メイド服に改造したような印象を受ける。まあ、メイド服に砲門はついてないけど……。
ともあれ、この姿ならできる!!
「
全砲門に魔力を集中させる。
踏ん張りをきかせるために、足にも魔力を集める。
「なっ!? 新しいフォルムチェンジですって!? くっ! 消費が激しいけど、わたしも最後の切り札を切るしか無いようね!!」
アクアリウス・ゲートから大量の水の放出が止まる。しかし、それが打ち止めでは無い。
「これが正真正銘最後よ!! 沈みなさい、ブラックローズ!! アクアリウス・ラピッドストリーム!!」
アクアリウス・ゲートに魔力が収束し、直後に大量の水が高圧により押し出されたように俺へ一直線に放たれる。
俺は焦ることなく、魔砲を放つ。
「マジックシェル・ブラックローズ!!」
両手両肩腰。合計六門の砲門から黒色の光が薔薇の花弁を撒き散らしながら放たれる。
黒色の光と水の奔流がぶつかる。
「ぐ、うぅっ……!!」
魔砲の威力が大きい!! 踏ん張ってる足が後ろに引きずられる!! 身体が魔砲の威力に負けて後ろに押されそうだ!! それに、水の奔流の威力が思った以上に大きい!!
「だ、けど……!!」
ここで俺が負けてしまえば、俺の後ろにいるムーンシャイニングや観客達に被害が及ぶ。
それに、俺に託して下で戦ってくれている二人や、別々に戦う場所を定めたムーンシャイニングの期待と信頼を裏切ることになる。
そしてなにより、あの会場には花蓮がいる。花蓮は、俺達を信じて送り出してくれたんだ。
皆が俺に託してくれたんだ。俺は、皆の思いを背負って戦ってるんだ!!
「あ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
気合いを入れて叫ぶ。
「絶対に、守る!!」
「力を貸すぜ、ブラックローズ」
不意に、背後から声がかかる。
聞き慣れた、いつも頼りになる声。
「クリムゾンフレア!!」
俺の後ろに立っていたのはクリムゾンフレアだった。
「そんな! あなたが来たら、下は……!」
「ブロッサムが踏ん張ってる。だから、速攻で終わらせるぞ」
「でも……!」
「ブロッサムを信じろ。あの子は、守られるだけじゃない。自分の仲間を信じろ」
そうだ。皆が俺を信じてくれてるのに、俺が皆を信じないでどうする!!
「分かった。力を貸して、クリムゾンフレア!!」
「ああ。俺の魔力を貸してやる。それで決めろ!!」
「ええ!!」
背中にクリムゾンフレアの両手が添えられる。
添えられた手から、温かい魔力が流れ込んできて、俺の身体を通って六門の砲門に注がれる。
黒色の光が赤く燃え上がり、燃え盛る薔薇の花弁を散らす。
「「ユニゾンマジック!! マジックシェル・フレアローズ!!」」
紅の光が突き進む。
炎が水を蒸発させ、勢いを削る。
勢いの落ちた水の奔流を押し返す。
「な、なんで!? 炎とは相性が良いはず!! なのに、わたしが押されるなんて!!」
「俺一人なら勝てないさ!! けど、力を合わせれば!!」
「どんな相手にでも負けはしない!!」
思いに呼応して、魔砲はより一層勢いを増す。
「そんな、まさか……わたしが……!!」
勢いを増した魔砲は水の奔流を押し返し、飲み込み、勢いそのままに突き抜けていく。
「「終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
「こんな、こんなーーーー!!」
紅の光が全てを飲み込み、炎の花弁を散らして空へと打ち上がる。
空に打ち上がった魔砲は空中で爆発をおこし、花火のように夜空に咲いた。
俺はずっと上げていた砲門を下ろし、一つ息を吐く。
「次は、チケットを買ってお越しください……」
「転売目的のご購入はお断り申します、ってな」
「ふふっ、そうだね……」
俺の冗句に、クリムゾンフレアが笑って答える。
『二人とも、もう終わったみたいな雰囲気出してるところ悪いけど、下が終わってないメポ』
そんな俺達にメポルがまだ終わってないと声をかける。
「あ、そうだった!! よし、行くよクリムゾンフレア!!」
「ああ。魔力タンクくらいの役割しか出来なかったからな。最後くらい役に立つさ」
「お二人とも~~~~!! ヘルプです~~~~!!」
「今行くよ!」
しんどそうなチェリーブロッサムに返事を返して、俺達は最後の後始末に向かった。
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