第33話 ライブ
ちょっと気分が沈んでしまったものの、俺達は関係者入口に来ていた。
関係者入口の前で星空さんにメッセージを飛ばすと、しばらくしてスタッフさんが迎えに来てくれた。
「あなたたちが、星空さんのお友達?」
「あ、はい」
「じゃあ、中に入って。星空さんが待ってるわ」
そう言って、スタッフさんは俺達を案内してくれた。
スタッフさんの後についていき星空さんの控室まで向かう。
やや歩いてから、俺達は星空さんの控室の前に到着した。
スタッフさんが控室の扉をノックする。
「星空さん、お友達が来ましたよ」
「通してちょうだい」
中から返事が返ってくる。
「それじゃあ、中にどうぞ」
返事を聞くと、スタッフさんは扉を開けて室内へ促してくれる。
「お邪魔します」
「いらっしゃい皆。ごめんなさいね、まだヘアメイクが終わってないのよ。適当に、ソファにでも座ってて。内木さん、お茶用意してもらってもいい?」
「ええ」
内木さんと呼ばれた女性は頷くと、冷蔵庫の中を漁る。
俺達は言われた通りソファに座る。
皆、物珍しそうに控室の中を見る。
さすがに、深紅はこう言うところに慣れているのか、それともただただ興味が無いだけなのか、きょろきょろとせずにいる。
「どうぞ。ペットボトルのもので申し訳無いですが」
そう言って、内木さんが俺達の前に飲み物を置いてくれる。
「いえ、ありがとうございます」
皆、口々にお礼を言う。
せっかく出してもらったので、飲み物を一口いただく。
飲み物を飲んで一息ついたところで本題に入る。
「あの、星空さん」
「ん? なに?」
「どうして、俺達を呼んだんですか?」
「ああ、そのことね。宅配で送っても良かったんだけどね? 持ってくるのも手間だろうし、物販に並ばずに持ってるのも不自然だと思ってね」
なんの事を言っているのだろうと小首を傾げていると、内木さんが俺達の前に色々と物を置いた。
見れば、Tシャツや
「それあげるわ。今日のライブで使って」
「え、良いんですか?」
「うん。今日のライブは目一杯楽しんで欲しいからね。その代わり、ちゃんと盛り上げてよ?」
鏡越しに目が合えば、彼女はぱちりと可愛らしくウィンクをした。
「はい。精一杯頑張ります!」
「うん、じゃあよろしく」
俺の言葉を聞くと、彼女はふふっと笑って言った。
「ヘアメイク終わりました」
「ありがとう」
星空さんのヘアメイクが終わると、星空さんは立ち上がって俺達の前でくるりと回った。
「どう?」
「とっても似合ってます! 凄く綺麗です!」
「ええ、とても似合ってます」
星空さんの短い問い掛けに俺が答える前に、花蓮と桜ちゃんが答える。
衣服関係は、やっぱり女性陣の方が食いつきが良いのだろう。二人は席を立って、星空さんと楽しそうにお喋りをし始める。
「失礼ですが、あなたが黒奈さん?」
三人が楽しくお喋りをしている傍ら、内木さんが俺に声をかけてきた。
「はい、そうです」
「私は輝夜のマネージャーの内木と申します」
「ご存知かとは思いますが、俺は如月黒奈です」
「ええ、知ってるわ。それにしても、輝夜が話してた通りね」
俺が頷けば、内木さんも納得したように頷く。
「話?」
「ええ。あの子から一日マネージャーをやる経緯とその日の事を聞いたのよ」
「あ、その節は、星空さんには大変お世話になりました」
「良いのよ、気にしないで。あの子が好きでやった事なんだから」
一応、星空さんのマネージャーである内木さんに謝ってみれば、内木さんはまったく気にした様子も無くそう言った。むしろ、微かに笑みを浮かべていた。
「あの子がここまで入れ込むなんて凄く珍しいわ。あなた、よっぽど気に入られたのね」
「そうなんでしょうか?」
「ええ。あの子、アイドルだから、他人とは、特に男の子とはなるべく距離を置くようにしてるのよ。こんなこと言いたくないけど、アイドルっていう看板だけ見て近付いて来る子も、結構多いの」
それは、なんとなく分かる。俺よりも、深紅がそうだからだ。
深紅は有名だから、それだけで人が寄ってくる。深紅と一緒にいれば、いやがおうでも思い知らされる。
「まあ、君は全然気付かなかったみたいだけどね」
「あ、あはは……テレビ、あんまり見ないものですから……」
「そうみたいね。親バカみたいなものかもしれないけど、輝夜を知らないって相当そういうのに疎いか、興味が無いかだもの」
どちらかではなく、その両方です……。
「あの子、あなたが自分の事知らないって分かった時に、今日のライブに絶対に呼ぶって決めたらしいわ。自分のこと、もっと知ってもらいたいみたい。あなたのこと、相当気に入ってるみたいね」
そう言ってもらえると、友人として嬉しいというか、少しこそばゆいというか……。
「だから、今日のライブは目一杯楽しんでいってちょうだい。あの子も、あなたが来るって分かったら、とっても張りきってたから」
「はい。俺も、今日がとても楽しみでした」
俺の言葉を聞いた内木さんは嬉しそうに微笑んだ。
開演の時間も近くなってきたので俺達は星空さんの控室を後にした。外では着替える場所が無かったので、控室で星空さんから貰ったTシャツに着替えさせてもらった。
いったん外に出て、正規の入口から入場する。
俺達の場所は観客側のだいたい真ん中の方だ。別段、視力は悪くないのでステージは見えるのだが、俺の前に居る人が俺より少し背が大きいので、少しだけ見づらい。
それにしても、男の人ばかりかと思ってたけど、女の人も多いな。それに、年齢層も結構バラバラだ。それだけ多くの人を虜にしてるってことなのだろう。
「男の人ばかりだと思ってた」
「うん、俺も」
花蓮も俺と同じ事を思ったのか、俺に聞こえるくらいの声量で言った。
「……なんか、こういうの初めてだから緊張する……」
「花蓮が緊張してどうするのさ」
「ペンライト振るタイミングとか遅れたら怒られそう……」
「皆星空さんに夢中で気付かないよ。それに、星空さんも言ってたでしょ? 今日は目一杯楽しんでって。俺達は目一杯楽しめばそれで良いんだよ」
星空さんが望んでることは、今日を楽しんでもらうことだ。変に緊張したりしていまいち楽しめなかったなんて星空さんが聞いたら怒られてしまう。
「大丈夫だよ。何も気にせず、心の底から楽しもう!」
「……うん!」
俺の言葉に、花蓮はこくりと、一つ頷く。
ちょうどその時、観客席側のライトが段々と暗くなりはじめた。
もうすぐライブが始まると分かり、観客達も少しずつ声を潜める。
静寂が訪れ、いくばくかの間を置くと、ばんっとステージライトが一斉に光る。
「皆ー! お待たせー!」
ライトが光った瞬間、ステージ袖から星空さんが飛び出して来る。
途端、心からの声を抑えていた観客達が、一斉に|雄叫(おたけ)びをあげる。
ミュージックホール全体が震えるのではと思えるほどの歓声に、思わずびっくりしてしまう。花蓮もびくっと身を震わせていたので、俺と同じくびっくりしたのだろう。
深紅は良い笑顔で「星空さーん」と声を上げ、桜ちゃんは「輝夜さーん!!」とお腹の奥から声を出していた。
二人とも、楽しむ気満々で、盛り上げる気満々だ。
俺と花蓮は二人の様子を見た後、顔を見合せる。
そして、にっと笑むと、ステージに向けて声を上げる。
「「星空(輝夜)さーーーーーーーーん!!」」
星空さんは皆の歓声を受けながらステージの真ん中まで行き、観客席全体を見渡す。
『オーケー! 皆の声、ちゃんと聞こえてるよー! それじゃあさっそく行くわよ! 『恋する乙女は魔法少女』!!』
星空さんの言葉の直後、軽快なリズムの曲が流れる。
前奏が終わり星空さんが歌う。
『地味なアタシは変わりたくて でも、変われるきっかけなんて無くて』
星空さんが歌い出した瞬間、俺は彼女の歌に飲み込まれた。
『けど、なりたい憧れを見つけて 憧れに心惹かれて』
歌唱力の高さとは違う、耳にすっと入ってくる歌声だ。
『動くなら今しかないじゃない? だって、動かなかったら、憧れたのも嘘になっちゃうから』
技術はもちろん高い。けれど、それ以上に歌に、言葉に、思いが乗っているのだ。
『動き出そう、憧れを嘘にしたくないなら』
心に響く歌。
『恋も、憧れも、原動力には不足無いでしょ? 動き出すきっかけは好きからでしょ?』
一言一言に全力の思いを乗せて歌っているのだ。
『精一杯胸を張って自信を持って 変わる未来を信じて進むだけ』
この歌が、心に響かないわけが無い。彼女の思いが伝わらないわけない。それほどまでに、彼女の歌は心に響いて、心に力をくれるのだ。
『好きになったワタシは素敵になるわ あなたもアタシを無視できないわ』
彼女の熱意が俺に、俺達に伝播する。
『変わったアタシに振り向くあなた 驚く顔を見てピースサイン』
会場が一つの一体感を得る。
『ねえ、魔法みたいでしょう?』
うん。魔法みたいだ。
魔法みたいに、皆の心に伝わる。
星空さん、凄いなぁ……。
気付けば俺は夢中になってペンライトを振っていた。
星空さんのライブを全力で楽しんでいた。
全力で楽しんで、気付けばライブも終盤に差し掛かって来ていた。
『皆、今日は一段と元気ね? なにか良いことでもあったの?』
星空さんがそう問えば、「輝夜ちゃんのライブー!」「ライブー!」「輝夜ちゃんに会えたからー!」等々、声が上がる。
皆の声を聞いて星空さんは嬉しそうに笑みを浮かべる。
『ありがとー! 皆がそう言ってくれるから、アタシも今日のライブを目一杯楽しめてるよー!』
星空さんがそう声をあげれば、観客達から歓声が上がる。
『けど、そんな楽しいライブも次の曲で最後。でも、だからこそ! 全員で最高に盛り上げていこう!! 準備オーケー?』
星空さんの言葉に返すために、皆が「オーケー!!」と返そうとしたーーーーその直後、会場全体が激しく揺れた。
地震かと思ったけれど、その可能性は次の言葉で完全に打ち消された。
『黒奈、ファントムメポ!!』
メポルが俺に聞こえる程度の声量で知らせる。
こんな時に!!
深紅と桜ちゃんを即座に見る。二人とも、契約精霊から聞いているらしく、その表情は険しい。
「黒奈。俺が――」
出る。
深紅がそう言おうとした寸前、空からぱらぱらと水が降ってきた。
この会場は天井が開く仕様になっている。そのため、雨でも降ったのだろうかと考えるだろうけれど、今日の天気は快晴。天気予報でも雨は降らないと言っていた。
「もしかして、海水か……?」
確かに、会場の近くには海がある。
けれど、水しぶきが飛ぶほど今日の波は荒れていないだろうし、もし荒れていたとしても、会場の上から降り注ぐような荒れ模様になるわけがない。
魔法による攻撃。そう考えるのが妥当だ。
『――っ! こんなときに……!!』
ステージの方から、星空さんの悔しそうな声が聞こえて来る。
その声を聞けば、いや、聞かなくても、俺達の腹はもう決まっていた。
「ごめん、花蓮。俺――」
「行って、兄さん。私は大丈夫だから」
俺が言い終わる前に、花蓮から言葉が返ってくる。
花蓮が強い瞳で俺を見据える。
言葉なんて必要無い。花蓮の言いたいことはちゃんと理解している。
なら、いらない問答は必要無い。
「分かった。行ってくる」
「黒奈、俺も行く」
「わたしも行きます! 速攻で方を付けましょう!」
深紅も桜ちゃんも、言葉など必要無いほど雄弁に瞳が語っている。
「ああ、行こう」
皆が楽しんでいる、星空さんが皆に笑顔になってもらおうと頑張っている、こんな素敵なライブを邪魔する不届き者にきついお灸を据えてやろう。
観客席から出て通路を走る。
「アルク!!」
『かしこまりアルー!』
先頭の深紅が契約精霊のアルクを呼び出し、ベルトを受け取る。
ベルトを装着し、右腕を横になぐ。
「イグニッション!!」
直後、深紅を紅蓮の炎が包み込む。
炎は一瞬で無散し、炎の中から出てきたのは、炎を象徴したような装甲とライダースーツに身を包んだ一人のヒーローであった。
この姿こそが、深紅がヒーローになった姿、クリムゾンフレアである。
やっぱり深紅の変身は迫力があって格好良い。
って、そんなこと言ってる場合じゃない。
「俺達も行くよ、桜ちゃん!」
「はい!」
「「マジカルフラワー・ブルーミング!!」」
声を揃えて魔法の呪文を口にする。
俺は黒色の光に、桜ちゃんは桜色の光に包まれる。
光が無散し、光の中から見慣れた姿の二人の魔法少女が姿を表した。
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