第59話 スタートライン
黒奈達が去り、気まずそうな顔をした四人とさして気まずいとは思っていない俺だけが残された。
まぁ、赤城くんには申し訳ないとは思っているけれど、彼はそろそろ爆発するかもしれないとは思っていた。そして、一度爆発させた方がガス抜きが容易だと思ってそれを放置していた。
しかして、言い訳をさせてもらえるなら、俺だって手探りでやっているのだ。そして、これなら良いんじゃないかと思うものを片っ端から試しているのだ。その中に失敗もあると思うし、また、成功もあるはずだ。
どれが失敗でどれが成功なのかは分からないけれど、それでも試していない事を試すというのはそれだけで価値があるものだと俺は思っている。
……いや、結局は俺の不出来の言い訳か。結局、俺はチームワークに対しては門外漢なのだ。早急に彼らを知り合いに預けるべきだった。
俺が彼らを可哀相と思い、彼らの力になりたいと余計な事を思ったのがいけなかった。全ては俺の失策だ。
結局、俺は彼らのちょっと先を行ってるだけで、まだまだ先導者にはなれていないのだ。
彼らを、知り合いに預けるべきだな……。
ここらが
俺は彼らに申し訳ない気持ちになりながら、彼らの指導を引き継ぐ事を決める。
今後を決めたのであれば、今は目先の問題を片付けよう。
気まずそうにしている彼らに声をかける。
「それで、ヒーロー部って呼ばれてるってどういう事なんだ?」
「……赤城が言った通りです。俺達、まだ一度もファントムと戦った事が無いから……ヒーロー部だって……」
「そ、それに……ひ、ヒーローごっこって言われたりもして……」
黒岩くんが悔しそうに言い、白瀬さんが悲しそうに言う。
「まぁ、事実ですよ。一度も戦った事が無いんですから。皆から部活だと思われても仕方が無いです」
そう言った黄河くんは、しかし、悔しそうに俺から視線を逸らした。
「……本当に、赤城の言う通りです。私達、ずっとスタートラインをうろちょろしてるだけで、まだなんにも出来てない。スタートにいるから、いずれ走り出せるなんて、甘く思って……」
「結果、ヒーロー部と言う汚名は返上されぬまま、か」
こくり、と青崎さんが頷く。
物語の世界とは違い、この世界にはヒーローが溢れている。物語の中のように、五人組のヒーローが居るだけなら、世間は、世界は彼らを頼るだろう。けれど、現実はそうではない。この世界にヒーローは溢れ、どこで何が起きても、
そのどこの誰かは俺かもしれないし、黒奈かもしれない。
彼らの輝かしい見せ場を奪ったのは俺達かもしれない。けれど、逆に言えばそれは俺達も同じ事なのだ。
「俺もあったよ。急いで駆け付けたらファントムが誰かに倒されてる時が。まだ新米の時だけどさ。駆け付けるのが遅かったから、結構他の人に先越されてさ」
笑いながら、当時を思い返す。
「でも、それを特別悔しいとかは思わなかった。なんでか分かるか?」
俺がたずねれば、四人は顔を見合わせてから、各々口にする。
「実は怖かったからですか?」
「あー、それもあるかもしれないな。けど、そうじゃない」
「面倒だったからですか?」
「面倒だと思ってたら今まで続けてないさ」
「……相手が、強そうだったから、ですか?」
「相手が強くたって、俺がやることは変わらないよ」
「もっと実力を付けてから戦いたかったからですか?」
「相手は俺達の準備を待ってはくれない。足りないまま戦うなんてざらだ。そんなこと、気にしてなんてられない」
ことごとく、誰も答えを当てる事が出来ていない。
まぁ、最初なんてこんなもんだよな。今は自分の事で精一杯だろうし。
「早く解決したって事は、それだけ被害が抑えられたって事だ。つまり、多くの人が助かったんだ。俺は、自分が戦えないかもしれない事なんかより、そっちの方がよっぽど気掛かりだった」
誰かがあっと声を漏らす。誰かではなく、全員だったかもしれない。
「さっき赤城が言ってたな。俺達はいつスタートを踏み出せるんだって」
スタートラインをうろちょろしていつになったらヒーローとしてスタートを切れるのか。赤城くんは、そう言っていた。
「俺に言わせれば、お前達はまだスタートラインにすら立ってないよ。ただ強くなっただけじゃ、
「……じゃあ、どうすれば」
「その答えは俺が与えるものじゃない。こればっかりは、俺は絶対に教えられない。答え合わせなら、してやれるけどな」
四人は思案するような顔になる。各々がヒーローとしてのスタートについて考えているようだ。
「赤城くんにも、それとなく伝えておいてくれ。それで、五人で考えてみればいい」
そう言って、四人を帰した。
四人を門まで見送り、俺はヒーローとしてのスタートについて少し考える。
俺にとってのスタートは、紛れも無く黒奈だ。
魔法少女になって戦うあいつを、正直最初は少しだけ馬鹿にした。男なのに女になって、格好悪いって。でも、ひたむきに戦うあいつに憧れて、けど、中学の頃には魔法少女になりたがらないあいつに苛立って、俺の憧れが嘘だったみたいに思って……。
「はぁ……あん時は本当に黒歴史だな……」
勝手に黒奈に憧れて、俺が憧れたブラックローズを黒奈が否定するように変身するのを嫌がって、それがたまらなく苛立たしかった。
そのせいで、あの時は黒奈のいろんなところにいちゃもんをつけては、黒奈を嫌っていた。とある事件も重なって、それは余計に悪化してしまった。
……今思うと、本当に今の関係に戻れて良かったと思う。本当に、根気強く俺に付き合ってくれた周囲の人達には感謝しかない。
俺が今の俺でいられるのは、俺の事を真摯に見てくれて、根気強く俺に付き合ってくれた周囲の助けがあってこそだ。彼らには、今それが欠けている。そんな中で自尊心を傷つけられるような事が学校で起きて焦ってしまっているのだ。
俺もヒーローになって、途中から気付くことが出来たヒーローとしてのスタート。黒奈には最初からあって、俺には最初は欠けていたもの。
大事なものを、俺なんかが途中で見付ける事が出来たのだ。なら、彼らもきっと見付ける事ができる。いや、気付くが正しいか。
まぁ、どちらにしろ、教えられて手に入れるものじゃない。彼らが自分で気付かなくてはいけない事だ。
それが長丁場になろうが、彼らが諦めるまで俺は諦める気は無い。俺を支えてくれた人達のように、今度は俺が誰かを支える番なのだから。
ようやく、俺の番が回ってきたのだ。なら俺は、俺のできる限りを持って彼らに力を貸す。
それが、俺ができる俺を支えてくれた人達にできる恩返しの一つだと思っているから。
「まぁ、思ってたより百倍難しいけどな……」
人を支えるって、ままならない。
そんな事を思いながら、俺は黒奈達の元へ向かった。
〇 〇 〇
お茶を呑みながら休んでいると、しばらくしてから深紅がやってきた。
「どうだった?」
「宿題出して一度解散」
「宿題って?」
「ヒーローとして大切なものは何か、だ」
「ヒーローとして大切なもの? やる気とか?」
「……」
「あ、分かった、ルックスでしょ? あれ、違う? うーん、パワーとか?」
「……」
「あれれ、これも違う? なんだろう? 分かった! 速さでしょ! 迅速に現場に駆け付ける速さ!」
「……」
「あれー? これも違う? えー、じゃあ頼もしい仲間とか? って、どうしたの深紅? 俺の顔を掴ん――痛い!? ちょ、痛いよ深紅!! い、いたたたたっ!! 痛いってば! もー! 何すんの!?」
急に俺の顔を鷲掴みにして五指に力を込める深紅。結構本気で怒っているのか、冗談でもなんでも無く痛い。普通に痛い。
「い、痛いって! ちょ、碧助けて!」
「うーん、これはくーちゃんが悪いというか、くーちゃんの天然が悪いというか」
「訳わかんないって! ちょっと、本当に助けて!!」
先程から深紅の腕を引きはがそうとしているのだけれど、これがまたびくともしない。まるで万力に挟まれているような気分になる。
「桜はヒーローに必要なものって分かる?」
「う、うーん……なんだろう? 人気?」
「……多分だけど、それは違うと思う」
「じゃあ色気!」
「違う」
「食い気!」
「違う。桜、ふざけてるでしょ?」
「えへへ」
「もう」
「花蓮! 和やかに話してないで助けて! お兄ちゃんがピンチなんだよ!?」
和やかに桜ちゃんと話をしている花蓮に助けを求めるけれど、花蓮は俺を見ると一つ苦笑を浮かべる。
「兄さんはもう少し考えた方が良いかもしれない」
「かれーん!?」
まさかの花蓮まで俺を見放すの!? ていうか、その様子だと花蓮答えを知ってるね!?
「うーん……くーちゃんは根底にありすぎて気付かないのかもね。深紅、そろそろ許してあげたら?」
「まだだ。まだ形が変わってないだろう?」
「止めて! 形を変えないで!」
思い切り顔を掴む深紅の手を必死にはがそうと抵抗する。
「深紅、それくらいにしてあげなよ。くーちゃんが無自覚なのは今に始まった事じゃないでしょ?」
「…………はぁ」
深紅は溜め息を吐くと、ようやく俺の顔から手を離した。
深紅が手を離した直後、俺は深紅からすぐさま距離を取り、碧の後ろに回って碧を盾にする。
「もう! 何するんだよ!」
「はぁ……そうだったな、お前はそういう奴だったよ」
呆れたように溜め息を吐きながらも、その口元は笑っており、本気で呆れている訳ではない事が分かる。
「なにが?」
「なんでも無い。碧、煎餅とか無いか?」
「無いよ……って、言いたいところだけど、今日は準備してあるよ」
「ありがと」
「どーいたしましてー」
「ちょっと深紅! なんで俺の顔掴んだのさ!」
「まあまあ、くーちゃんも座って落ち着いてー」
言いながら、碧が俺を自身の膝に無理矢理座らせる。
お茶を呑んでいる間、俺は深紅に何度も聞いて見たけれど、深紅はにやっと笑って答えをはぐらかすだけだった。
腑に落ちなかったけれど、深紅がそんなに落ち込んでいないようで、少しだけ安心した。
それはそれとして、後できっちり仕返ししてやる。
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