第60話 碧の謎と花蓮の秘密

 今日もいつものように碧の家に集まった。


 そして、いつものように皆が集まる、そう思っていた矢先に問題が生じる。


『黒奈、ファントムメポ!』


 テレパシーのように頭に直接響く声にてメポルから告げられるファントム出現の情報。


 すぐさま深紅に目を向ければ、深紅もアルクから同じ情報を得ていたらしく、深紅も俺に視線を向けていた。


「黒奈さん、わたしが――」


 行きます。桜ちゃんがそう言おうとした直後、深紅のスマホから軽快なメロディーが流れる。


 深紅がスマホをポケットから取り出す。応答をタップして通話を開始する。


「青崎さん、どうし――なんだって?」


 緊迫した深紅の声に、俺達の空気が張り詰める。


「ああ……。ああ……。分かった。俺もすぐにそっちに行く。青崎さん達は赤城くんを止めてくれ。くれぐれも、ファントムと戦おうとしない事。いいね?」


 言って、通話を終了する。


 どうしたのか、そんなこと、聞くまでもなく予想が付く。けれど、その予想が外れていて欲しいと思い、俺はたずねる。


「どうしたの?」


「……赤城くんがファントムの方に向かったらしい。それを今他の四人に止めてもらってる」


 溜め息混じりに言う深紅。


 皆の顔を伺えば、やっぱりといった顔をしていた。


「悪い、ちょっと行って来――」


「深紅! ファントムの反応がもう一つアル!」


「――っ! マジかよ、こんな時に!」


「もう一つの方はわたしが行きます! 深紅さんは赤城くん達の方へ!」


「分かった。もう片方は頼んだ!」


「はい!」


 二人でそう決めると、二人は変身をしてからファントムの方へと向かった。


 残された俺達三人は、どうしようかと顔を見合わせる。


「うーん……やること無くなっちゃったねぇー」


「そう、だね……」


 呑気に言う碧に、俺はなんとも言えない声音で返す。


 こういうとき、俺の事情を知らない人が居ると、俺はそれだけでたちまち動けなくなってしまう。


 そして、深紅や桜ちゃんに任せっきりになってしまうことに、罪悪感を覚える。


「ていうか、くーちゃんは行かないの?」


「うん、俺は行かな……え? なんで、俺に聞くの?」


 なんの疑問もなく俺にたずねてくる碧に、俺は思わず答えてしまいそうになるが、寸でのところで言葉をつぐみ、逆に碧に問い返す。


「あのさー、くーちゃん。あたしが気付いてないと思ってたの? くーちゃんがブラックローズだってことにさ」


「――っ!」


 なんでもないように言う碧に、しかし、俺は完全に虚を突かれて息を詰まらせてしまう。その反応が答えを言ってしまっている事に等しい事に、遅まきながら気付く。


「言っとくけど、小学生の頃には気付いてたからね? くーちゃんは上手く隠せてると思ってたみたいだけど、うちで遊んでた時に急にいなくなればあたしだってそりゃあ怪しむよ? それに、言い訳がトイレとかじゃなくて、ちょっと猫と遊んで来るって下手な言い訳だったらなおさら気になるし。で、後をつけて覗いてみたらくーちゃんが変身してるところをはっけーん、てなわけ」


「え、え……ほ、本当?」


「本当本当」


 こくこくと頷く碧。


「それに、花蓮ちゃんからも聞いてたし。私のお兄ちゃん魔法少女なんだーって嬉しそうに言ってたし」


「え!?」


 驚いて花蓮を見れば、花蓮は昔を思い出すような顔をしてから苦笑を浮かべた。


「あー……確かに言ったかも」


「か、かれぇん……!」


「で、でも、あの時は兄さんがただコスプレしてるって思ってた訳だからさ。まさか本当に魔法少女だなんて思わないじゃない」


「あたしもまさか本当に魔法少女だとは思ってなかったよー。ま、似合ってるからそれはそれで良いんだけどね!」


 そう言って笑う碧。


 しかし、ずっと隠せていた思っていた幼馴染みに、実はずっとばれていたと分かって若干気まずい上に気恥ずかしい。


 そして、それ以上に碧に隠し事をしていたことに申し訳なさを覚える。


「……ごめん、碧。俺、ずっと黙ってて」


 頭を下げて謝る。


 隠し事をされていて、気分が良いはずが無い。それがずっと一緒にいた幼馴染みであればなおさらだろう。


 頭を下げて謝る俺に、しかし、碧は常のような明るい声音で返す。


「気にしないで。あたしだってくーちゃんってブラックローズなんでしょって聞けなかったんだからさ。おあいこみたいなもんだよー」


「でも……」


「でももけども無しだよ! あたしが良いって言ってるんだから良いの! それよりも! くーちゃんには今しなくちゃいけない事があるんじゃないの?」


 ……そうだ。ここに俺がブラックローズだと知る者しかいないのだとすれば、俺はここから何の気負いもなく深紅達の元へ向かえる。


「ごめん碧。帰って来たら全部話すから」


「うん、待ってるねー」


 にこーっと笑う碧。その笑みは何時も通りで、俺に対する不満は何も見受けられない。それが逆に申し訳無い。


「花蓮、碧、ちょっと行って来るね」


「行ってらっしゃい、兄さん」


「行ってらー」


 二人の行ってらっしゃいを背中に聞きながら、右手を真横に伸ばす。


「メポル!!」


「了解メポ!」


 俺の呼びかけに姿を現したメポルが俺の手に魔法のブレスレットを嵌める。


「マジカルフラワー・ブルーミング!!」


 魔法の呪文を叫びながら走り出す。


 そして、地面を蹴って空高く舞い上がった。





 跳んでいく兄さんを見送ると、私は碧ちゃんに視線を向ける。


「で、どういうつもりなの?」


「んー、何がー?」


「とぼけないでよ。私、兄さんが魔法少女だったなんて、誰にも言い触らしてないよ?」


 私がそう言えば、碧ちゃんはその顔から笑みを消した。それどころか、碧ちゃんの顔からはおよそ表情と呼べるものは抜け落ちていた。


「そうでも言わなきゃ、くーちゃんが戦いに行けないでしょ? そういう花蓮ちゃんだって、あたしに話を合わせてくれたじゃん」


「ああでも言わなきゃ、兄さんが納得してここを離れられなかったからだよ。ねぇ、碧ちゃんはなんで兄さんがブラックローズだって知ってたの?」


 因みに、私は碧ちゃんには――それどころか、他の誰にも話した事は無い。


 兄さんが私に自身がブラックローズだと明かしてから、私は兄さんが小さい頃に私にブラックローズだと明かした事を思い出した。そして、それを思い出すと、私の記憶は芋づる式に思い出された。


 まるで今まで蓋をされていた記憶が、一度蓋を開けた事で中から溢れて来たような、そんな勢いで。


 あの日、兄さんが初めて私にブラックローズだと明かした日、兄さんは私にこの事は秘密だよと言った。それは、私と兄さんの約束。それを私はちゃんと守った。私は、誰にも話さなかった。


 お母さんにも、お父さんにも、深紅さんにも、碧ちゃんにも、他の誰にも。私と、兄さんの、二人だけの秘密だったから。


 では、碧ちゃんはいったいどうやって兄さんがブラックローズだと知ったのだろうか。


 私は、幼馴染みである碧ちゃんに、思わず疑惑の眼差しを向けてしまう。


 けれど、碧ちゃんは表情の抜け落ちた顔で私を見るばかりだ。


「今はまだ内緒。でも、そのうち分かるよ」


「……なにそれ」


「まだ語るべき時じゃないのだよ」


 そう言って、碧ちゃんは常の明るい笑みを取り繕う。


 そして、きびすを返す。


「さ、お茶でも呑んで待ってよう。どうせくーちゃん達は全部解決して帰ってくるから」


 屋敷に向かって歩いていく碧ちゃん。


 その背中が、私にはかつて無いほど胡散臭く見えた。


「あ、そうだ」


 不意に、その背中が止まる。


 碧ちゃんは首だけで振り返ると、にやっと笑う。


「さっきの、花蓮ちゃんに教えてもらったっての、あれ真実じゃないけど嘘でもないよ」


「え? どういうこと?」


「そのうち分かるよ」


 そう言っていやらしく笑うと、また前を向いて歩き出した。


 私は碧ちゃんの言った言葉の意味を考えたけれど、まったくもって意味が分からなかった。


 兄さんに相談しようかと一瞬考えたけれど、兄さんは隠し事をするのが下手だ。もし私が碧ちゃんの事を話して、兄さんと碧ちゃんとの関係がぎくしゃくしたものになってしまっては兄さんに申し訳が無い。


 それに、この事が深紅さんに行き渡ってしまっても面倒だ。深紅さんも、兄さんの事を過度に気にしているきらいがある。


 中学二年生の頃に一回ぎくしゃくしたけれど、とある時期から関係は元に戻った。いや、元々よりも良好になったと言っても過言じゃない。


 二人の間に何があったのかは知らないけれど、私には考えも及ばない事があったのは確かだ。


 その時期から、深紅さんは兄さんを過度に気にするようになった。妹の私から見ても、誰から見ても、深紅さんは兄さんに対して過保護になった。


 そして、深紅さんと碧ちゃんは若干ではあるが、反りが合わない。というか、碧ちゃんが深紅さんをあまり信用していないように思える。


 けれど、仲が悪いという訳ではない。本当に、おかしな関係だ。


 それを考えると、深紅さんにも話をする訳にはいかない。三人は幼馴染みなのだ。そんな三人の関係を悪いものにしてはいけない。


 結局、誰に話してもいけないのだ。


 兄さんの知り合いは、皆兄さんに対してはどこかタガが外れがちな人ばかりなのだから。


 それに、私が黙っていれば今の関係が続く。なら、私が黙っていて、私が一人で解決をすればいい話だ。


 そこまで考えて、私は思う。


 まさか、ここまで考えた上で私に話をしたのだろうか、と。


 私が他の人には話せない事を知って、私が碧ちゃんを疑いきれない事を知って、誤魔化さずに話をしたのか。


 そう考えてはみたけれど、やはりそんなに簡単に答えは出ない。


「おーい! 早くおやつ食べよー!」


 ずっと前から、碧ちゃんが手を振っている。


 そこに先程までの何を考えているのか分からない碧ちゃんはいない。無邪気な、いつもの碧ちゃんだ。


 考えすぎ、では決してない。けれど、碧ちゃんが悪意を持っていない事を、私は信じたかった。


「今行くー」


 返事をしながら、私は碧ちゃんを追って歩く。


 今はとりあえず、二人で兄さん達が無事に戻って来ることを待つのが仕事だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る