第61話 アトリビュートファイブ、チェリーブロッサム

 契約精霊が俺に言ったファントムの場所に向かって、俺はひた走る。


「待ちなさいよ赤城!!」


「赤城、冷静になれ!」


「は、はぁ、はぁ……ま、待って……!」


「だ、大丈夫白瀬さん?」


 俺の後ろを仲間達が追ってくる。


 そんな仲間達に、俺は言う。


「待たねぇよ!! お前ら分かってんのか!? これは俺達にとってチャンスなんだぞ!?」


「分かってるわよ! でも、和泉先輩が戻れって――」


「いつから俺達のリーダーはあん人になったんだよ!! お前ら悔しくねぇのかよ! ヒーロー部とか馬鹿にされて! 汚名返上のチャンスだろうが!」


「それは悔しい! けれど、それとこれとは話が別だ! ちゃんと順序を踏んで――」


「順序ってなんだよ!? その順序を踏んで馬鹿にされてんなら、俺はそんなもん踏まなくていい!! それに――」


 思い浮かぶのは俺の憧れた人の後ろ姿。


 深紅に煌めく、炎の男。


 他の誰でもない、クリムゾンフレアに俺は憧れたのだ。


 反発したのはクリムゾンフレアに憧れたから。あの人が一人であそこまで行けたのなら、俺だって行ける、行ってみせると思ったから。


 反発したのは、俺達にかまけている間にもっと救える人が居るんじゃないかと思ってしまったから。


 でも、憧れの存在に教えてもらえるのが本当は嬉しくて、でも、やっぱり嘗められるのは嫌で突っ掛かった。


 昨日当たったのは、正直、俺が悪かったと思う。焦って、いつもみたいに馬鹿にされて、クリムゾンフレアに教えてもらってるのに成長できてる気がしないのが情けなくて……。


 そして、それ以上に、クリムゾンフレアに早く近付きたくて。


「――これ以上、置いて行かれてたまるかよ!!」


 走りながら、叫ぶ。


「アトリビュート・コンバート!!」


 炎に包まれて俺は変身する。


 一足で高く跳躍する。


「ああもう!! アトリビュート・コンバート!!」


 背後で仲間達が変身する。


 あいつらに構うことなく、俺は適当な足場を蹴り付けて跳んだ。


 そして、一際高く跳べば、目標が目に映った。


 ビキニを着て、キラキラと輝く装飾品を所々にちりばめてる普通じゃなかなか見れない服装。それ本当に意味あんのか? って思うような薄い布を身に纏っており、体型も合間って……こう、エロい。


 けど、そんな服装をするのは痴女かファントムしかいない。


「見付けたぁ!!」


 叫び、炎を撒き散らしながら蹴りの形で女に突っ込む。


「フレアキック!!」


「あら、安直ね」


 女はそれだけ言うと、指先で水の壁を作り上げる。


 俺の蹴りが、水の壁に阻まれる。


「くっそ!!」


「ふふ、火遊びなんて、いけない子ですわ」


 水玉が無数に浮かぶ。


 女は指先一つでそれらを動かす。


 やばい!


 そう思った直後、俺の身体が背後に引っ張られる。


 俺がいたところを無数の水玉が穿つ。


 アスファルトを穿つほどの威力に肝を冷やしていると、頭に衝撃が走る。


「い……ってぇ!?」


「独断専行しないで!」


 そう怒鳴られて、俺は青崎――ブルーにげんこつをされたのだと理解する。


「だからって殴るなよ!」


「馬鹿したんだからげんこつされて当然でしょ! ていうか、早く立って!」


 そう言って、ブルーが乱暴に俺を立たせる。


「レッド。言っておきますけど、僕等も悔しいですよ」


 俺の横に、黄河――イエローが並ぶ。


「わ、私だって、悔しい……! だって、遊びだなんて、思った事ないもん……!」


 白瀬――ホワイトが珍しく自分の意見をしっかり言う。


「まぁ、部活も遊びじゃないけど……俺だって、馬鹿にされたままじゃいられない」


 黒岩――ブラックが白瀬の言葉を微妙に正ながら言う。


「ふ、ふぇ……ご、ごめんなさい……」


「い、いや! 責めてる訳じゃないから! そういう気持ちで行こうって事だよな!?」


 ブラックの言葉にホワイトが謝る。


 それをブラックが慌ててフォローする。


 二人のいつも通りの反応がなんだかおかしくて、俺はついつい笑ってしまう。


「レッド、笑ってる場合じゃないわよ!」


「悪ぃ」


 適当に、いつも通り謝る。


 さて、図らずも、けれど、望んだ通りの初陣だ。


 ようやっと、五人揃った。


 目の前の女が、どこからともなく三叉矛を取り出す。けれど、構えない。完全に、俺達を嘗めている。


「貴方達、何者?」


 女の誰何すいか。俺は思わずニヤリと笑う。


「俺達は、アトリビュート・ファイブだ!!」



 〇 〇 〇



 屋根や電柱を伝って跳躍する。


 黒奈さん――ブラックローズが来られない以上、わたしがもう一体のファントムを倒すしかない。


 いや、他のヒーローや魔法少女が来てくれるならそれに越したことは無いけど、どちらにしろブラックローズが戦えないのであれば誰かが戦うしかない。


 そして、その誰かの中にわたしが入っているのなら、わたしは戦わないという選択肢は無い。


 わたしの憧れであるブラックローズは、いつも誰かのために戦っている。その憧れを追い続けるなら、わたしも誰かのために戦える魔法少女にならないとダメだから。


 わたしはファントムの気配のする方へ走る。


 そして、もうすぐ到着する――その時。


「――っ!?」


 気配のする地点から、白い何かが膨れ上がった。


 なにこれ!?


 わたしはその何かに触れないように、十分に距離をとって地面に着地する。


 巨大な白い何かが何なのか、それを知るために注意深く見ていたその時、巨大な白い何かからボフンッと誰かが出て来る。


「ふ、ふぇ~~も、申し訳ねぇだぁ~~」


 泣きそうな顔で出てきたのは、ツィーゲのような捻れたつのを持つ少女。しかし、ツィーゲと違うのは、その身をふわふわもこもこの毛で覆っている事だ。


 両手両足は肘と膝まで毛で覆われており、身体の方は胸元と腰元が覆われている。


 わたしは彼女の後ろにある白い何かに目を向ける。


 それは、遠くからだとわかりづらいけれど、羊毛のように思えた。


 そして、今まで気付かなかったけれど、巨大な羊毛の中に何かがうごめいていた。


 敵かと思いそっちも警戒するけれど、羊毛から突き出てきた顔は普通の人間のものであった。


「わっぷ、なんだこれ!? か、絡み付いて、離れな――」


 言葉の途中で羊毛の中に引きずり込まれる。


 全体を見渡してみれば、羊毛に捕われていたのは一人だけでは無かった。


 多くの人が羊毛の中に閉じ込められており、その中にはヒーローや魔法少女の姿もあった。


「も、申し訳ねぇだぁ~~! でも、ちょっと捕まっててくんろ~~!」


 ぺこぺこと謝る少女。


 羊毛の中から出てきた事と、彼女が申し訳なさそうに謝っているところを見るに、彼女がファントムで間違い無い。


 先手必勝!!


 幸い彼女はこちらに気付いていない。


 地を強く蹴り付け、少女に肉薄する。


 右手に力を込める。放つのは大技。けれど、フォールン・チェリーブロッサムのように大勢を巻き込んでしまうような技ではない。


 力を一点集中した、言わばフォールン・チェリーブロッサムの縮小版だ。


 規模こそ小さいけれど、威力は増大している。


 本当の姿ではないとは言え、ツィーゲを倒した技の強化版だ! これで終わらせる!!


 少女の前に着地し、足を踏ん張り、きちんと腰を入れて拳を放つ。


 少女はこちらを見ていない。むしろ背中を向けている。背後からの奇襲は心が痛いが、早期解決のためなら仕方がない。


「ブラスト・ブロッサム!!」


 極小の花吹雪を纏った拳をがら空きの背中に向けて放つ――


「――ッ!?」


 ――が、その拳は少女の柔らかな手に、難無く受け止められた。


「あ、危ねぇだぁ~~」


 間の抜けた声が聞こえてくる。まるで、毛ほども痛痒つうようを与えられていないような、そんな声音。


 後ろを見ていない。背後に腕だけ伸ばしての無理な体勢。だと言うのに、彼女がわたしの腕を掴む手はまるで万力のように強力にわたしの拳を掴んで離さない。


 そうして、漸くわたしの方を振り返る。


 その目は垂れ下がっていて弱々しいのに、その瞳に宿る敵意は本物だ。


「お、お前も、わちを傷付けるんだか?」


 小首を傾げ、問い掛けられる。直後、彼女の手から羊毛が膨れ上がる。


 まずいっ!!


 右手に集めた力を無理矢理暴発させる。


「うわぁっ?」


 間の抜けた声を上げて彼女はわたしの右手を離し、よろけて明後日あさっての方向に膨れ上がった羊毛を投げ付けた。


 わたしは距離を取りつつ、羊毛の行く末を確認する。


 羊毛は、ビルの壁に張り付くと爆発的に膨れ上がった。


 羊毛の圧力にされたビルの壁面が陥没する。


 柔らかそうに見える羊毛の予想以上の威力に、わたしは思わず背筋が凍る。


「ううっ、びっくりだぁ……」


 驚異的な攻撃を繰り出した張本人は、そんな間の抜けた声と共に倒れた身体を起こす。


「びっくりは、こっちの方だよ……」


 魔力の暴発によって傷付いた右手を握り締める。


 継戦は出来るけれど、右手を庇いながらになる。


 見た目に反して、驚異的な攻撃力を誇る羊毛。そして、それを操る本人の圧倒的な戦闘センスに、見た目に似合わぬ怪力。


 強い。それも、完全体ツィーゲと比類するくらい……!


 ツィーゲから感じたまがまがしさは彼女からは感じられない。けれど、怖じけづきたくなる威圧感は肌身にひしひしと伝わってくる。


「ううっ、お前、油断ならねぇだ。こ、怖ぇけんど、戦うだ」


「油断なら無いのはそっちでしょ……」


 わたしにブラックローズのようなフォルムチェンジは無い。こういった手合いの場合、本当なら遠距離で対応できた方が良いのだろうけれど、生憎あいにくとわたしに遠距離攻撃は無い。


 どうやって戦うかを思案している間に、彼女は構えを取る。


「わ、わちは、ヴィダー。牡羊座のヴィダーだ」


「わたしは、魔法少女・マジカルフラワー・チェリーブロッサム」


 少女、ヴィダーの魔力が膨れ上がる。


「こ、怖いのは嫌だ。勘弁してくんろ~~」


「これ以上、笑顔の花は摘ませない!」


 言って、互いに肉薄する。


 遠距離で戦えないのなら、近距離インファイトしか無いのだから。


 羊毛が舞い、桜の花弁が散った。

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