第58話 ヒーロー部
アトリビュート・ファイブの特訓は続き、気付けば俺達は夏休みに突入しようとしていた。
夏休み直前で、授業は殆どが自習となっており、その時間を使って深紅は彼らの訓練メニューを考えたり、彼らの動きの総評をつけたりしていた。
彼らの動きは、傍目に見ていても日ごとによくなってきている。
厳しいことを言うようだけれど、決して深紅の腕が良いわけではない。これは、彼らが真剣に取り組んで、
赤城くんは身のこなしが上手くなってきて、周囲にもちゃんと目を向ける余裕が出来てきた。
青崎さんは冷静に全体を見渡し、上手くバランスをとり、逆に黄河くんは積極的に攻めるようになり、絶え間無く攻撃を繰り返すためのテンポをチーム内に生み出していた。
黒岩くんは持ち前のタフさを活かして、タンクとしてチームを支えていた。
白瀬さんはまだおっかなびっくりだけれど、チームのためになろうと頑張っている。
そんな五人の様子を見ながら、深紅は訓練のメニューを考える。
普通に戦闘訓練をしたりする時もあれば、チームスポーツをしたりもした。
五対五でサッカーをしたときは――
「ちょっと待て! これ何の意味があるんだ!?」
――なんて赤城くんが喚いていたけれど、深紅が容赦無く殺人シュートを赤城くんに向けて放ち、すんでのところでかわした赤城くんがむきになって結局サッカーをした、なんて事もあった。
正直、なんでサッカーをやったのかは俺も疑問だったけど、深紅曰く、チームワークに形は無い。どんな時でも発揮できてこそのチームワークだ、との事だ。
最後に自信無さそうに目を逸らしていたので、多分深紅も手探りでやっているのだろう。
ともあれ、そんなこんなで五人の特訓は続いた。
そんな、いつもと同じ訓練風景の中、頭にタオルをかけて地面に座り込んだ赤城くんが、真剣な声音で言う。
「なぁ、和泉さん」
「ん、なんだ?」
「俺達、本当にこれで強くなってんのか?」
いつにもまして真剣な声音の赤城くんに、深紅も真剣な声音で返す。
「君達の下地は段々積み重なってきてる。積み重ねてきた事は、確実に身についてるはずだ」
「……サッカーとか自己紹介とか、部活みてえな事やっててもか?」
刺のある言葉。そこには隠しきれない赤城くんの苛立ちがあった。
「チームスポーツに必要なのは技術もそうだけど、なによりチームワークだ。それを学ぶのには、スポーツも――」
「ヒーローはスポーツじゃねぇだろ!!」
声を荒げる赤城くん。それ自体は珍しくはない。けれど、いつもはツッコミの要素が強かったのだ。今のは、ツッコミでも何でもなく、彼の単純な疑問と憤りの声だ。
いつもと違う赤城くんの声に、皆の視線が赤城くんに集まる。
「なぁ、こんなことしてて俺達本当に強くなれんのか?」
「……さっきも言ったけど、下地は確実について来てる。チームの連携も――」
「そんなん分かってんだよ! 下地がついて来てるのも、いい感じに連携が出来てきてるのも!」
「……お前は、何をそんなに焦ってるんだ?」
「……下地も、いい感じの連携も、全部スタートラインなんだろ?」
「ああ」
「なら、俺達は、いつスタート出来るんだよ」
立ち上がり、顔を上げて深紅を見る赤城くん。
「これ続けて、俺達はようやくスタートラインに立ってんだよな? ならいつスタートきれんだよ。あんたを倒せば良いのか? それとも、ファントムを倒せば良いのか?」
赤城くんが言っているのは明確な目標の提示だ。
確かに、深紅はここまでで合格と、明確な目標を提示してはいなかった。
焦れったくなったのか、それとも、赤城くんに何かあったのか。
「落ち着きたまえ赤城。和泉さんに噛み付いたってなんの問題も解決しないでしょう?」
黄河くんが赤城くんを落ち着かせようと肩に手を置く。それを、赤城くんは乱暴に振り払う。
「うるせぇよ優等生。お前だって知ってんだろ、俺達が学校でなんて言われてるか」
「――っ、それは……」
言われ、言いよどむ黄河くん。
黄河くんだけではなく、他の三人も表情を曇らせた。
「ヒーロー部。そう呼ばれて馬鹿にされてんの知ってんだろ」
嘲るように鼻で笑う赤城くん。
「ヒーローなのに一度もファントムと戦った事が無い。まるで部活動みたいに生温いって。影でそうやって馬鹿にされてるの、お前らだって聞いたことあるだろ?」
そう言って、自虐的な笑みの中に悔しさが混じる。
「お前ら、そう呼ばれて悔しくないのかよ。俺は悔しいよ。だから意地もプライド捨てて、天下のクリムゾンフレアに頭下げて頼み込んだよ。でも、俺達はまだスタートラインをうろちょろしてるだけだ。なぁ、いつになったら俺達は一人前なんだよ?」
最後の言葉は、深紅に向けられた言葉。
深紅は赤城くんの目を真正面から見据えて言う。
「正直に言おう。俺にも分からない。俺は、チームは組んでない。だから、どの程度お前達が出来るようになれば合格なのかも、正直分からない」
「じゃあ俺達は延々あんたと部活動続けるのかよ! ファントムと戦えないまま、ずっとこんなままごと続けてろって!?」
「赤城、いい加減に――」
「お前は黙ってろ! なぁ、俺達はあんたとは違うんだよ。俺達はあんたみたいにカリスマも無ければ技術も力も無い。あんたみたいになんでも持ってて、余裕で誰かを救えるような力はねぇんだよ。立ち止まってる時間も、悠長にままごとしてる時間も――」
「いい加減にしろ!!」
赤城くんの声を怒声が遮る。
皆の視線が、俺に向く。
そう、赤城くんの言葉を遮ったのは、他ならぬ俺だ。
俺は今、珍しく怒り心頭だ。
つかつかと足音を立てながら、赤城くんに近付く。
赤城くんは、不機嫌そうな顔で俺を睨む。けど、知ったことか。俺だって不機嫌だ。
「深紅がなんでも持ってる? 深紅が余裕で誰かを救ってる? そんな訳無いだろう!」
声を荒げ、赤城くんの胸倉を乱暴に掴む。
そして、ぐいっとこちらに引き寄せて、間近から赤城くんを睨み返す。
「君になにが分かる。深紅の努力も、葛藤も見ていない君が、深紅のいったい何を分かってるって言うんだ?」
胸倉を掴む手に自然と力が入る。
「俺は知ってるぞ、深紅が強くなろうと努力している事も、深紅に救えなかった人がいる事も、その人を思って涙を流した事も!」
深紅にも俺にも余裕なんて無い。いつだって、誰かを守るために必死だ。
自分じゃ足りなかった時がある。自分が足手まといだった時がある。自分じゃ助けられなかった時がある。
「余裕なんてあるか。いつだって俺達は弱い自分と戦い続けてるんだ。俺達が手に入れた地位を勝手に羨んで、その下に積み重なったものを見もしないで勝手なことを言うな!」
言って、乱暴に掴んだ胸倉を離す。
少しだけバランスを崩して、数歩後ろに下がる赤城くん。
その顔は呆然としていたけれど、すぐにキッと俺を睨みつけると、止める間も無く走っていってしまった。
「あ、赤城!!」
青崎さんが慌てて呼びかけるも、赤城くんは振り向かずに走り去った。
赤城くんが去り、気まずい沈黙が降りる。
やがて、深紅が深く溜め息を吐く。
「はぁ……黒奈」
「何?」
「言い過ぎ」
言って、軽く俺の頭を叩く深紅。
「……だって」
「だってもくそもあるか。お前年上だろうが。怒るより先に場を宥めろよ。お通夜みたいになっちまったじゃねぇか」
「……むぅ……それは……」
確かに、場の空気は重い。
でも、だけれど、深紅の苦労も知らないで勝手な事を言われれば、そして、それが俺にも当てはまるような事であれば、言い返さずにはいられなかったのだ。
「お前はちょっと離れてろ。俺があいつらと話をするから」
「……分かった。ごめん、深紅……」
頷き、俺は言われた通りに五人から離れる。
確かに、怒鳴った俺が居ては彼らも話をしづらいだろう。
素直に五人から離れ、花蓮達のところへ戻った。
「兄さんがあんなに怒ったとこ、久しぶりに見た」
開口一番、花蓮がそんな事を言う。
「そうかな? …………そうかも」
言いながら、しばらくこんなに怒ったことも無い事を思い出す。
怒った時といえば、四月にショッピングモールでツィーゲに対してだろう。あの時は、花蓮に心ない事を言わせたツィーゲに怒り心頭だった。
「まぁ、深紅さんの事を何も知らない人に好き勝手言われるのは、一番近くで見てきた兄さんには我慢ならないよね」
「そ、そうですよ! あれはいくらなんでも勝手な物言い過ぎます!」
花蓮の言葉に、桜ちゃんが便乗する。
「まあまあ、落ち着いて落ち着いて。深紅はあの程度じゃ怒らないよ。あいつが何回そういう事言われてきたと思ってんの? もうそよ風も同然だよ。傍から見れば、あいつ完璧超人だもん。やっかみなんて日常茶飯事だよ」
ヒートアップしそうになる桜ちゃんを、碧がなははと笑いながら宥める。
「話を聞くのは深紅に任せて、あたし達はいったん落ち着こう? くーちゃんも、りらーっくすりらーっくす!」
「俺は落ち着いてるよ」
「本当に? あー、眉間に皺寄ってるんだー。可愛い顔が台なしだぞ? ハーブティー飲んで落ち着こーう」
「え、あ、ちょっと! 引っ張らないでよ碧!」
「花蓮ちゃんも桜ちゃんも行こうか? 美味しいマドレーヌがあるんだよー」
碧に手を引かれながら、俺は屋敷の方に連れていかれる。
花蓮も桜ちゃんも、碧の後に着いていく。
俺は早々にこの場に残ることを諦める。俺が居たって何もできることは無いし、青崎さん達が俺を気にして話が出来なくなってしまったのでは意味が無い。
勝手だけれど、後は深紅に任せる事にした。
俺は碧に歩調を合わせて碧の隣に並ぶけれど、碧は俺の手を離さない。
ちらりと碧の顔を伺えば、碧の目は少しだけ真剣で、少しだけ怒ってもいた。多分、桜ちゃんにはわからない。俺達幼馴染みでなければ気づけない程度の微妙な変化。
怒っていたのは、碧も同じなのだ。それを隠して、怒っている俺の手を引いて歩いてくれている。それはきっと、俺のためでもあるけれど、自分が怒り出さないように必死に我慢している結果でもある。
誰かの手を掴んでいなければ、誰かに手を掴まれていなければ、きっと今にでも怒りが顔に出てしまうから。
碧は、俺を引き止めて、俺に引き止められているのだ。
それを理解した俺は、碧の手を握り返す。
そうすれば、碧は驚いたように目を見開いた後、俺の方を見た。
目があった碧に微笑み返せば、碧もすぐに笑みを浮かべてくれた。
「もー! くーちゃん可愛いが過ぎるぞー!」
「わっ、こら、抱き着くな! 持ち上げるな! 抱っこするな――――っ!!」
碧に抱っこされながら、俺は屋敷まで運ばれた。
それが碧なりの感謝のしるしなのは理解しているけれど、少し強引な碧のやり方に、俺は苦笑を浮かべてしまうのだった。
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