第15話 アリス・ローズ
俺はブラックローズに変身した後、直ぐに騒ぎの中心地へ向かった。けれど、急いでいたと思わせるような動きはしない。ブラックローズはあくまで、たまたま通りかかっただけなのだ。急いでいたりしたらそれこそおかしい。
内心では気が急いてしまっているけれど、いつどこで誰が見ているのか分からないのでゆっくりのんびりと空を飛んで向かう。
そうして、ふよふよ飛びながら、ようやく騒ぎの起きている上空にたどり着いた。
人だかりの中心では星空輝夜が桜ちゃんに言い寄っていた。
「あらー? あの騒ぎ、何かしらー? 私の名前も聞こえてくるわねー」
白々しくそう呟くと、俺はゆっくりと二人の元へと降りていく。
「こんなに騒いでどうしたのー? なにやら、私の名前も聞こえてきたけれどー?」
二人の元にゆっくりと降りながら、二人に声をかける。俺が声を発すれば、それだけで周囲に別のざわめきが生まれる。
「ブラックローズ!」
桜ちゃんが喜色満面の笑みを浮かべて俺の元に駆けよってくる――――のは良いのだけれど、何故に俺の後ろに隠れる?
「ブラックローズからも言ってあげてください! この人、ブラックローズの連絡先を教えろってしつこいんです!」
ぷんすこと怒ったように俺に言ってくる桜ちゃん。
「あんたがさっさと教えてくれればいいだけでしょ! 良いじゃないの、連絡先くらい!」
「ダメです! さっきも言いましたけど、ブラックローズには他の人に教えないと言う約束で教えてもらったんです!」
「アタシだって誰にも教えないわよ!」
「それを信じる信じないはワタシが決めることじゃありません! ブラックローズが決めることです!」
「じゃあブラックローズ! アタシに連絡先教えてちょうだい!」
言い争っていた二人だけれど、何故だか俺の方に矛先が来てしまった。急に矛先を向けられても困るけれど、まあ、今回のことに限って言えば答えは出ている。
「ごめんなさい。あまり連絡先を誰かに教えたくはないのよ」
「どうしてよ! その子には教えたんでしょう!?」
「この子は、まあ、私の妹のようなものだからね。連絡つかないと不便だから」
そう言いながら、なるべく親しく見えるように桜ちゃんの頭を優しく撫でる。
「ひゃわわっ! い、い、妹!?」
桜ちゃんは驚いたように声を上げて、照れたように顔を赤面させる。周囲も、「妹?」「羨ましいなぁ……」「わたしもあんな素敵なお姉ちゃん欲しい……」「あんな綺麗な姉にパシられたい」「いや、俺は椅子にしてほしい」「あんなお姉ちゃんの絨毯になりたい」などと……って、後半だいぶアブノーマル過ぎない!? ちょっと鳥肌立ったんだけど!?
心中で恐れ戦いていると、何やら不機嫌なオーラが漂っていることに気付く。
「むっ……」
俺たちの様子を見ていた花蓮が、頬を膨らませて怒ったような顔をしているのが視界の端に映った。
ごめんよ花蓮。友達になれなれしく触れてほしくは無いだろうけど、今は我慢しておくれ……。
心の中で花蓮に謝りながらも、星空輝夜からは視線を外さない。
「い、妹ですってー!? ア、アタシの誘いを何度もすげなく断ったくせに、妹ですって!? あなた、相方じゃなくて、妹が欲しかったのね!?」
「いや、妹はちゃんと一人いるから、別にいらないわ。どちらかと言えば、兄や姉の方が興味はあるわ」
我が家は俺が一番上だからな。お姉ちゃんやお兄ちゃんがどういったものなのか分からないから、興味がある。
「なら相方の枠はまだ空いているということね!」
俺の答えを聞いた星空輝夜は、嬉しそうに声を上げた。そして――
「それなら、ブラックローズ! アタシとユニットを組みましょう!」
――とんでもないことをのたまってくれた。
「え?」
俺は驚きの声を漏らす。が、その声は、たくさんの驚きの声の中に埋没した。つまり、周囲の者も、彼女の言葉に驚き思わず声を上げていたのだ。
「ユニットよユニット! アタシと一緒にアイドルをやるのよ!」
アイドル。その単語を聞いた途端、周囲の騒めきが戻ってくる。
「ブラックローズがアイドル?」「え、なにそれ凄く見たい!」「絶対売れるでしょ!」「魔法少女ユニットだ! 可愛い!」「俺、絶対CD買うわそれ!」「使用用、観賞用、布教用、貸し出し用。ああ、金がいくらあっても足りないわ!」
阿鼻叫喚、とまではいかないものの、相当の騒ぎになってしまった。
「ほらブラックローズ! 皆あなたがアイドルになるのを期待してるわ! やりましょうよアイドル! アアシとあなたならトップアイドルになれるわ!」
「え、えぇ……」
突然アイドルに誘われたことにはもちろん驚くけれど、それ以上に驚いたのは星空輝夜がかなり本気で俺を誘っていると言う事実にだ。
え、俺この子と会ったことある? ないよね? あ、一度見かけてずっと目をつけてたってことかな? え、何。俺って目をつけられてたの?
突然のことに少しだけ混乱してしまう。て言うか、連絡先が欲しいとか言ってたけど、あれはもういいの? 連絡先の話題の方がまだ対処できたんだけど? て言うか、俺がアイドルって絶対に無い。皆なんでそんなに乗り気なわけ? 俺がアイドルやったって不愛想でつまらないよ? 歌もそんなにうまくないし、踊りだってちゃんとできる自信無いよ?
脳内で言い訳がましい思考が渦巻く。
俺は思わず助けを求めて後ろにいる桜ちゃんを見る。おい当事者。ちょっと手を貸しておくれ。
「ぶ、ブラックローズがアイドル……? なにそれ、絶対に応援する。全国ツアーも追いかける。グッズも全部揃える。CDもDVDも写真集も揃える。歌番組も予約しなくちゃ。あ、ブラックローズだったら映画やドラマにも出れる。バラエティーだって、下品じゃない番組なら余裕で行ける。行ける。ブラックローズがアイドル。これは来る」
当事者がすでにトリップしている件について。
なんて言ってる場合じゃない! なんで桜ちゃんも賛成派なの? それにぶつぶつ呟くから怖いよ! 目のハイライトも無くなってるし!
ううっ、どうしよう……。
俺は若干涙目になりながら、深紅に助けを求めた。
俺は、ブラックローズの姿でいる時は深紅にはあまり近寄らないようにしている。今の俺は女の子の訳だから、カリスマ的ヒーローである深紅に近寄ると、女性ファンからのやっかみが増えるからだ。
だから、俺は滅多なことでは深紅に近づかない。深紅も、あまりブラックローズには近づかないでいてくれる。まあ、プライベートでよく話したりするからあまり寂しくは無いけれど、それでも、少しだけ面倒だし、やっぱり寂しくもある。
そんな俺ではあるけれど、今回ばかりは仕方がないと自分に言い聞かせる。だって、俺の周りで今の状況を止められる人は圧倒的人気を誇る深紅くらいなのだから。
「深紅ぅ……」
「分かった。分かったから。そんな泣きそうな声を出さないでくれ……」
深紅がやれやれと言った顔で俺の隣にやってくる。俺はすかさず深紅の後ろに隠れる。深紅の後ろに俺。俺の後ろに桜ちゃんと、なんとも間抜けな構造だけれど、今はそんなことを気にしている場合では無い。
「はいはい、いったんストップだ。勝手に騒いだらブラックローズも困るだろ? 一旦みんな落ち着こうか」
声を張り上げたわけでは無いのに、深紅の声は不思議とよく通った。
深紅の声が聞こえたからか、皆一様に口をつぐんだ。
流石深紅頼りになる! よっ、カリスマヒーロー!
口に出してはいわないけれど、心の中で賛美を送る。
「とりあえずブラックローズ。お前の答えを言わなきゃだろ? アイドル、やるのか?」
深紅に言われ、俺は深紅の背中からひょっこりと顔を出す。ついでに何故か桜ちゃんも顔を出す。
「あ、アイドルはやらない……かな?」
「な、なんでぇ!?」
俺の答えに、星空輝夜が大げさに驚く。
「え、どうしてですか!?」
ついでに桜ちゃんも驚愕の反応を示す。いや、桜ちゃんは俺の味方だよね? どうして敵に回ってるのかな? 利害の一致って奴かな?
「だ、だって、キャラじゃないし……私にそんなきらきらした仕事は、出来ないと言うか……」
「大丈夫よ! ブラックローズはアイドルとして素質あるもの! 属性的にもマッチしてるわ! 陽気で明るいわたしと、清楚でお淑やかなブラックローズ! キャラ被りもないし、絶対いけるわ!」
「わ、私は清楚でも無ければ、お淑やかでも無いよ?」
「謙遜しなくてもいいのよ? あなたが清楚でお淑やかだって、皆が認めてるわ!」
彼女がそう言えば、衆目はうんうんと力いっぱい頷く。今やこの場に味方は三人だけしかいない。
しかし、皆に頼ってばかりもいられない。深紅はあまり俺の肩を持たせる訳にも行かないし、花蓮と桜ちゃんに矢面に立たせる訳にはいかない。ここは俺がしっかりしなければ!
自分を奮い立たせる。
こういう時は、相手のイメージを壊すのが大事だ。よし! 清楚でお淑やかなイメージを壊してやる!
「私は清楚じゃないよ。家ではジャージだし、ソファでだらだらしながらお菓子食べてるし……」
あ、やばい。もうネタが尽きてきた……。
俺は必死に考えながら一生懸命舌を回す。
「りょ、料理だって焦がしちゃうし、妹にも甘えてばっかりで……それに! ご飯の前にお菓子とか食べちゃうし! ほら、私って清楚でもなんでもないでしょ? 普通の女の子なんだから、アイドルなんて無理だよ」
魔法少女の時点で普通の女の子ではないし、変身を解けば男になってしまうけれど今はそんなことは関係ない。今大切なのは皆を説き伏せることなのだから。
どうだ! 俺のダメダメっぷりを知ったか! 料理も焦がすし夕飯前にお菓子も食べちゃうぞ! 実際、夕飯前にお菓子食べたりするから、まるっきり嘘と言うわけでも無いぞ!
と、若干自信を持っていたのだけれど、深紅がとても微妙そうな顔で俺の方を見ていた。
「な、なんだよ、その顔は」
「ブラックローズ……それ、逆効果だと思う」
「え?」
俺が呆けた声を上げた直後、周りのざわめきが一層強くなる。
「ブラックローズ家ではぐうたらなのか! なにそれギャップ萌えなんだが!?」「料理を焦がしちゃうってドジっ子じゃない! 可愛い!」「俺もあんなお姉ちゃんに甘えられてぇ!」「膝枕してあげたい!」「抱き枕にされたい!」
「え、え、え?」
周囲の人たちが、なんだか良く分からない方向にヒートアップしていく。
深紅はあちゃぁと言いながら額に手を当て、花蓮は呆れ眼で俺を見ている。桜ちゃんは――
「え、ドジっ子属性なうえに甘えん坊属性? しかもぐーたら属性なんてどんな属性過多ですか萌える。ワタシも甘えられたい甘やかしたい膝枕も腕枕もしたい。あ、一緒にお風呂に入って背中を流してあげるのもいいですね。濡れた髪もドライヤーで乾かしてあげたいし寝る時も一緒のお布団で寝たい。一人じゃ寂しくて眠れないブラックローズに添い寝してあげたい。うん、しましょう。添い寝しましょう。ということでブラックローズ、今日ワタシの家に泊まっていきませんか? 両親には実家に帰って貰って二人きりの状態を作ります。ワタシが全部お世話しますよ?」
――長々とした独り言を言った後、突然俺の方を向いてそう言ってくる。その目にはハイライトが無く、瞳孔が大きく開いていてとても興奮していることが分かる。
その表情があまりにも恐ろしくて思わず桜ちゃんに掴まれた手を振りほどいて深紅の前に出て、深紅を盾にしてしまう。
が、それもまた逆効果であった。
後ろからガシッと力強く肩を掴まれる。
俺はびくっと身体を撥ねさせながら後ろを見る。
そこには目をキラキラと輝かせ、鼻息荒く俺を見つめる星空輝夜がいた。
「やっぱりあなたは最高よ! ちゃんと自分の属性を分かっているわ! アタシ結構しっかりしてるから、あなたをちゃんと支えてあげらえる! あなたのちょっと抜けてて、だけどしっかりと大人な部分にアタシも支えられる! 最高のパートナーじゃない! ねえ、お願いよ! アタシと一緒にユニットを組みましょう!?」
そう言って端整な顔を近づけてくる星空輝夜。
振り払って深紅を盾にしようと考えたけれど、それをしてしまえば今度は桜ちゃんの餌食になる。
前門の虎後門の狼ならぬ、前門の魔法少女後門のアイドルである。それに挟まれた俺は哀れな子羊、深紅は盾である。
ど、どどどどどうしよう! どう逃げよう!?
最早この騒ぎを止めることなど頭になく、俺はどうやってこの場から逃げ出すかを考えていた。
しかし、逃げようにもがっちり掴まれていて逃げられない。いや、本気で振りほどけば逃げられるのだけれど、そうしてしまえば変身していない星空輝夜が怪我をしてしまう。逃げたいけれど、怪我をさせたいわけじゃないのだ。
だからって、この状況に耐えられるわけじゃないけどね!
深紅に助けを求めようにも、深紅もどうすれば良いのか判断しかねると言った表情だし、花蓮に至っては呆れた表情で俺を見るばかりだ。
本当にどうしよう!
打開策が無い今、この状況から逃げ出すことは不可能だ。
…………うぅっ……仕方ない。絶対に使いたくなかったけど、あれを使うしかない…………絶対にいやだったけど!!
けれど、背に腹は代えられない。門外不出、本邦初公開の姿を見せる時が来た! 嫌だけど!
俺は覚悟を決めると、魔力を溜める。
「フォルムチェンジ! アリス・ローズ!」
俺がそう叫ぶと、周囲がぎょっと目を剥く。それもそうだろう。この場所でなぜフォルムチェンジをするのか、理解ができないだろう。
だがしかし、その答えも直ぐに分かるさ!
俺の身体を黒い光が包み込み、一瞬強く光ると薔薇の花弁となりはじけ飛んだ。
光がはじけ飛んだ場所に現れたのは――――一人の幼女であった。
年の頃は十歳ほどの幼女が、ブラックローズと似たような恰好をして立っている。とはいえ、ブラックローズの服よりかは露出は圧倒的に少ない。それに、その手には可愛らしいウサギの人形を持っている。
「「「「「「え?」」」」」」
あまりの事態に、周囲から呆けた声が漏れる。
ふふっ、説明しよう! フォルムチェンジ・アリス・ローズとは、ブラックローズが子供の姿になれると言うただそれだけの能力なのである! つまり、幼女になるだけ! 以上!
しかし能力はそのままである。なので――
「戦略的撤退!」
――驚き、緩んだ手をなるべく優しく振りほどき、俺は空を飛ぶ。
「あ、待ちなさい!」
慌てて手を伸ばすけどもう遅い! このフォルムなら空気抵抗も少なくていつもより早く飛べる! そうでなくても俺は速度には自信があるんだ! 捕まってなんてやるもんか! このフォルムならかくれんぼだって得意だしね!
「学校の前で騒いじゃダメだからね――――――――!」
俺は最後にそれだけ注意すると、初速から最高速度で飛び立つ。
「ま、待ちなさい……この、憶えてなさいよ――――――――!!」
背後からそんな恨みがましい言葉が聞こえてきたけれど、俺は振り返らずにそのまま飛び去った。
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