第16話 作戦会議?

「作戦会議を始めます!!」


 花蓮、深紅、桜ちゃんを前に、俺はテーブルにドンッ――ってやると手が痛いから、ぺしっ程度で手を叩き付けてそう宣言した。


 あれから俺は物陰で変身を解いた後、すぐさま家に戻り深紅と桜ちゃんを我が家に呼びつけた。深紅はどうでもいいけれど、桜ちゃんには申し訳ないことをしたと思っている。


「迫力無いなぁ」


「深紅、うるさい! 余計なこと言わなくていいの!」


 深紅が余計なことを言うから釘を刺す。だってテーブル叩いたら痛いじゃん! それにお茶乗ってるんだからこぼれたらやじゃん! こぼれたら誰が掃除すると思ってるんだ! 俺だよ!


「とりあえず、作戦会議始めるよ!」


「議題は?」


「俺はどうやったらアイドルを回避できるか!!」


 今日の議題はこの一択に尽きます。


「そんなことのためにわざわざ呼び出したのか……」


「そんなことじゃない! 俺にとっては重要なことだ!」


 俺だって本当はこんな面倒な会議なんてしたくないさ! 本当は花蓮と一緒に映画を観て兄妹の仲を深めたいよ! けど、状況がそうさせてくれないんだ!


「深紅も俺がアイドルなんてやってたらやだろ? ブラックローズがアイドル活動するとは言え、中身は俺なんだよ? 幼馴染として嫌じゃない?」


「いや、全然。俺はそんなことで親友を嫌がったりしない」


「こんなときにかっこいいこと言ってるんじゃないバカ! 女……男誑し! すけこまし! いとおかし!」


「いとおかしは違うだろ。落ち着け黒奈。今一番この状況に慌ててるのは間違いなくお前だ。だから落ち着け」


 どうどうと俺の肩を優しく抑えて椅子に座らせる深紅。くっ……! 無駄に紳士的な奴め!


 しかし、確かに俺が一番落ち着かなくてはいけないようだ。


 俺のおかしなテンションを見て、花蓮も桜ちゃんも引くどころか心配そうな眼差しで俺の方を見ている。


 引いたりされると傷つくけど、真面目に心配されると居心地が悪い。


「ごめん。気が動転してた……」


「だろうな。まあ、あの状況じゃ気が動転しても仕方ねぇわな」


「そうですよ! 仕方ないと思います!」


「流石にあの状況は目立ちたくない兄さんには酷だったと思うから、少し取り乱すくらい仕方ないよ」


「うぅ……皆、ありがとう……」


 皆に優しい言葉をかけられて、少しだけ落ち着きを取り戻していく。


「それにして、兄さん……と言うより、ブラックローズをアイドルに誘うだなんて思わなかった。あの人って、アイドルなのよね?」


「え、花蓮ちゃんも知らないの? うわぁ、似たもの兄妹だよ本当……」


 どうやら花蓮も星空輝夜のことを知らなかったらしい。


「花蓮、ドラマとかよく見てなかった?」


「ドラマは見てるけど、あの人は見たことない」


「歌番組とかは見てないの?」


「好きなアーティストが出てない限り見ないかな。それ以外はテレビなんてあんまりつけないし」


「本当に似たもの兄妹だわ。花蓮ちゃん、ニュースくらいは見た方が良いと思うよ?」


「ネットニュースで十分じゃないですか?」


「本当にどこまでも兄妹だな君らは!」


 花蓮の返しに深紅が頭を抱える。


「そんなことよりも、彼女ってアイドルなんですか?」


 頭を抱える深紅をスルーして、本題に話を戻す。


「そんなことって……はぁ、まあいいけどね」


 心配しているのにそんなことと言われてしまい肩を落として溜息を吐く深紅。


 女子に限らず男子にも人気のある深紅をこんなに無下に扱うのは俺たちくらいだろうなぁ。まあ、今更へこへこ頭を下げて他人行儀になる気も無いけれど。


「彼女は、星空輝夜って言って今を時めく人気アイドルだよ。映画にドラマにバラエティーに引っ張りだこ。活動はソロでしかしてなかったから、てっきり俺は相方はいらないもんだと思ってたんだけどねぇ」


 そう言って、深紅は俺の方を見てくる。


「お前、なんか思い当たる節とか無いわけ? 彼女、誘いを何度も断られたって言ってたぞ?」


「む~……思い当たる節、ねぇ……」


 考えてみるものの、全く思い浮かばない。そも、俺はアイドルとの接点なんて一つも無いし、星空輝夜に会ったことだって一度も無いのだ。それなのに思い当たる節と言われても、なにも無いとしか言いようがない。


「全然無いよ? 俺、そもそも星空輝夜に会ったことないし……」


「星空輝夜に会ったことは無くても、魔法少女・マジカルスター・ムーンシャイニングには会ったことあるんじゃないか?」


「え、そりゃあ、何度か会ったことあるけど……」


 ムーンシャイニングとは現場で結構一緒に戦ったことがある。と言っても、俺は毎回彼女のサポートに徹しているため、あまり共闘らしい共闘はしたことがないけれど。


 それと彼女にどういう繋がりが? そんな疑問が顔に出ていたのか、俺の顔を見た深紅が明らかに呆れたような顔で溜息を吐いた。


「な、なんだよ……」


「俺言ったよな? 彼女はアイドルであり、魔法少女だって」


「言ったけど…………ま。まさか!?」


 ことここに至って俺もようやく理解する。


「そのまさかだ。彼女、星空輝夜こそ、魔法少女・マジカルスター・ムーンシャイニングだ」


「え、えぇ!?」


 俺は驚きのあまり大きな声を上げてしまう。


 そうか! どこかで見たことある顔だと思ってたら、彼女が魔法少女・マジカルスター・ムーンシャイニングだったのか!


「逆になんでお前は知らないのか、俺はそれが不思議でしょうがない」


「だ、だって一度も言われなかったし!」


「わざわざ自分で言うほど彼女の人気は低くない。そんなことを自分の口から言ってみろ。自分の立場をひけらかしているようにしか見えないだろ? そんな馬鹿なことをするような子じゃないってのは、一緒に戦ったことがあって、なおかつ会話をしたことのあるお前なら分かるだろ?」


「う、うん。それは分かるよ……」


 彼女は元気があって優しくていい子だ。戦闘中はこちらに気をかけてくれるし、戦闘後も気さくに話しかけてくれる。って、あ……。


「彼女、戦闘後にアイドルやろうってよく言ってた……」


「それで本当になんで気付かない……」


「だ、だって! 冗談かなんかだと思ったんだもん!」


 普通冗談だと思うよね? だって俺一般人だし、それに中身男だし!


「って言うことはお前、その時にちゃんと断ってないだろ?」


「こ、断ってるよ! アイドルは無理だって!」


「違う、そう言うことじゃない。お前、彼女の言葉を冗談だと思ってたんだろ?」


「うん」


「お前はその冗談・・真剣・・に言葉を返したのか?」


「あ……」


 言われ、気付く。


 確かに、俺は彼女の言葉を冗談だと思っていた。だから、彼女の言葉に軽く無理だと返事をするくらいだった。そこに真剣さは無くて、あるのはいつも通りに彼女の言葉を冗談と捉えて、微笑みながら断る言葉だけだった。


「彼女も、お前が本気で断ってないって分かったから、こんなことをしたんじゃないのか?」


「そう、かも……」


 彼女は相棒の座は空いているのねと言った。恐らく、彼女はその座にチェリーブロッサムがいたと思ったから焦って慌てて声をかけてきたのだろう。だから、こんな目立つようなやり方を平気でしたのだ。


「俺にも、責任の一端はあったのか……」


「まあ、ちゃんと断らなかったお前もそうだけど、相手が自分のことを知ってると思って事情を全部話さなかった彼女も悪い。今回のことは、お互いが無思慮だったってことだな」


 そう言って話をまとめると、深紅はお茶を一口飲む。


「さて、ここまで言ったんだ。後はどうするか、作戦会議なんてしなくても分かるよな?」


 深紅が、諭すように優しく言ってくる。


「うん、分かるよ。ちゃんと彼女と話をしてみる」


「そうしろ。その方がうだうだ考えるよりも手っ取り早い」


「うん」


 これで俺の仕事は終わり、と言わんばかりに深紅はお茶とお茶請けのお菓子に手を伸ばして、のんびりし始める。今までの真面目な雰囲気は一瞬で消え去り、いつもののほほんとした深紅に戻る。


 俺ももう悩みは消え去ったので、のんびりお茶を飲むことにする。花蓮は深紅が真剣な顔をし始めたときから、もう終わったとばかりにお茶を飲んでいたけれど。


「なんか、お二人って凄い仲良いですよね……」


 ぽつりと、想ったことがそのまま口に出てしまいましたとばかりに言ってくる桜ちゃん。


「まあ、幼馴染だからね」


「いや、そう言うことでは無くですね。なんでしょう? 信頼し合っていると言うか、お二人のその関係が当たり前だと言うか……」


 言っていて訳が分からなくなっているのか、うーんと唸りながら小首を傾げる桜ちゃん。


「……なんか、深紅さんがお兄さんで、黒奈さんが妹みたいな感じがするんですよ」


「深紅が俺より精神年齢が上なのは認めるけどね、俺が妹と言うのは絶対に認めないよ?」


 俺、男だからね?


 そう言った意味合いを込めて言えば、桜ちゃんは特に慌てた様子も無く謝ってくる。


「すみません。なんか、自然と妹って言葉に出ちゃいました」


「別にいいよ。悪気があったわけじゃないだろうし」


「邪気はたっぷりあったみたいだけどね」


 花蓮が片目を瞑って曰くありげに桜ちゃんを見ながら言う。


「邪気?」


「ブラックローズの幼女フォルムを見てから、桜はずっともう一度見たいって言ってたから。妹みたいで可愛いんですって」


「それと邪気にどういった関係があるの?」


「欲望が口から洩れたんでしょ。もう一度幼女フォルムが見たくて」


「あ、なるほどねぇ……」


 つまりはアリス・ローズを意識しすぎたから俺を妹と言ってしまったということなのだろう。うん、確かに邪気しかない。


「えへへ……実は、そうなんです~。あのフォルムは始めて見たので、出来ればもう一度、今度はじっくり見たいなぁって」


 えへへ、と言うよりは、でへへとだらしない笑みを浮かべる桜ちゃん。


 可愛くない笑みを浮かべる可愛い桜ちゃんの頼みだけれど、俺の答えは一択だ。


「のー」


 いやいやと首を振りながら拒否する。


「えぇ!? なんでですか!?」


「逆に説明しないといけないのかな!?」


 察してしかるべきでしょう俺の心境なんて!? 逆になんで桜ちゃんが驚いてるのかがまったくもって分からないけれど!?


「お願いします! 幼女になってください!」


「その言い方やめて! ちゃんとアリス・ローズって言って!」


「わたしの可愛いアリスちゃんになってください!」


「誰も桜ちゃんのものになってないからね!?」


「え、でもアリスちゃんはちゃんとわたしをお姉ちゃんって呼んでくれましたよ!? って、これは違う。これはわたしの脳内アリスちゃん。現実リアルアリスちゃんにはまだ・・言ってもらってない」


「言わないよ!? て言うか脳内アリス!? 桜ちゃん本格的に大丈夫!?」


 桜ちゃんがブラックローズを好きすぎて危険なところにまで足を突っ込んでいそうでとても心配だよ!


「大丈夫です! 現実のアリスちゃんがお姉ちゃんって可愛く言ってくれれば、わたしの脳内アリスちゃんも本物になります!」


「それもうダメな部類だよね!? 戻って来て桜ちゃん! 脳内じゃなくて現実に戻って来て!」


 もうだいぶ危ないところまで突っ込んじゃってる!? 肩まで浸かってそうで怖いよ!!


 興奮したように鼻息荒く俺に詰め寄ってくる桜ちゃんに、俺は対処しあぐねていた。


 そんな時、思わぬところから援護があった。


「兄さん、一度くらいなってあげたら?」


「花蓮!?」


 桜ちゃんに、だけれど。


 花蓮がまさか俺が不利になるようなことを言うとは思っておらず、思わず呆けた顔をしてしまう。


 そんな俺を花蓮はいつも通りの落ち着いた目で見ながら言う。


「兄さんが桜をここに呼んだのって、アイドルにならないための対処法を一緒に考えてもらうためでしょ? それなのに、桜になんのお礼も無いなんて、桜が可哀想でしょ?」


「え、俺もお礼貰ってないよ?」


「深紅さんはもうそう言うものだと思って諦めてください」


「酷い……」


 深紅の言葉をばっさりと切り捨てる花蓮。深紅は酷いと言いながらも呑気にお茶菓子を食べてる。


「まぁ、確かに何かお礼はするべきなんだろうけど……」


 なにもそれが幼女フォ……アリス・ローズになることじゃなくても良いわけで……。


「そ、そんな! わたしお礼が欲しくて来たわけじゃないので、お礼なんて全然大丈夫です! けど……もし、いただけるのなら、ブラックローズとガンスリンガー・ローズとアリス・ローズと一緒に撮ったツーショット写真が欲しいなぁ、なんて」


「随分と欲張りだね! 逆に感心するよ!」


 それって結局は君が知ってるブラックローズの全フォルムじゃないか!


「それに、そうじゃなくても兄さんが原因で今回の騒ぎに桜を巻き込んだんだから、叶えられるお願いくらい叶えてもいいんじゃない?」


「うっ……」


 それを言われると弱い。確かに、俺のせいで今回桜ちゃんを巻き込んでしまったのだ。俺が最初からちゃんと断っておけば、桜ちゃんを巻き込むことも無かった。この責任はやはり俺にあるのだ。


 なら、考えるまでも無く、俺は叶えられる範囲で桜ちゃんの願いを叶える義務があるのだろう。


「はぁ……分かったよ。その三つのフォルムでツーショットね」


「やたっ! ありがとうございます黒奈さん! ありがとう、花蓮ちゃん!」


「どいたまー」


 花蓮が呑気に答え、深紅はくくっと意地悪く笑った。俺はと言えば、もう一度溜息をはいくことくらいしかできなかった。

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