第17話 例の件

 結局、ツーショットだけで終わることは無かった。知ってた。


「ふふふっ、可愛い~~~~」


「本当にね」


 俺はただ今、桜ちゃんの膝の上に座って両手を花蓮に握られて弄ばれていた。


「はぁ……アリスちゃん可愛い……持ち帰っちゃダメ?」


「それはダメ。アリスとはここで遊んでいって」


 二人が言うように、今の俺はアリス・ローズである。桜ちゃんの膝の上に座り、俺の膝の上に変身すると付いて来るウサギのぬいぐるみが座っている。


 そんな俺の姿がツボなのか、桜ちゃんは俺をぎゅっと抱きしめながら何回目か分からない甘い吐息をこぼす。


 花蓮はなぜか俺の目の前に回り込んで俺の両手をとってにぎにぎして遊んでるし、深紅はその様子を動画に――って!!


「深紅動画撮らないで!」


「お兄ちゃんと呼ばないと止めないぞ?」


「お兄ちゃん動画撮らないで!」


「はいブラックローズのお兄ちゃんいただきましたー」


「なっ!?」


 くそう! まんまと嵌められた!


 深紅の誘導に引っかかってしまい、お兄ちゃんと言ってしまった。くっ、にやにやしてる深紅がムカつく!!

 

「ほわぁ……アリスちゃんがお兄ちゃんだって! ねぇねぇアリスちゃん、わたしの事お姉ちゃんって呼んでみて?」


「やだ!」


「え~お願い~!」


「絶対やだ!」


 絶対に言うもんか! もう絶対に失態は繰り返さないぞ!


 プイとそっぽを向いて言わないとアピールする。が、その顔を両手で掴まれて真正面を強制的に向かされる。


 真正面には当たり前だけれど花蓮がいて、花蓮が何やら真剣な表情でこちらを見ていた。


「アリス」


「な、なに?」


 あまりに真剣な表情に、思わず気圧されてしまう。


 こんな真剣な表情をするなんて。なにか重要なことがあるのか? 


「お姉ちゃんって言ってみて?」


 重要さの欠片も無いなおい。


 俺は思わずジト目になって花蓮を見る。


「やだよ」


「言って」


「やだ」


「……今日から黒奈って呼び捨てにするから」


 なん……だと!? 


 花蓮の言葉に、俺は衝撃を受ける。


 ということはあれか? 俺はもう兄さんともお兄ちゃんとも呼んでもらえないということか?


「う、ぎぎぎ……」


 その衝撃の脅迫に思わず歯噛みしてしまう。


「ちょっ!? アリスちゃん女の子がしちゃいけない顔してるよ!?」


「兄さん冗談だからその顔は止めて! 絶対に魔法少女がしちゃいけない顔だから!」


「ぶはははははははははははははっ!」


 花蓮と桜ちゃんが焦りながら俺を止める中、深紅はお腹を抱えて爆笑していた。しかもちゃっかり写真まで撮っている。いけない。これ以上深紅に弱みを握られるわけにはいかない。


 俺が表情をもとに戻すと、二人は安堵したように肩を降ろした。


「私、もうこのネタで兄さんをいじらないわ」


「そうした方が良いよ、花蓮ちゃん……」


「俺としてはけっこうおもしろかったけどな。黒奈のこういう表情は新鮮だ」


 一人、携帯の画面を見ながらくくっと笑う深紅。後でデータと深紅の記憶を消しておかなくては。


 と言うか、俺はいつまでこの恰好でいなくちゃいけないのだろう? そろそろ戻ってもいいのでは?


「ねぇ、もう戻っても良い?」


「え~? もうちょっとだけこのままでいようよ~」


 もっとかいぐりしたい~と俺の頭に頬を摺り寄せてくる桜ちゃん。


「桜ちゃんなら分かると思うけど、変身するのって結構疲れるんだよ? その上フォルムチェンジしてるわけだしね」


「うっ、それを言われると弱いです……。わかりました。名残惜しいですが今日は・・・この辺にしておきましょう」


 そう言って俺を膝から降ろす桜ちゃん。ふぅ……ようやく解放された……。


 降ろされたところで俺は変身を解く。


 ぱぁっと眩い光に包まれて、光が霧散した後にはいつもの俺の姿に戻っている。


「もうしばらくアリスにはならないぞ……」


「「えぇー」」


「残念そうにしてもダメ! 絶対ならないからね!」


 ぶーぶーと不服そうに頬を膨らませる二人。


 二人が何と言おうとも俺はやらない。今回みたいに俺が悪いとき以外はやらない。


「ん? おい黒奈。携帯鳴ってるぞ?」


 そう言って深紅が俺に携帯を渡してくる。


「え、誰だろ…………げっ」


 俺はディスプレイの名前を見た瞬間、思わずそんな声を出してしまった。


「どうしたの兄さん?」


「いや、何でもないよ。ちょっと出てくるね」


「うん」


 俺は電話をするために廊下に出る。


 不自然、では無いよな? 俺は誰かがいる時は電話は外に出てでることにしている。それを花蓮も深紅も知っている。知らないのは桜ちゃんだけだけど、二人が不振に思って無かったら気にもしないはずだ。


 ともあれ、さっさと電話に出ないとマズイ。早急に出て、早急に終わらせなくてはならない案件なのだから。


 俺は意を決して応答を押す。


「はい、如月です」


『ああ、黒奈さんですか? さかきです』


「正直、かかってこないことを願っていました……」


 榊さんの声を聞き、俺は思わずため息交じりにそう漏らす。


『如月さんは嫌かも知れませんが、それでは先行投資の意味がありませんので』


「ごもっともで……」


 淡々とした口調で言う榊さんに弱々しく答える。


 彼女――榊さんは、先月花蓮と桜ちゃんと一緒に行ったショッピングモールで俺に服を譲ってくれたお店の店長さん兼デザイナーさんなのだ。


 俺は服を譲ってもらう代わりに、榊さんのお店のポスターのモデルをやることになっているのだ。


 この電話が来たということは、とうとうその日程が決まったということだろう。


『では、私もあまり時間を取れませんので、撮影日と必要事項だけ簡潔に言いますね』


「……はい、よろしくお願いします」


 俺は観念して頷く。


『撮影日は今週の土曜日にしようと思っているのですが、如月さんは何か予定は入っていますか?』


「いえ、その日は一日フリーです」


『それは良かったです。その日が抑えられなかったら、夏まで伸ばすことになってましたので。如月さんも、流石に水着は着たくないでしょう?』


「あ、当たり前です! て言うか着られるわけありません!!」


 思わず喰い気味に否定してしまうけれど、仕方のないことだと思う。


 だって水着だよ!? 榊さんのお店はレディース専門店だから水着も必然的にレディースしかないんだよ!? 着られるわけがないし、着たいわけがない!


『ええ、流石に男性である如月さんにそこまでは要求しません』


「ほっ……それはよか……今なんて言いました?」


『? ですから、男性である如月さんにそこまでは要求しませんと……』


「俺が男だって気付いてたんですか!?」


『ええ。一目では分かりませんでしたが、女性的な仕草があまりにも少なすぎました。それに、スカートなのに歩き方に配慮がありませんでしたからね。それだけならスカート慣れしていないと考えられたかもしれませんが、この近辺で言えば女子生徒の制服は必ずスカートです。ですので、前提としてスカート慣れしていない女子と言うのがまずありえないです。とても童顔な成人女性という線も考えましたが、義務教育を受けている女子であればスカートは一度は通る道です。慣れてないと言うのもおかしな話です。ですので、如月さんは男性なのではと考えました』


「す、すごい……」


 榊さんの洞察力と推理力に思わず舌を巻く。


 俺としては女の子っぽくしたつもりは無かったけれど、多少なりともそんな目で見られているのと言うのは何となく自覚していた。それに、桜ちゃんにボーイッシュな美人さんと言われて、知り合いにもそう言う目で見られていることを知った。だから、周りは少なくとも俺を女として認識しているものだと思っていた。


 ばれたからどうこうなるわけでは無いけれど、それにしても榊さんの観察力は凄いと思った。


『あとは、如月さんが少し居心地悪そうにしていらしたので、もしや男性なのではと思ったのです。商売上、不審者とそうでない人を見分けられなくてはいけませんからね。まぁ、客商売をやっていれば、これくらいは朝飯前です』


「いえ、凄いですよ。なんだか探偵みたいでした」


『た、探偵は言い過ぎですよ』


 俺が素直にそう言えば、榊さんは照れながらも少しだけ嬉しそうにそう言った。


『おほんっ。それでは、話しを戻しましょうか』


「はい……って、ちょっと待ってください!!」


 反れた話が元に戻ったところで俺の脳裏をふと過ぎった疑問があまりにもあんまりだったので声を大きくしてしまった。


『なんですか?』


「なんですかじゃないですよ! 榊さん、俺が男だって知っていてモデルを頼んだってことですか!?」


『はい。男性だとしても、綺麗だと思いましたので』


「なんてこった……」


 俺は思わずその場にくずおれる。


 男だと分かっていてモデルを頼まれていたのか……女の子に間違われてモデルを頼まれるよりも結構ショックが大きいんだが……。


『性別なんて些細なものです。見た目良ければ全て良しです』


「使いどころが限られた言葉ですねそれ」


 使いどころを間違えれば敵を増やしそうな言葉だ。


『まぁ、それは冗談ですが。正直なところを申しますと、夏物コーデのモデルイメージに如月さんがピッタリだったんですよ。妹さんでも良かったんですけど、如月さんの方が私のイメージにマッチしていたので』


「なんてこったい……」


『ですから、私としてはぜひとも如月さんをモデルに撮影をしたいわけなんです。勿論、モデル代も払います。その日に着た服も何着か持ち帰ってもらってもかまいません』


「いえ、モデル代なんてもらえません! 服も貰ったところで俺は着ませんし!」


『服は貰う貰わないは如月さんの自由ですが、モデル代は流石に払わせてください。うちは一応全国チェーン店ですので、全国に如月さんのポスターが貼られるんです。それによって見込める集客率は恐らく今までのポスター以上に見込めます。これも言わば先行投資です』


「でも、実際に利益が出ていないのに貰うわけには……」


『ポスターによる利益とモデル代はまた別です。撮影当日は何着か服を着替えてもらっていろんなロケーションでの撮影になりますので、あの服だけでは報酬にならないんです。いわば、正当な報酬です』


「うぅ……」


 そう言われると断れない。俺を優遇しての措置ではないのなら、それが正当に俺がもらえる報酬なのであれば、俺がそれを断ると言うのも相手に気を遣わせてしまうし、他の人から見たら俺を無償で働かせていると思われかねない。


 ここは断るべきところでは無いよな。俺としては気が引けるけど、そう言ってもいられないか……。


「分かりました。それじゃあ、モデル代の方は受け取らせていただきます」


『そう言ってもらえると助かります。服の方は気が向いたら貰って行ってください。この間も言いましたけれど、如月さんが着ていただければそれだけで宣伝になりますので』


「俺は歩く広告塔か何かですか?」


『ポスターが世に出回ればまさにその通りになると思いますよ? まぁ、私服として着ないでしょうから、残念で仕方がありませんけど』


「ここは男で良かったと喜ぶところですかね?」


『どうでしょう? それは如月さん次第ですね』


「じゃあ、喜んでおくとしましょう」


『私は酷くがっかりですが』


「やっぱり榊さんはそっちが本音ですか!」


『ふふっ、冗談ですよ。如月さんが男の子で無かったら、私は如月さんに出会うことができなかったかもしれない。ですから、如月さんが男の子で良かったと思いますよ。水着を着ていただけないのが、少し残念ですけどね』


「もうどっちが本音か分からないんですけど……」


 目の前に居ないのに、俺は思わずジト目をしてしまう。


『どちらも本音ですよ。そうですね、更に本音を言うならば、如月さんが女の子になれたらどれほど良かったかと思いますけどね』


「――――っ!」


 榊さんの言葉に、俺は思わず息を呑んでしまう。


 榊さんとしては狙って発言をしたわけでは無いのだろう。けれど、核心を突いたその言葉に俺は思わず反応してしまう。


『? どうしました?』


「え、い、いえ! 榊さんも、変なことを言うなぁって呆れていただけですよ!」


『……そうですか。私としては至極真面目なのですけど』


「真面目に言っているのですか……」


 少しの間が気になったけれど、榊さんはこれ以上言及してくるつもりは無いようだ。そのことに、ほっと胸を撫で下ろす。


 胸を撫で下ろしていると、スピーカーから榊さん以外の声が聞こえてきた。と言っても、音が遠すぎて誰が何をしゃべっているのか分からないけれど。


 榊さんはその声に二言三言返すと、こちらに戻ってくる。


『申し訳ありません。そろそろ時間のようです。思わず長電話になってしまいましたね。すみません』


「いえ、榊さんの推理が聞けて良かったですよ?」


『ちゃ、茶化さないでください』


 俺がからかうように言えば、榊さんは照れたような声で言う。


『おほんっ。詳しい日程はメールで送らせていただきます』


「はい、よろしくお願いします」


『それはこちらのセリフですよ。当日はよろしくお願いします』


「はい。精一杯やらせていただきます」


『ええ、お願いします。ああそれと、ポスターによる利益が上がりましたら、お礼は個人的にさせていただきます。それでは』


「え、ちょっと!」


 俺が断る前に、榊さんは通話を切ってしまう。


「言い逃げはズルいなぁ……」


 そう呟きながら俺は携帯をポケットにしまう。


 そして、リビングに戻ろうと後ろを振り向いた直後、目が合う。


 リビングへとつながる扉の隙間から、三人分のにやけた視線が俺を見ていた。

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