第14話 厄介事の予感

 教室から見ても多いと思えた人だかりだけれど、近くにくると更に人が多いなと思った。


 て言うか、さっきより人増えてるんじゃないかな? 経過を見てないから良く分からないけど。


「明らかに人増えてるなぁ。本当になんの騒ぎなんだ?」


「さあ。それを確かめにここまで来たんじゃないの?」


「そうなんだけどさ、ここまで人が多いと面倒くさいと言うかなんというか…………帰るか?」


「おい、人を無理矢理連れてきておいてなんだそれは」


 深紅の面倒くさそうな声音で言われた『帰るか』の言葉に、俺はジト目を向ける。


「冗談だって。そんな可愛い、もとい、怖い顔すんなよ」


「おちょくってるなら俺は帰る」


「待て待て! 本当に悪かったって。それよりも、ほら、確かめようぜ。人だかりの理由をさ」


「でもここからじゃ見えないし」


 人だかりが多くて俺の身長じゃあ人だかりの中心を見ることはできない。深紅も身長が一八〇はあるのだけれど、ここまで人だかりができていると頭一つ分大きいだけでは中心までは見えないだろう。


「大丈夫、分かる人に聞けばいい。て言うことでそこの君、なんでこの人だかりができたか分かる?」


 何がて言うことでなのかは全く分からないけれど、人に聞くのは良い判断だ。それも、あのクリムゾンフレアである深紅が声をかけるのだ。女子であれば殆ど必ずと言っていいほど答えを返してくれるし、男子でもヒーローに憧れたことのある者であれば、喜んで答えてくれるだろう。


「え、い、和泉いずみ先輩!?」


 声をかけられた女子生徒はどうやら後輩のようだ。顔を赤くして深紅に声をかけられたことに驚いている。


「え、俺のこと知ってるの? 嬉しいなぁ」


「も、もちろんですよ! わたし、先輩がこの学校にいるって知って、この学校を受験したんですから!」


「そうなの? ますます嬉しいな、俺に会いに来てくれただなんて」


 慣れた様子で相手が喜びそうな言葉を紡いでいく深紅。なかなかにプレイボーイな言動ではあるけれど、嬉しいと思っているのは素なので喜んでいるのは演技では無い。


 そんな純粋な微笑みにあてられた彼女は、リンゴのように顔を真っ赤に染めた。


「わ、わわわわたしも会えて光栄でしゅっ!」


 あ、噛んだ。


 盛大に噛んだことに気付いたのか、更に顔を赤くする彼女。


「深紅、本題言ってあげて。彼女が気の毒だよ」


 顔を赤くしてテンパってしまっている彼女が可哀想に思えてきたので助け舟を出す。


 そこで、俺がいることにようやく気づいたのか彼女の視線が初めて俺の方を向く。


 そして、俺の方に視線が向いた途端、彼女は目を見開き真っ赤になっていた顔から血の気が引いて行き、体調不良を疑うようなほど真っ青になった。


 え、なに?


 彼女の顔色の変わり具合に驚いていると、彼女が急に頭を下げてきた。


「す、すみません! 先輩の彼女さんがいるとは知らず、アプローチまがいのことをしてしまって!」


「は?」


「わ、わたしこれで失礼します!」


「え、あ、ちょっと!」


 とてつもない速さで走り去っていく彼女を呆然と見送る。そして、彼女に言われた言葉を心中で反芻する。


 え、彼女? 俺が、深紅の?


「考えただけで吐き気がする」


「おい、それは酷いんじゃないか?」


 酷くは無い。酷いと言えば彼女の方だ。


「俺、男子用の制服着てたんだけど?」


「きっと顔しか見てなかったんだよ」


「その、恋人と別れた友人を慰める時に使うような言葉はやめろ」


「やけに具体的なつっこみで」


「もういいから、さっさと次訊いてきて。俺は離れて待ってるから」


「へいへい」


 また同じような勘違いをされてもへこむので、俺は深紅から少しだけ離れる。


 深紅は、今度はターゲットを男子生徒に変えて話かけていた。どうやら、同学年のようで気安く話をしている二人。


 ああいうコミュ力の化け物は、いったいどうやって生まれてくるのだろうか……。


 若干緊張しながら話していた男子生徒が、直ぐに自然な笑みを浮かべて会話をしている様子を見てそう思った。


 コミュ力の化け物はそのまま数分間お喋りをした後、男子生徒に軽く手を振ってから俺の方に戻ってきた。


「どうだった?」


「どうやら、アイドルの星空ほしぞら輝夜かぐやが来てるらしい」


「星空輝夜?」


 名前を聞いてもピンと来ないので、思わず小首を傾げてしまう。


 そんな俺に、深紅は呆れたような目を向けてくる。


「お前、星空輝夜を知らないのか? 歌番組とかかなり出てて、最近じゃあバラエティーやドラマにも出てるし、動画配信もしてんだぞ?」


「ご、ご存じないです……」


「はぁ……アイドルとかに興味の無い俺でも知ってるのに……って、俺の場合はちょっと特殊か。それよりも、お前、普段からテレビとか見ないのか?」


「あまり見ないかな」


 家ではもっぱら家事をしているか小説を読んでいるかのどちらかだ。ご飯を食べる時にはテレビはつけないで花蓮とお喋りをしてるし、ニュースなんかは携帯に流れてくるネットニュースで事足りるしね。


「テレビは、DVD見るためにしか使ってないかも……」


 しかもそのDVDもあまり借りてこないので、ほとんど使っていないということになる。と言っても、俺は使っていないだけで、花蓮はよくドラマとか見てるけど。最近だと、サブスクに登録したようでテレビで映画とかを見ているようなので、DVDプレーヤーも置物同然になっている。


「お前、少しはテレビ見た方が良いぞ? 流行に乗り遅れるからな」


「考えておくよ」


「思案する必要性があることなのか……BGM感覚で良いからつけとけって。お前に友達が少ない要因その二は、共通の話題の少なさだな」


「うぐっ……それを言われると、反論できない……」


 確かに、それは一理あるのかもしれない。


 教室でぼけーっとしていると、たまに周囲の会話が耳に入ってくる。その時、○○可愛いよな、と芸能人の名前とおぼしき単語が飛び出してきたのだが、俺には全く理解できなかった。でも、その二人の間では会話が続いていたので、二人にとっては共通認識であり、流行りの人物なのであろうことは明白だった。


「テレビ、見た方が良いのかな……」


「見た方が良いと思うぞ? お前雑学とか好きだろ? そう言う番組も多いしな。クイズ番組とかを花蓮ちゃんと一緒に見れば盛り上が――――」


「帰って番組表チェックしないと」


「――――決断が早いなぁ」


 だって花蓮と一緒に盛り上がれるんだよ? 最近前みたいに仲良くなれてはいるけど、もっと仲良くなりたいじゃないか! 


「じゃあ帰ろうか深紅。番組表確認しないと」


「こらこら待て待て。俺たちの目的を忘れたのか?」


「あ、そうだよね。忘れてた」


「思い出してくれたようで何よりだ。とりあえず、一目見に人ごみの中心に生きたいところだが――――」


「ポップコーンとジュースも買わないといけないよね。うん」


「――――まったく分かってねぇな! て言うか映画館気分かよ! そうじゃなくて、アイドルを一目見るんだろ? ミーハーになるべくさ」


「アイドルはいいよ。今はテレビの番組表を一刻も早く確認したい」


 あとジュースとかも買いに行きたい。準備万全で花蓮と一緒にテレビ見たい」


「もう一直線だなお前は……ほら、アイドルだぞ? 見たくないのか?」


「アイドルみたいなのならいつも見てるし」


「え、誰?」


「深紅」


「あー……」


 俺の答えに、確かにと納得を示す深紅。


 有名ヒーローのクリムゾンフレアである深紅は最早アイドルのようなものだ。アイドルのような深紅を毎日見ているから正直アイドルとかさほど興味は無い。


「じゃあ、あれだ。彼女、魔法少女なんだ。魔法少女で、アイドルなんだ。どうだ? 気にならないか?」


 一般人であれば心惹かれるワードが二つもあるけれど、深紅の言葉の裏を読めば、同業者として興味があるだろう? といったところだ。生憎と、一般人ではない俺は心惹かれない。


 そもそも、自分が魔法少女だし、桜ちゃんも魔法少女だ。俺としてはあまり珍しくもなんともないし、同業者としてもやっぱり気になったりはしない。だって張り合ってるわけでも無ければ、競争してるわけでも、敵対してるわけでも無い。興味が無くて当然だ。


「全然。ねえ、もう帰ろう?」


「お前は本当に……はぁ、分かったよ。今日はもう帰ろう」


 呆れたように息を吐きながら深紅がようやく帰ると言う。


「じゃあ行こう」


「おう」


 校門にできた人だかりを避けながら、俺たちは校門から出て行く。が、そこでがしりと何者かに手を掴まれた。


「待って兄さん」


「え? 花蓮?」


 俺の手を掴んできたのは、俺の最愛の妹である花蓮であった。


 急に登場した花蓮に驚きつつも、焦ったような花蓮の表情を見て何かがあったと悟る。


「どうしんだ、花蓮ちゃん?」


 俺よりも早く花蓮の様子に気付いた深紅が、少しだけ真面目な表情で問いかける。


「その、桜がからまれてて」


「桜ちゃんが? いったい誰に?」


「深紅、訊いてる時間が惜しい。直ぐに行こう。花蓮、案内してくれる?」


「わかった」


 花蓮に手を引かれて、俺と深紅は桜ちゃんがからまれているという場所まで向かう。


「なーんか俺、嫌な予感がしてきた……」


 一歩踏み出した瞬間からそんなことを言い始める深紅。


「そうだね。一大事になる前に、桜ちゃんを助けないと」


「そうじゃないんだけどなぁ……ああ、やっぱりそうか……」


 歩くたびに深紅が面倒くさそうに顔を歪める。


 面倒くさそうにするなんて、薄情なやつだな。むっ、それにしても人が多いな。ちょっと気を付けて歩かないと。


 後ろにいる深紅を振り返りながら歩くと危ないので、俺は前を向いて歩く。と、そこでさすがの俺も気付く。


 あれ、人だかりの中進んでない……?


「あれれぇ……?」


「ようやく気づいたか。でももう遅いみたいだぜ……」


 諦めたように溜息を吐く深紅。


 その言葉の後、俺たちは人だかりを抜けて人だかりの中心に出てきてしまった。


「さあ! ブラックローズの連絡先を教えなさい!」


「だ、ダメです! 個人情報なので、教えられません!」


「ケチ! 減るもんじゃないし良いじゃない!」


「良くないです! 誰にも教えないことを条件に連絡先を交換したんですから!」


 人だかりの中央であーだこーだと言い争う二人。


 一人は、くだんのからまれている花蓮の友人である甘崎桜ちゃん。スマートフォンを大切そうに抱きかかえて、目の前の少女の視界に入れないようにしている。


 一人は、綺麗なブロンドの髪を持つ少女だ。勝気そうな目に整った顔立ちの非常に綺麗な女性である。おそらく、彼女がアイドルである星空輝夜なのであろう。


 ……ん? 彼女、どこかで見たような……。


 星空さんの顔に少し見覚えがある。あれ、誰だっけかな?


 必死に思い出そうとしたとき、握られた手を引っ張られる。


「お願い兄さん、桜を助けてあげて」


「え、無理無理! この状況で俺が助けに入れるわけないだろ? 深紅行って来て!」


「御免被る。女子の争いに男子が入るべきじゃないんでね」


「その理屈で言ったら俺もそうだから!」


「兄さんなら大丈夫! さあ、桜を助けて!」


「無理無理無理! 今の俺・・・じゃ無理だから!」


 手を引っ張ってくる花蓮であるが、本気で踏ん張れば抵抗できないことも無い。俺は必死に抵抗して桜ちゃんと星空さんの間に入らないようにする。


「むぅ~~~~っ!」


 俺が抵抗するのが気に食わないのか、頬を膨らませて不機嫌さをアピールする花蓮。頬を膨らませる花蓮も可愛いけれど、今はそれどころじゃない。


「兄さんの意気地なし!」


「まあまあ。花蓮ちゃん落ち着いて。黒奈にも考えがあるみたいだからさ」


 怒る花蓮を宥めるために、深紅が俺と花蓮の間に入ってくれる。それに、どうやら俺の意図にも気づいてくれているようだ。


「……考え?」


「そうそう、考え。黒奈も言ったでしょ? 今の俺じゃ無理だって」


「……あっ」


 そこで花蓮も気付いてくれたのか、合点が行ったという顔をする。


 花蓮が納得したところで、俺はすぐさま花蓮に声をかける。


「花蓮、ちょっと時間ちょうだい。すぐ戻ってくるから!」


 俺はリュックを深紅に預けると、人だかりの外に向かって行く。


 後ろから二人の声は聞こえない。恐らくは不用意な発言をしないでいてくれているのだろう。


 俺に注意が向けばそれだけで俺の正体がばれる可能性が上がるのだから。


 すみません通してくださいと言いながら人だかりをやっとの思いで抜け出す。けれど、ここから更に人気の無いところを探さないといけない。


「メポル、人気の無いところまで案内して」


『了解メポ!』


 小声で呟けば可愛らしい声で軽快な返答が返ってくる。


『このまま少し走った後、突き当りを左に曲がるメポ! そうしたら細い路地に入るメポ! そこなら人の気配が無い上に、万が一が起きて誰かから見られることも無いメポ!』


「了解」


 俺はメポルの案内通りに走る。


 しばらく走れば、メポルの言った細い路地にたどり着いた。


「メポル、人の気配は?」


『無いメポ!』


「了解。マジカルフラワー・ブルーミング!」


 念のために人の気配が無いかを再度訊き、人の気配が無いと分かったところで俺は魔法の呪文を口にした。


 黒い光が俺の身体を包み込み一瞬で霧散していく。


 そして、そこに現れたのは制服姿の如月黒奈では無く――


「魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズ!」


 ――一人の、可憐な魔法少女であった。

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