第2章 アイドルは魔法少女

第13話 アイドルは魔法少女

 きらびやかな衣装、豪華なステージ、精鋭スタッフたち。そして、大勢の観客ファン。どれひとつとっても、ワタシと言う存在は成り立たない。


輝夜かぐやさん、本番入ります!」


「はい」


 スタッフの一人に呼ばれ、ワタシは立ち上がる。


 本番前は結構緊張するけど、その緊張を上回るくらいに今のワタシの気分は高揚している。血が体中を走り回り、身体が暑くてしょうがない。


 舞台袖から観客席の様子をチラリと窺う。


 ざわざわと喧騒が聞こえる。


 うん、今日もファンの入りは上々! 感謝感激ね!


 満員御礼感謝感激。今日のステージも大勢のファンが見ていてくれている。そう思うだけで、高揚した気分のボルテージがさらに上がる。


 気分が上がってきたところで、観客席の方のライトが暗くなっていく。暗くなるにつれて、ファンの喧騒は静かになっていき、やがては無くなった。


「それじゃあ輝夜、行ってらっしゃい」


「ええ!」


 マネージャーに背中を押され、ワタシは舞台袖から飛び出した。


「皆~! 今日も来てくれてありがと~!」


 舞台袖から飛び出すと同時にファンの皆にご挨拶! ワタシの挨拶にファンの|歓声(あいさつ)が返ってくる。


「それじゃあ早速! 一曲目行くよ~! 『恋する乙女は魔法少女』!」


 舞台袖から飛び出した瞬間に流れていた音楽、『恋する乙女は魔法少女』の前奏の間に挨拶を終わらせる。


 そして、前奏が終わるとワタシは歌う。


 もう分かったと思うけど、ワタシは歌手――いわゆる、アイドルだ。歌って踊ってドラマにも出たりする。写真集だって出しちゃう。自分で言うのもなんだけれど、結構人気のあるアイドルだ。


 ――けど、普通ただのアイドルじゃない。


 歌ももう終盤に差し掛かった。ここで、ワタシのもう一つの顔・・・・・・を見せる。


「マジカルムーン・シャイニングライト!」


 ワタシが魔法の言葉を言った直後、ワタシの身体が月光のような優しい光に包まれる。そして、光は一瞬で消え去ると、現れたのは月のような柔らかな黄色のフリフリした可愛らしい衣装に身を包んだワタシ。


「魔法少女・マジカルスター・ムーンシャイニング!」


 そう、ワタシは、現役女子高生にして、アイドルにして、魔法少女なのだ。





 ライブは最高の盛り上がりで終わり、楽屋で着替えることに。


「はぁ~! 楽しかったぁ~~~~」


「お疲れ様、輝夜」


 長い息を吐きながらソファにどかりと座り込む。


 マネージャーの内木うつきさんが差し出してきた飲み物を受け取ってゆっくりと飲む。


 ライブはドラマとかバラエティの収録みたいにやり直しがきかないから結構緊張するけど、ファンの人の熱量を直に感じられるから楽しい。ああ、ワタシって、こんなにも多くの人に愛されてるんだなぁって思うと、心の底から喜びがあふれてくる。だから、ライブは大好きだ。


「内木さん、今日のワタシ輝いてた?」


「ええ、それはもうばっちりと」


「えへへ~やった~」


 いつも凛とした顔をしている内木さんが、薄くだけど微笑みながら言ってくれた。失敗したら褒めつつも悪いところを指摘してくれる内木さんがはっきりと良かったと断言したのだ。だったらもう今日のステージは満点だ。ついにやにやとしてしまっても仕方がないと思う。


「さあ、シャワーで汗を流してきちゃいなさい。明日はオフだから、帰ったらゆっくり休みなさいね」


「は~い!」


 返事をしながら立ち上がると、楽屋に備え付けられたシャワー室に向かう。


 衣装をハンガーにかけてハンガーラックにかける。下着類を脱ぎ捨ていざシャワーへ!


「~~♪」


 まだまだライブの余韻が残っているのか、自然と鼻歌を歌ってしまう。それくらい今日のライブは良かった。


 また今日みたいに良いライブをしたいなぁ。ただのライブだと飽きられちゃうし、ラジオの公開収録とかしてみるのもいいかもしれない。あ、皆でできるイベントとか盛り上がりそう! 握手会は……最近変な事件多いけど、ファンの人と触れ合いたいからやっぱりやってみたい。グループ系のアイドルみたいにファンが分散しないから、ワタシの負担が大きいからってあんまりやらせてはくれないけど、それでもやってみたいなぁ。


 なんて、今後のことに思いを馳せていたその時。


「嘘でしょ!?」


 そんな、内木さんの慌てた声が聞こえてきた。


「え、なに!?」


 いつも冷静な内木さんの初めて聞く慌てふためく声に、ワタシまで思わず慌ててしまう。


 ワタシはシャワーを止めると、身体にタオルを巻いてシャワー室を出る。


「内木さんどうしたの!?」


「か、輝夜! こ、ここここれ!!」


 慌てながらワタシの方にスマートフォンの画面を向けてくる。


「え、なにが……」


「いいからここ見て!」


「う、うん」


 内木さんが指差すところを見てみ――――っ!?


「な、なにこれ――――――――――っ!!」


 ワタシは思わず大きな声を上げてしまう。


「なにこれなにこれ!? どういうこと!?」


「分からないわよ! ああ、もう! こういうことはうちでやろうと思ってたのに!」


「ワタシの誘いを何回も断ったのになにこれ!? どういうことなの!?」


 二人して文句とも驚愕ともつかない声を上げてしまう。


 内木さんが見ていたのはネットニュース。そのネットニュースの一覧に大きく載っていたのだ。


『孤高の魔法少女ブラックローズ。ついにタッグ結成か!?』


 大見出しで書かれたその文字に、ワタシと内木さんは慌てたのだ。


「ワタシ、ブラックローズにユニット組もうって言ったよね? すげなく断られたけど!」


「ええ、私も幾度となくオファーをかけたわ。自分には無理ですって断られたけど!」


「「なのにどういうこと!?」」


 声を揃えて驚くワタシたち。


 だって、ワタシの誘い断るときこう言ったのよ?


『私にはできないよ。アイドルも、誰かと組むってことも。向いてないんだ、そう言うの』


 って、何度も断ってきたのよ!? それがなに? タッグ結成!? 


「ふ・ざ・け・ん・なぁ――――――――ッ!! ワタシが先に誘ったのよ!? なのになんでどこの馬の骨とも知らないやつにブラックローズを渡さなくちゃいけないわけ!?」


 あの可憐で孤高でクールで高嶺の花のようなまさしく清楚たる女性その者を体現したブラックローズに合うのは、ワタシのような光り輝く月ムーンシャイニングだけ!


「内木さん! この相棒ってやつ、絶対に捜しだすわよ!」


 そしたら絶対、タッグ解消させてやるわ! 待ってなさい名前も知らない泥棒猫!!


「ブラックローズの相棒は、ワタシなんだから!」



○ ○ ○



 ツィーゲとの戦闘から早一ヶ月。ファントムの襲撃も少なく、俺が出撃する必要もまったくない、穏やかな日常を満喫していた。


 花蓮も桜ちゃんもクラスにも学校にも馴染んだようで、時折見かけたときに笑顔でクラスメイトと話をしている。若干男子の顔がだらしないのはご愛敬なのだけど、兄としては妹が変な男子に引っかからないか心配である。


 ともあれ、俺も新しいクラスに馴染むことができ……ては、いないのである。


 俺と深紅は同じクラスなのだが、深紅の方は男子も女子も両方集まっており人気なのに対して、俺には誰一人として近寄ってこない。こっちから話しかけに行ってもたどたどしいし、なんだかきょろきょろして挙動不審だしで、ちゃんと話ができないのだ。


 深紅は人気者だからいつも周りに人がいる。だから、話しかけづらい。


 そのため俺は、一人寂しく授業と授業の間の休憩時間を過ごしているのだ。


 ぽつねんと一人っきり。やることもあまりなく、変わり栄えのしない窓の外の景色を眺めるばかり。


「はぁ……」


 思わず出てしまう溜息。


 ううっ……花蓮の心配してる場合じゃないなぁ。


「どうしたよ、溜息なんかついちゃってさ」


 皆との話はもう終わったのか、俺に話しかけてくる深紅。


「いや。俺って人付き合い苦手なんだなぁって思ってさぁ」


「そうか? 桜ちゃんとは普通に話せてただろ?」


「人と話すことはできるよ。ただ、友達とか少ないなぁって」


 話をすることはできる。けれど、その人と遊んだり日常的に会話したりとかはしないのだ。だから、俺には友達が少ない。


「お前、俺以外の友達の名前言えるか?」


 心配そうな顔で言ってくる深紅に俺は答える。


「碧」


「他には?」


「……桜ちゃん」


「他には?」


「……」


「まさか、それで全員か?」


「いや、待って。記憶を探れば出てくるはずだから」


「記憶を探らなくちゃ出てこない時点で、その人は友達じゃないだろう……」


 呆れながら言う深紅。


 うぐっ……お、俺だってそれくらい分かってるし。


「にしても、友達少なすぎだな。お前はもっと友達作った方が良い」


「言われなくても分かってるよう……」


「拗ねんなって。まあ、お前から話かければ友達くらいすぐできるさ」


「そうかなぁ? 俺が話しかけると皆よそよそしいんだけど?」


「あぁ……確かに。そっか、それもあるのか……」


 一人納得したように頷く深紅。


「え、なになに? なにか知ってるの?」


「知ってるっちゃ知ってるけど……っておい、近い。離れろ」


「え、ああ、ごめんごめん」


 深紅が何か理由を知っているふうだったので、思わず身を乗り出し過ぎてしまった。気付けば深紅の顔が目の前に。


 いかんいかん。圧迫感を与えるから深紅も嫌がるのは当たり前だろう。


 俺はそそくさと椅子に座りなおす。


「ったく、お前、そんなんだから距離置かれるんだぞ? 分かってるか?」


「ごめんって。ちょっと距離感近かったよな。パーソナルスペース大事だもんな」


「分かってんのか分かってないのか微妙な返答だなぁ……」


 微妙そうな顔でそう漏らす深紅。


 え、パーソナルスペースに入ってきたから嫌がられたんじゃないの?


「お前、顔が可愛いんだから、そんなに近づかれちゃ相手だってどぎまぎしちまうっつうの」


「可愛くなんかないけど?」


「可愛いんだよ。お前は可愛い。姉さんもそう言ってる」


「身内贔屓みたいなものじゃない?」


 深紅のお姉さんには弟のように可愛がられたのだ。それなら、贔屓目になってしまうと言うものだろう。


「そうじゃないんだけどなぁ……まあいいや。とにかくだ。お前はもっと自分のことを鑑みて行動した方が良いな。まずはその自分へのずれた評価を直せ」


「ずれてないと思うんだけどなぁ……」


「ずれてる」


 俺がぼやけば、直ぐに否定の言葉が入る。


 むぅ、そんなにずれてるか?


 自分がずれているかを考えていると、授業開始のチャイムが鳴る。


「続きはお昼休みな」


「ずれてるかなぁ?」


「まだ言うか」


 言いながら、自分の席に付く深紅。


 ずれてるのか、俺?


 その日は結局そればかりを考えてしまい午前中の授業は全く身が入らず、お昼休みに話し合ってもまだまだ納得は出来ずに放課後になってしまった。


 放課後になり、帰ろうとしたとき、何やら教室内が騒がしいことに気付く。


 どうしたのだろうと周りを見てみれば、皆一様に窓から外を見ていた。


 窓の外に何かあるのかな?


 そう思い窓の外を見てみると、なにやら校門の方に人だかりができていた。


 何かあったのかな? 


 少しだけ疑問に思うけど、別段興味があるわけでも無い。俺はリュックを背負って帰ろうとした――が、帰れなかった。


「ほい、ちょっとお待ちよお嬢さん」


「誰がお嬢さんだ」


 深紅が腕を掴んで止めてくる。


「ああいうのに興味を持たないお前だけれど、しかし、こういう時は流れに乗ってみよう」


「誰がお嬢さんだ」


「普通の人はああいうのが気になっちゃうものなんだよ。お前もあそこに行ってみて、他の人と同じ行動をしてみれば、友達を作る良い機会になるかもしれない」


「誰がお嬢さんだ」


「と言うわけで行ってみようぜ。誰か有名人でも来てるのかね? 俺の知り合いにはここら辺での撮影の予定は無かったみたいだけど」


「誰がお嬢さんだ」


「まあいいや。とにかく行ってみれば分かるしな」


「誰がお嬢さんだ」


「じゃあ行くか」


「聞きやしないね本当にもう!!」


 何度文句を言っても聞きやしない! せめて反応くらいしてくれてもいいのに!


「悪かったって。だから泣くなって」


「泣いてないし!」


「はいはい、泣いてない泣いてない」


「俺が強がってるみたいな言い方止めてくれる!? ねぇちょっと! 待ってよ深紅! 俺の話を聞けコラ――――!」


 俺の話を聞かずにすたこら歩いて行ってしまう深紅。その後ろを早足に追いかけた。

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