第12話 エピローグ
ツィーゲ襲来の騒動から一日が経ち。週の初めである月曜日がやってきた。
騒動の後、俺とチェリーブロッサムは事情聴取を受けたり、取材を受けたりと大変だった。特にチェリーブロッサムは期待の新星としてじっくりと取材をされていた。初戦闘で疲れ切った顔をしていたけれど、笑顔を絶やすことなく受け応えていたのは素直に凄いと思った。
ともあれ、そんな感じで土曜日は過ぎて行き、日曜日は前日の疲れを癒すためにゆっくり過ごした。久しぶりにガンスリンガー・ローズになったから、結構疲れたのだ。
「兄さん早く!」
昨日一昨日のことを思い出していると、玄関から花蓮の声が聞こえてきた。
「そう慌てなくても、学校は逃げないよ」
玄関先で急かしてくる花蓮に、苦笑をしながら言う。俺と花蓮は今日から一緒に学校に行くことにしたのだ。俺としてはとても嬉しい。兄妹不仲よりも、仲が良い方が良いもの。まあ、二人きりと言うわけでは無いのだけれどね。
「行こう、兄さん」
「うん」
靴を履いて、玄関を出る。カギを閉めて振り向けば、そこには見知った顔が二つあった。
「おはよう、黒奈、花蓮ちゃん」
「おはようございます! 花蓮ちゃん、黒奈さん!」
玄関先にいたのは、深紅と桜ちゃんだ。深紅は、家が近所なのでこうして一緒に登下校をすることもあったのだけれど、桜ちゃんは今日が初めてだ。
四人で登校するのは、先日のツィーゲの件があるからだ。学校側から電話があり、なるべく大人数で登校するようにとのことだ。
だから、俺たちは四人で登校することにしたのだ。
俺たちはお喋りをしながら学校へ向かう。
「兄さん、今日のお昼ご飯はなに?」
「今日は生姜焼きだよ」
「卵焼きはある?」
「あるよ」
「やた!」
卵焼きが嬉しいのか、頬を緩める花蓮。
俺も、そんな花蓮を見て自然と頬が緩む。
「どうやら、仲直りできたみたいだな」
「うん、おかげさまでね」
「俺は特に何もしてないけどな。と言うか、前よりも仲良くなったんじゃないか?」
「そうですか? 学校で黒奈さんのお話をするときは、いつもこんな感じですよ?」
「わわっ! 桜お口チャック!」
「むまっ!?」
顔を赤くした花蓮が、両手を桜ちゃんの口に当てて、強制的に口を閉じさせる。
「今のは桜の勘違い。分かった?」
柳眉を吊り上げて俺にそう言ってくるけど、顔が赤いから威圧感が無い。
けど、ここでからかって機嫌でも損ねられて喧嘩にでもなったらそれこそ一緒にショッピングに行った意味がなくなってしまう。
「分かったよ。だから桜ちゃんのお口を解放してあげて」
「わかった」
若干顔を赤くしながらも、素直に従う花蓮。うん、前よりも俺に対して素直になったかもしれない。
お口を解放された桜ちゃんは大げさなくらいにぷはぁっと息を吐く。
「いい、桜? 余計なことは言わないの」
「はーい。あ、黒奈さん聞いてくださいよ! 花蓮ちゃんってば――」
「桜、余計なこと言わないの!」
返事をしたそばから花蓮のことを話そうとする桜ちゃんに、花蓮が怒ったような仕草で止めに入る。
その光景を見ていた深紅が、朗らかに笑う。
「ははっ、三人とも仲良くなったようで何よりだよ」
「まあ、一緒に服を選んだ仲ですから?」
深紅の言葉に、桜ちゃんが胸を張って応える。
「へぇ、花蓮ちゃんの服を二人で選んだの?」
土曜日のショッピングの趣旨を知っている深紅が、その場にいなかった第三者がするのに妥当な質問をする。
「いえ、黒奈さんの服を二人で選びました! ね~」
「ええ」
「あー……なるほどなぁ……」
しかし、返ってきた答えを聞くと、苦笑を浮かべて俺の方を見てくる。
「まあ、仲良くなれたんなら良いんじゃないか?」
「まぁ、そうだけどさ……」
俺としては、先ほど深紅が言ったようなことをして仲良くなりたかったのだけれど……。まあ、たらればを言っても仕方がない。うん、結果が大事。
俺は前向きに考えることにする。
「あ、そう言えば黒奈さんに大切なお話があるのでした」
桜ちゃんが思い出したと言ったふうにポンと手を叩く。
「ん、なにかな?」
「できれば、二人でお話ししたいのですが……」
そう言って、花蓮と深紅の方を見る桜ちゃん。
それだけで、桜ちゃんの意を汲み取った二人は歩を少し速める。
「じゃあ、俺たちは少しだけ先に行ってるわ」
「終わったら早く来てね、兄さん」
「分かったよ。ありがとう二人とも」
「ありがとうございます」
二人にお礼を言うと、二人は更に歩を速めて俺たちから距離を取った。
俺は軽く周囲を見回して、人がいないことを確認する。
「それで、話しって?」
俺が水を向けると、桜ちゃんはわざとらしくおほんと咳払いをする。
「それでは、単刀直入に言わせてもらいます」
「うん、どうぞ」
「ずばり、黒奈さんがブラックローズですね!」
唐突に言われ言葉にドキッとしてしまう。笑顔も少しだけ固まった。
「な、なんのことかな?」
「隠しても無駄です! すでに深紅さんより証言は得ています!」
まさか、と思ったけれど、嘘をついているようには見えない。
お、おのれ深紅ぅ……! なぜ正体をバラしてしまうのか!
俺は先を歩く深紅の背中を恨めし気に見る。
「あ、深紅さんは悪くないんですよ? ワタシ、結構な確証を持って言ったので。深紅さんは答え合わせをしてくれただけなんです」
「……つまりは、深紅に訊く前から、俺がブラックローズだって確信してたってわけかな?」
「はい」
俺が諦めて訊いてみれば、桜ちゃんは自信満々に応える。
思わず、深いため息を吐いてしまう。
「そうだよ。俺がブラックローズだよ」
「やっぱり!」
俺が白状してしまえば、桜ちゃんは嬉しそうな声を上げた。
嬉しそうな桜ちゃんとは真逆に、俺の心はどんよりと曇っていた。
「……なんで分かったの? 分かりやすいミスを犯したつもりはないけど……」
「えっと、ブラックローズが、ツィーゲと戦ってるワタシを助けに来てくれた後、少し会話したじゃないですか?」
「うん」
「その時、ブラックローズは少年にチェリーブロッサムの名前を教えてもらったって言ったんです」
うん。確かにそう言った。けど、それのどこでバレたんだ? 苦し紛れではあったけど、特に違和感のない言葉だったはずだけど……。
「けど、考えてみればおかしな話なんです。ブラックローズはあの時、少年では無く、少女と言うべきだったんです」
「? どういうこと?」
「だって黒奈さん。あの時女装してたじゃないですか」
「……………………あぁ」
なるほど、合点がいった。
確かに、俺から名前を聞いたのであれば、認めるのは癪ではあるけれど、ブラックローズはあの時、見た目が完全に女の子の俺と話をしたことになる。であれば、確かにブラックローズは少女と言わなくてはいけなかったのだ。
「けど、それだけでは確たる証拠にはなりませんでした。だって、ブラックローズが黒奈さんと話したとは限らないわけですし」
「まあ、そうだね」
「だから、一番の理由は、既視感ですね。実はワタシ、ブラックローズに小学生の頃助けてもらったことがあったんです。その時のブラックローズの言葉と、ツィーゲに啖呵を切った黒奈さんの言葉が同じだったんです。だから、この人がブラックローズなのかなって。そうだったらいいなって思ったんです」
「……俺なんかがブラックローズじゃ、皆幻滅すると思うけど……」
「そんなことありません!!」
俺のぼやきに、声を張り上げて否定をする桜ちゃん。
「黒奈さんがブラックローズでも、幻滅なんてしません! だって黒奈さんは、たくさんの人を助けてきたじゃないですか! その人の正体が男だからって、幻滅したりしません! それに、黒奈さんなら誰もが納得してくれます!」
「……それは、俺としては微妙な評価なんだけど……」
俺なら納得してくれるって言うのは、俺が女顔だから言っているのだろう。と言っても、ただ目つきの悪い女性、という風に見られるのが関の山だろうけれど。
「それはそれとして、だ。ありがとう、桜ちゃん。そう言ってもらえると嬉しいよ」
正体云々よりも、俺の人となりと功績を見てくれるのは嬉しい。
「い、いえ! 思ったことを言ったまでです!」
恥ずかしそうにしながらも、えへんと胸を張る桜ちゃん。
しかし、直ぐに張った胸を戻すと、先ほどよりも恥ずかしそうな仕草をする。
「そ、その、実は、そんな黒奈さんに、お願いがありまして……」
「なにかな?」
「えっと、怒らないでくださいね?」
「酷いことをしないなら怒らないよ」
「で、では………………えいっ」
「え?」
掛け声とともに、桜ちゃんが飛び込んでくる。
俺は思わず受け止めてしまう。
桜ちゃんは、俺の背中に手を回して、ぎゅーっと力を込める。
転んじゃったのかとも思ったけれど、どうやらわざとらしい。
突然の行動に驚きつつも、どうしたの? と訊ねる前に、桜ちゃんが口を開いた。
「あの時……ワタシがまだ小学生だったころ、助けてくれてありがとうございました。あなたに助けられたから、ワタシは今、あなたと同じ場所に立っていられる」
それは、彼女の感謝の言葉。彼女の、根源に触れる言葉。
「あなたは、ずっとワタシの憧れだった。そんなあなたと一緒の場所に立てたのは、ワタシの憧れであり続けてくれたあなたのおかげです。ワタシの憧れであり続けてくれて、ありがとうございます」
そうか、彼女は俺を……ブラックローズを目指していたのか。ただの憧れとしてではなく、目標としていたのだ。
「ずっと、こうしてお礼が言いたかったんです。叶って、良かった」
心底から嬉しそうな声で言う桜ちゃん。
俺はただの切っ掛けだよ、それをつかみ取ったのは桜ちゃんだ。
なんて、そんなことを言うほど、俺も無粋では無い。
桜ちゃんは、こうしてお礼が言いたいだけなのだ。ありがとうと、伝えたいだけなのだ。だから、余計なことは言わない。俺はただ素直に、彼女の言葉を受け入れるだけだ。
「俺も、桜ちゃんが魔法少女になって、嬉しいよ」
「ありがとう、ございます……」
俺の角度からは見えないけれど、多分少しだけ泣いているのだろう。少しだけ、涙声だった。
俺は彼女が落ち着くまではこのままでいようと思った……のだけれど。
「さ――――く――――らぁ――――――!!」
怒気を含んだ声が聞こえてきて、自然と背筋が伸びてしまう。
俺は驚きながらも声の方を向いてみれば、そこには鬼の形相をして走ってくる花蓮がいた。
「「ひっ」」
桜ちゃんも見たのか、同じタイミングで引きつった声を漏らす。
「は・な・れ・な・さい!!」
花蓮は俺たちの元まで来ると、桜ちゃんと俺を無理矢理引きはがした。無理矢理と言っても、俺も花蓮ちゃんも恐怖で力を入れていなかったけれど。
「なにお兄ちゃんに抱き着いてるのよ! お兄ちゃんも、へらへらと鼻の下伸ばして! だらしない!」
「の、伸ばしてないよ?」
「嘘! 伸びてた!」
俺の否定の言葉に食い気味に噛みついてくる花蓮。
伸びてたのかなぁ? 即答されると自信が無くなってくるな……。
俺が密かにどちらかと悩んでいると、先ほどの恐怖を浮かべた顔から一転してにやにやといやらしい笑みを浮かべている桜ちゃんが花蓮に言う。
「あれれ~? 花蓮ちゃん、今黒奈さんのことお兄ちゃんって言ってた~?」
「なっ!? い、言ってないわよ!」
いや、普通に言ってたけどね。
顔を赤くして否定する花蓮にそう言いたくなったけれど、多分桜ちゃんが構い倒すだろうから、俺からはなにも言わないことにする。
「いーや、言ってたね。お兄ちゃんって! 花蓮ちゃん可愛い~」
「う、う~~~~っ!」
「ほら、もう一回言って! 可愛くお兄ちゃんって!」
「うう~~~~~~~~~~っ!!」
嬉しそうにからかう桜ちゃんに、目に涙をためて桜ちゃんを睨む花蓮。
「ほら、お兄ちゃんって」
「うがぁ――――――――っ!!」
「ほえっ!?」
もう一度からかおうとしたとき、花蓮が可愛らしく雄叫びを上げる。
そして、ずんずんと桜ちゃんに詰め寄ると、桜ちゃんの脇に手を突っ込みこしょこしょとくすぐり始めた。
「え、ちょ、か、花蓮ちゃっ、や、あ、あはははっ! ちょ、やめ! あはははははっ!」
「この! このこの!」
「ほ、本当にやめっ。あはははははははははっ!」
身体をねじって逃げようとする桜ちゃんを、花蓮が執拗にくすぐり続ける。
けれど、桜ちゃんはなんとか花蓮のくすぐり地獄から逃げ出すと、走って逃げて行く。
「ご、ごめんって、花蓮ちゃん!」
「赦すまじ、赦すまじ!」
「ごめんって~~~~!」
怒り怒られている状況に見えるけれど、その実そのやりとりと楽しんでいるであろうことは、目を見ればわかる。
「ははっ、女子高生って感じだな」
「そうだね」
花蓮の後に俺たちの元まで戻って来ていた深紅が微笑みながら言う。
確かに、今の花蓮は家に居る時よりも子供っぽくて、年相応と言った感じだ。
「お前らが仲直りできたし、桜ちゃんは憧れの魔法少女になれたしで、文句なしの成果だな。俺も桜ちゃんにお願いしたかいがあったよ」
「ありがとうな。俺だけじゃどうにもできなかった」
「今度昼飯作ってくれよ。それで手を打ってやる」
「お安い御用で。花蓮もお世話になったわけだし、花蓮と一緒に作るよ。美少女な幼馴染の手作り弁当だぞ? 半分だけど」
「それはとてもありがたい。いくらで売れるかな?」
「うちは転売禁止でございます」
「横流しは?」
「禁止でございます」
「こりゃあ手厳しい。しゃあないから一人で食べるか」
「いや、せっかくだから四人で一緒に食べようよ。そっちのほうが楽しいだろ?」
「そうだな。そっちの方が賑やかでいい。あっ、それじゃあ、碧たちも呼ぼうぜ。一応協力してもらったわけだし」
「うっ……そ、そうだね」
碧なら喜んで来そうだな……。嫌いじゃないけど、また膝の上に座らされたらやだなぁ。落ち着かないし。
って言うか、協力って言っても殆ど美樹さんの手柄だと思うけれど……まあ、話しを聞いてくれたわけだし、協力してくれるって言ってくれたから、いっか。
「あ、そう言えば」
碧たちのことを考えたら、ふとどうでもいいことを一つ思い出した。
「深紅、桜ちゃんを釣るエサってなんだったの?」
「ああ、そのことか。それはだな……」
そう言って、深紅は携帯を操作する。そして、操作を終えると携帯の画面を見せてくる。
「なっ!」
その画面を見て、俺は思わず固まってしまう。
そこに映っていたのは一枚の写真。ただの写真であれば問題は無い。けれど、その写真には問題が大ありだったのだ。
「ブラックローズのメイド服姿の写真。結構前に撮った罰ゲームの時のやつ」
それは、ブラックローズがメイド服を着て、恥ずかしそうにしている写真だった。
この写真は、負けた方がメイド服を着るという罰ゲームで俺と深紅がゲームをしたときの写真だ。写真にメイド服姿の俺が映っていることから分かると思うけれど、負けたのは俺の方だ。
って、そんなことはどうでもいい!!
「深紅、それ消して!」
「それはできない! これはプレミア付けて高く売りさばくんだからな!」
「ゲス! 最低!」
「ははっ、何とでも言えばいいさ!」
「あ、ちょ! 逃げるな深紅!」
俺は走って逃げようとする深紅を慌てて追いかける。
「ははっ! なあ、黒奈!」
「なに!?」
「なんか、高校生っぽいな!」
逃げながらも、笑顔で言ってくる深紅。
何を当たり前のことを言っているのだか。俺たちは、ヒーローである前に、魔法少女である前に、一人の高校生なのだから。
「そうだね! でも、誤魔化されないから! その写真消せー!!」
「ことわーる!」
笑いながら逃げていく深紅。
多分俺も、それを笑いながら追いかけていることだろう。
俺たちは、ヒーローで、魔法少女だ。けれど、その前に一人の人間なのだ。
誰かの憧れであったり、誰かのアイドルであったり、誰かの英雄であったり。俺たちは、誰かの心の中に位置づけられている。
けど、変身を解いて制服に身を包めば、俺たちはただの高校生だ。
だから、今はそれを謳歌しよう。
「あ、兄さん! 桜捕まえるの手伝って!」
「丁度良かった! 花蓮、深紅捕まえるの手伝って!」
お互いに言った後、笑い合う。
「じゃあ、二人とも捕まえちゃおうか!」
「うん!」
俺の言葉に、花蓮が笑顔で頷く。
皆が笑っていられる世界の中で、妹が笑っていられる世界の中で、俺たちも笑おう。
だって俺は、妹の笑顔が見たくて、その笑顔に笑顔を返したくて、魔法少女になったのだから。
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