第11話 ブラックローズ VS ツィーゲ
なんとか、間に合った。
俺は、間一髪でチェリーブロッサムを救えたことに、密かに安堵する。
どうやら、花蓮と思っていた以上に話をしてしまっていたらしい。
「ごめんね、遅くなって」
「いいえ。ちゃんと、来てくれましたから……」
荒い息を吐きながら、なんとか言葉にするチェリーブロッサム。見たところ、魔力も底を尽きかけている。全力で戦ったのだろう。
「それで、あいつ何者かな?」
俺は、目の前の青年を睨み付ける。
見た目こそ良い男と言った感じだけれど、雰囲気は見た目とは裏腹に、危険なモノを感じる。
「あれは、ツィーゲです」
「え、あれが?」
「どうやら、白と黒のファントムは彼から分裂したものらしいんです。さっきその二体を取り込んでから、あの姿になりました」
「なるほどね……」
つまり、あの状態でも手加減をしていたと言うわけか……。
手加減状態とは言え、なりたてにもかかわらず、ツィーゲを本気にさせたチェリーブロッサムに賞賛を送る。
「チェリーブロッサムは休んでて。後は私がやるから」
「はい……って、ワタシ、名乗りましたっけ?」
「え? あ、い、いやえっと……」
しまった! 甘崎桜とは出会ってるけど、チェリーブロッサムとは初対面だった! それに、チェリーブロッサムと言う名前は今日が初公開だ。それを、公開したときの場にいなかったブラックローズが知っているのはおかしい!
俺は必死に頭を回す。
「と、途中でとある少年に会ってね。その少年がチェリーブロッサムがピンチなんだって教えてくれてね」
「そうですか……黒奈さん、本当に呼んでくれたんだ……」
頬を緩めるチェリーブロッサムを見て、俺は少しだけ罪悪感を覚える。
ごめん、呼んだんじゃなくて、一回離脱してから来たんだ……。
とはいえ、そんなことはもちろん言えるわけがないので俺は黙っている。
「お喋りはもう済んだかメェ?」
待つことに飽きたのか、ツィーゲが声をかけてくる。
「ああ。悪いね、待っててもらって」
「待つのも紳士の甲斐性だメェ」
「なら、手荒な真似も止めてくれるかな? 紳士には、似合わないと思うけど」
「それなら、抵抗せずにメェにエネルギーを寄越すメェ」
「それは出来ない相談だなぁ」
「であれば――」
ツィーゲが闇の魔力を纏う。
俺は次の展開を予想して、いつでも動けるようにする。
「――やはり、腕づくだメェ!!」
「やっぱりそう来るよね!!」
こちらに向かって来るツィーゲを迎撃するべく、俺の方からもツィーゲに迫る。
俺は脚に魔力を纏い、ツィーゲも脚に魔力を纏う。
「ハァッ!!」
「メェッ!!」
魔力を纏ったお互いの蹴りが交錯する。蹴りの一発だけで、凄まじい衝撃波が広がる。
物は吹き飛び、ガラスは砕け散っていく。
拮抗するお互いの蹴り。俺たちは、どちらからともなく脚を引っ込めると、今度は拳を繰り出す。そこからは、接近戦のラッシュだ。
躱し、いなし、時には防ぐ。それは、俺もツィーゲも同じだ。
お互いがお互いの攻撃を読み、対抗してくる。
ツィーゲの拳をいなし、今度はこちらから仕掛けるも、それをツィーゲにいなされる。
やがて、お互いの技量が見えてくると、お互いに距離を取る。
膂力はほぼ互角。いや、ツィーゲの方に軍配が上がるか。
距離を取りつつ、俺は両手に魔力を収束させる。今回は、攻撃のための収束では無い。
「フォルムチェンジ! ガンスリンガー・ローズ!」
両手の魔力が弾け、俺の身体を包み込む。そして、一瞬で霧散すると、そこには両手に拳銃を持ち、上はビキニのようなものだけになり、その上からポンチョをはおるだけと言う軽装になり、下は裾が殆どないショートパンツと、二ーソックスとロングブーツに変わったブラックローズがいた。
「で、出ましたぁ!! ブラックローズが過去に一度だけ見せた遠距離主体のフォルム! ガンスリンガー・ローズ!! 絶対領域最高です!!」
チェリーブロッサム、解説ありがとう。でも、遠距離主体とか、そう言う戦闘スタイルに関わることは言わないでほしかったかなぁ……。まあ、銃を使ってる時点でそこは相手も察してしまうけどさ。
と言うか、最後の一言は変態っぽいよ。
「メェ……フォルムチェンジ持ちかメェ」
少しだけ、ツィーゲが動揺する。が、それも一瞬のことで、直ぐに冷静さを取り戻す。
「フォルムチェンジ持ちだろうが、関係ないメェ! 遠距離戦がお望みのようなら、お付き合いするメェ!!」
ツィーゲがバッと勢いよく両手を広げる。その瞬間、ツィーゲの周囲に数多の魔法陣が出現する。
「捌ききれるかメェ?」
言葉の直後、魔法陣から闇の弾丸が放たれる。
「捌くよ」
俺はツィーゲの言葉に一言だけ返すと、拳銃の引き金を引く。
撃ち出した魔力の弾丸――魔弾が、闇の弾丸の一つを撃ち抜く。その直後、魔弾から無数の黒い茨が生えてくる。
「なに!?」
茨は瞬時にその面積を広げ、無数に迫る闇の弾丸を防ぐ。
「イロージョン・ソーン」
イロージョン・ソーンは、相手の魔力を喰らって増殖する茨を生み出す魔法だ。だから、ツィーゲの闇の弾丸を受けるたびに成長していく。まあ、食える魔力の許容量があまり多くないから、そんなに耐久力があるわけでも無いんだけどね。それでも、少しの間なら盾としては十分使える。
まあ、今回は盾として使うだけというわけでも無いけどね。
俺は両手の拳銃に魔力を集めていく。
「捌ききれるかな?」
俺は、ツィーゲが言った言葉を真似る。
そして、拳銃の引き金を引く。魔弾を、撃つ。
魔弾は、茨の隙間を掻い潜ってツィーゲに迫る。
「なっ!?」
手ごたえは無い。間一髪で避けられたみたいだ。けど、関係無い。
俺は構わずに引き金を引く。
撃つ。撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ――ッ!!
引き金が擦り切れるほどに連射をする。全ての魔弾が茨を掻い潜り、ツィーゲへと迫る。
「――ッ!! クッソがぁッ!!」
ツィーゲが悪態をついて避ける。時には闇の盾を出して防ぐ。けど、関係ない。俺はひたすらに魔弾を撃ち続ける。
「し、つこいメェ!!」
業を煮やしたツィーゲが、魔弾を吹き飛ばす威力の衝撃波を放つ。
衝撃波を受けて、茨が崩れる。
「ねちねちした戦法メェ!」
「褒め言葉だよ」
俺は悪態を付くツィーゲに向けて魔弾を放つ。
「その手はもう食わないメェ!」
イロージョン・ソーンを警戒したのか、魔弾を受けるでも迎撃するでもなく、避けるツィーゲ。
当たり前だけど、もうイロージョン・ソーンは通用しそうにない。
「次はこっちから行かせてもらうメェ!」
遠距離戦は不利だと思ったのか、ツィーゲが迫る。
先ほどは膂力が拮抗していたけれど、今の俺は遠距離主体の装備なので先ほどのフォルムよりは膂力は落ちているだろう。ツィーゲもそれを見越して接近戦を選んだのだろう。
ヒーローや魔法少女などには、状況に合わせて戦闘形態を変更できるものがいる。結構稀有な能力なので、そうそう出来る者はいない。そして俺もそのうちの一人なのだが、ツィーゲはそう言う手合いと戦ったことがあるのだろう。
判断も分析も早い。元々知識としてあるから戸惑いも無い。
「あまりメェを嘗めない方が良いメェ」
そう言った瞬間。ツィーゲの姿が掻き消える。しかし、次の瞬間には右側から気配を感じた。
俺は、即座に右手の銃を向け魔弾を放つ。
けれど、手応えは無い。当たる前どころか、魔弾を放つ前にはすでに射線から外れていた。
「遅いメェ!」
「くっ!」
後方から気配を感じて、腕をツィーゲと体の間に持って行き防ぐ。けど、一撃が結構重い。これは、そう何発も受けてられない。
「ははっ! 速度にはあまり自信が無いようだメェ!」
四方八方から気配を感じる。
これは、銃だけじゃ捉えきれないな。
四方八方から間断なく攻め込まれる。それを、腕や足を使って防ぐ。
「さっきから防戦一方だメェ! さしものブラックローズも、お手上げかメェ?」
嘲りを含んだ声が聞こえてくる。
さしものって言うけれど、俺はそんなに有名じゃないし、強くも無い。
「近接戦をして大体のことは分かったメェ! お前は、技術こそ目を見張るモノがあるけれど、その他のスペックにおいてはメェの方が圧倒的に上だメェ!」
否定はしないよ。それは、俺も分かっていることだから。
「先ほどの姿のメェには勝てたかもしれないけれど、完全体のメェには勝てないメェ!!」
余裕綽々に言うツィーゲ。その間にも、ツィーゲは攻撃を続ける。
ツィーゲの言ったことを否定はしない。俺自身も、それは分かっている。
けれど、ツィーゲは一つ勘違いをしている。
「あなたは、勘違いをしている」
「メェ?」
「私は、あなたに絶対に負けない。この勝負、もうすでについている」
「ハァ? 守るだけで精一杯じゃないかメェ」
いったい何を言っているのか、といった顔をするツィーゲ。
守るだけで精一杯? そう思われていたのなら心外だ。
それに、仮にもしそうであったとしても、俺は負けない。負けられない。
チェリーブロッサムが――桜ちゃんが頑張ってくれた。初めての変身なのに、こんなにボロボロになるまで戦った。魔力も尽きかけて立つことすらままならないほど満身創痍。
彼女がここまで頑張ったのに、俺が中途半端な姿を見せるわけにはいかない。俺を待っていてくれた彼女の前で、俺が諦めるわけにはいかない。
けれど、理由はそれだけじゃ無い。
桜ちゃんが頑張ったから俺も戦うと言うのも理由の一つだ。けれど、最大の理由は花蓮を傷つけてしまったことだ。
花蓮は、心にもないことを言って傷ついた。本当は怖いはずなのに、俺のことを気にかけて無理をした。俺が助けなくちゃいけないのに、迷っている間に花蓮にその役目をさせてしまった。
こんな状況に陥ったのが、全部が全部俺のせいだと思うほど悲劇の主人公を気取ったりはしない。けど、俺は、俺のことも許せない。少なくとも、この状況を作る要因が、俺にもあるからだ。そして何より、覚悟を持てなかった俺なんかより、覚悟を持って俺を守ろうと言葉を発した花蓮の方が余程強かった。それが凄く情けない。
花蓮も、桜ちゃんも強い子だ。けど、ちゃんと年相応の弱さも持っているのだ。そんな年下の女の子が頑張っているのに、俺が頑張らないわけにはいかない。
そして、当たり前だが、花蓮が傷つく原因を作ったツィーゲを許しもしない。
「あなたは、短期決戦に臨むべきだった」
「……今からでも倒せるメェ」
「それは無理ね。だって……」
俺は、後ろから迫ってきたツィーゲの拳を掴む。
「――なっ!」
「ここからは、私の番だから」
ツィーゲの腕を無理矢理引っ張り、空中に投げつける。
「あなたはさっき、私のスペックがあなたに劣っていると言った。確かに、殆どのスペックはあなたに劣る。けど――」
俺は地面を蹴り、次の瞬間には空中にいるツィーゲの真後ろに現れる。
そして、ツィーゲが振り返る前には、ツィーゲを蹴り飛ばす。
「――スピードだけは、あなたを凌駕する」
そう。俺の強みは、稀有なフォルムチェンジでは無い。俺の強みは、圧倒的なまでの速度だ。速度だけは、他の追随を許さない自信がある。
それに、多少だが観察眼にも自信がある。ツィーゲの攻撃パターンも読めてきた。
相手の攻撃が読めて、相手を上回る速度を持っている。負ける要素がどこにもないのだ。
俺は蹴り飛ばされたツィーゲの前に回り込むと、その綺麗な顔を思いきり蹴りつける。
「――がっ!」
「まだまだ行くよ」
俺は蹴っては回り込み、蹴っては回り込みを繰り返す。
その速度は段々と上がっていき、ついには周囲に暴風が吹き荒ぶほどの速度にまで達する。
暴風の檻の中、間断なく攻撃をしかける。
蹴りつけ、吹き飛ぶツィーゲに先回りをしながら、両手の拳銃で正確無比に撃ち抜く。そしてまた追いつけば、ツィーゲを蹴りつけ、先回りする最中に魔弾を放つ。それを繰り返す。容赦のない苛烈な攻撃。
「な、がっ、こ、んな――ッ!」
「確かに、あなたの方が全体的に見れば格上。それは認める」
けれど、それは良く言えばオールラウンダー。悪く言えば器用貧乏。確かに、ツィーゲほどの実力があれば、器用貧乏でも問題は無いだろう。けれど、何か一点でも特化した相手に対しては、それはあまりにも脆い武器だ。得意分野が広い分、自分の得意分野を相手に押し付けられないのだから。
「私にはこのスピードと、大切な者を守りたいと言う想いがあれば……」
拳銃に魔力を込める。これが、最後の一撃。
「どんな相手にも負けはしない――ッ!!」
ツィーゲの腹に、ゼロ距離で魔弾を放つ。今までで最高最強の一撃。
「マジックバレット・ブラックローズ!!」
「ガアアアアアァァァァァァァァァァッ!!」
高魔力の弾丸に押され、地面まで一気に急降下していくツィーゲ。そして、ろくな受け身も取れずに地面に身体を叩き付ける。
巨大な地響きと轟音が響き渡り、ホールの床全体に巨大な亀裂が生まれる。亀裂の中心にいるツィーゲは白目をむいて戦闘続行は不可能であった。
俺はゆっくりと降下し、地面に足を付ける。
「私の後ろに守りたいモノがある限り、私は決して負けない」
ツィーゲは守るためにではなく、奪うために戦った。独りよがりの力に、誰かを守るために戦う俺は負けるわけにはいかない。
俺はガンスリンガー・ローズを解くと、ノーマルフォルムに戻る。ガンスリンガー・ローズの衣装は露出過多なので、結構恥ずかしいのだ。
「メポル、帰れないように縛っておいて」
『了解メポ!』
ツィーゲの捕縛はメポルに任せておいて、俺はチェリーブロッサムの元に向かう。
「お疲れ様です、ブラックローズ」
「座ってていいよ。チェリーブロッサムの方が、疲れたでしょ?」
何とか立ち上がろうとするチェリーブロッサムを制して、そのまま座らせておく。
「はい、疲れました」
「私も最初はそうだった。それに、チェリーブロッサムは魔力尽きかけてるものね。そりゃあ疲れるよ」
「あははっ……ダメですね、ワタシ。全然かっこよくないや……」
チェリーブロッサムは力無く笑うと、自虐的な言葉を吐く。
その言葉に、俺は少しだけムッとしてしまう。
チェリーブロッサムの顔に両手を持って行き、むぎゅっと、両手で少し強めに頬を包み込みこちらを向かせる。
「にゃ、にゃんでふか!? キスするでふか!?」
驚いたような声でわけのわからないことを言うチェリーブロッサム。
「しないってば。……いい? チェリーブロッサム。あなたは、大切な人を守るために全力で戦った。戦い方自体はスマートじゃなかったかもしれないけど、それでも、あなたの誰かを守りたいと言うその想いは、誰にも馬鹿にできない。私がさせない」
「ブラックローズ……」
「いい? あなたはただ、胸を張ればいい。あなたは、大切な者を守るために戦ったの。そのことを、誇りに思いなさい」
「は、ぃ…………」
涙声で返事をするチェリーブロッサム。感涙か、それとも全てが終わったことに対する安堵からか。はたまた、初戦闘が終わってハイになっていた頭がクールダウンして、ようやく頭が恐怖を感じ取ったか。理由は何にしろ、彼女の目からは涙が溢れてくる。
俺は、彼女の頭を優しく抱きしめる。泣き顔なんて、あまり見られたくないだろうから。
「初めて戦って、怖かったね」
「はい……」
「痛かったね」
「はい……」
「頑張ったね」
「はい……っ」
「守れて、良かったね」
「はい……っ!」
「ちゃんと、かっこよかったよ」
「……っ!」
チェリーブロッサムが俺の身体に手を回してきて、胸に顔を押し付けてくる。そして、声を押し殺すことなく泣き始める。
こうして、俺と花蓮の仲直り大作戦は幕を閉じた。
俺と花蓮の関係修復もでき、俺に――俺たちに新しい仲間ができた。
チェリーブロッサム。勇敢で、誰かのために頑張れる強さを持った魔法少女の名前だ。けれど、俺なんかと違ってちゃんと女の子だから、女の子特有の弱さも持っている。
俺は、チェリーブロッサムの頭を優しく撫でる。
落ち始めていた暖かな夕焼けの光が、俺たちを優しく包み込んだ。
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