第10話 チェリーブロッサム VS ツィーゲ
黒奈さんと花蓮ちゃんが去って行くのを背中越しに感じた。
ワタシは目の前のファントム――ツィーゲに肉薄する。
「ハアァッ!!」
桜色の光を拳に纏い、全力で撃ち出す。
『メェッ!!』
ツィーゲが拳に闇を纏って迎撃をする。ブラックローズの夜空を連想させる綺麗な光とは正反対の、ただただ黒く暗い闇が広がるばかりの力。
ワタシの拳と、ツィーゲの拳が激突する。
桜色の光と暗い闇が交錯し弾ける。周囲に桜と黒の奔流が吹き荒れる。
精霊と契約したから分かる。魔力量はワタシの方が上。だけど、経験も技術もツィーゲの方が何枚も上手だ。
だから、ワタシに出来る戦い方は限られてくる。
一つ、逃げに徹して時間を稼ぐ。
二つ、大量にある魔力を全て防御に回して時間を稼ぐ。
三つ、大量にある魔力を全て攻撃に回して、ツィーゲが対応しきれないほどの攻撃を放ち続ける。
他にもあるかもしれないけど、今のワタシにはこれくらいしか考えられない。そして、今のワタシにはこの選択肢から一つの答えしか選べない。状況的にも、心情的にも。
もう片方の拳に魔力を集めると、間髪入れずに撃ち出す。
しかし、ツィーゲは慣れた調子でそれをいなす。けれど、関係無い。当たらないなら、当てられないなら、当たるまで撃ち出し続けるだけだ。
連打連打連打。ひたすら撃ち出し続ける。華やかさも、美しさも無いただの連撃。
本当は、ブラックローズみたいにかっこよく戦いたいけど、今のワタシではこんな泥臭い方法しかできない。
けど、成果は出てきている。
ワタシの連撃に、段々とツィーゲの方が対応しきれなくなってきている。
いける!
そう思い、連撃に力を入れようとしたとき、ツィーゲが一歩を踏み出してくる。
「――っ!?」
ワタシは突然のことに動揺してしまい、撃ち出す手に乱れが生じる。
その隙を突かれ、ツィーゲの拳ががら空きのワタシのお腹を捉える。
『シュバルツ・フーフ!!』
「――ぐっ!!」
腹部から衝撃を感じた瞬間、身体が宙を舞い錐もみしながら吹き飛ばされる。
無理矢理体を捻って地面に足をつけるけど、勢いは止まらず本屋さんに突っ込んで行ってしまう。
「ぐうううぅぅぅぅっ!!」
本棚と本をまき散らしながらも、ようやく身体を止めることができた。
「……こんな入店の仕方……本屋さんも怒るだろうなぁ……」
どうでもいいことを呟きながら、立ち上がる。
やっぱり、強い。いけると思ったけど、多分誘われていたんだと思う。思った通り、ツィーゲはワタシよりも格上だ。
「でも……」
近くにあった本棚を掴む。
「負けるもんかぁぁぁぁああああああっ!!」
魔法少女になったことで上がった腕力を使って、力任せに投げつける。
投げた直後に、地面を蹴りつける。
意味が無いかもしれないけど、少しでもツィーゲに痛痒を与えられるのならなんだってする。有効か有効じゃないかなんて考えてる暇は無い。今はただ、思いついたことを即実行に移すだけだ。
『フンッ!!』
ツィーゲが本棚を片手で弾く。その瞬間に、もう片方の手で掴んでいた本棚を横に大きく振り抜く。
しかし、これも簡単に避けられてしまう。
分かってる。避けられることなんて!
くるりと一回転し、ツィーゲに本棚を投げ飛ばす。
少しバランスを崩しながらも、ツィーゲに向かって走る。今は、ただひたすらに攻撃するだけだ。
ツィーゲはまたも本棚を片手でいなす。
近くにあった何十個も連なっているショッピングカートを掴み、これも力任せに振り抜く。何十個も連なっていたショッピングカートは途中でバラけて、散弾銃さながらにツィーゲに向けて飛んでいく。
まだ。まだだ。これでも足りない。
ワタシは、手当たり次第に近場にある物をツィーゲに向かって投げる。
『まったく、魔法少女とは思えない野蛮な戦い方だメェ!』
「まだ、なったばかりですから!!」
可憐な戦い方なんて知らない。ワタシのイメージしていた戦い方からも程遠い。けど、それがどうした。この戦い方で守れるものがあるなら、ワタシはどんなに見苦しくても戦ってやる!
もっと、もっともっと! もっと飛ばせ!
ツィーゲに徐々に徐々に肉薄しながら、物を投げつける。
ツィーゲはそれを迎撃しながらも、ワタシに向けて魔法を放ってくる。
ワタシは、時にそれを躱し、時にその身に受けながらも、執拗に物を投げつける。
『ええい、鬱陶しいメェ!!』
ツィーゲの苛立った声が聞こえてくるとともに、ツィーゲを中心に黒い衝撃波が広がる。
一瞬でも生じた苛立ちが生んだ一瞬の隙。
ワタシは、防御をかなぐり捨ててツィーゲに向かって残りの距離を突き進む。脚に魔力を収束させ、地面を思いきり蹴りつけ、瞬く間に距離を詰める。
自身が投げた物を逆にその身に受けながらも、ただ距離を詰めることだけを考える。
破片が、衝撃波がワタシの身を襲う。
破片はワタシの身体を切り裂き、衝撃波はワタシの身体を打ち付ける。
けど、それがどうした!
『むっ!』
右手に魔力を収束させる。桜色の輝きが増し、花弁のようにそよそよと揺れる。
ツィーゲの懐にまで入り込むと、ダンッと力強く地面を踏み込み、力いっぱい拳を振り抜く。
「フォーリング・チェリーブロッサム!!」
振り抜いた拳から、幾千もの桜色の花弁が舞う。
これはブラックローズの使う技をイメージして放ったものだ。ブラックローズはこの技を遠距離攻撃として使っていたため、ワタシの中のイメージでもこの技は遠距離用だ。けど、遠くから撃ち出したらツィーゲには通用しない。だから、近距離で撃ち出す必要があったのだ。
『嘗めるなメェェェェェェエエエエエエッ!!』
ツィーゲの鼓膜どころか身体を震わせるほどの怒号が響き渡る。
衝撃波を放った後だと言うのに、即座に対応してくるツィーゲ。けれど、怒り心頭なその様子から、それなりに切羽詰まっていることが分かる。
ツィーゲは迎撃では無く防御を選んだ。ワタシの目の前に闇色の大盾が現れ、魔力の花弁を遮る。
大盾に阻まれ魔力の花弁が四方八方にその方向を変えていく。その方向は、ワタシの方にも向いており、ワタシは自らの技に身を切り裂かれる。
今までで一番の激痛がワタシを襲う。
ワタシの膨大な魔力をつぎ込んだ大技で、今出せる一番の技だ。今の自分が一番だと自負できる技の威力は、身に受けてみて分かる。確かに強力で、直撃すれば、さしものツィーゲでもただでは済まないはずだ。そんな大技をその身に受けているのだ。痛いに決まっている。
けど、だけど。
「だからどうしたぁぁぁぁああああああっ!!」
ワタシは、更に出力を上げる。
ワタシなんかよりも、花蓮ちゃんの方が痛かったんだ。大好きな黒奈さんに辛く当たらなきゃいけないあの状況が、自分が放った言葉が、一番花蓮ちゃんを苦しめたんだ。花蓮ちゃんの心を傷つけたんだ。
黒奈さんも、痛かったに決まってる。あんな風にかっこよく啖呵を切った黒奈さんでも、心を痛めたんだ。
それに比べたら、身体の痛みなんて些細なものだ。
何より、あの状況を作った一端がワタシにあるんだ。だから、ワタシが甘えるわけにはいかない。ワタシが退くわけにはいかない。
「う、あああああぁぁぁぁぁあああああっ!!」
喉を引き裂かんばかりに咆哮を上げる。
さっきから魔法少女らしくないなぁ……。
内心で少し呆れてしまう。
憧れとは程遠い。無様で、見てくれも悪い。けど、この力で、方法で、守れるのなら!!
最後の力を振り絞る。残りの全魔力をこの一撃に乗せる。
血を流し過ぎたのか、魔力不足のせいかは分からないけれど、意識が朦朧としてくる。
ガリッと唇を噛み、意識を繋ぎ止める。
そして、気合いを、想いを込めて叫ぶ。
「ワタシが、守るんだぁぁぁぁぁあああああっ!!」
ピシッとひび割れる音が聞こえてくる。
やがて、その音が徐々に大きくなっていく。
そして――
『そ、そんな……まさか! このメェが、なりたて如きにぃ……!!』
大きな破砕音を響かせて、大盾が崩壊する。
『ギャアァァァァァァアアアアアアアアッ!!』
幾千もの花弁をその身に受け吹き飛ばされていくツィーゲは、壁に衝突して、花弁に押しつぶされながら停止した。
ガラガラと壁が崩れツィーゲに圧し掛かる。
「はぁ……はぁ……」
荒くなる息を整えながら、なんとか足に力を込めて立つ。
「や、った…………」
勝った。勝てないと思ってたけど、勝てた……!
「ワタシ、か――」
『まだだメェ……』
「――っ!」
ガラガラッと瓦礫を押し退けながら立ち上がるツィーゲ。その姿は、最初の小奇麗なものから、随分とボロボロになったものだが、それでもまだ戦う余力が残されているように見えた。
まだ、立てるの……!?
『メェとしたことが、油断したメェ……まさか、お前の魔力量がメェの想定を上回っていただなんて……』
「くっ……!」
構えを取ろうとしたけれど、脚はおろか手にも力が入らない。
ツィーゲは、悠長に服に着いた埃などを払いながら確かな足取りで歩く。けれど、その向かう先はワタシでは無かった。
『まったく。これなら最初から分裂などしておくのではなかったメェ』
「分、裂……?」
ツィーゲが足を止めた。そこにいたのは、日を分けてワタシを襲った二体のファントム。
「――っ! まさか!」
ワタシは、ツィーゲを止めようと試みたけれど、魔力はもうなくなっており、手足も思うように動かせなかった。
『さあ、戻るがいいメェ。それで終わりにするメェ』
「こ、の……!」
最後に何か足掻こうと思ったけれど、無駄だった。
二体のファントムの身体が溶けだし、闇へと変わっていく。
そして、その闇はツィーゲの方へと向かい、その身体に取り込まれていく。
闇がツィーゲを包み込む。
闇が晴れる前なのに分かる。今までとは比較にならないほどの力を秘めていることに。
恐怖のためか、力が入らないからか、身体が小刻みに震える。
そして、ツィーゲを包み込む闇が晴れると、そこには――
「はぁ……やはり、元の身体が一番調子が良いメェ」
――悪魔的なヤギの角を生やし、左目にモノクルをつけた燕尾服の好青年が立っていた。
灰色の頭髪に、ヤギのような耳。そして、金色のヤギのような瞳。およそ、ヤギのような要素を残した見てくれの青年。
「どうも。こっちが本当のメェの姿だメェ」
「……ずっと、手加減してたんですね……」
「そうだメェ。と言っても、あの姿の時は本気だったメェ。まさかお前に倒されるとは思わなかったメェ。そこは、素直に賞賛させてもらうメェ」
「それは、どうも……」
受け答えの一つ一つをするだけでも息が上がる。
そんなワタシの姿を見て、ツィーゲは嘲るでも、侮るでもなく、先ほどと変わらぬ敵を見る目で見てくる。
「ふむ。やはり、お前は脅威になり得るメェ。ここで潰すメェ」
無造作に、ツィーゲが手を前に伸ばす。
刹那、全身に鳥肌が立ち、脳が警鐘を鳴らす。
けれど、身体は言うことを聞いてくれない。
「それじゃあ、さよならだメェ」
闇の閃光がツィーゲの手から放たれる。
あ、無理だ……。
恐らく、万全の状態でも避けることができないほどのモノだ。ワタシは、避けられない。
ああ……せっかく、魔法少女に、なれたのになぁ……。
自分の死を自覚して、思わず目を閉じようとしたその時。
「させない!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
思わず閉じかけた目を見開く。
黒い輝きを纏った少女が、黒の閃光を蹴り上げて軌道を反らす。
ワタシが死を覚悟した一撃を、脚一つで……!
驚愕と共に、悔しさ、そして、憧れと安堵が押し寄せてくる。
少女はワタシの前に立つと、振り返らずに言う。
「お待たせ、チェリーブロッサム。後は、私に任せて」
「……はいっ」
少女――ブラックローズが来てくれた安堵で、脚の力が抜けてその場に座り込んでしまう。
……ああ、やっぱりあなたは、ワタシの憧れだ……っ!
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