第9話 今、秘密を……

 ワタシが魔法少女に憧れたのは、小学校低学年の頃。その頃のワタシは純粋に魔法少女が可愛く見えたから、魔法少女になりたかった。


 実際に、魔法少女は可愛い子が多かったし、衣装だって可愛かったから、ワタシだけじゃなく、周囲の女の子も魔法少女に憧れていた。


 皆が持つような感情で、ワタシは魔法少女に憧れた。


 けれど、その憧れはあるとき他の子よりも大きく変わった。


 魔法少女に憧れを抱いたまま小学校高学年になったワタシは、ある日ファントムに襲われた。


 ファントムに襲われるなんて、もちろん初めてのことだったから、ワタシは怖くて足が震えて逃げられなかった。


 そんなワタシに嗜虐的な笑みを浮かべて近づいて来たファントム。


 もうダメ。そう思った時、彼女は来てくれた。


「止めなさい!!」


 登場と同時に、強烈な跳び蹴りでファントムを吹き飛ばした彼女は、黒く艶やかな髪に、これまた黒いふりふりの衣装に身を包んでいた。おへそとか肩とかが出ていて、身長的には同学年っぽかったけど大人っぽいって思った。


 彼女は、ワタシの前に立つと、声を張り上げた。


「魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズ! 笑顔の花を守るため、お前と戦う!」


 細くて華奢な彼女――ブラックローズは口上通り、ファントムと戦った。


 その頃のブラックローズは、お世辞にも強いとは言えなかった。


 その戦いは見ていて危なっかしく、ファントムの攻撃を受けていたりもした。見ているこっちが思わず身を竦めるほどの怪我をしても、ブラックローズは戦った。


 そして、熾烈な攻防の末、勝ったのはブラックローズだった。


 満身創痍のその身体でワタシの方を振り返ると、ブラックローズは優しく微笑んだ。


「もう大丈夫だよ。安心して」


 見るからにボロボロで満身創痍なのに、自分の身では無くワタシの心配をするブラックローズに、ワタシは涙が止まらなかった。


 守ってもらって嬉しかった。けれど、それ以上にブラックローズが大怪我を負ってしまったことが怖くて、痛々しくて泣いてしまった。


 支離滅裂に、大丈夫? 痛くないの? とブラックローズを心配しながら泣きわめくワタシに、ブラックローズは呆れて去るようなことはせずに、ワタシに付いていてくれて、ワタシを慰めてくれた。


 大丈夫だよ、全然平気と笑顔で言うブラックローズ。


 その笑顔が眩しくて、力強くて、思わず訊いてしまった。


「なんで逃げなかったの? 痛くないの?」


 ワタシの幼稚ともとれる質問を、ブラックローズは笑うことなく、けれど、優しく微笑んで応えてくれた。


「痛いよ。すっごーく痛い。でもね」


 おどけたように言う彼女。けれど、その後の言葉はおどけてはおらず、笑みを浮かべているのに、真剣な思いだけが伝わってきた。


「逃げないよ。大切な誰かを守るために背中を見せても、逃げる姿を見せるために背中を見せたりはしない」


 他はうろ覚えだけれど、その言葉だけは何年経ってもワタシの心に在り続けた。それほどまでに、彼女の言葉はワタシの心に強く響いた。


 そんな彼女に助けられたから、ワタシの憧れは強くなった。


 ワタシは、ブラックローズのように強くなりたい! ブラックローズのような、魔法少女になりたい!


 今目の前で大切な友達が泣いてる。本心を殺して、大切なお兄さんを逃がすために強がって心にもないことを言ってる。大切な親友に、無理をさせてしまっている。


 不甲斐ない。ワタシのせいで巻き込んでしまったのに、ワタシはなにも出来ない!


 花蓮ちゃんにつられて、ワタシも涙が溢れてくる。花蓮ちゃんと同じで、悔しくて、涙が出てくる。


「……逃げてよ」


 花蓮ちゃんが絞り出すように言う。花蓮ちゃんも、もう限界なのだ。


 お願いブラックローズ、助けて……!


 ワタシは、心の中で憧れの魔法少女の名前を叫ぶ。


 だから、その言葉が聞こえてきたときは、本当に驚いた。


「逃げないよ。大切な妹を守るために背中を見せても、逃げる姿を見せるために背中を見せたりはしない」


 ブラックローズと、同じ言葉……?


 その言葉を聞いて思い出す。


 ブラックローズの言葉を、笑顔を、あの時抱いた想いを、あの時感じた安堵を。


 そうだ。ワタシも、助けを求めるだけじゃダメだ……!


 ワタシは、乱暴に涙を拭う。


 ワタシに、魔法少女になれる素質があるなら、お願いだから、ワタシを魔法少女にしてよ! 誰かを助けるために、ワタシに力を貸してよ! ワタシに、大切な人を守らせてよ!!


 ――なら、吾輩と契約するであるか?


 唐突に聞こえてくる声。その声に、戸惑うけれど、ワタシの答えは導き出すまでもなく、すでに出ていた。


 契約する! ワタシを、魔法少女にして!!


 ――よかろう。では、今より汝は魔法少女である。


 その言葉が聞こえてきた瞬間、ワタシの中に熱い何かが流れ込んでくる。


 ――名は、好きに名乗るがよい。と言っても、もう決まっているようであるがの。


 うん。もう、決まってる。


 ワタシは、魔法少女・マジカルフラワー・チェリーブロッサムだ!!




 魔法少女・マジカルフラワー・チェリーブロッサム。そう名乗った彼女を、俺は驚愕の表情で見る。


 魔法少女かヒーローか、それ以外にも、魔法師や魔法戦士、魔法騎士など、名乗る名前はいくつもある。そこら辺の区別は、本人が決めればいいから、正確に定まっているわけでは無い。


 けれど、『魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズ』は俺が考えた名前だ。だから、彼女がマジカルフラワーを名乗ることが想定外で、思わず驚いてしまったのだ。


「黒奈さん、逃げてください」


「……でもっ」


「ここからは、魔法少女の戦いです。お願いします。花蓮ちゃんを連れて、逃げてください」


 今まで見たことないほど真剣な表情。


 ……確かに、今の俺では足手まとい以外の何者でも無い。だけど、彼女では白と黒のヤギファントムには勝てても、恐らく俺よりも格上のツィーゲには勝てない。


 俺の迷いが伝わったのか、彼女は少しだけ困ったような顔で言う。


「ワタシの背中は、そんなに頼りないですか?」


 ……そんなわけないじゃないか。土壇場で魔法少女に変身して、大切な人を守るために格上と戦うって、どこの主人公だよ。それに、色だってピンク色でまさに主人公って感じだ。


「ちゃんと、かっこいいよ」


 俺が素直にそう言えば、彼女はにっと嬉しそうにはにかんだ。


「良かったです。そこのところ、ちょっと不安だったので」


 はにかむ彼女は、いつものような態度だけれど、その手が微かに震えているのを俺は見逃さなかった。


 強がってまで言う彼女に恥をかかせるわけにはいかない。


「……直ぐに助けを呼ぶから」


「任せました。じゃあ、黒奈さんを信じて、時間稼ぎでもします」


 そう言って、構えをとる桜ちゃん――いや、チェリーブロッサムと言った方が良いだろう。


「任せたよ、チェリーブロッサム」


「任されました」


 俺たちは、お互いに背を向け合い走り出す。


 俺は花蓮を逃がすために。チェリーブロッサムは、俺たちを守るために。


「ま、待って、桜!!」


 今まで何がなんだか分からないような顔をしていた花蓮が、ようやく事態を把握する。


「ちょっと頑張ってくるね、花蓮ちゃん!」


 それだけ言うチェリーブロッサムはけっして振り返らない。


「桜……桜ぁっ!!」


 花蓮の悲痛な声が響く。その声は、親友を心配するから出てきた、花蓮の心からの言葉。


 俺はその声を聞きながらも走る。


 俺たちが居ても、なにも出来ることは無い。


 周りの人達も、俺たちが走り出し、チェリーブロッサムが戦うと分かると我に返ってすぐさま逃げ始めた。


 そちらに攻撃の手が行かないのは、チェリーブロッサムがツィーゲを引き付けているからだ。


「兄さん、桜が……桜が……!」


 俺の腕の中でジタバタと暴れる花蓮。


 けれど、俺はしっかりと花蓮を抱きしめて、花蓮が落ちないようにする。


 花蓮が何を言いたいのか分かっている。何をしたいのかも分かっている。


 けれど、それを許すわけにはいかない。それでは、チェリーブロッサムの行動も、想いも無駄にしてしまう。


 だから俺は、花蓮の言葉に返事をせずに走る。


「兄さん、お願い……!」


 花蓮は暴れるのを止めると、ぎゅっと身体を丸めて、俺の胸に頭を預ける。


「お願い、助けて…………お兄ちゃん……」


 弱々しい声で、懐かしい呼び方をする花蓮。


 今日いったい、何回花蓮のこの声を聞いただろう。何回花蓮にこんな思いをさせてしまったのだろう。


 俺は、走っていた足を止める。


「おにい、ちゃん……?」


 花蓮の戸惑ったような、期待したような声。


 ここなら、大丈夫だろう。


 戦闘域から大分遠くに来ることができた。そして、ここには衆目も、監視カメラも無い。


 完全に、人の目は無い。


 あるのは、花蓮の俺を頼る目だけ。


 それしかないなら、それだけあるなら、十分だ。


「花蓮。入学式に行けなくてごめんね。俺、行きたかったんだけど、行けなくてさ」


 何の脈絡も無く、入学式の時の話をする俺に、花蓮が訝し気な視線を向ける。


「でも、俺は行けなかったけど、私はちゃんと行ってたんだよ?」


「な、なに、言って……」


 花蓮は困惑しながら俺を見る。


 俺は、もう覚悟を決めている。


「花蓮、よく見てて。俺が誰で、何者であるか」


「おにい、ちゃん……?」


 俺は花蓮をゆっくりと降ろすと、数歩後ろに下がる。


「メポル」


『はいメポ!』


 俺が呼びかければ、虚空からメポルがポンッとファンシーな煙を上げながら現れる。


 急に現れたメポルに、びくりと身を震わせる花蓮。しかし、現れたのがメポルだと分かると、驚愕に目を見開く。


「そ、それって……!」


 花蓮は桜ちゃんの友人だ。だから、ブラックローズの契約精霊であるメポルのことを知っていても不思議ではない。


 俺は驚愕する花蓮に、にこりと微笑むと、メポルから受け取ったブレスレットを付ける。


「マジカルフラワー・ブルーミング!」


 瞬間、俺の身体が黒の光に包まれる。


 本当は、花蓮に俺の正体が知れてしまうのは怖い。今までのような関係ではいられない。なにせ、男の俺が魔法少女になってしまうのだ。花蓮がどんな反応をするのか想像が付く。


 情けない、気持ち悪い。およそ、否定的な考えをするはずだ。


 それは、とても辛いことで、悲しいことだ。


 だけど、それは花蓮をこのまま泣かせて良い理由にはならないんだよ!!


 俺は、花蓮の――大切な妹のために魔法少女になったんだから!!


 そんな俺が、花蓮を悲しませたままでいていいわけがない!!


 例えこの先の関係が崩れたとしても、今ここで悲しむ花蓮を放っておけるか!!


 黒い光が収束して行き、消える。


 そこに居るのは、俺にはなじんだ、けれど、花蓮にとっては初対面に近い存在。


「魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズ」


 変身を終えて、いつも通りの口上を口にする。


「お兄ちゃんが……ブラックローズ……?」


 恐らく、今日一番の驚愕に目を見開く花蓮。


「私はあの時ブラックローズだったから、如月黒奈としては入学式に行けなかったの。本当にごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げて謝るけれど、返答は無い。


 沈黙が広がる中、遠くから戦闘音が聞こえてくる。俺は、この期に及んで返答がないことが怖くて、顔を上げられない。


「そっか、そういうことだったんだ……」


 やがて、花蓮が納得したような声を漏らす。


「お兄ちゃん、顔を上げて」


「うん……」


 花蓮に言われ、俺は恐る恐る顔を上げる。


 そこには、満面の笑みを浮かべた花蓮がいた。


「ありがとうお兄ちゃん。桜を守ってくれて」


「え?」


 唐突に言われた感謝の言葉に、思わず呆けた声を出してしまう。


 俺の予想に反して、花蓮は落ち着き払っていて、それでいてどこか誇らしげでもあった。


「い、いや、まだ助けられてないし、今から助けに行くところなんだけど……」


「違う。今まで、桜を三回も助けてくれたでしょう?」


「え、あ、ああ。この間のことね……」


 確かに、俺は二回ほど桜ちゃんを助けている。なるほど、その時のことを言っているのか。


 でも、それだと回数が合わない。俺が助けたのは二回だ。三回も助けた覚えがない。


 俺が疑問を問いかける前に、花蓮が口を開く。


「お兄ちゃんが桜を助けてくれたから、私は今も桜と一緒にいられる。本当にありがとう」


「そんな、お礼なんて……私は、花蓮の入学式に行けなかったし……」


「もう! 桜を助けて入学式に来れなかったのなら仕方ないじゃない! 私、そこまで聞き分け悪くないわ! って言うか、お兄ちゃんが桜を助けてくれなかったら、私は桜と一緒に高校生活送れてない! だからありがとうなの! 分かった?」


「う、うん。分かった……」


「よろしい」


 花蓮の勢いに押されて、思わず頷いてしまう。


「それに、ブラックローズの姿とは言え、入学式はちゃんと来てくれてたでしょ? なら、いいよ。それよりも、なんでお兄ちゃんがブラックローズだって教えてくれなかったの? 教えてくれてたなら、私だって怒ったりしなかったのに」


「いや、小さい頃結構この恰好見せてるんだけど……」


「……あ」


 思い出したのか、そんな言葉を漏らす花蓮。


「あれ、お兄ちゃんが私を喜ばせるために女装してるんだって思ってた……」


「いや、喜ばせようとしてたってのは合ってるけど……」


 どうやら、女の子になっていることには気付いていなかったようだ。まあ、そりゃあそうか。いくら女の子になったとはいえ、まだ身体的な特徴が出始める前のことだし。


「そっか、お兄ちゃん、ずっと前から魔法少女だったんだ……」


「うん。……嫌、だよね。兄が、魔法少女だなんて……」


「え、いや別に」


「え?」


 結構覚悟を決めて言ったのに、花蓮から返ってきたのはあっけからんとした言葉だった。


「え、いや、だって。男が魔法少女になるんだよ? その、気持ち悪くない?」


「全然。だって、お兄ちゃんはその姿で皆のことを守ってきたんでしょ? お兄ちゃんは皆に誇れることをしてきたんだもん。そんなお兄ちゃんを誇りに思っても、気持ち悪いだなんて思わないよ」


「花蓮……」


 嬉しいことを言ってくれる花蓮に、思わず目頭が熱くなる。


 良かった、本当に。花蓮に嫌われなくて、良かった。嫌われるどころか、誇りだなんて言ってもらえて。


 受け入れてもらえたことに思わず安堵してしまう。


「――っ!」


「きゃっ!」


 その時、大きな破砕音が鳴り響く。


 そうだ。まだチェリーブロッサムが戦っているのだ。


「お兄ちゃん」


 花蓮が真剣な表情をする。


 俺も、真剣な表情で花蓮を見る。


「お願い。桜を、助けて」


「ああ。分かったよ。花蓮は安全なところに逃げてね」


 それだけ言うと、俺は踵を返す。


「頑張って、お兄ちゃん!!」


 背中に花蓮の声援を受ける。


 俺は振り返ることなく走る。


 俺は約束したんだ。助けを呼ぶって。だから、今連れて行こう。君にとって、最強の助けになる者を。


「待ってて、直ぐに行くから!」

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