第54話 協力しよう
数日を経過した頃、深紅の方に連絡があった。
曰く、五人の意思が揃ったので改めて謝罪とお話がしたい、との事だった。
そこにはもちろん俺も参加する事になり、碧も参加する事になっている。
あの日あの時のメンバーで再度話し合うのだ。
そして、今日がその話し合いの日。俺達三人はあの時の喫茶店『リフィール』に来ていた。
古めかしくも、そこがまた味を醸し出しているお洒落な扉を開けると、ドアベルがからんころんと音を立てる。
店内を見回せばすでに五人は席に着いており、五人の前にはそれぞれ飲み物が置かれている。
うむ、感心感心。以前は何も注文しなかったからね。
「お待たせ。ごめんね? 待たせちゃったかな?」
深紅がいきなり声をかけると皆が萎縮してしまうだろうから、俺から声をかけた。
「いえ、私達も今来たところです」
青崎さんが笑みを浮かべて言葉を返す。
「いえーい! 二人ともおっひさー! 三人もおっひさー!」
碧がテンション高めに言えば、女子二人はお久しぶりですと笑顔で返し、男子三人は戸惑いつつも、どうも等と言葉を返した。
俺と碧が席に着けば、深紅も席に着く。
しかし、言葉をかける事は無く、無言で座る。
俺達が席に着くと、マスターがやってくる。
「ご注文は?」
「俺はウィンナーココアで」
「あたしも同じもので!」
「コーヒーを」
「かしこまりました」
綺麗にお辞儀をすると、マスターはカウンターに戻って行った。
「……さて、早速本題に入ろうか。話っていうのは何かな?」
マスターが去ったタイミングで深紅が
瞬間、少しだけ弛緩した空気が急激に引き締まる。
「お話というのは、この間の事です。私から無理にお願いした事なのに、メンバー間での意思疎通が取れておらず、和泉さんに、ひいては黒奈さん達に失礼な対応をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「ご、ごめんなさい」
「……すんませんした」
「申し訳ありませんでした」
「すみませんでした」
五人が、頭を下げる。
俺は何も言わずに深紅を見る。
深紅はただ五人を見詰めている。
「私達、五人でちゃんと話し合いました。話し合って、皆でちゃんと納得して、それでちゃんと謝ろうって決めました。それで、虫の良い話ですが、和泉さんに再度ご指導を願えるよう頭を下げようと決めました」
言って、より一層頭を下げる青崎さん。
「お願いします、私達に力をかしてください!」
「お、お願いします!」
「……お願い、します」
「お願いします」
「お願いします!」
メンバー間に温度差はあれど、今度はちゃんと皆が頭を下げる。
メンバーを見た深紅は、なにやら難しそうな顔をしている。
嫌に長い沈黙の後、深紅がようやく口を開いた。
「まずは、謝罪は受け入れよう。黒奈も碧も、気にしてはいないようだしな」
深紅がそう言えば、青崎さんが目に見えて安堵した。
恐らく、そこが一番気掛かりだったのだろう。許してもらえなくては、お願いも何もあったものでは無いのだから。
「次に、お願いの話だが、それはお前達の話を聞かない事には頷けない。理由を一から説明してくれるかな?」
「……はい」
深紅の言葉に、青崎さんが緊張した声音で答える。
五人は顔を上げ、やはり、代表して青崎さんが話を始める。
「私達は五人で一組のヒーローです。けど、実戦経験はおろか、練習でも、ろくに連携がとれなくて……。誰が悪いとかは、無いと思うんです。ただ、何故か噛み合わなくて」
「練習は繰り返してるんだろ?」
「はい。でも、何回やっても同じで……」
練習を繰り返しているのに何度やってもうまくいかない。スポーツでもそうだけれど、そういう事は往々にしてあることだと思う。あれだ、ドツボに嵌まるってやつだ。あれ、スランプだっけ?
「それで、皆で話し合ったんです。何時まで経ってもこのままなら、チームを解散しようって……」
青崎さんがそう言えば、白瀬さんと黒岩くんが悲しそうに眉尻を下げた。赤城くんは苛立ち混じりに顔を背け、黄河くんは所在なさげに眼鏡の位置を戻した。
「私も、それに納得しました。でも、私、諦められなくて……だから……」
「だから、先走って俺にお願いした、と?」
「はい……」
こくりと、素直に頷く。
あの日あの時、図書館で深紅にお願いしたのは青崎さんの勝手な行動で、事前に皆に話を通した訳ではなかったのだ。そして、せめて話し合いの場に全員を連れていけるように、深紅が承諾してくれたと嘘を重ねてしまった。
「チームを解散しようと思った訳は? 連携がうまくいかないからってだけか?」
「……それもありますけど……」
深紅の質問に、青崎さんは言いづらそうに口ごもる。が、そんな青崎さんに変わって、赤城くんが乱暴な口調で言った。
「全員揃わねぇとファントムと戦えねぇし、そもそも戦えねぇ奴がいるんじゃチームでいる意味ねぇし」
戦えない奴。赤城くんがそう言った時、白瀬さんがびくりと肩を震わせた。
「赤城、そんな言い方無いだろう!」
「事実だろうが!」
黒岩くんが赤城くんを叱責し、赤城くんが黒岩くんに噛み付く。
俺はすかさずテーブルを指でこんこんと叩く。
「君達は喧嘩しに来たのかな? それならもう帰っていいかな?」
出来るだけ冷たく言う。
俺が睨んでもあんまり怖くはないだろうけれど、一応睨むように二人を見る。
「うっ……」
「……チッ」
黒岩くんは気まずそうに唸り、赤城くんは不満たらたらに舌打ち一つする。
最近の中学生こわーい。
けれども、とりあえず喧嘩や言い争いが始まる事はなさそうだ。
「まぁ、赤城くんの言い分ももっともではあるな。おんぶに抱っこじゃ、チームとは言えない」
が、深紅が突然そんな事を言い始めて、俺は思わずギョッとしてしまう。
青崎さんも驚いたように深紅を見て、白瀬さんは泣きそうな顔で肩を縮めている。
「ちょっと深紅、なにもそんな言い方ないじゃんか!」
俺は思わず深紅に文句を言う。
「まぁ話は最後まで聞け。戦えない奴ってのは赤城くんの意見であって、俺の意見じゃない。なにせ、俺はお前達の戦いなんて見た事無いからな。戦えない奴がいるのかどうかも分からん」
そう言った深紅の目は真剣で、赤城くんを煽っている訳でも、白瀬さんを庇っている訳でも無かった。ただ事実を述べているだけであった。
「だから俺は、お前達が何処まで戦えて何処まで戦えないのかも知らない。もしかしたら、この程度で何を悩んでるのかと落胆するかもしれないし、これなら仕方ないと共感するかもしれない」
深紅の歯に衣を着せぬ物言いに、赤城くんが苛立たしげに深紅を睨みつける。
そんな赤城くんの視線をものともせず、深紅は続ける。
「お前達にどんな事情があるのかは分かった。最初に言われた通り、チーム存続の危機なんだな?」
「はい。私は、せっかく集まれたこのチームを、散らしたくはありません」
「わ、わたしも、です……」
女子二人は即座に頷き、次いで男子達がこくりと頷いた。若干一名、不服そうではあるけれど、チーム解消を良くは思っていないのであろう。
「……分かった」
五人を見て、深紅は頷く。
「手を貸そう」
ただ一言、深紅はそう言った。
一瞬、何を言われたのか分からないといった顔をした五人だったが、深紅の言葉の意味を理解した青崎さんが、急いで頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
青崎さんが頭を下げれば、他の面々も状況を理解したのか、お礼を言って頭を下げた。
深紅が手を貸すのは喜ばしいことだ。けれど、俺にはなぜ深紅が手を貸すに至ったのかが分からない。
俺が疑問の眼差しを持って深紅を見れば、深紅は後で話すと小声で言った。
とりあえず、俺は頷く。
深紅がこの件で何かをはぐらかす事は無いだろう。後でちゃんと理由が聞けるのなら、それで良い。
その後、日程などは追って連絡すると言い、その場は解散となった。
五人が帰り、途端に静かになったテーブルで、俺は追加で頼んだシフォンケーキを食べながら深紅に問う。
「それで? なんでオーケーしたのさ」
十人で座れる席を四人掛けに戻したので、今俺と深紅は向かい合っている。ちなみに、俺の隣には碧が座っている。
「チームの事情を聞いても、よくあることだったし、別段珍しい事情だって無いし。深紅は、何を持って手伝おうって決めたの?」
チームの事を聞いてみないと分からないと言っていたけれど、想像や予想の範疇を出ないし、わりかしありふれた話だった。
それに、青崎さんが最初にした話に、このままならチームを解散すると決めたという補足が加わっただけだ。
それ自体、深紅なら想像にかたくなかったはずだ。にも関わらず、深紅はお願いを聞いた。
元々、ちゃんと謝ったら手伝うことを決めていたのか、それとも、何か深紅の琴線に触れるものがあったのか。
俺がどうしてと純粋な疑問を投げかければ、深紅はコーヒーを一口飲んでから言った。
「……彼らの事情は、正直あまり気に留めなかった。よくある、有り触れた事情だ」
「じゃあ、ちゃんと謝ったから?」
「それもあるかな。それに、若干否定的な奴がいたとは言え、全員が俺に教わることに納得してた。だから、手伝おうかなとは思った」
「かなって事は、何か他に決定的な事があったって事?」
「ああ」
頷いて、深紅は苦々しげに笑う。
「赤城くんな、似てるんだよ。昔の俺に」
「昔の深紅に?」
「そ」
言って、苦々しいモノを飲み込むように、深紅はコーヒーを飲む。
俺は、昔の深紅と赤城くんの相違点を探してみるも、似ているところと言えば、色と性別くらいしか思い浮かばなかった。
「どこが似てるの?」
「性格」
「えー? 似てる?」
隣の碧に聞いてみれば、碧はうーんと考えた。
「言われてみると、少し似てるかも」
「えー? 例えばどこが?」
「自分で何でも出来ると思ってそうなところとか、身近な人を出来ない奴って決め付けるところとか」
「うっ……」
碧がそう言えば、深紅は痛いところを突かれたと言わんばかりに唸り声をあげる。
「え、そうなの?」
嘘偽りのなさそうな深紅の唸り声に、俺は驚いて深紅に問い掛けてしまう。
深紅は俺から目を逸らしながら言う。
「まぁ……間違ってはいないな……」
「へー、そうだったんだ」
「そうだったんだって……くーちゃんは気付かなかったの? 深紅、昔は結構トゲトゲしてたじゃんか」
「うーん……なんか、一人で思い悩んで辛そうにしてるのは分かってたんだけどね……。誰かを下に見てるとかは、ちっとも分かんなかったかな?」
「お前ら、もういい。頼む、後生だから古傷をえぐらないでくれ……」
深紅が心底辛そうに言って、この話はそれまでとなった。
碧は意地悪く笑っており、そんな碧を深紅は恨めしげに睨んでいたけれど、二人にしか知り得ない何かがあることしか分からなかった。
なんだか俺だけのけ者にされているようで、思わずむーっと唸ってしまった。
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