第53話 寝起き女子は可愛い
まどろみの中、何やら柔らかな感触のものを抱きしめる。
程よく温かく、抱きしめているととても落ち着く。
「……こうして見ると、やっぱり美人姉妹って感じがしますね……」
「二人とも綺麗だからねぇ。私も、花蓮ちゃんに事前に聞いてたけど、初対面の時はお姉さんだと思ったもん」
誰かの話し声が聞こえて来る。
「しゃ、写真って、撮っちゃダメでしょうか……?」
「大丈夫! くーちゃんなら許してくれる!」
「花蓮さんは怒りそうですけど……」
「大丈夫! 花蓮ちゃんは撮った写真を送ってあげれば喜ぶから! 白瀬ちゃん、ゴー!」
「で、では……えいっ」
そんな弱々しくも気合いの入った声と共に、カシャッとシャッターが切られる音が聞こえて来る。
いったい彼女達は何をしているのだろうか?
「お、綺麗に撮れたねぇ!」
「え、えへへ。写真、趣味なので……」
「そうなの? なんの写真とか撮るの?」
「猫とか、景色とか、綺麗だな、可愛いなって思ったものを撮ってます」
「ほほう? じゃあ、今撮ったのはどのカテゴリーかな?」
「強いて言えば……尊い?」
「カテゴリーが大袈裟過ぎるわ……まぁ、可愛いとは思うけど……」
いや、本当になんの話をしているのかな?
会話の内容が気になり始めたので、俺は重い
「……なにしてんの?」
「あ、くーちゃんおはよー」
「おはよ……」
言いながら、欠伸が一つ出てしまう。
瞬間、カシャッとシャッター音。
見やれば、白瀬さんがスマホをこちらに向けていた。
何故白瀬さんがここに? と一瞬考えてしまうけれど、碧の家に泊まった事を思い出す。
しかし、カメラのレンズを向けられる理由には皆目見当が付かない。
「何で写真撮ってるの……?」
「欠伸、可愛い、です……」
白瀬さんはスマホで口元を隠しながら言う。
違う、今求めてるのは感想じゃない。
「まぁ、良いけど……」
言いながら、起き上がろうとするも、自分が何かを抱きしめている事に気付く。
下を向けば、見えるのはつむじだ。ということは、お泊り会に参加したメンバーの中の誰か一人を抱きしめているという事になる。
今起きてるメンバーを見る。
碧、桜ちゃん、青崎さん、白瀬さん。
消去法で考えれば、答えは簡単だ。
「なんだ、花蓮か……」
どうやら、花蓮を抱きしめて眠っていたらしい。
他の誰かだったら申し訳無いと思ってしまうけれど、花蓮ならば大丈夫だろう。
「ていうか、皆早起きだね」
「くーちゃんと花蓮ちゃんが遅いんだよー。今何時だと思ってるの?」
「何時?」
「朝の七時半です」
「充分早起きじゃないか……」
碧の物言いに、てっきりお昼頃まで眠ってしまったのかと思った。
本当ならもう少し眠っていたかったけれど、せっかく起きたのだしこのまま起きていよう。
「花蓮、起きて。朝だよー」
ついでに花蓮を起こす。
「ん……うぅ……」
もぞもぞと腕の中で身じろぎをする花蓮。
俺の服をぎゅっと掴んで胸に顔を埋めてくる。可愛い。
カシャカシャと連続するシャッター音。後で俺も写真を送ってもらおう。
「花蓮、起きて。皆もう起きてるよ?」
「…………やぁ……」
「やぁって……」
可愛いなぁもう。
「おーきーてー」
「……いーやー……」
起こそうとするたびに、ぐぐっと顔を胸元に押し付けてくる花蓮。
「……ん?」
そこで、花蓮がいつもと寝ている環境が違う事に気付きはじめた。
億劫そうに顔を持ち上げれば、必然、俺と目が合う。
「おはよ、花蓮」
「……おはよ…………ん?」
俺がいることに違和感を覚えたのか、花蓮は周りを見渡す。
そして、碧達が目に入る。
「おはよう、花蓮ちゃん」
「花蓮ちゃんおはよー!」
「おはようございます」
「お、おはよう、ございます……」
「……おはよ」
朝の挨拶を返す花蓮。
そうしている内に、徐々に昨日の事を思い出してきたのか、ゆっくりと身体を持ち上げる。
「んっふふ~。花蓮ちゃん、かーいかったねぇ~!」
「ふっふっふっ。そうですねぇ~」
碧と桜ちゃんがからかうように笑う。
「可愛い……? …………っ!」
二人の言葉の意味を理解し、自身が起きるまでの言動を思い出したのか、羞恥でかっと顔が赤くなる花蓮。
「やぁ、ですって~。とっても可愛かったねぇ~?」
「やーだーも言ってましたよ? んもう、甘えん坊さんですねぇ~?」
にやにやと悪い笑みを浮かべる二人。
そんな二人を赤ら顔でキッと睨むと、花蓮も口を開く。
「さ、桜なんて、修学旅行の朝、涎垂らしながらもう食べられないってべたな寝言言ってたじゃない! 碧ちゃんも、お泊り会のたびに兄さんに抱き着いて同じような事言うじゃない!」
「ちょ、それは言わないって約束したじゃん!」
「ふっふっふっ、くーちゃんに甘えたいお年頃なのよ!」
桜ちゃんは顔を赤くして慌て、碧は余裕の笑みで言葉を返す。
まぁ、碧は俺に関しては結構たがが外れてるところがあるから、あまり羞恥心は無いのだろう。
朝からぎゃーぎゃーと喧しく騒ぐ三人。それを、青崎さんと白瀬さんは笑顔で眺めていた。
騒ぎはやがて俺達へと飛び火し、結果的に自他問わず恥ずかしかった話を暴露する流れになるとは、この時は思っていなかった。
騒がしかったお泊り会が終わり、本日は学校。
テストが終わり、残り数日で夏休みに入るということもあり、学校の空気はいくらか弛緩していた。
かくいう俺もその一人で、休み時間のたびにだらーんと机に身体を預けてのんびりしている。
一学期の就学範囲が終わった教科はもっぱら自習になっているので、教室内は少し騒がしい。
夏休みにどこに行くか等話をしており、クラスで集まるのもありだね、なんて聞こえてきたりもする。
そう話をするのは女子達で、その視線はちらちらと深紅に向いている。夏の間に深紅に会えないから、会うための口実が欲しいのだろう。
深紅は、皆で楽しく何かをする、という事を嫌っていないので、誘えば二つ返事で頷く事だろう。
「深紅は夏休みどうするの? またプールとか海とか行く?」
だらーんとしながら深紅に言えば、深紅は珍しく嫌そうに顔を歪めた。
「そんなに嫌?」
「ああ、ごめんだね。お前と海やプールに行くとろくな事が無い」
「そうかな?」
去年一緒にプールに行ったけれど、特に何があった訳でもない。深紅と俺と碧でプールに行き、楽しく遊んだだけだ。
「去年楽しかったじゃん」
「まぁ、お前はそうだろうよ……」
「……深紅は楽しくなかった?」
「楽しかった。が、それ以上に疲れた……」
言いながら溜め息を吐く深紅。
おそらく、俺が知らない時に何かあったのだろう。
深紅は顔が良いから、ナンパされたり、セクハラされたりしたのだろう。俺と碧には特にそういう事はなかったから良かった。
「それよりも、お前、あいつらの事はどうするつもりだ?」
「あいつら? ……あぁ。青崎さん達の事?」
「そうだ。俺はてっきり飯だけ食って帰るもんだと思ってたけど……まさか乱取りまでするとは思ってなかった」
「えへへ、まぁ、成り行きで?」
「えへへじゃねぇよ、おバカ」
「いてっ」
軽く頭にチョップされる。
「なんの為に俺が
「面倒だと思う人は始めからそんな面倒な事しませーん」
「うるさい、あいつらに都合の良い行動しやがって」
言いながら、わしゃわしゃと髪の毛を乱してくる深紅。
「やーめーろー」
しかし、髪の毛を乱される程度なら抵抗はしない。抵抗するのも面倒臭い程に、俺は今だらけている。
髪の毛をぼさぼさにされつつ、俺は言う。
「でも、結局は彼ら次第だよ。あそこまでして分からないようだったら、さすがに俺ももう手は貸せない。まぁ、青崎さんとかとお友達のままでいるのは、やぶさかではないけどね」
「そういや、女子会したって言ってたな」
「お泊り会だよ。俺がいたんじゃ女子会にならないだろ?」
「見た目だけなら完全に女子会だけどな」
「見た目だけでも女子会じゃない。たぶん、パジャマパーティーの方が近い……って、そうだ深紅! お前、俺がずっとレディース着てた事に気付いてたな?」
「おっと、ようやく気付いたかおバカさんめ」
にっと悪戯っぽく笑う深紅。やはり、分かっていて黙っていたようだ。
「後で深紅にも同じもの着てもらうからな」
「嫌だよ。誰得だよそれ」
「得にはならないけど、少なくとも俺の溜飲は下がる」
「無意味な事この上ないな……」
「無意味じゃない。俺の気が晴れる」
更に言えば写真を撮って弱みを握れる。一石二鳥だ。深紅だけ俺の弱みを持っているのはフェアじゃないからな。
「そいや、碧からポスターモデルの件について話があるって連絡来たんだけど、お前なんか知ってる?」
思い出したようにたずねてくる深紅。それを聞いて、俺も思い出す。
俺がポスターモデルをした事がバレ、その責任の一端を深紅に押し付けた事を。
俺は両手を合わせて合掌をする。
「南無三」
「おい、お前何しやがった?」
「なーむー」
「な・に・し・や・が・っ・た?」
頬を乱暴に掴まれ、上下左右に引っ張られる。
割と痛かったので、俺はすぐに話した。
「ぽふたーもへるのへんがはれはひた?」
「ちょっと何言ってるか分からない」
なら手を離せ。
会話にならないと深紅も理解しているので、俺の頬を離す。
俺は涙目で頬をさすりながら正直に話す。
「ポスターモデルの件が碧にバレた」
「まじか……」
「深紅が碧を誘わなかった事を怒ってた」
「……」
俺の言葉に頭を抱える深紅。
「……俺の持ってるポスター全部渡すのは」
「俺がもうあげるって言っちゃった」
「余計な事しやがって……」
更に頭を抱える深紅。
少ししてから、深紅は諦めたように盛大に溜め息を吐いた。
「ポスターモデル中のお前のオフショット集で我慢してくれるだろうか……?」
「聞いてみないことには分からない。頑張れ、
「お前、人事だと思いやがって……」
「だって人事だもーん」
それに、俺はもう撮影会が決まってしまっている。まぁ、それは花蓮や桜ちゃんと楽しくするものだから、あまり苦ではないけれど。
どうしたもんかと頭を抱える深紅。珍しく俺が優位に立てた一幕だった。
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