第52話 ポスターモデルの件

 微笑みながらたずねて来る碧。


 その顔は笑っているのに、目だけは全然笑っていない。


「ねぇくーちゃん、どういうことかな?」


「え、えっと……かくかくしかじかありまして……」


「それで分かると思ってるの?」


「碧なら分かってくれると信じてる」


「嬉しいけど、それで誤魔化されるアタシじゃないよ?」


 分かってる。逃げられないことも碧が誤魔化されてくれないことも分かっている。


 花蓮は諦めろと言わんばかりの目で俺を見て、俺と碧の間にある事情を知らない三人はきょとんとした顔で俺を見る。


 弓馬さんと美弦さんは碧が何に怒っているのか理解できずにいる。


「どうしたんだい、碧。黒奈くんが何かしたのかい?」


「ううん、逆なの。何もしなかったのが問題なの」


「それは、どういう意味だい?」


「うん、アタシも遠回しに言うのは止めるね。くーちゃん、これ、くーちゃんだよね?」


 そう言って、深紅の隣に写る俺を指差す碧。


「ははは、何を言っているんだい碧。ポスターに写っているのは女の子だろう? 黒奈くんは男の子じゃないか」


「ううん、これはくーちゃんだよ。ねぇ、くーちゃん。アタシは実力行使はしたくない。くーちゃんの口から聞きたいな」


 実力行使とは、恐らく今ポスターに写っている服を全て揃えて実際に俺に着させる事だろう。


 そんな事をされては恥の上塗りになってしまう。


 こうなったら、全部洗いざらい話た方が被害は少ないだろう。


 俺は一つ溜め息を吐く。


「あぁ、そうだよ。深紅の横に写ってるのは俺だよ」


「「「「え!?」」」」


 事情を知らない四人分の驚愕の声が漏れる。


 ポスターと俺を交互に見て何度も確認をする。


 そんな四人を無視して、碧は聞いてくる。


「それで? なんで教えてくれなかったの?」


「教える必要も無いでしょ? それに、恥ずかしかったから俺一人で撮影に行くつもりだったんだ。なのに、深紅はわざわざポスターモデルの仕事を受けるし、花蓮と桜ちゃんは深紅を見に来たって言い訳して来るし……。恨むなら深紅を恨むんだね。俺は始めから誰を呼ぶ気も無かったんだから」

 

 とりあえず、深紅も巻き込んでおく上に、罪をなすりつけておく。まぁ、俺の言ったことに嘘も無い。恥ずかしいから俺一人で撮影をするつもりだったのは本当の事だし。


 え、深紅が俺のためにモデルに来てくれた事は話さなくて良いのかだって? 良いに決まってる。ふざけ半分なんだから。ちょっとは罰を受けるべきだ。


「じゃあ、深紅には後でじっくり話を聞くとするよ」


「そうすると良いよ」


 深紅、南無三。


 お話という名の尋問が決まった深紅に合掌。


「それはそれとして、くーちゃんには後でこの格好で撮影会をしてもらうから」


「なんで!?」


 突然の撮影会宣告に、思わず大きな声を出してしまう。

 

 そんな俺に、碧は当然のように言う。


「当たり前でしょ? そんな楽しいことをアタシに黙ってたんだから」


「いや楽しくは無かったよ!?」


「嘘おっしゃい。くーちゃんが心から楽しめないでこんな魅力的な笑顔を出せる訳が無いじゃない」


「いや、まぁ……楽しかった、かも、だけど……」


 実際、慣れてくれば楽しかった。自然とポージングもできたし、表情を作るもの、衣装とあわせて別の自分を演じているようで面白かった。


「なら決定! ひゃっふー! アタシのくーちゃんフォルダが充実するぜー!」


「え、そんな勝手に!」


「あ、会社ウチのポスターモデルやるってのも良いかも! 服だと被っちゃうから、文房具とか? くーちゃんをイメージしたデザインにして、それのポスターモデルをくーちゃんがやるの! どう? 良くない?」


「良くない! 俺のイメージ文房具って何さ! それに、文房具でポスターモデルやっても手しか写らないでしょ!」


「くーちゃん綺麗な手してるから、この綺麗な手の持ち主は誰だ!? ってなるよ!」


「ならないよ!?」


「ポスター一枚でくーちゃんを捜し出す。なんか、シンデレラみたいじゃない?」


「やだよそんなシンデレラ!」


 手を見ただけで本人を捜そうと思う人の執念が怖い。それに、人捜しというより捜査じみている。


「百歩譲って写真撮影は良いけど、ポスターモデルはダメ!」


 言ってから、しまったと気付く。


 しかし、時はすでに遅く、碧はボイスレコーダー片手にニヤァっと邪悪に笑う。


「言質取っちゃったー」


「くっ……!」


 やられた! ポスターモデルはブラフだったのか!


「撮影の日取りは後で決めるとして……」


「あ、碧ちゃん。その日は私も呼んで」


「わ、わたしも!」


「二人とも!?」


 急に参加表明をする二人。


「もちろんだよぉ。それじゃあ、二人もなんか衣装着る? 着たいのあったらリクエスト送っといて。準備しとくから」


「うん」


「分かりました!」


 碧の言葉に、二人は嬉しそうに頷く。


「青崎ちゃんと白瀬ちゃんも来る? 普段着れない服とか準備するよー?」


「あ、私は……」


 碧のお誘いに、青崎さんは戸惑ったような声をあげる。


 しかし、その顔は嫌そうではなく、むしろ少し乗り気でもある。


 白瀬さんはあうあう言って完全に困っているようだけれど。


 押せば頷きそうな青崎さんを見て、碧がこんな服が着れるよと誘いをかける。メークの仕方も教えてあげるなど、年頃の女の子にとっては魅力的なワードを出している。


 ちらりと弓馬さんを見ると、驚愕から戻ってきたのか、嬉しそうに青崎さんを誘っている碧を微笑ましげに見ていた。

 

 弓馬さんは俺の視線に気付くと、ふっと爽やかに苦笑を漏らした。


 つられて、俺も笑ってしまう。


 多少強引な所がある碧だけれど、相手が嫌がる事はしない。その線引きは出来ている。


 実際、青崎さんも困ってはいるようだけれど、嫌そうでは無いし、白瀬さんも少しだけ乗り気に傾いてきている。


 弓馬さんとしては、父親として娘が楽しそうなのが喜ばしいのだろうけれど、俺が巻き込まれている事に申し訳なさを覚えているのかもしれない。


 まぁ、俺としては碧の唐突な提案は慣れたものなので、最早諦めの境地だ。諦めた方が事が楽に収まるのだから。


 しかし、そうある種達観している俺とは違い、青崎さんは首を縦に振らない。碧の提案には、決して否定的な意見を持っている訳でもない。では、何故か。


 その理由にある程度のあたりをつけながら、そろそろ碧を止めようと口を開く。


「碧、あんまりしつこく誘っても迷惑だよ? それに、青崎さん達は今は別の事はあまり考えられないみたいだし」


「むー、人が多い方が楽しいのになぁ……」


「それは分かるけど、今日二人がここに居る理由も考えてあげて」


「むぅ……わかった」


 二人としては、碧の提案は魅力的だけれど、それよりも自分たちのチームの状況の方が気掛かりで、遊んでて良いのかと思ってしまっているのだろう。


「でも、気が変わったらいつでも連絡してね? 当日でも良いから」


「はい。ありがとうございます」


「あ、ありがとうございます」


 碧の気遣いに、二人は嬉しそうにお礼を言う。


 こんな風に二人を誘うと言うことは、碧は二人の事をいたく気に入っているのだろう。


「あ、そうだくーちゃん」


「うん?」


「これ以外にポスターってあるの?」


「うん、後五種類あるよ」


 三箇所で撮影をしたけれど、出来たポスターは全部で六枚。その全てのポスターを五枚ずつ持っている。


 俺は碧の問いの意味を理解すると、苦笑を浮かべる。


「後で残りも持ってくるよ」


「保存用、観賞用、布教用、使用用で四枚欲しいんだけど?」


「わか……使用用って何!?」


「おはようのキスとかする」


「やめよう!? 変態っぽいから!」


「えへへ、さすがに冗談だよ」


 そう言って笑うけれど、枚数の変更も言わなければ、目も笑っていない。


 本気なのか冗談なのか。恐らく本気八割、冗談二割だろう。できればおはようのキスが冗談であってほしい。


「まぁ、持ってくるよ」


「やったぁ!」


 わーいと両腕を上げる碧。


 今回、場所を提供してくれたわけだし、これくらいのお願いならば許容範囲だろう。


 その後、上機嫌でご飯を食べる碧とは打って変わって、青崎さんと白瀬さんは今少し楽しみきれていない様子だった。





 ご飯も食べ終わり、就寝、の前に本日のメインイベントが待っていた。


「お風呂に入った。ご飯も食べた。最後はやっぱり恋ばなでしょう!!」


 いえーいと拳を突き上げる碧。


 花蓮と桜ちゃんがノリ良くいえーいと続く。


 青崎さんと白瀬さんが戸惑いながらい、いえーいと拳を上げる。


 唯一、俺だけが拳を上げ損ねた。


「もー! くーちゃんも乗ってよ! いえーいってさ」


「いや、恋ばなに俺が居ていいものなのかと思ってさ」


「私は気にしない」


「わたしもです! むしろウェルカムです!」


「二人はそうかもだけど、青崎さんと白瀬さんはそうでも無いでしょう? 今日会ったばかりの男に恋ばななんてしたくないでしょう?」


 二人にそう問いかければ、二人は微妙そうな顔をした。


「えっと……すみません。先程のポスターの件から、黒奈先輩の事を、男の人として見れないと言うか……」


「えっと、可愛くて、優しくて、憧れのお姉ちゃん、みたいだと、思い、ます……」


 なん……だと……?


 歯切れ悪く言う青崎さんと、珍しく雄弁になる白瀬さんに、俺は思わずショックを受けてしまう。


 ショックを受ける俺の肩を、花蓮と碧がぽんと叩く。


「くーちゃん、時には諦めも肝心だよ?」


「兄さん……その、どんまい?」


「ううっ……」


「で、でも、憧れですから! ね! そうだよね白瀬さん!」


 なんだか悲しくなってきた俺に、桜ちゃんがすかさずフォローを入れて、白瀬さんに確認を取る。


 白瀬さんは力強くこくこくと頷いている。


「でもお姉ちゃんなんでしょう? 俺、お兄ちゃんだし……」


「おーよちよち! 可愛いねぇ! 間違えた。可哀相にねぇ!」


 そう言いながら、碧が俺を抱き寄せて強引に慰める。


「じゃあ、くーちゃんも納得したところだし、始めようか!」


「納得してないしぃ……」


 俺が少しだけショックを受けながら、恋ばな大会の幕が開かれた。

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