第51話 高級料理って緊張して味分からないよね

 夢中になって話をしていると、すっかり日も暮れてきて夕食の時間になった。


 使用人の女性に呼ばれ、俺達は一階にある食堂へと移動した。


 食堂に着けば、そこにはすでに弓馬さんと美弦さんがいた。


「やあ、久しぶりだね黒奈くん、花蓮ちゃん」


 俺達の姿を見るや否や、弓馬さんは嬉しそうに声を上げた。


「お久しぶりです、弓馬さん、美弦さん」


「あらぁ、二人とも綺麗になってぇ」


 俺が挨拶をすると、美弦さんが頬に手をあてて言う。


「美弦さんも、また一段とお綺麗になりましたね」


「あらやだ、深紅くんみたいなこと言って。黒奈ちゃんは無理しなくて良いのよ? いつも通り言葉を返してくれるだけでおばさん嬉しいわ」


 前に深紅と一緒に会ったときに、深紅が先程のような事を言っていて、美弦さんも喜んでいたので俺もと思い言ってみたのだけど……やっぱり俺には似合わないらしい。


 両隣で花蓮と碧がニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべているが、構うと余計に危険なので無視をする。


「お喋りも良いけど、そろそろ皆座って挨拶をさせておくれ」


「はーい。じゃあ皆、適当に座っちゃって」


 と言うけれど、俺と花蓮は良いとして、他の三人は緊張してしまってどこに座っていいかわからないといった顔をしている。


 確かに、浅見家の食卓の席は無駄に多い。いや、お客さんを呼ぶことを考えれば無駄という事も無いのだろうけれど、それにしたって椅子の数が多すぎる。


 その多さもさることながら、椅子一つ一つとっても良質な素材で作られているのだろう事が、上品で気品の溢れるデザインからうかがえる。目を懲らせば気品溢れるオーラが見えるのではないかと錯覚するほどだ。


 最初のうちは俺達も戸惑ったけど、この年まで浅見家の人達と一緒に居ると、もう殆ど気にならなくなってくる。


 いつもなら碧、俺、花蓮の順番で座るけれど、初対面の人の隣に座らせるのも酷だろう。


 花蓮に目配せをすると、花蓮もこくりと一つ頷く。


 どうやら、花蓮も俺と同じ事を考えていたらしい。

 

 俺達は揃って美弦さんの隣に座る。美弦さん、俺、花蓮の順である。


「あらぁ、珍しいわねぇ」


 言いながら、美弦さんはにこにこと嬉しそうに微笑む。


「じゃあ、三人はこっちに座ろうか」


 碧が三人を促して、俺達の向かい側に座る。


 三人は緊張した面持ちで席に着く。


 全員が席に着くのを見守ってから、弓馬さんが優しげな笑みを浮かべる。


「それじゃあ、料理が来る前に自己紹介といこうか。私は浅見弓馬。碧の父親だよ」


「私は浅見美弦。碧の母親です」


「わ、わたしは、甘崎桜です!」


「青崎真水です」


「し、白瀬雪子です」


「桜さんに、真水さん、雪子さんだね。うん。よろしく」


 三人の自己紹介を聞いた弓馬さんはにこりと笑む。


「お客さんが来てると聞いて、今日の夕食はちょっと豪華にしたんだ。口に合うと良いのだけど」


 弓馬さんがそう言えば、食堂の扉が開き、料理が運び込まれる。


 運び込まれる料理の数々に、三人は目を見開いて驚く。


 俺と花蓮はなれたものなので、驚くことは無い。


 料理が並べられると、弓馬さんが手を合わせる。


「それじゃあ、いただこうか」


 弓馬さんがそう言った後、俺達四人はいただきますと言い、残りの三人も慌ててそれに追従する形でいただきますと言う。


「ああ、テーブルマナーとかは気にしないで食べてね。それに、無理に全部食べようとしなくても良いよ。女の子にとっては少し量が多いと思うからね」


 優しげな表情で言う弓馬さんに、三人は遠慮がちにこくりと頷いた。


 屋敷を見て、この屋敷の設備の良さや質の良さを実感した三人は、料理や食器も高いものを使っているのだろうと確信している。そのため、残すのも悪いし、食器は怖くて使えないのだろう。


 料理に手を付ける様子の無い三人を見て、俺は三人になるべく優しい声音で言う。


「三人とも、普通に食べて平気だよ? ご飯残しちゃったら、中庭の家庭菜園用の肥料に作り替えるし、食器も割れにくい素材の奴だから」


「そうよ~? わたし、趣味で家庭菜園してるのだけど、残した料理はその肥料に使うからなんの問題も無いわよ?」


「それに、黒奈くんの言った通り、食器も頑丈なものを特注で作ってもらっているからね。安心して使うと良い」


 その特注した分、お高いのだけれどとは空気を読んで言わない。


「せっかくの美味しい料理なんだから、冷めちゃったらもったいないよ?」


 言いながら、俺は料理を口に運ぶ。うん、やっぱりとても美味しい。料理人の腕が冴え渡っている。


 平気そうな顔で料理を食べる俺を見て、そして、俺の隣で黙々と手と口を動かして料理を食べ続ける花蓮を見て、三人はようやく料理に手を付けた。


「……美味しい!」


 料理を一口食べた桜ちゃんが思わずといった具合に声を漏らす。


「はは、シェフが聞いたら喜ぶよ。さぁ、存分に食べてくれ。食べることが人の喜びなら、食べられる事が料理の喜びだ」


 言って、自分も食べる手を進める弓馬さん。


 一口目は遠慮しながら、二口目からは段々と食欲に負けて手が動く三人。


 そんな三人を見て、弓馬さんは満足げに頷く。


「そういえば、今日は深紅くんは来ていないのかい?」


「お父さん、今日は女子会なの。女子会に深紅が参加できる訳無いでしょ?」


「え、いや、うん。そうなんだが……」


 弓馬さんはちらりと俺の方を見る。


 俺は苦笑を浮かべながら頷く。


 それだけで弓馬さんもなんとなく事態を察したのか、苦笑して頷いた。


「まぁ、そうだね。でも、久し振りに深紅くんにも会いたかったよ。彼、また別段といい男になったんじゃないか? Eternityエタニティ Aliceアリスのポスターを見たけれど、外見も中身も磨きがかかったように見えたよ」


「げほっ! ごほっ!」


 Eternity Aliceのポスターと聞き、俺は思わずむせ返ってしまう。


 深紅が撮った写真には全て女装した俺が写っている。そのため、必然的に女装した俺の姿を見られたと言うことになる。


「黒奈ちゃん、大丈夫?」


「は、はい……」


 むせてしまった俺を心配して、美弦さんがハンカチで口を拭いてくれる。


 訳知り顔の花蓮と桜ちゃんが同情的な視線を向けて来る。


「どうしたの、くーちゃん?」


「な、なんでもないよ?」


「そう? なら、いいけど……」


 碧は微妙に納得したような顔をすると、弓馬さんに話の続きを促す。


「深紅が載ってたポスターってEternity Aliceなの? あそこってレディース専門店じゃなかった?」


「カップルに向けてのペアルックも販売するらしいのよ。そのペアルック衣装のポスターに深紅くんが載ってたの」


「へぇ、深紅、そんなことしてたんだ」


「現物あるけど、見るかい?」


「まぁ、一応見てあげても良いかなぁ……」


 まったく乗り気ではない様子だけれど、幼馴染みの載ったポスターだからとりあえず見るというスタンスの碧。


 いや、待て待て待て! まずいぞ! そんなものを見られたら、隣に写っているのが俺だとばれかねない! 今は弓馬さんも美弦さんも気付いてないみたいだけど、さすがに俺と並べられたら気付くかもしれない!


 いや、でも、あの時は化粧をしていた。それに、何枚かはウィッグを付けて撮影した。服装だっていつもと違う。弓馬さんと美弦さんにばれなかったんだ。碧や青崎さん達にもばれないはず……!


 ここで俺が騒いだらそのポスターに何かがあると逆に勘繰らせてしまう。なので、俺はポスターを見ることを遮ることはできない。それは花蓮も桜ちゃんも同じであり、それを理解している二人は、同情的な視線を俺にむけて来る。


 同情するなら三人を止めてくれ!


 しかし、俺のそんなささやかなお願いも虚しく、弓馬さんの指示によって、使用人の一人が丸められたポスターを持ってきた。


「付き合いで貰ったんだが、せっかくだし家で飾ろうと思ってね」


 止めてくれ! 深紅だけじゃなくて俺も写ってるんだ! それに、次回深紅が浅見家に来たときに絶対にネタにしてくる! 絶対にからかわれる!


「碧もいるかい?」


「深紅のポスターならいらなーい」


「そんなことを言える女子高生は、日本では碧くらいだろうね」


 碧の言葉に、弓馬さんが苦笑をする。


「黒奈くんはいるかい? 付き合いで、結構もらってきてしまってね」


「あ、はは……もう、深紅から貰ってるので、大丈夫です……」


 実際は自分が撮影してもらったので、俺が載ってるやつは全部持ってるのだけれども。


 というか、付き合いでと言うより単に深紅が載ってるから貰ってきただけなんじゃないのか? 俺が言うのもあれだけれど、如月家、和泉家、浅見家はたいへん仲がよろしく、各家庭の親は各家庭の子供を猫可愛がりしている。そのため、どの家庭の子供に対しても基本的に子煩悩なきらいがあるのだ。


 友人の可愛い子供である深紅が載っているからいっぱい貰ってきて、あわよくば多くの目に留まってほしいと思っているのだろう。


 弓馬さんの顔が珍しく少しだけだらしが無いのがその証拠だ。


 碧はそんな弓馬さんを見て苦笑し、美弦さんは嬉しそうににこにこしている。


「そうだ、桜さん達もいるかい?」


 弓馬さんが三人にたずねる。


 青崎さんと白瀬さんは気まずそうな顔をし、桜ちゃんは苦笑いを浮かべる。


「わたしは深紅さんから一通り貰っちゃってまして」


「そうなのかい? 桜さんは深紅くんと交流が?」


「はい。一応、同じ業界の先輩後輩ですので」


「あぁ、そうだったね。桜さんも魔法少女だったね。見たよ、四月のショッピングモールの記事。初陣とは思えない活躍をしたそうじゃないか」


「あはは……ブラックローズに最終的には助けられた形でしたけど……」


「そんなことないよ! 桜がいなかったら私も兄さんも危なかったんだから!」


 自嘲気味に言う桜ちゃんに、花蓮が少しだけ怒ったように言う。


「ありがとう、花蓮ちゃん」


 しかし、桜ちゃんは苦笑を浮かべるばかりだ。


 そんな桜ちゃんを見て、美弦さんが俺の耳元に口を寄せてきて小声でたずねてくる。


「訳ありかしら?」


「ええ、まぁ……」


「あの子達も?」

 

 そう言って視線を向けた先は青崎さんと白瀬さんの方だ。


「はい……」


「あらあら。……弓馬さん、そろそろポスターを見せてほしいわ」


 訳ありと聞いて、美弦さんが少し強引に話を切り上げさせる。


「あぁ、そうだね。それじゃあ、開いてくれるかな?」


「かしこまりました」


 弓馬さんも余りよくない空気を感じ取ったのか、美弦さんの提案に載ってポスターを開かせる。


 弓馬さんに言われ、使用人さんがポスターを広げた。


 そこには案の定、深紅と女装した俺の姿が写っていた。


 それを見た瞬間、碧が目を見開き、俺の方を向く。


「くーちゃん、どういうことか説明してくれる?」


 その時点で、碧にはばれてしまったことを理解した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る