第50話 怒った訳

 何があったかも聞かずにそう言ってくる深紅に、俺は苦笑気味に言う。


「何かしたとは人聞きの悪い。ちょっと乱取りしただけだよ?」


『乱取りをちょっととは言わない』


「ちょっとだよ。変身もしてないし、手加減もしたし」


『馬鹿。乱取りって行為事態がちょっとの出来事じゃないって言ってんだよ。それに、どうせお前無傷だろ?』


「もちろん」


 実戦も知らないひよっこにやられるほど、俺も弱くはない。


『あいつらがお前に師事するとか言いはじめたらどうするんだ……』


 呆れているのか、溜息混じりに言う深紅。


「それは無いって。俺がブラックローズだってばれてないし。ヒーローですら無い俺に師事するとは思えないよ」


『俺がダメだったからこの際お前でも、って考えるかもしれないぞ?』


「無い無い。有り得ない」


 ヒーローである深紅に師事することを嫌がった彼らだ。ヒーローですら無い俺に師事をしようとも思わないだろう。


『有り得ないとも限らないだろうが。なりふり構ってられないって言うかもしれないぞ? それに、お前があいつらよりも強いことを証明しちまったんだ。個々の戦闘能力向上のために師事する意味はある』


「でも、彼らはチームとして強くなりたいんでしょう? そんな遠回りだと思えるようなこと考えるかな?」


『いや、そもそも俺達はあいつらがなんで俺を頼って来たのかすら知らない。その話をするための今日だったんだからな』


「あ、そっか」


 ということは、俺達はまだ彼らの事情を知らないという事になる。


 ちらりと、背後を振り返って二人を盗み見る。


『ともかく、お前がどうするかはお前が決めるとしてだ。俺は今のあいつらに手を貸すつもりはない。いくら黒奈のお願いでも、それだけは了承しかねる』


「分かってるよ。俺もそこまで我が儘は言わない。でも、話し合えって言っちゃったから、もう少しだけ様子を見るよ」


『……本当に、お前は……なんでそう自分から首を突っ込んで行くかな……』


 深い溜息とともに、呆れた声音で深紅が言った。


「だって、深紅が怒らなかった分俺が怒らなきゃって思ったし、最終的には深紅に押し付けるつもりだし」


『おい』


「ふふ、冗談冗談。でも、深紅の代わりに怒らなきゃって思ったのは本当。深紅が怒ったら、あの子達、もう深紅の事頼れなくなっちゃうもんね? 深紅こそ、優しーんだー」


『……俺は別にそんなんじゃない』


「今の間はなにかな?」


『それだけならもう切るぞ? 俺だって暇じゃないんだ』


「ふふ、照れなくても良いのに」


『うるさい。じゃあな』


 言って、深紅は通話を終了させた。


「ふふ、照れちゃって」


 長年一緒にいるから、深紅が怒っていないことは分かる。


 だから、深紅が怒っていい場面で怒らなかったその思惑も理解できた。


 深紅が彼らと完全に決別の意を示したのなら、彼らは更に反発して深紅に協力を仰ぐことはしなくなっただろう。それに、互いに無視できない禍根が残る結果になっていたはずだ。


 けれど、深紅は内心はどうあれ怒ることをせず、彼らにチャンスを与えた。


 彼らが態度を改めて、目標を一つにしたのならば手を貸すと、そう言ったのだ。


 彼らは考える時間を得たのだが、頭に血が上っていたのか、直後は深紅に協力してもらう事に否定的だった。


 時間を置けばどうなっていたか、俺にはわからない。俺は彼らの今後の行動を予想できるほど彼らを知らないからだ。


 まあ、それはそれとして、単純に俺が怒っていただけというのもあるけれど、深紅の配慮を無駄にしないためにも、俺は彼らの自信を粉々に砕く必要があったのだ。さすがに、素人の俺にぼろぼろに負ければ考え直してくれるだろうと考えて。


 話し合うように言っておいてお泊り会に二人ほど誘ってしまったけれど……まあ、一人で考える時間も必要だろう。一人で一度考え直して、そこから皆で話し合えば良い。こんがらがった頭のまま話し合う方がよろしくない。


 そのためには、気を紛らわす時間も必要だろう。


 俺は携帯をポケットにしまうと、バルコニーから部屋の中に戻る。


「あ、くーちゃん。電話終わった?」


「うん」


 碧に頷き返しながら、俺は先ほど座っていた場所に座り直す。


「それで、何話してたの?」


 皆の話に交ざるために聞けば、花蓮と碧がにやりと笑い、桜ちゃんが苦笑を浮かべ、青崎さんと白瀬さんが申し訳なさそうな顔をする。


「兄さんが本当に男の子なのかを話してたところ」


「は?」


 花蓮が言い、俺は思わず青崎さんと白瀬さんを見る。今更こんなことを聞くのは、俺のことをよく知らない二人しかいないからだ。


 俺が視線を向ければ、二人はさっと視線を外した。


「まぁ、今の黒奈さんの格好を見れば、性別を疑いたくなるのはわかりますけど……」


「え、普通じゃない?」


 俺が着ているのは先も説明した通り浅見家の寝間着だ。


 白を基調とした、青いリボンがアクセントになっている寝間着。


 別段、おかしなところは無いし、俺は昔から浅見家に泊まるとこの服を着ている。花蓮だってそうだ。


「くーちゃん、今になって新事実を言うけど、いい?」


「え、なに?」


「実はくーちゃんが着てる寝間着はね、くーちゃんが初めて泊まりに来たときに、使用人の人が間違えて渡しちゃったものなの。でも、くーちゃん全然気にしないし、とても似合ってたからずっと黙ってたの」


「……つまり?」


「それ、実はレディース」


「……ぉー……」


 何年越しかの新事実に、俺は思わずその場にくずおれ絨毯の上にぺたーんと寝そべる。


「まじか……」


「まじまじの大まじだよ、兄さん」


「……その言いぶりからするに、花蓮は知ってたな?」


「うん。ていうか、深紅さんが泊まりに来たときは、弓馬さんと同じデザインの寝間着着てたじゃない。なんで気付かないの?」


「……確かに」


 思い返せば、深紅も一緒に泊まったときは、いつも弓馬さんと一緒のデザインの寝間着を着ていた。


 なんでだろう? なんで今まで気づかなかったんだろう?


「まあ、そんな事もあるけど、兄さんはちゃんと男の子だから。限りなく女の子に見えるだけで」


「俺はちゃんと見た目も男だぁ……」


「はいはい」


「ふきゅぅ……」


 花蓮に軽くあしらわれて、情けない声が漏れる。


 というか、今までレディースの服を違和感無く着ていた自分がつらい。それに気付かない自分がつらい。教えてくれなかった周りが酷い。一人だけちゃんとメンズを着ていた深紅が憎い。


「弓馬さんが帰ってきたら俺と同じの着せてやる……」


「やめなさい。多分、申し訳なさそうにして本当に着ちゃうから」


 寝転がる俺の頭を撫でながら、花蓮が窘める。


 うぅ……優しさがつらい。


「あの、本当に、すみません……」


「ご、ごめんなさい……」


 青崎さんと白瀬さんが申し訳なさそうに謝る。


「大丈夫だよ、いつものことだから」


 謝る二人に、桜ちゃんが言う。


 桜ちゃん、いつものことってどういう意味かな?


「わたしもね、初めて黒奈さんの私服見たときにはびっくりしたもん。ボーイッシュな美人さんって感じだったんだよねぇ」


「え、そうなんですか?」


「うん。凄く格好よかったよ~」


 多分、それは格好良い女性を見たときと同じ種類の格好良いなのだろう。褒められるのは嬉しいけれど、なんだか複雑な気分だ。


「花蓮ちゃんと並ぶと、もう本当に姉妹って感じだったし」


「正真正銘兄妹ですぅ~!」


「あはは、すみません」


 俺が寝そべりながら文句を言えば、桜ちゃんは笑いながら謝る。もう! 絶対悪いって思ってない!


「でも、如月先輩って本当にお綺麗ですよね。髪も綺麗ですし、お肌だってシミ一つ無いですし」


 羨ましそうにそうもらす青崎さん。


「えっと、それは……」


「どっちの如月かな?」


 多分、花蓮の事だと思うけど。


「あ、すみません! 黒奈先輩の方です! もちろん、花蓮先輩もお綺麗です!」


 俺のことでした。まぁ、綺麗だって言ってくれるのは素直に嬉しいけれど。


「良かったね、兄さん」


「花蓮も綺麗だって」


 からかってくる花蓮に、俺もからかうように返す。


 頭を撫でる手が多少乱暴になっているので、照れてはいるのだろう。というか、いつまで俺の頭を撫でているつもりだろうか? まあ、嫌じゃないから良いけど。


「それよりも、この場に如月は二人いるからさ。俺達の事はさっきみたいに名前で呼んでよ。白瀬さんも、良い?」


「はい。わかりました」


「は、はい……」


 俺の提案に二人とも素直に頷いてくれる。


 しかし、頷いた後、青崎さんが申し訳なさそうな顔をする。


「あ、あの、黒奈先輩」


「なにかな?」


「今日は、すみませんでした!」


 言って、頭を下げる青崎さん。


「す、すみませんでした!」


 それに追う形で、白瀬さんも頭を下げる。


 俺は寝そべった身体を起こして、その場に正座をする。


 二人が何に対して謝っているのか分からない程、察しが悪いわけではない。


「うーん……それは俺じゃなくて深紅に言ってほしいけど……」


 俺は深紅の代わりに怒っただけであって、五人に対してそこまで怒ってない。それに、仕返しとはまた違うけれど、きちんと落し前は付けた。俺はそれでもう納得している。


「和泉先輩にも、いずれ謝罪します。ですが、まずは黒奈先輩に謝らせてください。赤城くんが先輩の事を女だと言ったことや、諸々失礼な態度をとった事。本当にすみませんでした」


 頭が床に付きそうな程頭を下げる青崎さん。


 そして、それに追う形で白瀬さんも更に頭を下げる。


 三人のどうするの? とでもいいたげな視線が痛い。


 どうするって……俺もまさか今謝られるとは思ってなかったら正直どうしようって気持ちで一杯だ。どうしよう?


 少し考え、俺は二人の頭に手を置く。


 一瞬、びくっと震える二人。


 そんな二人の頭を優しく撫でながら言う。


「顔を上げなさーい。今は女子会(?)中でーす。野暮な話はいったん脇に置いておいて、今は楽しもう?」


「で、でも……!」


「でもじゃない。良い? 今は楽しい女子会(?)中なの。それなのに水を差すの?」


 ちょっときつい言い方。けれど、こうやって言わないと、白瀬さんはともかく、青崎さんは聞いてくれそうにない。


「それに、俺はもう怒ってないよ。皆をこてんぱんにして気が済んだから」


「それはそれでどうなの……」


 花蓮がぼそりと言うけれど気にしない。俺もどうかと思うけど気にしない。


「それに、二人の気持ちも分かったから顔を上げて? 申し訳ないって気持ちは伝わってきたから。それも含めて、後で話そう? ね?」


「……はい」


 青崎さんは返事をし、顔を上げた。


 白瀬さんもその後に続いた。


「はい! じゃあこの話はこれでおしまい! 楽しい話をしよう! というわけで桜ちゃん! 楽しい話をどうぞ!」


「え、わ、わたしですか!? え、えっと……えっと……!」


 話を振れば、桜ちゃんがわたわたと慌てながら考える。


「そ、そういえば、この間黒奈さんと美味しいケーキ屋さんに行きました! 美味しかったです!」


「それは美味しい話でしょう?」


「お、おしゃべりして、楽しかったです! 次、花蓮ちゃん!」


「私? そうね……楽しいとはちょっと違うけど、この間公園に野良猫の赤ちゃんがいて可愛かったわ。次、兄さん」


「この間の輝夜さんのライブが楽しかった! 次、碧!」


「くーちゃんと過ごす毎日が楽しい! 以上! 次、青崎ちゃん!」


「え、ええ!?」


 まさかここで自分に順番が回ってくるとは思わなかったのか、驚く青崎さん。青崎さんの隣で、次の順番である白瀬さんも慌てている。


 強引な話題変更だったけれど、二人はちゃんとその話題に乗ってくれた。


 少しだけ気まずそうにしていたけれど、時折ちゃんと笑みを見せてくれた。


 その事に安堵しつつ、俺は皆との他愛のないおしゃべりを楽しんだ。

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