第49話 お風呂と女子会

 急遽お泊り会が開催されるということで着替えを準備しようと思ったけれど、俺の着替えは碧が準備してくれるらしいので、俺は花蓮と桜ちゃんが来るまで待機である。


「くーちゃん汗かいたでしょ? お風呂に入ってくれば?」


「ん、それじゃあ、そうしようかな」


 確かに汗で身体がべたべたしている。お風呂に入って汗を流したいと思っていたので、遠慮することなくお風呂を借りることにした。


 碧の家は広いけれど、昔から何度も来た事があるので、どこにどんな部屋があるかは憶えている。


 勝手知ったる浅見家の廊下を歩く。着替えは後で碧が持って来てくれるらしいので、俺は手ぶらだ。


 タオルやその他諸々も全て浴室に揃っているので、何も持っていく必要が無い。


 浴室に到着し、脱衣所で服を全て脱いで洗濯かごに入れる。脱衣所だけでもとても広く、着替えを入れるロッカーもスーパー銭湯並にあるけれど、俺が使うのはいつも端っこだ。一人の時に真ん中を使うのはなんだか気恥ずかしい。


 といっても、俺は今日は着替えも持って来てないので、ロッカーには何も入れる物が無いけれど。


 山のように積んであるふわふわなタオルを一つ手に取り、俺は浴室に入る。


 浴室には大風呂とサウナ、炭酸風呂や露天風呂等々、これまたスーパー銭湯並に浴槽がある。本当にスーパー銭湯ではないのかと疑ってしまうけれど、ここは正真正銘浅見家である。『銭湯浅見』とか『浅見の湯』ではない。


 いくつもあるシャワーの内の一つを使い、髪の毛と身体を丁寧に洗う。シャンプーやボディーソープ等は全て海外のメーカーから取り寄せたものらしく、一つ二万円以上するのだとか。それがざっと数十本。超怖い。ワンプッシュがもう怖い。ワンプッシュミスっただけでヒヤッとする。


 深紅は慣れてしまったのか、超適当に使っていたけれど、俺にはそんなことは出来そうに無い。


 しかし、このシャンプーやボディーソープを使うと良い匂いがするので気に入っている。以前それを碧のお父さんに言ったら箱単位で渡そうとしてきたからもう二度と浅見家の人の前では言わないけれど。


「ふんふふふ~ん」


 輝夜さんの歌を口ずさみながらわしゃわしゃと髪の毛を洗う。


 今まで発売した輝夜さんのCDを買って聞いているのだが、どれも良い曲ばかりで思わず口ずさみたくなるのだ。


「ふんふんふ~ん」


 身体も洗い終わり、シャワーで全身の泡を洗い流す。


 このシャワーも絶妙に気持ち良い。これも海外メーカーなのだろうか?


 ともあれ、身体は洗い終わった。後は、湯舟に浸かってゆっくりしよう。


「今日はどのお風呂が良いかなぁ~」


 ひのき、薔薇風呂、泡風呂、豆乳風呂。普段入れないようなお風呂が多い分、結構悩む。


「決めた! 豆乳風呂! その後薔薇!」


 別に、一つに絞る必要も無いので、俺は最初に豆乳風呂に入ることに決めた。


 湯舟に足を入れ、温度を確認する。うん、良い温度だ。


 温度を確認したところで、俺は湯舟に浸かる。


「ふぅ~~~~~~……」


 湯舟に浸かれば、ついそんなだらし無い声が出てしまう。


 頭にタオルを畳んで乗せて銭湯スタイルで豆乳風呂を満喫する。


 今日はテストがあったり、四人を相手に乱取りをしたりと大変だった。


 テスト終わりはゆっくりとしていたかったのだけれど、今日はそうもいかなかった。庭を借りてまで乱取りをすることを選ばなければ疲れなかったのだろうけれど、深紅を安く見られて頭に来ていた。それに、碧にも言ったけれど、深紅が怒らなかった分誰かが怒らなくちゃいけないのだ。それができるのが俺しかいないのであれば、俺がやらなくちゃいけない。


「深紅、まだ怒ってるのかな?」


 スマホを確認してみたけれど、連絡は一つも来ていない。


 怒っているからか、連絡事項がそもそも無いからか……って、もしかして俺からの連絡を待ってるのか? 会話はしてないけど、俺は残るって目で伝えたし。


「お風呂から上がったら連絡するかぁ……」


 どうあれ、報告はした方が良いだろう。


 あ、でも、話も聞きたくないってなってたらどうしよう? ……ま、いっか。それならそうと言ってくるだろうし。


 とりあえずお風呂上がりに連絡を入れる事を決めて、俺はお風呂を満喫することにした。


 うん、豆乳風呂最高。心なしかお肌が艶やかになった気がするぞ!





 お風呂を満喫した後、俺は脱衣所で着替える。


 結局、お風呂には一時間以上入ってしまっていた。桧や薔薇、泡風呂など目移りしてしまったからだ。ていうか、前来たときとラインナップが変わっていた。変更したのだろうか?


 ともあれ、良いお風呂だった。


 タオルで身体の水気を拭き取り、いつの間にか置いてあった着替えを手に取る。


 下着を履いて、寝間着の上着を着る。次に下を履いて、はい終わり。着替え終了。


 寝間着は全体的に白を基調としたもので、それ以外特に特徴は無い。強いて言えば、衿元に一つ小さな青色のリボンが付いていることくらいだ。


 ズボンの方は七分丈で、ひらひらとしてはいるものの、別段何か装飾が施されている訳でもない。


 普通の白一色の寝間着。衿元の青色のリボンだけがアクセントだ。


 俺が着るには少し可愛らしいデザインのような気がしないでも無いが、これが浅見家の寝間着と言われればそれに従う他無い。実際、碧のお父さんも白を基調としたデザインのものを着ていた。リボンとかはついてなかったけど。


 まあ、別に不都合がある訳でもないし、着心地が良いから俺は結構気に入ってる。


 ドライヤーで髪を乾かし、手ぶらで脱衣所を後にする。


 一時間以上もお風呂に入っていたし、もうとっくに二人とも到着している頃だろう。


 到着しているなら、おそらく碧の部屋に居るはず。そう思い、俺は碧の部屋へと向かった。


 碧の部屋は三階建ての最上階。つまり、三階だ。三階の半分が碧の部屋になっており、部屋の面積は軽く俺の家を超えている。めっちゃくちゃ広い。


 碧の部屋の前に立ち、こんこんとノックをする。


「碧、入って良い?」


『どーおーぞー』


 扉の横のインターホンから碧の声が聞こえて来る。


 部屋が広い上に防音性が高いので、こうして外の人に声を届けているのだ。こんこんと鳴らした時点で俺の声を拾って勝手に室内に届けてくれるので、それを聞いて碧が返事をしたのだ。


「入るよー」


 言いながら、扉を開ける。


 碧の部屋には案の定二人がいた。けれど、予想外の人物までいた。


「……なんで二人が?」


「せっかくだから女子会に参加させようと思って。ほら、メンバーは多い方が盛り上がるでしょ?」


「まあ、そうだけど……」


 ていうか、俺がいたら女子会じゃないけれど、とはもう言わない。言っても無駄なのだから、言わない。


「あの、すみません……」


「ご、ごめんなさい……」


 不機嫌そうに言ってしまったからか、二人は萎縮したように謝る。


 予想外の二人とは、アトリビュート・ファイブのブルーとホワイトである、青崎さんと白瀬さんだ。二人には本当の事とはいえ、きつい事を言ってしまったし、青崎さんにいたっては結構手酷く投げてしまったので、二人の顔を見るのは若干気まずい。


 しかし、それは向こうも同じ事らしく、居心地悪そうにしている。


 俺は一つ溜息を吐いてから、扉を閉めて部屋に入る。


「別に、怒ってる訳じゃないよ。ただ疑問に思っただけだから、気にしないで」


 俺がそう言えば、二人は少しだけ安堵したように肩の力を抜いた。


 それでも、居心地が悪いのか、肩には力が入ったままだ。


「碧、無理矢理参加させたんじゃないよね?」


「まっさかー。アタシがそんな酷いことするわけないじゃーん」


「俺のクラスの男子全員腹パンしたクセによく言うよ」


 まあ、あれは奴らが悪いのだけれど。


「ごめんね。二人とも、予定とかあったかな?」


「だ、大丈夫です。特に、ありません」


「わ、わたしもです……」


「それなら良かった」


 五人が座っているのはふかふかの絨毯の上。そこに円を作って座っているので、俺は碧と花蓮の間に座った。そこだけ少しだけ広く隙間が空いていたからだ。


「桜ちゃんもごめんね? 急に予定変更になっちゃって」


「いえ、全然! むしろ凄いお風呂に入れたので幸せでした!」


「ふふ、それなら良かったよ~」


 桜ちゃんの言葉に、碧が嬉しそうに言う。


 ちなみに、浅見家のお風呂場は男女で別れている。これは、使用人がいるからであり、たまに大勢のお客様を泊めることもあるからだ。


 青崎さんと白瀬さんも寝間着を着ているので、おそらくお風呂には一緒に入ったのだろう。ちなみに、青崎さんが青色の寝間着で、白瀬さんは俺と同じく白色だ。


 それはともかく、一緒にお風呂に入った様子なので、自己紹介の方ももう終わっているはずだ。


「そういえば、男子三人はどうしたの?」


「帰ってった。いわく、女子の家に寝泊まりは出来ないと」


「あぁ、まあ、確かに……」


 年頃の男の子にとって女子の家に泊まるのは結構勇気のいることだろう。俺だって、幼馴染みである碧の家でなければご遠慮願っているところだ。


 まあ、あからさまに豪邸で尻込みしたというのもあると思うけれど。


「そういえば、弓馬きゅうまさんは今家にいるの?」


「ううん。今はまだ仕事中。夕方には帰ってこれるって言ってたよ」


「そっか。じゃあ、挨拶しないとね」


 弓馬さんとは、碧のお父さんの名前である。泊まるのだから、弓馬さんには挨拶をしなければいけない。ていうか、しないと拗ねる。


 ちなみに、碧のお母さんである美弦みつるさんは弓馬さんの秘書をしているので、四六時中一緒だ。弓馬さんが在宅なら高確率で美弦さんも家にいるし、外出しているなら高確率で外出している。そのため、どちらかの所在をたずねれば家にいるかいないかはおおよその予想はつくのだ。


「さて、そんなことよりも! せっかく女子がこれだけ集まったんだし、さっそく女子会しよう!」


 碧が嬉しそうにそう宣言すれば、桜ちゃんが元気に「おー!」と両手を挙げ、花蓮も苦笑しながら手を挙げる。青崎さんと白瀬さんは、控えめに手を上げる。


「じゃあ、俺はちょっと席外すね」


「なんでさ!」


「何度も言うけど、俺がいたら女子会じゃないでしょ? それに、ちょっと電話しないといけないんだ」


 誰に、とは言わない。けれど、それだけで碧には伝わったらしく、ぶーたれながらも頷いた。


「分かったー。けど、早めに切り上げて戻ってきてね?」


「はいはい。じゃあ、ちょっと席外すね」


 言って、俺はまとめてあった荷物の中から携帯を取り出して、碧の部屋を後にする。後にすると言っても、バルコニーに出るだけだ。防音性が高いので、バルコニーに出るだけでも中からの声も外からの声も聞こえなくなる。


 サンダルをつっかけてバルコニーに出る。


 俺がいては女子会にならないというのも本心だが、俺がいては青崎さんも白瀬さんも落ち着かないだろう。男だし、怒ったばかりだし。まあ、深紅に連絡するのも本当のことだけれど。


 中の様子をちらっと確認して、全員が俺から意識が離れていることを確認してから深紅に電話をする。


 三コール待ってから、深紅は電話に出た。


『電話してきたってことは、お前、あいつらに何かしたな?』


 開口一番、深紅は挨拶もせずにそう言ってきた。

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